闇との接触
時刻 "16:00"
ディアプニルを平らげ、ソイツに変化が現れる。
モゾモゾと蠢き始め、何の形を持たぬソイツから4つの突起が現れる。
それらの突起に這うように無数の手が集まり始め、そしてそれらは"腕"と"足"を形作る。
また前方辺りにも手が何かを包み込むように何十にも重なり始め、それは"頭"を形作った。
"顎"と思われる部位の手が開かれ、中から一本の手がまるで"舌"のように垂れる。
全身から発せられる黒い光、また漏れる様に黒い煙のようなモノが漂い始めた。
その煙に触れた草木は黒く変色し、溶け始めていく。
明らかに尋常じゃない事が目の前で起き、
『…アイツは一体なんだ…』
ふとアルフの口から自然と漏れた言葉。
ユリアは明らかにソイツを見て恐怖し、アンジュからは怒りと憎悪を剥き出しに威嚇していた。
そしてアルフ自身からも感じる、心の奥底から湧き上がるこの負の感情。
そう、この感じには見覚えがあった。
『これは、まずい…!ユリア、アンジュ、しっかりしろ!』
『…ッ! ……おにぃ…さ、ま…?』
「……!!」
突然名を呼ばれ、ハッと我に返ったアンジュであったが未だにその目には拭いきれていない負の感情が宿っているように感じられる。
だがユリアはあまりの恐怖に尻餅を付き、腰を抜かしていた。
尻餅を付いた際に物音を立ててしまったのか、ソイツはビクッと反応し、こちらの方を瞬時に向いた。
"見つかった。"
アルフは咄嗟に隠れていた茂みから姿を現す。
今まで出会ってきた中で一番やばい敵だと瞬時に悟った。
アイツに今ここで見つかったのはかなりやばい。
そんな思いを確信へと思わせる内容を示すポップアップがアルフの目の前に現れた。
―ポンッ
====================
呪淵体・獣 Lv1
名前:無し
種族:鳥獣種・呪淵族
ランク:***
====================
バトルスキル
・体当たり Lv1
・噛み付き Lv1
・引っ掻き Lv1
アクティブスキル
・侵蝕拡大 Lv1
パッシブスキル
・瘴気 Lv1
・侵蝕 LvMAX
弱点
・光属性 2倍
====================
気になるところは幾つかある。
だが、侵蝕、瘴気などのスキルがあること。
そしてソイツが無数の腕や手で形作ったこと。
"…前に言っていた"侵蝕汚染体"っていう奴か?
でも表示された名前が違うぞ…?
でもこの状況は明らかに俺たちの手ではあり余るものであることは確かだ。
もうすでにユリアとアンジュの精神的疲労が酷い。そういう俺もかなり厳しいが…"
『アンジュ、ユリアを連れてここから逃げろ。』
『お兄、様…?!』
『幸い、俺がすぐに姿を現したおかげであいつは俺しか認識できていないようだから、このまま俺が囮になれば大丈夫だろう。』
『そんな、こと聞いて、ないわよ…!!』
『今のお前たちは完全に足手まといだ。かくいう俺もかなりまずい状態だがお前たちほどじゃない。それに今ここで勇者を失うわけにはいかないしな。』
カービス・ベヘモスとの距離はまだ離れてはいるが念のため思念話術をアンジュに絞って会話する。
そして未だ正気を失い、虚ろな目で虚空を見つめているユリアとアンジュを交互に見て状況の再確認を行った。
現状、正気を失いかけているアンジュと完全に正気を失ったユリア。
若干ではあるが精神的疲労を感じるアルフ。
そしてゆっくりとアルフの方面へと近づいてい来るカービス・ベヘモス。
アルフはそのまま左の開けた方へと様子を窺いつつ、そちら方面へと歩みを進める。
『ここから蜘蛛の間までは遠くはない。だから、俺を助けるために、誰か、助けを呼んで、くれ。』
『お兄様…?』
アイツを見続け、またあいつに見られてから精神的疲労がかなり増している。
なるほど、アイツに見られると精神汚染がさらに強くなるわけか。
"つまり見ても見られても精神汚染は広がるってわけか。ほんと厄介だな…"
出来る限り心配を掛けぬよう平常を保ってはいたがさすがに隠しきれない。
アンジュはアルフの後に続こうと立ち上がろうとしたが、手足が尋常じゃないほどまでに震えていることにここで改めて気づく。
そしてユリアの方を向き、その異常な状態を見て今自分たちが置かれている状況を悟った。
『…頼、んだ、ぞ。』
そう言い残し、そのまま前へと一気に走り出した。
これ以上にないほど足に力を込め、速く、速く、速く、森の中を駆けていく。
声にならない叫びを上げ、呪淵体・獣がアルフの後を追うように駆け出した。
そしてそこに瘴気だけが漂い、その瘴気は周囲の木々を溶かし、黒い液体を生み出していく。
その黒い液体はそこに漂う瘴気を全て取り込むと、そこに小さな侵蝕汚染が生まれた。
その侵蝕汚染は徐々にではあるが周囲をゆっくりと手を伸ばす様に広がり、次々と飲み込んでいく。
『…呼ば、なきゃ…。』
我に返り、放心しているユリアの襟を加え、そのまま引き摺るようにその場から急いで離れた。
あの侵蝕汚染にこれ以上近づいてはいけない。
飛びそうになる意識を必死に戻し、力の続く限り、蜘蛛の間へと逃げていく。
気が付けばアンジュは蜘蛛の間の前まで来ていた。
そこには戻ってきたアダントやエフィ、そして夕食の準備をしているエネラとそれを手伝うラーナの姿。
そしてその入り口を守るウルティアが立っている。
アンジュたちの様子がおかしいと思ったのか、ウルティアが駆け足でアンジュたちの元までやってきた。
「御嬢殿…! これは一体…?」
『たす、けて…おに…さま……が……』
そう言い残し、アンジュの意識が消え、その場に倒れ込んだ。
急いで倒れたアンジュとユリアを抱え、蜘蛛の間へと戻る。
蜘蛛の間へこれまでにないほど全速力で戻ってきたウルティアに只事じゃない様子を感じ取り、アダントは近づく。
気を失うアンジュとユリア、そしてその場にいない息子を見て胸騒ぎを感じる。
『ウルティア、一体何が起きた?!』
『分からぬ…、だが御嬢殿は意識を失う寸前、若様を助けて、と。』
エネラも急いでウルティアの元に駆け寄り、そこで意識を失っているユリアとアンジュに治癒魔法をかける。
だがそこで感じた違和感に恐怖した。
「…主様、アンジュ様たちからかなり強い侵蝕汚染の反応が!」
それを聞いたアダントは目を丸くさせ、天高く咆哮を上げる。
それは今この場で起きた状況をとある者たちに伝えるための思念話術に近いものだった。
『ウルティア、お前はこの場に残り、万が一何が起こってもここを死守せよ。エフィ、我と共にアルフを救出しに向かうぞ。』
『御意に!』
『わかったわ!』
そして次の瞬間にはアダントとエフィの姿は消えていた。
残されたウルティアは自身が会得している一部のスキルを発動させると入口前に移動する。
エネラはラーナを呼んでアンジュたちを安全な場所に移動させた。
ふと背後を振り返る。
きっとアンジュたちを助けるため、また自らを囮にしたのだろうとアルフの行動を読む。
「…若様、どうか、無事で…」
こいつを考案するのに大体1週間も掛かっちゃった。
<呪淵・獣の生態について>
ランク:???
ディアプニルの死骸を喰らって生まれた侵蝕汚染の生命体とされているが詳しいことは一切わかっていない。
侵蝕汚染の特徴である"精神汚染"のデバフが掛かる能力も持ち合わせている。
またその見た目的に目と思われる部分はどこにも見当たらないが、見られているという感覚はしっかり感じられる。
そしてデバフが掛かる条件として、侵蝕汚染を"見ること"だけであったが、呪淵・獣に"見られること"でもデバフが掛かることが判明した。
2重の精神汚染による精神破壊の速度は通常の2倍の速度で進むため、早期決着が出来なければ精神汚染によってまず先に自らの精神破壊で廃人と化してしまう。
そしてその体や攻撃に触れただけでも肉体汚染デバフにかかり、そのままカースドエネミーへと変貌してしまうので近接での攻撃も禁止されている。
対峙した際、早期決着が望ましく、また相手の攻撃には決して当たってはいけないというなんとも理不尽な戦いを強いられることになる。
そもそも呪淵・獣に対する友好的な攻撃手段が確率されていないため、また出会う事さえ滅多にないので、情報もほとんどない。
そのため、冒険者ギルドでは精神汚染のデバフを感じた瞬間にはすぐさまその場から離れ、ギルドに報告する義務が定義づけられた。




