朝の報告
時刻 "9:00"
頬を優しく摩る何かの感触に重い瞼をゆっくりと開ける。
それと同時に部屋に差し込む朝日の光が中を明るく照らす。
そこには優し気な表情でアルフの頬を指先だけで摩っていたルイシャの姿が見えた。
隣では未だにスヤスヤと寝息を立てているデモンベアのアンジュがいる。
"あの夢は見なかったな…。まあ、見たとしても内容を覚えてないから実質見てないことになるんだろうが…"
『おはよう、ルイシャ。もう起きて大丈夫なのか?』
「…ん。」
声が出ないため、軽く頷いて返事を返した。
それを聞いて安心したのか、触れる指先に自らの頬でそっと摩る。
"声も出せないんじゃ不便だし、思念話術〈テレパシー〉を会得してもらうしかないか…。"
考え事をしていると扉が開き、部屋の中にエネラが音もなく静かに入ってきた。
部屋に入ってきたエネラを見つめるルイシャの姿を見て、アルフはエネラへとゆっくりと頷いた。
その意味を察して、エネラは一息ついた後、ゆっくりとルイシャへと近づいていく。
手には紅い液体の入ったグラスを持っており、それをルイシャの横たわるベッドの上に置く。
ルイシャの首周りに手を回し、優しく抱き起すともう片方の手で置いていたグラスを手に取る。
「さあ、この薬をもう一度飲みましょうね。苦いけど、我慢してね。」
「ん…。」
震える手でグラスを手に取り、ゆっくりと口元へ持っていく。
そして口に付け、グラスを傾けて中身の赤い液体をゆっくりと飲んでいく。
最初、焼けた喉に赤い液体が通る際に浸みる痛みに咽せ、手に持っていたグラスを落としかけるもエネラがグラスの底に手を置いて落下を防ぎ、ケホッケホッと咳き込むルイシャの背中を優しく摩る。
「痛くて飲みづらいでしょうが、頑張って飲んでください。」
「…ん。」
涙目になりながらもエネラの言葉に頷き、再度赤い液体を飲んでいく。
途中何度か痛みに喉を詰まらせるも何とか堪え、グラス内の液体を全て飲み切る。
全て飲み終えた後、再び咽るように咳き込む。
「よく頑張って飲みましたね。」とエネラはルイシャの頭をゆっくりと摩る。
再度、ルイシャの体に手を回し、ゆっくりと体をベッドに寝かせる。
「では朝食の準備をしてきますので、若様はルイシャちゃんの傍にいてもらってもよろしいですか?」
『ああ、問題ないよ。』
「有難うございます。ではまた後程…。」
「…ぁっ…」
『エネラ先生。』
そういって寝ているアンジュを起こさぬ様に部屋を出てようとするエネラを呼び止める。
振り返り、首を傾げながら「どうしましたか?」と聞いてきたエネラに、
『ルイシャが、"ありがとう"だそうだ。』
と告げる。
ルイシャは吃驚したような表情でアルフを見ていた。
それを聞いてエネラは優しく微笑み、
「いえいえ、どう致しまして。」
と返し、そのまま部屋を出ていった。
アルフは未だ驚きを隠せない様子のルイシャの方を向いた。
『ルイシャの伝えたい気持ちはあれであっていたかな?』
一応念のためにルイシャに聞いてみるが、嬉しそうな表情で頷くのを見てほっと胸を撫で下ろす。
『そうか。もし間違えていたら恥ずかしかったな。』
「…っっ。」
声は出せないが、ルイシャはアルフのボケに笑っている様だった。
その時、ずっと眠っていたアンジュが起き出した。
『おはよぉ…。ふわぁ…。2人とも、朝早いんだね~…。』
未だ夢の中に片足を突っ込んだ状態のアンジュ。
『おはよう、アンジュ。まだ眠いならもう少し寝てもいいんだぞ?』
『ん…、起きるよ。だって、お兄様、朝ごはん食べ終わったら狩りに行くつもりでしょ…?』
アンジュには見透かされていた。
すでにレベル3への昇格ができる今、さっさと鳥獣族を5体倒してボーナスを最大値まで溜めてさっさと上げておきたいところ。
朝食時にはアダントたちも来るだろうからその時にある程度の詳しい話を聞いた後、さっさとレベリングに向かいたかった。
『あたしも一緒に行くからね。』
『…ちなみにその理由は?』
『今回の件で、あたしはまだまだ実力不足だってことを実感したの。少しでも早くお兄様たちの役に立ちたい。守られるだけじゃいやなの…』
『だが、アンジュ。お前の回復支援は十分に役に立っているぞ?』
『大きな怪我が出てからじゃ遅いの…! もう、ルイシャちゃんみたいな子を出したくない…』
今回起きたこの悲惨な惨劇、アンジュは完全に回復担当のため、前戦には一切出なかった。
そのため、いろいろと考えていたのだろう。
アンジュのそんな心境、わからないでもない…かもしれない。
"いやだって、ずっとソロだったから待つ側も待たされる側もないんだもん!"
なんて誰に言い訳をしているのかわからないが、とりあえずアンジュの意志を汲んで狩りに連れていくことにした。
『…わかった。それじゃあ朝食を取った後、一緒に行こうか。』
『うん! ありがとう、お兄様!』
「…。」
ルイシャが何か寂しそうな表情でアルフたちを見つめる。
それに気づき、ルイシャの傍に近寄ると鼻先でルイシャの頬に触れる。
『狩りが終わり次第、すぐに戻る。戻ったら、思念話術の練習をしよう。いつまでも頷きだけじゃ不便だろう?』
「…っ!」
何時にも増して嬉しそうな笑顔を浮かべ、アルフの頬に手を触れる。
どうやら先ほどの赤い液体の副作用なのだろうか、ルイシャは安堵した表情を浮かべて眠りに付く。
それと同時にエネラが部屋に入ってきた。
朝食の準備が整ったことだけを告げて、すぐに部屋を出ていった。
アルフとアンジュは互いに頷き合い、寝ているルイシャを起こさぬ様に静かに部屋から出る。
家から出るとすでにアダント、エフィ、オルダス、ラーナ、ウルティアとその妻と子がそこに鎮座していた。
エネラが黒蜘蛛と共に調理したであろう料理の品をテーブル代わりの大きな切り株の上へと置いていく。
アルフとアンジュも席に着き、各々と食事に付く。
久々の料理にがっつく様に食べ始め、あっという間に平らげてしまった。
"ただ焼いただけの肉に香ばしいスパイス…。普通にうめぇわ…。"
なんて初めての調理品のおいしさに感動していると、アダントが先に語り始めた。
『さて、一応報告でもしておく。あの後から我らは残党狩りをした。今までのを含め、計70体ほどのオゥクロプスがここに襲撃してきた。ミノタナトスはあの1体だけのようだから、きっとその1体がオゥクロプスたちを先導してきたのだろう。』
今まで俺が倒した数が、13体…ほどだったか。
それでも残り57体ものオゥクロプスたちが来ていたわけか。
この森周辺の生物たちを絶滅させるつもりで来てんのかよ…。
『なぜここを襲撃したのか、理由は結局解明できなかった。』
"まあ、リーダーを容赦なく殺したしねぇ…。"
『今回のこの襲撃により、被害も少なくはない。ここから東、オゥクロプス等が一番最初に発見された場所に住む者等は壊滅。そこからここの近くに位置する"聖樹の間"まで被害は広がっている。」
「一応、私たちの方ではミダ―孤児院はルイシャを残し全員が嬲り殺されていたみたいです。また探索依頼を受けていた新米冒険者たちにも多大な被害が出ているようで、冒険者ギルドが対応に追われているとの話を聞きました。」
"結構やばいのな…。"
『奴らは一匹残さず殺したが、念のため我らはもう一度この辺りを見てくる。我らが離れている間、この辺りはアドゥレラに警護するよう任せてあるから安心してくれ。ただし、まだ予断は許さぬ状況であることは確かだ。各々、警戒を怠るな。もし何かあればすぐに叫べ。我らかアドゥレラ、その配下がすぐに向かう。ウルティアよ、引き続き"蜘蛛の間"を警護し、病人たちを守れ。』
『御意に…。』
ウルティアにそう言い残し、アダントとエフィ、オルダスはその場を後にした。
ウルティアは番のディアプニル、チビディアプニルと共に何かを話し込んでいる。
ラーナは食事の後片付けをしているエネラの手伝いをしていた。
『…ではいくか、アンジュ。』
『ええ、お兄様。』
アルフはアンジュを連れ、蜘蛛の間を後にした。
特になし




