父と母
時刻 "13:00"
"…あれはどう考えても俺の親に当たる狼等だよな。"
なんの迷いもなくこちらの方へと骸となった大きな猪のような獣を引きずって来ていた。
ただここで一つだけ違和感が生まれる。
"片方の狼、ここから結構距離はあると思うけど…、その上であの大きさならかなりでかいぞ。"
大きさ的には大体4~5mぐらいだろうか。
普通に考えてこれはもはや昔見た映画に出てくる白狼たちそのままだ。
その大きさにあっけに取られるも、もう片方もなかなかにでかい。大体3mぐらいと見える。
"ということはつまり、あのでっかい方が普通に考えて父、小さい方が母なのか?"
んー。俺も成長したらあそこまで大きくなるのだろうか?
などと考えている内にその2匹との距離もどんどん縮まっていく。
ここでじっとしていてもあれだったので、あえてその2匹に近寄ってみることにした。
よいしょっとお尻を持ち上げ、テトテトと可愛らしい音声が聞こえそうな歩き方で向かう。
"ついでに何かしら声でも掛けてみるか? ただなんて呼べばいいのかわからん…。"
こんな状況になる前、日本でゲーマーとして生きていた頃誰とも組まず、孤独≪ソロ≫を貫いていた。
そのため、致命的なほどまでにコミュニケーション不足であるために、まともな会話すら期待できない。
"べ、別にコミュ障というわけじゃないんだからね!"
何に言い訳したのか、理解不明である。
意を決し、喉の奥から音を絞り出すように声を出す。
「わぅんっ…!」(お父様、お母様、おかえりなさい!)
まともに言葉すら出なかった。
というよりもちゃんと文字を思い浮かべてそう言ったはずなのに、口から出た言葉は1単語だけだった。
ただその声を聴いた2匹の銀狼はギョッとした様子でこちらの方に勢いよく振り向く。
父と思われる銀狼に限っては引きずっていた大猪を落としている始末。
再度、互いの顔を向き、そしてもう一度小さな狼の方へと顔を向ける。
すると突如、大きい方の銀狼が首を垂らし、
―――ワ゛ォォォォォオオオオオオオオオオオンッッ!!
首を天へと持ち上げながら、大気を震動させる勢いで発した咆哮。
未だ距離があるにも関わらず、小さい子狼はあまりの勢いに思わず尻餅をついてしまった。
ただそれだけでは終わらず、もう片方の銀狼からも先ほどまでとはいかないが、遠吠えを発している。
どこからどう見ても明らかに極限までの興奮状態に陥っているのは明らかだった。
"…俺、やらかしたか? え、もしかして親じゃなかった? いやでも状況から明らかに…"
などと動揺していたら、今度はその2匹がこちらに向けて走り出していた。
それも全速力なのか、気が付けばもう目の前まで来ていた。
その勢いにまたもや押され、小さい子狼は仰向けにコテンッと倒れてしまう。
"別にあざとくみせてるわけじゃないんだからねっ! まだこの体に慣れてないだけなんだからねっ!"
本日2度目の意味不明な言い訳である。
『おおおおおおお、我が息子よおおおおお!!! ついに、ついに自らの意志が宿ったかぁあああ!!』
『あなたぁ! 今夜はとびっきりの御馳走を用意しましょう!』
『ああ、ああ!そうだな!あんな肉は適当に放置して、極上の肉を取ってきてやろうぞぉ!!!』
一瞬、あんな肉呼ばわりされた大猪の骸がピクッと反応した気がした。
『ああ、今日はなんて素晴らしい日なのだろうか!!どれだけこの日を待ちわびたか…!!』
『これでもう私たちは安泰ですわ…!あなた…!』
『エフィ…!』
"なるほど、これが親バカってやつか。"
なんとか姿勢を持ち直し、興奮気味に話す2匹を唖然とした表情で見つめる。
それにエフィと呼ばれた母狼はこちらの視線に気づいたのか、ゆっくりと姿勢を落として顔を近づける。
そのまま俺の頬と自分の頬を優しく摺り寄せる。
意外と心地よかった。
心の底から安心感が沸き上がり、自然と母狼の頬に頭を擦る。
これほどまでにまっすぐと母からの愛情を受けたのは何十年ぶりだろうか…。
気が付けば、小さく、そして何度も、何度も鳴きながら母の頬を触れていた。
同じく変化はありません。