侵蝕汚染
時刻 "6:38"
『父様、侵蝕汚染というのはなんですか?』
『…見ればわかる。だが、詳しいことはわからないのだ…。』
アダントは歩みを進める。
だんだんと目的地に近づいているのか、頭痛と吐き気も強くなっていく。
「気分が悪くなったら無理せずに吐けばよろしいかと。幾分か楽にはなりますよ、若。」
『いや、大丈夫…。これくらいなら…。』
『あたしは…無理…うぼぇ…』
とエフィの背に乗っていたアンジェは耐え切れず、せめて体に掛からないように吐しゃ物を吐き出す。
エフィが心配そうに様子を尋ねるが、吐いて少し気分がよくなったようだった。
「侵蝕汚染が広がっているところはもうすぐでございます。」
そうアドゥレラが説明をする。
するとどこからか衝撃波のような震動が大気を通じて感じる。
この先で大規模な戦闘のようなものが起きているようだ。
そして数分後、問題の場所に到着した。
『これ、が…侵蝕汚染…ッ!』
『なに、これ…』
目の前に広がる禍々しい光景に息を呑んだ。
黒いモヤモヤとしたようなモノが木々や草花を侵蝕するかのようにあちこちに広がっており、脈を打つように蠢いている。それらを見ているだけで不安のような嫌悪のような凄まじいほどの気持ち悪さ。
だがその正体もすぐにわかった。
『これ、手か…?』
そう。モヤモヤとして見えていた黒い何かは大小様々な手が何十にも重なったモノだった。
それらの手は液体の様に蠢き、そして徐々に広がろうとその手が何十本も伸びていく。
これ以上の拡大を阻止しようと、様々な蟲たちがそのモヤモヤに向けて攻撃を放っていた。
攻撃を受けるたびに消滅し、そこを埋めようと広がっていた手が消滅した部分へと移動して修復している。
ただ全ての蟲が近接攻撃は一切せず、遠距離による攻撃だけで対処している。
"ということは触れたらやばい奴か。"
だがふとその侵蝕汚染を見ていると憎悪にも似た感情を感じる。
徐々にその憎悪は拡大していくように感情が怒りや憎しみを抱き始める。
『呑まれるな。』
その言葉にハッと我に返る。
さっきまで感じていた憎悪にも似た感情が消えていることに気付く。
アダントがこちらを見ていた。
どうやら呑まれるな、とは先の状態の事らしい。
アンジュの方を振り向くと、少し表情が険しいが何とか堪えている様だった。
『アルフ、アンジュ。これが侵蝕汚染だ。見るモノ全ての精神を憎悪で汚染し、触れた者全ての肉体を憤怒で汚染する。精神の汚染はまだ何とかなる。だが、肉体の汚染はどうすることもできない。』
「もし汚染されてしまった者…汚染者"カースドエネミー"になってしまえば、殺すことでしか救うことはできません。なので基本的に侵蝕汚染を食い止める時は遠距離攻撃による一斉攻撃でしか手はありません。」
"かなりやばい奴やな…。何とか堪えてるものの、これ以上先行ける自信はないぞ。"
『お兄様…、あたし…怖い…。』
『そうだな…。俺もなんとか耐えてはいるが、結構辛い…。』
アルフとアンジュの様子を見て、アダントはエフィへ目配りを送る。
それを受け取り、エフィはアルフを自分の背へと乗せるとその場からゆっくり離れていく。
『さあ、もう大丈夫だからね…。』
『お母様…、お父様は…?』
『あの狼なら大丈夫よ。こういうことは慣れてるからね。』
どうやらここで残ってアドゥレラたちと共に侵蝕汚染を抑えるようだ。
あれをどうやって処理するのか非常に興味があるが、今の俺じゃあ近づくだけでアウトだ…。
アンジェはエフィの言葉を聞くと安堵した表情でそのままへたり込む。
どうやら汚染されぬ様に気を張りすぎて気を失ったらしい。
という俺も正直に言えば、意識を保つだけでも精いっぱいな状態ではある。
『アドゥレラ、あの銀狼をお願いします。』
「お任せください、エフィ様。」
その言葉を聞いて頷き、エフィは来た道を全速力で戻り、この場から急いで離れていく。
その後ろ姿を見送り、アドゥレラは再度侵蝕汚染の方へと向く。
「さあ、最後の仕上げと行くぞ!」
アドゥレラの一声により、先ほどの蟲たちの攻撃がいっそう強まった…。
あれからどれほどの時間が流れたのだろうか。
無事我が家へとたどり着いた。そこに蜘蛛の間で別れたエネラが洞穴の入口で待っていたようで、こちらに気が付くと両手を握りながらエフィたちの方へ近づいていく。
「さあ、若様とアンジュ様をこちらに…!」
『お願いするわ。私もあの銀狼を手伝いにいくから後をお願いね。』
「ええ、どうかお気をつけて…。」
エフィはエネラに子供たちを託すと、アダントの方へと全速力で向かっていった。
一瞬の内にその姿は見えなくなる。
エネラはアルフとアンジュに向けて白い光を放つ。
光に包まれた2匹はどこか安らかな気持ちになっていく。
「これでもう大丈夫ですよ。それにしても侵蝕汚染なんて…。」
『エネラ先生は知っているのか? 侵蝕汚染について。』
「ええ。ただ、わたくしも詳しいことはわかっていません…。」
エネラの話によると、侵蝕汚染は突然発生するらしい。
どこでどうやって侵蝕汚染が発生するのかわからず、原因もわからないそうだ。
その侵蝕汚染が発する被害は先ほどアダントが言っていた精神への汚染と肉体への汚染。
また放っておくとその領域を拡大させていく。それも無尽蔵に。
唯一の対処としては攻撃を浴びせ続けるとそのうち消滅するということ。
かつて侵蝕汚染の発見と対処に遅れてしまい、完全に飲み込まれた一国が存在するという。
これ以上の拡大を防ぐために、侵蝕汚染に飲まれた国へ向けて消滅魔法を放ち、一国もろとも侵蝕汚染を完全に消滅させたという。
「これにより更なる被害を防ぐことは出来ました。ですが根本的な解決には至っていません。」
『やばいんだな、侵蝕汚染ってのは…。』
『もう、それと関わり合いになりたくない…』
「わたくしもできればもうあんな目に合いたくないと思っていました…。」
『エネラ先生がここに来た理由って、侵蝕汚染が原因なのか?』
「間接的にはそうなりますね。根本的な理由ではありませんが…。とりあえず、主様たちが戻ってくるまではここに居ましょう。わたくしも傍におりますので…。」
『ありがとう…、エネラ先生。』
『助かるよ…。』
三匹はそのまま洞穴の奥へと姿を消した。
それから夜が訪れ、日の光が照らし始めた頃にはようやくアダントとエフィが無事戻ってきた。
特に語ることはなし!




