二日目
ひなたが五年生の夏でしたね、病気が再発したのは。
はい、急性骨髄性白血病。
三歳の時に一度発病したんだけど、そん時は薬が良く効いて半年で寛解したんスよ。
うん・・・ちゃんと治ったのになー・・・。
それがまた・・・。
なんかダウン症の人間って、健常のヤツに比べて白血病に
なる確率が500倍くらい高いらしくて・・・。
入院してからは、何もかもがあっと言う間で・・・。
なんかもう、見てらんなかったスね。
胸から飛び出したカテーテルに点滴の管が繋がってて・・
なんでかあん時は薬の効きが悪くて・・・
熱が下がらなくて、ぐったりしてて・・・
もうホント、あっと言う間で・・・。
その頃には俺んちとあいつんちは、もう完全に家族ぐるみの付き合いになってたんスよ。
うちのおふくろとあいつのおふくろさんが意気投合しちゃって、よく二人で買い物に行ったりしてて。
俺とあいつとひなたは、しょっちゅうお互いの家を行ったり来たりして遊んでて。
だからうちの親父一人だけ浮いた感じになっちゃって、
なんかちょっと拗ねてましたね。
ハハハッ。
そうッスね、そん時中三っスね俺とあいつ。
俺はもうあんまよろしくない先輩達と付き合い始めてて、
あいつは受験勉強が大変で。
それでも暇見つけちゃあお互いの家でウダウダしてましたね・・・ひなたがいたから。
とにかくひなたの事は可愛がってましたね、あいつは。
懐いて来るのが嬉しくてしょうがないって感じで、俺と
二人の時には絶対見せない様な、くしゃくしゃの笑顔で。
入院してから毎日あいつと二人で見舞いに行ってたんス
けど、大抵ひなたは寝てて・・・。
起きてる時も、だんだんはっきりとは話せなくなって。
一度だけ、少し具合が良かった時に俺に言ったんスよ、
「花火まだ?」って。
こんな状態でも楽しみにしてるんだなー、
ホントに花火好きなんだなーって。
でもまだ花火大会までは、二週間以上あって。
とても動かせる様な状態でもなくて・・・。
その次の日からっスね、あいつが見舞いに来なくなった
のは・・・まるまる一週間。
結局あいつは教えてくれなかったんで、俺は今でもわからないんスよ。
あいつが一人で、たった一週間で、どうやってあんな事が
出来たのか。
あいつが来なかった間にも、ひなたはどんどん弱って
いってて・・・。
俺はもう・・・とにかくもう・・・ビビってましたね。
もし・・・ひなたが・・・って。
ただビビって・・・なんも出来なくて・・・。
やっぱ正直ムカついてましたよ。
あの野郎、なんで一週間もこねーんだって。
そしたらあの日・・・あの野郎・・・。
だいぶ暗くなってたから7時近かったのかな?
ひなたが入院してたのは3階の病室だったんだけど、
窓の下から「ひなた!!ひなた!!」って。
もちろん、すぐあいつの声だってわかりましたよ。
あわてて窓開けたら、中庭んとこにあいつが立ってて。
俺アッタマ来て、
「てめー何やってんだ、この野郎!!」
って怒鳴ったんだけど、あいつ完全に無視して
「ひなた、よく見てろよー!!」って、
ポケットからケータイ取り出してなんかやったんスよ。
そしたら次の瞬間・・・
あの病院は4階建てのコの字形になってて、中庭挟んで
向こう側の病室と向き合う形だったんだけど、窓の正面
に見える病棟の屋上から、滝みたいに花火が・・・。
いや、マジで凄かったっスよ。
こっちの窓から見える向かいの建物全部火花に包まれて。
呆気にとられて見てたら、今度はあいつが立ってる中庭
から、一斉に物凄い量の火花がブワーッって・・・。
上からも下からも、窓から見える景色が全部花火なん
スよ。
んー、10分くらい続いてたから、多分千発以上はあった
はずっスよ。
俺、しばらく圧倒されてたんだけど、ハッと我に返って
慌ててひなたに
「ひなた!花火!ほら、花火だぞ!」
って窓の方に顔向けてやって。
これは後になって看護婦さんに聞いたんだけど、当然
病院の人達も黙って見てる訳無くて、消火器持って中庭
に飛び出して来たらしいんだけど、あいつ・・・
片っ端からタックルしてぶっ倒して、絶対に消させなかったって・・・チビのくせに・・・。
その間ずっと、体に似合わない馬鹿でかい声で、
「ひなた!!頑張れ!!頑張れー!!」
って・・・。
俺は100パーセント確信してますよ。
ひなたはあの花火を見たし、あいつの声が聞こえてたって。
だってひなた・・・笑ったんスよ。
ほんの一瞬だったけど・・・ニコッて・・・。
あの笑顔を見た時、俺は誓ったんスよ。
この恩を返すためなら、なんでもするって。
これから先、例えそれがどんな内容だろうと、あいつの
頼みは絶対に断らないって。
だけど、あいつ・・・。
あの後、何度その話しをしても同じ反応でね。
面倒臭そうな顔して、プイッてそっぽ向いて、
「恩とか言うな、そんな仲じゃないだろう」
って。
・・・スカしやがって・・・あの野郎・・・。
アッハハハッ、いやそりゃ当然大問題になりましたよ!
パトカー来るし、消防車来るし。
連行されましたからね警察に、アーッハハハッ!
あれ高校生だったら完全に退学でしたね、ハハ。
まあ事情が事情だったって事で、病院も学校も色々と
穏便に済ませてくれて。
ウチの親もあいつのおふくろさんも、いろんな所に頭
下げまくったし。
ま、俺も学校でチョット署名集めたりしたし。
結局、反省文30枚と学校と病院の周りの清掃一カ月
で手打ちになったんスよ。
いやー、よくあの程度で済んだよなー、ハハハ。
そうっスね・・・葬式はかなり盛大でしたね。
小学校の子達が100人以上来てましたから。
いや、泣かなかったっスね、俺もあいつも。
・・・うーん、なんか・・・違和感があって。
うーん・・・なんて言うのかな・・・。
みんな泣いてたんスよ、小学校の子達も、近所の人達も。
・・・ひなたとほとんど喋った事の無いヤツらが。
いや・・・もちろん嫌って訳じゃないんだけど・・・
なんか・・・こう・・・。
コイツらと一緒には泣きたくないって。
あいつも同じこと思ってたみたいで。
その夜遅くなってから、あいつが来たんスよ。
なんか紙袋ひとつ持って、俺に「ちょっと来い」って。
一言も喋らなかったっスね、俺もあいつも。
ただ黙って夜道をとぼとぼ歩いて。
行き先が八幡様なのはすぐわかりましたね。
境内の真ん中に座り込んで、あいつ袋の中のモン取り出し
たんスよ。
まあ、状況からいって酒だろうなとは思ってたんスけど、
フフフ、あいつ何持って来たと思います?
ワイルドターキー!・・・そう!中坊がどうやって手に入れたのか知らないけど、あいつワイルドターキーのボトル
持って来たんスよ、アハハッ。
平然とした顔で「飲もうぜ」って、ハッハッハ!
いやいや、その辺で簡単に手に入る日本酒か焼酎でいいだろって。
バーボンって・・・何ハードボイルド感出してんだよって
話しっスよ、アハハ。
この野郎、こんな時までスカしてやがるって大笑いしましたよ、ハハハ。
もうベロンベロンっスよ。
当たり前だけど二人とも酒の飲み方なんか知らないから、
30分くらいでボトル空けちゃって。
さすがに境内で吐く訳にはいかないじゃないですか?
だから境内の横の雑木林の中に入ってって吐くんだけど、
そこが結構な急斜面になってるんスよ。
ま、当然転げ落ちる訳で、ゲロ吐きながら、二人とも。
泥だらけのゲロだらけで這い上がって来て境内にぶっ倒れて、また吐きに行って転げ落ちて・・・ハハハ・・・
何回も何回も・・・ハハ・・・。
朝まで二人で泣いたんスよ・・・。
俺とあいつ、
二人だけで・・・。
はい、高校は別々でしたね。
俺は例のバカ高校、あいつはちょっと遠くの進学校で。
そんでも日曜は大抵つるんでましたね。
いや、あいつの勉強が大変だったんで、あんま遊びに行ったりはしなかったっスけど。
お互いの家でウダウダと、はい。
あいつが東京の大学に行ってからは、それまでみたいには
会わなくなりましたね。
はい、俺は鳶の仕事が忙しくて。
それでも、正月と花火大会の日には必ず帰って来てました
ね。
・・・花火大会はひなたの命日兼ねてたから。
年に1、2回しか会わなくなってからも、俺はどっかで
あいつに対して借りがあるって感じてました。
はい、あの花火の事で。
もうあいつにはその話しはしなくなってたけど・・・
でも・・・やっぱり俺は・・・いつかは必ずって・・・。
結局その『いつか』が来るのに丸々10年かかったんス
けどね。




