もう一人の自分
時刻 "16:30"
あれからどれほど走り続けたのだろう。
アイツが触れた場所から侵蝕汚染が広がることに気付いたのはアンジュたちから離れるように走り出してから数分にも満たなかった。
それからは木々が密集している場所を避けて、広い場所を探してひたすら走り続ける。
カービス・ベヘモスがきちんと後を付いて着ていることを確認する必要はなかった。
アルフの背後から感じ取れる悪寒と今もなお増加し続ける負の感情。
もはやアルフの心情が侵蝕汚染によって崩壊するのは時間と気合の問題だった。
そしてついに開けた場所へ出ると同時にアルフに向けて何十にも重なった巨大な黒い手が振り下ろされる。
それをギリギリで左に避けると同時にそのまま体ごと後ろへ振り返る。
振り下ろされた巨大な手が一つの塊になり、それらはカービス・ベヘモスへと変化した。
ゆっくりと顎が開かれ、中から一本の手がだらりと垂れる。
カービス・ベヘモスを中心に黒い瘴気が漏れ始めるが周囲には何もないため、ただの瘴気としてそこに漂う。
その瘴気は徐々にではあるが拡大している様にも見える。
そしてアルフとカービス・ベヘモスは正面切って対峙しているため、アルフの心情汚染が加速していく。
これ以上悪化しないように、即座にスキル<闘志を震わす遠吠え>を起こす。
天高く頭を持ち上げ、遠吠えすると同時に隠密を強めて身を屈めると同時に左の方へと飛ぶ。
<闘志を震わす遠吠え>により強化された隠密と瞬発力を高めたカービス・ベヘモスの視界外への移動。
大抵これによりアルフを見失うのがほとんどなのだが、そんなことを気にすることなくアルフの飛んだ方向へと飛ぶ。
"やっぱ逃げれねぇか…!!"
予想は出来ていた。
アイツから密集した森林の中を逃げている間も隠密は発動していた。
それでもこうしてぴったりとくっついてここまで追ってきているという事は、あいつには"コレ"は通じない。
アルフはこれを予想して低姿勢で飛んでいたため、瞬時に逆方向へと軌道修正を行う。
カービス・ベヘモスはアルフの軌道修正を瞬時に悟り、アルフへ舌腕を一気に伸ばした。
何十にも重なる様に伸びた舌腕がアルフの体に触れようとするが、それをギリギリの所で身を屈めて避ける。
"っぶねぇ…! 確か触れたら解除不可の肉体汚染だっけか…? くっそ、触れられただけでオワコンとかでたらめすぎる…!"
そのまま低姿勢の状態で駆け、カービス・ベヘモスと距離を取ろうとするが、それを逃がすまいと言わんばかりに伸びた舌腕で後を追う。
後少しという所で重なり合っていた舌腕が一気にほどけ、無数の舌腕となってアルフに降りかかる。
落下地点とその落下軌道を読んでギリギリの所を避けていく。
出来れば余裕をもって避けたいアルフだったが、なんせ数が多い。
"30手以上か…? いやそれ以上かもしれんけど、きっつい…!"
それらを全部避けると伸びきった舌腕がまた1本の舌腕に纏まり、カービス・ベヘモスの口元に戻っていく。
口の中へ完全に戻り、そのまま開いていた顎を閉じるとアルフへ向けて勢いよく地面を蹴る。
アルフ目がけてその右腕を振り下ろすが、寸での所でそれを躱すと同時に一気に距離を離す。
"攻め手が完全に無ぇ…。アイツに触れる接近戦かましたら肉体汚染される可能性が高い…。どうすればいい…!?"
必死に頭の中で思考を巡らせ、勝機を見出そうとするも何も手立てが思い浮かばない。
カービス・ベヘモスは、すぐさま体勢を立て直すと再度舌腕をアルフ目がけて伸ばす。
それを避けようと右方向に飛ぶが、足にうまく力が入らずに思ったよりも飛べていない。
だがそれが幸いした。
『んな…!?』
伸びてきた舌腕は、アルフが飛ぶと同時にまるで開花するかのように視界を埋め尽くさんとするほどまでに無数に広がった。
大きく広がった舌腕は、あのまま強く飛んでいたらいたであろう場所に次々と刺さっていく。
アルフはそのまま後方へと瞬時に飛ぶと同時に先ほどまでいた場所にも舌腕が刺さっていく。
アルフの後を追うように次々に刺さっていく舌腕、全て空振りだとわかるとすぐに口の中へと引っ込めていく。
また突き刺さった場所から瘴気が発生し、その場に漂い始めた。
気が付けば、周囲の彼方此方に停滞する瘴気であふれかえっていた。
"このままじゃ追い込まれる…! どうすればいい…、どうすれば…!"
―んじゃあ、俺が代わりになってやるよ。
その時、突如として脳内に響き渡る不愉快な声。
聞いたことがないはずなのに、その声には聞き覚えがあった。
ふと我に返り、前を見るとそこには白いモヤがそこに立っていた。
『な、ぜ……?』
―そんな寂しいこと言うなよなぁ。せっかく俺が出てこれるほどの均衡崩壊が起きてるっていうのによぉ。
―ポンッ
<新たなスキル"白き闇の召喚"を入手しました。>
突然目の前に現れたポップアップ。
そこには新たに習得されたスキル名が出ていた。
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≪白き闇の召喚≫
熟練度レベル:1
自身の内に宿る闇を自らの分身として召喚する。
分身はある程度時間が経つか、一定以上のダメージを受けると消失する。
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その白いモヤは徐々にあるモノへと形作っていく。
カービス・ベヘモスは突然の事に様子を窺うように姿勢を低くしつつ、こちらを見ながら左右をうろつく。
白いモヤは天使の翼をイメージさせる装飾品が掘られた、白銀の鎧を身に纏う純白の騎士へと姿を成した。
そしてその騎士には見覚えがあった。
『それ、は…あの、最後に、クリアした…ゲームの…』
「そう。俺たちがここに飛ばされる前、一番はまり、一番やりこみ、そして死ぬ原因となったゲームに登場した俺たちのマイアバターだ。」
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マーヴェリック Lv1
バトルスキル
・剣舞 Lv1
・光殺剣 Lv1
・真空裂斬 Lv1
アクティブスキル
・闇の加護 Lv1
・闇纏い Lv1
・闇開放 Lv1
パッシブスキル
・闇喰らい Lv1
・思念話術 Lv1
弱点
・光 :ダメージ2倍
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マーヴェリック
そう名前が表示された白いモヤ。
マーヴェリックの名とその各スキル情報が映し出されたポップアップ。
見た目の割には光が弱点で、逆に闇がメインな所に違和感を感じる。
「さすがにこのレベルじゃ弱いか。でもま、これで時間稼ぎは出来るな。」
『じか、ん…か、せぎ…?』
「アイツを倒すなんざまず今の俺たちじゃ無理だからな。ここで俺が時間いっぱい稼ぐ。ここまで逃げてくる途中で痕跡ぐらいそこら中に残してきただろ?」
ふと思い返せば、カービス・ベヘモスがアルフを追いかけていく際、木々を飛び移りながら来ていたこと、またアイツが触れた場所にあの黒い瘴気が発生すること。
そして助けを呼ぶためにアンジュたちを先に逃がしたこと。
つまり時間をある程度稼げば、カービス・ベヘモスがここまで来る途中に残した瘴気を追って誰かが助けにくる。
また黒い瘴気が明らかに侵蝕汚染絡みだとするとそれらを対処できる誰かを連れてくるかもしれない。
現状、アルフたちの勝機は助けが来るまで時間いっぱい逃げる事。
「だが俺はアイツの汚染による影響を一切受け付けない。つまり、俺が頑張れば何とかなるってことさ」
そういうとアルフの前に出て、庇うように白き大剣を構える。
「ま、正直どこまでやれるか俺ですらわかってねぇけどな?イヒヒヒヒヒ!!」
『……。』
「まあ、任せろって。お前には指一本触れさせねぇよ。お前を守るのが俺の役割なんだからよ。」
対峙するマーヴェリックとカービス・ベヘモス。
睨み合う双方だったが、先に痺れを切らしたのは…
「じれってぇ! いっくぞおらああああああああああああああ!!」
マーヴェリックだった。
今回新たに習得したスキル
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≪白き闇の召喚≫
熟練度レベル:1
自身の内に宿る闇を自らの分身として召喚する。
分身はある程度時間が経つか、一定以上のダメージを受けると消失する。
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