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百円玉とネコ

 いつのことだったか、はっきりと覚えてはいない。

 わたしは小学校の低学年だったと思う。妹は幼稚園。もしかしたらもう小学生になっていたかもしれない。

 わたしたちは母といっしょに、祖父母の家の近くの公園で遊んでいた。祖父母の家があるのは都会である。都会といっても、名古屋市のはしっこで、話題の高層ビルや百メートル道路があるわけでもない。でも、わたしは市でもないようなところに住んでいるから、十分都会だと思う。

 公園には地元の小学生が何人かいた。田舎の小学生は都会の小学生がこわい。むしろ、都会自体がこわい。

 母にとっては懐かしい風景というだけで、なにも特別なものはない。だけど、わたしと妹の落ち着かない気持ちに気付いて、別の公園へ行こうと言ってくれた。

 少し歩いた。途中コンビニがあった。コンビニにはなじみがなかった。すぐに別の公園があるというのは、うらやましくて、しかたなかった。わたしの感覚では、公園はとなりの団地にしかない。

 公園でお金を拾った。百円玉を拾った。純粋に子供だったわたしは、落とし物は届けなければならないと思った。でも母は違った。

 もらっておけばいい。

 わたしと妹にとっての百円は母の百円よりよっぽど高額だったと思う。百円は一日分のおこづかいで、それがあればおかしがいくつも買える。その百円玉が小学生のおこづかいだったとしたら、たぶん、落とした子は泣いて、悲しいうえにお母さんに怒られただろう。

 わたしたちはすぐに百円玉のことを忘れて、つかれるまで遊んだ。地元の子がいなかったから夢中で遊べた。

 おやつの時間くらいになって、帰ろうとしたら、どこからかネコがやってきた。白かったはずのネコ。がりがりになって、目やにがひどくて、小さくて。かわいそうだと思いながらも、不気味さのような、恐怖心のような、そんなものをどこかで確実に感じていた。

 ネコはすき。でも、さわれなかった。こわかったからじゃない。ネコアレルギーだから。それだけ。全くだめなわけでもないけれど、母はさわってはいけないといった。

 しばらくネコを見ていた。ネコはずっと鳴いていた。かわいらしい声だったか、かすれた声だったか、記憶にない。ただ鳴き続けていた。

 かわいそうだと妹が何度も言っていた。かわいそうだけど、そう思うことしかできなかった。

 その横で、母はズボンのポケットを探っていた。よごれた百円玉が出てきた。このお金で食べるものを買ってあげようと言う。ネコを公園に残し、わたしたちは途中にあったコンビニに行った。魚肉ソーセージを買った。早く食べさせてあげたくて落ち着かなかった。

 公園に戻ると、ちゃんとネコは待っていた。みゃーみゃーとたよりない声で鳴いていた。

 母が小さくちぎったソーセージをネコの前におく。小さな歯をむきだしにして、ネコがそれを食べる。なくなるとまた鳴く。

 かわいかった。

 最後の一口を持って、母は言った。

 これ、あげたら走るよ。

 ネコの前に、ソーセージをおく。なにも疑わずに食べる、ネコ。

 言うとおりに母について走った。

 なんで走るの?

 振り返った時には、もう、公園は見えなかった。


 一匹ののらネコに会いました。そのネコは落ちていた紙パックからこぼれたジュースを必死に飲んでいました。のらネコは何匹も見ましたが、こういう姿を見たことはありませんでした。すごく寂しい気分になって、ふと昔の記憶がよみがえってきました。今回はその記憶をもとに書きました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 仲里さんの言っていることも、一理あると思います。確かに、読み手がいなければ、小説は成り立たない訳ですから、そういった意味では、読み手が主体となっても良いと思います。しかし、裏を返せば、書き手…
[一言]  確かにそうですね。藤井さんの仰る通り、どのようなものも違う視点から見れば、違う面白みを見い出すことが出来ると思います。書く上においても同様ですね。  しかしながら、読み手が深読みしなければ…
[一言] 暖かい話で良いです。 普通とは違った視点からの感想ですが、100円の落とし主は、自分の100円が、そんな所で役に立つとは、思ってもいない訳です。ただ自分が優しくしようと思って、猫に餌をあげる…
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