瘴穴ダンジョン1層 2
ミノタウロスマンバを倒すのに20分程かかったが、全員が気力も体力もまだまだ減っていない。よほど修練出来ていなければここまでの戦いは出来ないだろう。
戦闘終了後にはサージュが回復魔法で傷と体力を回復させていた。魔力回復には少し時間がかかるので、食事も兼ねてミノタウロスマンバの居たフロアで休憩をしている。
瘴穴ダンジョンの中は今のところ直進。分かれ道もない洞窟系ダンジョン。だが、出てくる魔物の強さが異常だ。ミノタウロスマンバは瘴穴ダンジョンに出てくるような魔物ではない。深層の魔物だ。
ダンジョンはまだ1層。このまま異常事態が続けば瘴穴ダンジョンクリアは正直キツい。俺が全面に出て戦えばまだまだなんとかなる。それ以上は龍の力無しには大変だ。
「どうしますか?瘴穴ダンジョンにしては異常な強さのランクの魔物です。一度体制を整えるのも手ですが」
「そうだね。正直瘴穴に深層の魔物が出てくるとは思わなかったね。私も姫さんもまだまだ余力はあるから大丈夫だが・・・
よし。ミノタウロスマンバクラスの魔物が今後も出続けるようなら一度引き返し救援を求めよう。その時は溢れ出す魔物は外で私たちがなんとかしよう。
だからとりあえずこのまま探索だね。もしかして階層も浅いダンジョンなのかもしれないからね。それで良いですか姫さん?」
「はい。異論はありません。深層の魔物が出た以上は一刻も早く瘴穴を閉じなければなりません。じゃないと仮に外に深層の魔物が溢れたら街が、いえ王国存亡の危機です。ある程度の見通しがとれないと私達に撤退は許されません」
確かに深層の魔物が溢れたら対処出来る人間は限られる。軍が出ても深層の魔物に勝てるかは未知数だ。
もし仮に溢れだした深層の魔物を倒すことが出来たとしても、その時にはかなりの被害が出ているはずだし、街が数個滅んでいてもおかしくない。
それだけ深層の魔物は驚異だ。
仮に深層の魔物に対応できる冒険者を集めるにしても深層まで潜っている冒険者は冒険者の数から言ったらほんの一握りだし、その一握りの冒険者は月の大半をダンジョンの中で過ごしている。
アイテムバックがあれば数ヶ月単位でダンジョンに潜るのも可能だ。もちろん上位冒険者はみんな持っている。むしろ必需品。
それ故に深層の魔物に対応出来るほどの実力のある冒険者をダンジョンから呼び戻すだけでもかなりの労力と時間がかかってしまう。そんな事をしているうちに被害は拡大する。
今瘴穴ダンジョンを踏破できればしたい。それが本音だろう。
それに瘴穴が溢れだしたら数百単位で魔物が外に溢れ出す。外で救援を待ちながら魔物を倒すにしても倒しきるのはほぼ不可能だ。雑魚魔物の対処に手を取られれば強い魔物を逃す。かと言って雑魚魔物を逃がしても一般人には到底勝てない。陵辱されて殺されるのが落ちだ。
「サラ姫とベアトリスさんは余力があるようですけど、後どれくらいやれそうですか?」
「どれくらいとは?」
「今後もこう言うフロアに着いた場合には深層の魔物が待ち受けていると思います。それに潜れば潜るほど魔物の強さが上がるのはどのダンジョンも一緒です。てことは深層の魔物もさらに強い魔物が待ち受けてる可能性が高い。このまま本来の瘴穴の階層が続けばダンジョン踏破は難しいと思います。
だから今の戦力でどこまでやれるか把握しながらいかないと最悪全滅です。最悪サラ姫は逃がさなければならない。ですよね?ベアトリスさん」
「私は逃げませんよ。民を護るのが貴族の務めです」
「いえ、最悪の事態になったら縛ってでも逃げてもらいます」
「ベアトリス!」
「姫様、これは御当主からの厳命です。私達の命に代えても生きて帰ってもらいます。これは民達の願いでもあります。
貴女のように民を第一に考えて命に代えても護ってくださる貴族は民にとっての希望なのです」
確かに貴族主義の多い中、平民第一みたいなサラ姫の考えはかなり少ないだろう。ベアトリスにここまで言われるのも納得するものがある。
俺の記憶のなかでもサラ姫の様な考えの人はかなり少ない。
人と違う思想は時に反発を産む。俺の過去の記憶の中には民に人気が出過ぎて暗殺されるケースもあったくらいだ。
貴族の嫉妬は死を招く。嫉妬の前ではそれが王族だろうがなんだろうが関係ない。ここで自制する心力があるなら初めから貴族主義の思想にはならない。
貴族主義で民から搾取ばかりしていては領地は枯れる一方。逆に税収を抑えて民の生活を楽にさせ民に活気があれば土地は豊かになり自然と収入が増える。確かに時間は掛かるし、収入が増えるまで領主は大変だが結果的に領主も領民も潤う。
まぁ領民を先導する才が必要とされる事でもあるので、一概にどちらにも良いとは言い切れない。
「サラ姫。ここは諦めましょう。私達民からすればベアトリスさんの言ってることは本心ですし。それにまだ引き返さなければならないと決まったわけでも無いですし」
「わかりました。対応不可能な状態になれば逃げましょう」
「姫様ありがとうございます」
ベアトリスさんが頭を下げるのと一緒に隊員全員が頭を下げる。
よほどの人格がなければこんなに慕われることもないだろう。早く他の街を見てみたい。そう思わせてくれる光景だ。
休憩を終え、再びダンジョンの探索を開始する。
サラ姫とベアトリスさんはミノタウロスマンバと同程度のレベルの魔物であれば各個撃破出来るだけの実力はあるそうだが、これが複数になったら戦う場所によってはキツいそうだ。
されだとやっぱり早急なダンジョン踏破はキツいかもしれない。ゆっくり休み休みのダンジョン攻略を許してくれるほどこの瘴穴は甘くない。
フロアを抜けると道が二又に別れている。
「俺が右側を見てきます。皆さんで左側をお願いしてもいいですか?」
右側の通路の方が瘴気が濃い。サージュと一緒にマッピングもしているので地図は二つあるし別れても問題はない。
それに別れた方が戦いやすい。
「それはいいが、一時間後に一度ここに集まろう。それか行き止まり立った場合はお互いに隣の道に入って合流をしよう」
「わかりました。この奥も深層の魔物が出ないとは限らないので気を付けてください」
「お前もな」
「クレイさん。気をつけて進んでくださいね」
「サラ姫もどうかご無事で」
返事を返し、先を急ぐ。ようやく身軽になった。
チームプレーは知識はあるし、ミックとアカスの二人と野山を駆け回ったり、最凶母さんから逃げ回っての死闘が記憶にあるが幼い頃のチームプレーなんかたかが知れてるし、前世の記憶と経験があるとは言え今世での経験はない。
それに元々騎士団として動いてきているメンバーと探索するよりも一人の方が心置きなく戦える。
心置きなく戦えるが問題は分かれ道だ。
一人では探索に時間がかかる。マッピングも一人でやらないといけない。以前瘴穴を踏破した時には時間があった。
でもこの瘴穴は恐らくもたない。実際に溢れた瘴穴は見たことは無いが、この瘴気の濃さはヤバい。
瘴気は実際には魔力だが、ダンジョンの特殊な魔力を瘴気と言う。これはダンジョン産の魔物も纏う魔力で、耐性が無いと体力低下や魔力・体力の回復を遅らせる。それに魔法の発動も阻害してくる厄介な物だ。
この瘴気に慣れるのが冒険者初心者の初めの一歩とも言える。
瘴穴ダンジョンが溢れる時は高濃度の瘴気により魔物のダンジョンからの出現数が爆発的に増え、結果的に瘴穴に収まりきれなくなった魔物がダンジョンから溢れ出す。さらに溢れ出すほどの瘴気が溜まるとダンジョンが拡張し成長する。
「早めの攻略をしないといけないけどサラ姫達の方も気になるなな」
瘴気が濃ければ濃いほど下に繋がってる可能性は高いが、可能性が高いだけで繋がってるとは限らない。
サラ姫の方が先に繋がってなければいいが。考えても仕方ないか。とりあえず先の確認だな。
身体強化を軽くかけて走り出す。この体になってから体力の回復も早いので常人よりも長い時間行動もできる。
風の魔力を先に飛ばして探索する。風の探索魔法【風道の行方】ダンジョン攻略するのには必須魔法だ。
通路系フロアは風の逃げ道がないので道に沿って簡単に風が流れてくれるので魔力消費もかなり抑えられる。
それになんと言っても先に魔法で探索できるので余裕を持ってマッピングもできるので超便利なのだ。
【風道の行方】に魔物が引っ掛かる。
スライムやコウモリ系の魔物だ。ダンジョン1層や2層では良く見る魔物だ。雑魚魔物に構ってる暇はないが、スライムはともかくコウモリ系の魔物は鳴き声で他の魔物を呼ぶ習性があるので手早く片付ける。
身体強化して走っているので、そのまま剣を振るって一刀でさよならだ。
「ここから先がダンジョン2層か」
目の前には下に続く階段がある。洞窟系のダンジョンは何故か階段が用意してある。ありがたいことだ。
これが密林とか清流ダンジョンだとただの縦穴だったりするから降りるのが大変。しっかりロープを張って降りなきゃいけないので相応の装備が必要だ。潜れば潜るほどアイテムバックの存在に感謝だ。
こっちに2層への入り口があるってことはサラ姫の方は行き止まりだろう。基本ダンジョンの階層をまたぐ道は一つだけだ。
たまに魔法で階層をぶち抜く強者もいるが、魔物もよってくるし、どこに落ちるかもわからないのであまりオススメではない。
「とっとと行くか」
一度引き返すことも考えたが、引き返すよりも先に進んだ方が良い気がする。
☆
クレイさんと別れてから数分。ベニー達が下級の魔物を退治してくれている。
ベニーはベアトリスの愛称で私が付けた。愛称を付けた時にはベニーは顔を赤くしながら嫌がっていたけど、何度も呼ぶうちに諦めたのか受け入れてくれるようになった。
急遽仲間に引き入れた冒険者のクレイさん。
魔物と戦う姿は凄まじいの一言。あそこまで流麗に魔力を操り、淀み無く戦う姿は綺麗で見惚れてしまいそうなほど。
本当はあまり一般市民を巻き込むのは貴族として良くない。でもあの強さはこの瘴穴の踏破には欠かせない。そう強く感じさせた。
「姫さん大丈夫かい?」
「クレイさんは大丈夫かしら」
「あいつなら大丈夫だと思いますよ」
ベニーは確信があるように強く宣言してくる。どうしてそんなに自信があるのかしら。
「姫さんは気付いてないかもしれないけどアイツはたぶん下層に向かったよ」
「えっ!?本当!?」
「ダンジョンは潜れば潜るほど瘴気が濃くなる。これはわかってますよね?」
「はい。何度もダンジョンに潜ってますから」
ダンジョンの瘴気はダンジョンが発する特殊な魔力。ダンジョンに潜れば潜るほど瘴気が濃くなるのは常識。
「アイツは分かれ道で別れた時に瘴気が濃い道を自ら選んでたからね。恐らく下層に行ったか、手前までは進ん出ると思うよ」
まさかあの時自ら瘴気が濃い方を選んでたなんて気づかなかった。
ダンジョンの瘴気は人間や動物や植物が放つ魔力と違う。ダンジョンの瘴気は有害。慣れれば気にならない程度になるが、高濃度のダンジョンの瘴気は感覚を鈍らせる。
ベニーは団長になる前は副業でダンジョン攻略をしていた時期もある元冒険者なのでダンジョンの瘴気には耐性がある。
濃い瘴気に曝されればそれだけ体に耐性が出来るが、ダンジョンに潜らなくなれば次第に耐性は弱まる。なので騎士団の者は定期的にダンジョンに潜り耐性を維持しているのでベニーも騎士団のみんなもそれなりにダンジョンの瘴気に耐性がある。
でも私はダンジョンに潜る暇はない。姫騎士と呼ばれようが、これでも公爵家の娘なのだ。公務がそれなりにあり、公務の間を縫って魔物狩りや領民と触れ合っているのだ。
「アイツは恐らくかなり力を抑えて私達と同行してますし、それになによりラスクード一族で外に出ても良い許可が出た者ですからそれなりに強いはずですよ」
確かにラスクードの一族は我が国の護りの要でもある。軍部でも上層部には必ずラスクードの一族がいる。
その強さは常人を軽く圧倒するし、力に目覚めたばかりの者でも軍人を軽く捻れる力があると聞く。
でもあの若さで深層の魔物相手に単独でのダンジョン踏破は聞いたことがない。それこそ勇者並みの力が無いといけないと思う。
「ベアトリスはクレイさんをどう思う?単独での踏破なんて勇者と並び立てるほどの力が無いと・・・」
「普通なら無謀だね。だがね勇者も人外、ラスクードも人外だ。ラスクードの一族はドラゴンを護り、世界を護る一族。以前助けてもらったラスクード一族の女性は一睨みでドラゴンも引かせてた。あれはどっちが怖かったか。だからたぶん大丈夫さ。それに何かあったらすぐ帰ってくるさ」
「そうだと良いんですが・・・」