容態の悪化
時刻 01:3.b0
エネラたちと共に蜘蛛の間までやってくると何やら様子がおかしい。
ラーナが慌ただしく何かを探している姿が見え、何があったのか声をかける前にアルフたちの姿に気付いたようで一目散にこちらに走ってきた。
「アルフさまぁ! エネラせんせぇ! ルイシャの様子が!」
その一言だけで全てを理解したエネラが薬品等が収められている部屋へと駆け込んでいく。
アルフは急いでルイシャがいる部屋へと戻る。
そこでは血を滲ませながら苦しそうに咳き込むルイシャに涙目になりながら治癒魔法を必死に掛け続けるアンジュ。
そして魔力が尽きぬ様に自らの魔力をアンジュへと注ぐユリアの姿があった。
『ルイシャ!』
『しっかりして…ルイシャ…!!』
「アルフくん!ルイシャが急に苦しそうに咳き込み始めて!」
「アンジュ様はそのまま治癒魔法で体力を回復し続けてください!」
そう言いながら、幾つかの薬品を持って部屋に入ってきたエネラ。
部屋の彼方此方に糸を出して蜘蛛の巣を張り、そこに持ってきた薬品をくっ付けさせていく。
そして少量しか入っていない赤い液体が入った容器をそっとルイシャの口元まで持ってくると
「ルイシャ、これを飲んで…! 苦しくても零さずに全部飲み干してください…!」
意識が朦朧としているのか、ルイシャの視点が定まっていない。
だがそれでも容器の存在を認知し、苦しそうに咳を止めて液体を慎重に飲んでいく。
途中せり上がってくる咳をなんとか我慢しながらもその液体を最後まで飲み干し、そして意識を失った。
エネラは一息つくが、その表情は晴れることなく曇ったままだった。
それを見て、アルフは一つの不安を覚える。
エネラはルイシャにこれ以上苦しまぬ様に蜘蛛の糸を要所要所へ掛け、掛けた糸に治癒のポーションを垂らしていく。
何も出来ないアルフは邪魔にならぬよう、外に出てすっかり暗くなった夜空を見上げる。
それからどれぐらい時間が経ったのか、ヘトヘトになったエネラが部屋から出てきた。
『エネラ先生、ルイシャの容態は…』
「…とりあえず今は落ち着いています。アンジュ様の治癒魔法のおかげで何とか峠を越せました。」
間を置いてから告げるエネラの口調は重く感じる。
今ここにはエネラと2匹っきりしかいない、聞くなら今しかないとアルフはその不安をエネラにぶつけることにした。
『…エネラ先生、ルイシャに呑ませている液体はもうないんですね。』
「…。」
あの液体がなんなのかアルフにはわからなかったが、ルイシャを助けるための唯一の液体であることだけは理解できる。
あの時、エネラが持ってきていた容器に入っていたのはごくわずか、そしてそれを全て飲ませていた。
そして飲ました後も晴れることのないエネラの表情。
そこから察するに、ルイシャを助けていたあの液体はあれが最後だったのだと。
重い沈黙の後に、エネラはゆっくりとその口を開く。
「…はい。おっしゃる通り、あれが最後です。」
次に発作が起きた時にはルイシャを助けるための方法がないということ。
つまり次の発作で、ルイシャは死ぬ。
『あの液体はもう入手できないのか?』
もし手に入るんだったら何とかしてその液体を手に入れる覚悟があったアルフ。
だが予想通り、エネラの返答は、
「ごめんなさい、アルフ様…。あれはもう…。」
『………そうか。そもそもあの液体は一体なんなんだ?』
「それは…」
そこまで言いかけた時、部屋からアンジュがトコトコとたどたどしい様子で出てきた。
2人の姿を見ると、その場にぐっだりと倒れ込む様に横になる。
『大丈夫か?』
『へっちゃら…、でも…もう魔力がからっきし…』
「ありがとう、アンジュ様。あの治癒魔法のおかげでルイシャの体はあの液体の効果に耐えうることが出来ました…。」
『そっか…それは、よかったわ…』
とそのまま眠ったのか、スヤスヤと寝息を立て始めた。
エネラはアンジュを起こさぬようにゆっくりと抱き上げると、アンジュを休ませるために別の部屋へ移動する。
「あの液体の事についてはまた…後程お伝え致します。ですが今はどうかルイシャの御傍に…」
『わかった。エネラ先生、ありがとう…。』
軽く会釈をし、エネラはその場から離れていく。
そのタイミングを見計らって、自らの影から白いモヤが頭だけを出してアルフに話しかける。
―なあ、俺様よ。
(………)
―…あー、まあその。今はとにかく助かったんだ。
(………)
―次、あの液体を使えなくたって、それまでに別の助かる方法を見つけりゃいいだけの話だろ。
(……あの液体は明らかに他のポーションとかよりも格が違う、希少…なんてもんじゃないほどの物だと思う。それを飲ませて完治には決して至らず、延命に近い状態でしかルイシャの体を生かすことができないんだ…。)
―あの液体と同等…いや、それ以上のモノや方法じゃなけりゃあの子はずっとあの怪我に苦しみ続けちまうってわけか。
(ルイシャはまだ12歳の子供なんだぞ…。何も悪い事なんてしていない、なのにあの仕打ちを受ける理由なんて何もないはずなんだ…!)
―そうだな。
(…ルイシャが苦しんでいる間、エネラ先生は治療を、アンジュは治癒を、ユリアは自らの魔力を2人に分けて補佐を…。だが俺は遠くから見ているだけで何も出来ない…!)
―治癒系の魔法とか知識なんざ持ち合わせてないからな。ありとあらゆる病や怪我を一瞬にして治す万能ポーションなんてアイテムを持ってすらないし、そんなアイテムが登場するゲームなんざやったことないしよ。
(俺がやってきたゲームのアイテムがここの世界で具現化できるなら、ラストファンタジーとかゴッドクエストとかそういった系統のゲームをやっておくべきだった…くそっ!)
―そんなもん後の祭りだろうし、何よりこんなことになるなんてそもそも予想もできるわけじゃねえしよ。だが、何もできないなんてのはぜってぇちげぇぞ。エネラ先公も言ってただろうが。傍にいて精神面で支えることができるのは俺様だけなんだよ…。
(………。)
ゆっくりと重い足取りでルイシャの眠る部屋へと戻っていく。
先ほどとは打って変わり、静かに眠るルイシャの姿。その視界の端には魔力切れを起こし、気を失っているユリアの姿もあった。
近くに置かれていた毛布を口で咥え、起こさぬようにユリアへとかけてあげる。
『…ユリアもありがとうな。』
労いの言葉をかけ、ルイシャの元へ。
『ルイシャ…、すまない。こんな時、君にしてあげることは何もない…。』
その言葉を聞いてか否か、ルイシャの胸に置かれていた右手が離れ、何もないベッドの外へと放り出されるようにだらんと垂れる。
アルフはそっとベッドからはみ出している手に自らの体を触れさせ、その場に横たわる。
アルフの体に触れているのを感じ取ったのか、先ほどよりも表情が柔らかくなった感じがした。
『…諦めない、決して。』
そう強く決意し、瞼を閉じる。




