姫騎士サラ・エバンステイルと瘴穴へ
「先程はありがとう。助かったよ」
赤薔薇騎士団。団長。ベアトリス・ガガンスト。
40後半の様な年齢で、深紅の髪を後ろに流し、髪は肩甲骨辺りまで伸びている。
その身には獰猛で豪気な気を纏っている。
赤薔薇より深紅の獅子の方が似合いそうだ。
「いえ、こちらこそ助かりました。出ていったは良いですけどどう止めるか悩んでました」
「そうかい?私にはほっといたら殲滅したようにも見えたがな」
この人団長なだけあって鋭いな。俺もボロを出さないようにしないとな。
「まぁいい。うちの姫さんがあんたと話したいそうだ」
「初めましてサラ・エバンステイルと言います」
同い年くらいの年齢で、赤い燃えるような色のドレスに身を包んでいる。髪はカラスの羽根の濡羽色の様に艶やかだ。赤いドレスにとても映えている。
それを押し退けるほど主張している胸元。
赤いドレスから溢れんばかりの巨乳。いや爆乳だ。
肌は極め細やかで艶やかだ。うっかり谷間に吸い込まれそうだ。
「初めましてクレイと言います」
「この方はエバンステイル家のご息女だ。エバンステイル家はしってるか?」
「いえ、すみませんこの間村を出たばかりで世間には疎くて」
「そうか。エバンステイル家は公爵家であり、ラムカイン王国王家の血を引いている。立派な姫さんだ」
「もぉやめてくださいよベアトリス。立派な、だなんて。私なんて周りから姫騎士とかおてんば姫なんて呼ばれてるんですよ?継承権は持ってますがあってないようなものですし」
「それは姫さんが日夜魔物を狩りに出掛けるから悪いんでしょう。まぁ私は面白いですけどね」
童顔でおっとりした気質に見えたが、かなりアクティブな姫だな。騎士団団長とは言え、家臣にここまで言われて平然と笑いあえる関係を築いているのにはかなり交換が持てる。
「すみません。話と言うのはなんでしょうか?」
「あ、すみません。話と言うのはですね。ラブートの群れの件です。ラブートはあまり群れで行動しない魔物だと言うことはご存じですか?」
「えぇ。それは知ってますが」
「今回私達がここまで遠征してきたのには訳があります。それはダンジョンの瘴穴が近くに出来たからです」
瘴穴はダンジョンの瘴気が元で出来る横穴だ。実際にはダンジョンに繋がっていない事が多いが、時間が経つにつれ瘴穴が広がりダンジョンとくっつくこともある。
瘴穴はダンジョン同様に魔物を産む。魔物の強さは様々だが、活性化すれば直ぐにでも瘴穴から魔物が溢れることもある。
過去には瘴穴が原因で村や町が魔物の襲撃によって壊滅した事例もある。
瘴穴最深部には強力な魔物が存在しており、その最深部の魔物を倒せば瘴穴は数時間後に消滅する。
だが、最深部に到達するまでも道のりが長い。瘴穴により10~50階層とかなりの幅がある。
アクジキに瘴穴に放り込まれた時は30階層の瘴穴で往復で2週間かかった。ま、途中で迷ったのも原因だけど。
「私達は瘴穴に潜るつもりです。あの瘴穴は後数時間もすれば魔物が溢れるでしょう。外までかなりの瘴穴が漏れていました。ラブートの狂乱状態も瘴穴が原因でしょう。温厚な魔物は瘴穴の瘴気に当たりやすいですから。
どうかラブートを軽々と倒せる貴方の力をかしてもらえないでしょうか」
本当に瘴穴だけが原因なのだろうか。確かに温厚な魔物ほど瘴穴の瘴気当てられやすい。それは瘴穴ダンジョンを護ろうとするからと言われている。
だが、本当に群れでの行動をあまりしないラブートをあそこまでの狂乱状態にさせる効果が瘴穴ダンジョンにあるのだろうか。
気を引き締めないといけないかもしれないな。
「私は冒険者でもないただの村人ですよ?そんな私で大丈夫でしょうか?」
「何言ってるんだ。あのラブートとの戦闘を見ていれば誰もが納得する強さだよ。それに君はグズー村出身なのだろ?」
「何故それを?」
「何簡単さ。グズー村の者が村を出てたどり着く最初の町はタスタスだ。そこにいる騎士団はグズー村の監視も任務のうちなのさ。グズー村の者が出れば直ぐに上層部に報告が来る仕組みになってるって訳さ」
そんな仕組みがあったのか。国はよほどラスクードの力を外には出したくないみたいだな。
まぁ突如強力な力に目覚める者が他国にも現れれば驚異に違いないか。他国に出したくないのもわかる。
「どうでしょうか?頼まれてくれませんか?もちろん報酬は出します」
「わかりました。同行します。ですが、装備が拙いので装備を整えるのに協力してもらえないでしょうか?」
「それはもちろんです」
サラ姫に嬉しそうに手を握られる。自然な流れで手を抱き締めて胸元へ持っていく。
ちょっと待て!触れる触れる!触れた!!
あ~なんて柔らかいんだ!至極の柔らかさ!また肌がスベスベで気持ちいい。
「少年。お前も姫さんに捕まったな。私もあの時は・・・まぁ今は良いか」
ベアトリスが俺の肩に手を置いてニヤついてくる。
ちょっとイラッとした。ま、今はこの幸せ感触に免じて許してやろう。それに妙に実感が籠ってるから何かあったのだろう。
★
「さぁ出発です」
サラ姫が力強い声で出発を合図する。
俺の防具はグラップスネークの革から出来た黒塗りの革鎧と籠手と脛当てに代わっている。前の革鎧はアイテムバックに仕舞ってある。
もったいないからな。
それと剣も数本買ってもらった。全部買ったロングソードよりも質が良い。もちろん高い。
それに種類も様々だ。大剣にナイフ、小刀やもちろん普通のサイズの剣も数本。
それと両手斧や片手斧、槍や鶴橋数本なんかと他にも探索に必要な道具もまとめて用意してもらった。
ダンジョン内だと直ぐに補給が出来るわけでもないので食料や水、治療道具も数を揃えてもらった。
ダンジョン内はモンスターが闊歩し、地形は階層毎に違う。
ダンジョンのエリアは洞窟、天候が安定した森林、熱帯雨林、渓流、火山等多岐に渡る。
そしてそのエリアに適した魔物が登場する。
俺達が踏み込もうとしているダンジョンは初めから罠ありの敵地。
一時の油断も死を招く。
そこへ薔薇騎士団を率いてサラ・エバンステイルは踏み込もうとしている。
はっきり言って公爵家の姫君が行く場所ではない。
何か企みがあるのか、ただの慈善なのか。見極めも必要か。
ダンジョンは軽い気持ちで踏み込んで良い場所ではない。ただでさえ瘴穴は範囲を広げるためにダンジョン入り口から瘴気が濃く、魔物の強さもカルナックのダンジョン入り口の魔物より強い。
それに瘴気が濃いせいで弱い魔物は狂乱状態になっていることが多い。
そのせいでちょっとしたダメージも気にせずに突っ込んでくる。
確実に狂乱状態を止めるためには一撃で屠る。これに限る。
戸惑って手を抜いてしまって痛い目に遭ったのを思い出す。あれは大変だった。一撃もらって意識が朦朧としかけた。龍の回復力のお陰で直ぐに回復してなかったら命も危なかった。
「瘴穴はどこら辺にあるんですか?」
「ここから数時間だ。ラブートの件でわかる通り周りの魔物も影響を受けてる。瘴穴の中がどうなってるか想像もつかない状態だ。それにすでに溢れる寸前。到着ししだい戦闘に入るだろう」
「ですからできるだけ早く瘴穴を閉じなければいけません。またダンジョンの横穴が出来てしまえば大変ですから」
カルナックも元は瘴穴が拡大し、ダンジョンに繋がってしまったものだ。今は国を上げて魔物を抑え込んだので安定しているし、冒険者も募って探索を続けているので上層の瘴気は薄まってきている。
大元のダンジョンは『アップグルント』と呼ばれる巨大な大穴のダンジョン。
龍達も底に何があるかはわからないらしく「魔神でもいるのではないか?」と笑いながら話していた。
アップグルントの周りには巨大な街が数多く出来ており、日夜魔物を狩ってダンジョンから魔物が溢れないようにしている。
だが、巨大な空を飛ぶ魔物等は大穴を抜けて外に飛び出すことが年数回あるらしい。
その度に軍が魔物を討伐し、少なくない被害が出ている。
その被害を見れば冒険者はダンジョンを探索し、世界を護っているとも言える。まぁ本人達に自覚はあまりないが。
何せ冒険者になる理由は金と名誉だ。
ダンジョン内で倒す魔物の中には魔石が存在さ、魔石は日常生活では欠かせない。
部屋の灯りを灯すのにも、料理をするため火をつけるのにも、トイレの水洗も、お風呂を沸かすのにも。
生活のあちこちで魔石を使用したマジックアイテムを使っている。
それは街が大きくなればなるほど魔石が大量に必要とされている。
魔石のランクが高ければ高いほど内包する魔力は多い。
内包する魔力が多ければマジックアイテムの使用時間も長くなる。そこため魔石はランクが高ければ高いほど高く売れる。
これはダンジョン内の魔物特有で外の魔物には魔石は存在しない。何故かはわからないが外の魔物には魔石は無いのだ。
そのため冒険者の仕事は常に必要とされ、日夜魔石が高値で取引される。
さらに魔物の素材も高値で売れる。強い武器や防具には強敵の屍やダンジョン特有の鉱石が必要不可欠なのだ。
ダンジョンは見る者が見れば宝の山。金銀財宝と同義なのだ。
高ランクの冒険者になれば有事には一軍の将と同等の権力と発言権が与えられる。それが魔物との戦闘となれば尚更だ。
それに高ランクの冒険者には国をまたいで活躍出来るように国家間の移動に関税がかからなかったりと色々メリットがあるらしいし、世界最強と呼ばれる者達はだいたいが冒険者だ。
新規階層踏破や瘴穴を閉じた者は英雄と呼ばれる事もあり、名声が広がれば高報酬のクエストも指名されやすい。
金と名誉、名声が手に入る。
男の冒険者であれば同時に女も手に入る。それこそ引く手数多だ。
それを体現してきた先人の冒険者が沢山いる。
これほどハイリスクハイリターンで夢のある仕事はないのだ。
「もうすぐで瘴穴に着きます」
ここまで狂乱状態のゴブリンや狼の魔物であるグルミットウルフ、イブブーガ等様々な魔物に襲われた。
イブブーガはもちろん食料としてアイテムバックに放り込んである。
ゴブリンは緑色の体表に5、6歳児位の体長の醜悪な小鬼だ。性格は獰猛で凶悪で残忍。雑食でなんでも食べる。知能は5、6歳児程度と高い。
罠を張って獲物を狙い、連携して敵を殺す様は新人冒険者以上。ゴブリンによる被害は村人から冒険者まで及び、年に数少なくない被害を出している。
特に女性はゴブリンに狙われやすく、ゴブリンの母体として使われ、その命尽きるまで犯し尽くされる。その姿は無惨の一言につきる。
そんな凶悪なゴブリンも狂乱状態に堕ち、連携のとれない状態では薔薇騎士団の敵ではない。身体強化もせずに剣技だけで屠られていた。
狼の魔物グルミットウルフは緑色の体表で木々と同化した隠密行動が得意な魔物だ。狼と同じくらいの体の大きさだが、身体能力は有に超え、獲物に近づき、一瞬で首を噛み切る。狂乱状態になったが故に獰猛さが増し、弾丸のように飛び掛かってくるグルミットウルフを斬るのは骨が折れた。
イブブーガは狂乱状態になったが故にその機動性が失われ突進を繰り返し切り刻まれたのでさほど驚異を感じなかった。
「ここが私達が見つけた瘴穴です」
洞窟タイプの瘴穴で人一人入れるほどの入り口が空いている。馬や馬車では入れなさそうだ。
「全員で行くんですか?」
「いや、私と姫さんと後は騎士団から3名ついてくる。他はここで見張りだ」
「姫様がダンジョンに入って大丈夫なんですか?」
「安心しな。伊達にお転婆姫と呼ばれてない」
「もぉベアトリス!言うならせめて姫騎士って呼んで」
口を膨らませて怒る様からは戦っている姿は想像できない。
確かに赤い鎧に短めの剣や腰に長めのナイフを差してはいるが、装備していても想像はできない。
まぁ何かあれば騎士達が護るだろう。無理であれば自分が男とかすれば良い。
こんなに入り口の小さいダンジョンは初めてだ。中は出現する瘴穴によりけりなので想像できない。その場での臨機応変が求められる。
こりゃ気が抜けないな。