賢者
時刻 "15:30"
全てを食べ終わったころには、陽は頂点から若干斜めに傾いていた。
残った骨をどこかに運んでいき、戻ってきた父狼と母狼は子狼を真ん中に川の字となって横になる。
『ふぅ…ごちそうさまだ。』
『御馳走様でした。』
「わぉんっ」
『おお、息子も"御馳走さま"と言ってくれるのか! そうかそうか!』
『もうこんな時期からそんなことを言えるなんて…お母さん、とても嬉しいわ…!』
まぁ…日本でも"いただきます"と"ごちそうさま"は欠かさなかったしな…。
まぁ、それでも久々に腹いっぱいに喰ったなぁ…。いつもはカロリーメイトか食パンかその辺りだったし。
『ではそろそろ我は賢者にこの事を報告してくるとしよう。』
『そうね。さっきの貴方の遠吠えでもうわかってるとは思いますけど直接伝えた方がいいですわ。』
『きっと、全てのモノたちに聞き届いたはずだな! がっはは!』
"賢者…ねぇ。賢者って言われるぐらいだから色々な情報とか持ってそうだな…。できれば俺も一緒に行きた"
『ふむ、では我が愛しき息子よ! 共に参ろうではないか!』
"いとか思ってたらすでにもう行くこと決定してた件。これは好都合…!"
とか思っていると、2匹の銀狼はゆっくりと立ち上がり、ゆっくりとした速度で歩き出す。
きっと俺の歩調に合わせてくれているんだろう。
俺も急いで立ち上がり、2匹に着いていく。
"…甘かった。"
歩き始めて1時間ちょっとぐらい。
2匹が俺の歩調に合わせて歩いてくれているといっても、今歩いているのは壮大な森の中。
でこぼこした道、地面から浮き出た木々の根。
歩きにくいし、俺自身もそこまで大きくないため、一つ一つの障害を越えるだけでもかなりの苦労を強いられる。
ただ、それのおかげで今のこの体にはもう大分といっていいほど慣れた感じがする。
それもあり、今は体力の消耗をいかに消費せず、最低限の動きで移動できないかの効率化を考えている。
徐々に歩行速度も若干ではあるが上がった…ような気がする。
『ほほう、さすが我が息子だ。もう歩行は完璧じゃないか!』
『吃驚しますわ。息子の成長がこんなにも早いだなんて…ああ、さすが愛しい息子。』
"効率厨の俺をなめんな! どんなモノにも自分が楽できるようまずは効率化を図っていくのが俺なのだ!"
ただ自分の体ということもあり、体力の消耗は低くはなったといってもなくなるわけではない。
動きの無駄、最小限の動きでの木々の根を超え、でこぼこ道はなるべく平たい部分を探してそこを歩く。
それでも、ゲームとは行かない。
ゲームの中では無尽蔵に走ってくれるが、現状ではそうもいかないわけだ。
"ほんと、ゲーム内のキャラってどうなってんだか…"
なんてことを考えながら気が付くとすでに目的の場所の前まで来ている様だった。
『さて、着いたぞ。』
その言葉に我に返り、改めて周囲の異変に気付く。
考え事にふけっていたせいであまり気づけなかったが、ふと上を見上げるとあちらこちらに白い何かが木々に付着していた。
よく見るとそれは蜘蛛の巣のようなものだった。
奥に進むにつれて蜘蛛の巣の数もどんどん増えていく。
"明らかに賢者って蜘蛛ってことだよなこれ…。でも蜘蛛か…"
今までやってきたゲームに出てくる蜘蛛を思い出してみる。
状態異常特化で大量の目が体中にくっ付いたやばい奴。
隠密に特化した漆黒の若干薄みがかかった奴。
数の暴力という表現が似合う腹部が膨張して大量の卵を生み出す奴。
"…ろくな蜘蛛がいねぇ。"
そこまで考えて身震いを起こす。
そして歩くこと数分、木々を抜けた先にあったのは少し広めの空間。
その真ん中に一本の巨樹がそびえ立っており、その上は案の上、これまた大きめの巣が満遍なく張られてある。
視線を下に落とすと、何やら奥の方で作業中であろう女性の姿が上半身だけ見える。
ただその女性は異様に白く、その佇まいから感じ取れる異質な雰囲気が逆に妖艶さを醸し出していた。
"…蜘蛛?"
一番最初に浮かぶ疑問。だがそれもすぐに解消された。
というよりも蜘蛛で女性という2つの単語で次に連想させたものがぴったりとあてはまったのだ。
その答え合わせでもするかのように、賢者がこちらに気づく。
『賢者よ、息子に自我が宿った。どうか見てもらえないだろうか?』
「あら、主様。いらっしゃい、待っててくださいね」
そう言いながらゆっくりと立ち上がる。
そしてソレはゆっくりとこちらに移動しながらこちらに近づいてきた。
茂みから現れたその全容にびっくりすることはなかったが、その姿に魅せられる。
上半身は人間の女性、そして下半身は大きな蜘蛛の姿。
全体がその背景に似つかわしくないほどまでに白く、髪の毛でさえ毛先まで真っ白だった。
また目は8つ付いており、人間部分に4つ、下半身の蜘蛛に4つ。
瞳の色は真紅のような赤色と、これこそ完全にファンタジーに出てくる【アラクネ】そのものだった。
8本の足をそれぞれ動かしながら子狼の前までやってくると、すっと身を屈める。
にっこりと笑顔を向けられ、心臓の鼓動が高まる。
というよりも人間部分が女性で服さえ来ていないため、見えるところが見えてしまっているのだ。
意外と刺激が強すぎる。
かなり顔立ちがよく、目の部分さえ除けば十分なほどまでに美人の部類に入る。
いや、この目だからこそ彼女の魅力がさらに増しているのだ。
ドギマギしながらぽかんとしている子狼をそっと持ち上げ、胸に抱える。
まるで赤子をあやす様にゆらゆらと揺らしながら、唖然としている子狼を見て微笑む。
"や、柔らけぇ…!!"
抱えられているため、すぐ左側の頬に触れている賢者の胸の柔らかさに感動を覚える。
アラクネの足に絡まりながら蜘蛛の部分の御腹をフニフニしたいのは私だけじゃないはず…!