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第三章(後)


「はあーこれが本当に人工的に造られた島ですか」


 本物の自然と遜色のない森と硬い大地。小鳥のさえずりが聞こえ、新緑の木々が爽やかな風に揺れる、園内の巨大な湖に浮かんだ人工島。

 入場ゲートを抜けた際や園内の数々の場所、そしてエレベーター内でもそうだったように、視界に広がる景色に慧さんはまた感動の声を上げた。

 

 当初の目的を終えた俺達が訪れたのは、契姉さんのスポンサーでもある橘グループが運営する――遊園地に水族館やプールなどの水に纏わる施設が併設された――巨大テーマパーク『ウォーターワールド』。軽い昼食を取った俺達は姉さんに言われた通り、充分に残ったお金で遊ぶことにしたのだ。

 水着姿でジェットコースターに乗ったり、観覧車で園内を一望したり、高所から見た園内をゴンドラで間近に見たりと、常に笑顔溢れる時間を過ごした俺達が足を踏み入れた人工島はウォーターアイランド。

 事前予約制のこのアトラクションは一ヵ月先まで予約で埋まっているのだが、姉さんの計らいで飛び入り参加することが出来たのだ。今朝慧さん達が姉さんに呼び出されていたのも、そのパスを貰う為だったという。


「土台自体は大きな岩を魔術で積み上げたみたいだけど、その上に載ってる物は本当の土や木だから」


 興奮した妹とは対照的に、惺さんは淡々と突っ込みを入れる。熱帯魚や珊瑚、イソギンチャクなどに囲まれた数分余りの水中エレベーターに乗っている時同様に、彼女に表面的な変化は全くない。

 俺達の姿は『Water Island』という文字が入った白いTシャツ一枚と、簡単に脱げないよう踵にベルトのあるサンダル。慧さんは微かに透けて見える薄いピンクの花柄ビキニで、惺さんはホルターネックにショートパンツ風の黒い水着を下に履いている。

 申し込むに当たってチームの証の為にと同じTシャツを渡されたのだが、園内で遊んでいる時は水着だけ。可愛過ぎる二人の水着姿――特に惺さんの大き過ぎる胸の膨らみに男女問わず多くの視線が集まっていた。

 俺は嫌でもそれが分かり複雑だったのだが、本人に気にした様子はない。ずっと威風堂々とした佇まいを貫いていた。それが逆に良かったのだろう。ナンパをして来る者は全く居なかった。


「まあ、目に見えていないと、その奥がどうなってるかは分からないよね」


 この光景に素直に凄いと思っていながらも、俺も冷静にそんなフォローを入れる。結局人間は表面をコーティングされれば、そう簡単に本質を暴くことが出来ない。そう、その例がまさに俺だ。未だ俺の正体に気付いた者は居ない。


「もうすぐ敵が来そう」


 会話を区切るように突然と惺さんは無機質な表情のままに呟いた。


「あ、そうだね。今このエリアには私達以外にもトリオが五組も居るんだよね」


「普段は最大で五組の所に自分達が参加したから六組での戦いだね」


 回想に耽っていた俺は現実に戻ると慧さん同様、ピストルよりも少し大きい程度の黒い銃を持つ手に力を籠める。


「慧、下がって」


 自らの考えが当たっていたように指示する惺さん。驚きながらも素直に応じ飛び退いた彼女が居た地点へと放たれた鋭い水の塊。それは間違いなく敵が放った攻撃。俺達はもう敵の標的とされていた。


「私は正面を見る」


「右は私に任せて下さい」


「うん、自分は左で」


 咄嗟のことにもすぐに平静を取り戻し、今出て来た扉を背後に三方に注意を配る俺達三人。半月程度の付き合いだが、自分達の意思を共有出来るまでに仲を深められている。

 と言っても、俺達を引っ張ってくれる惺さんに単純に従っているだけ。戦闘においての彼女は常に心強く、俺達を陰ながらに支えてくれる最高の仲間なのだ。

 そんな彼女を襲う、俺の正面の森から放たれた水の弾丸。死角から飛んで来る攻撃はしかし、決して彼女を傷付けることは出来ない。ただ一人だけ二丁の銃を持った惺さんは弾丸を見ないまま左手に持った銃で撃ち落とした。さすがは二丁魔銃の使い手。銃の扱いはお手の物。


 凄技を横目に右手に持った銃を左手で支えた俺は、黒いTシャツの青年スナイパーを狙い撃つ。木陰に隠れる彼の腹へと見事に命中した水の弾丸。少しは怯むものの、それほどのダメージはない。それもそのはず。そうならないように初めから設定された銃なのだ。

 このウォーターアイランドは端的に言えばサバイバルゲーム。水鉄砲を手にこの島内で戦い合う。勿論、ただそれだけの単純な遊びがこんなにも人気を博している訳ではない。姉さんが開発に関わったというこの水鉄砲こそ人気の理由なのだ。


 囲まれた状況を打開するように引き金を引いた慧さん。銃口から出たのは弾丸ではなく霧。俺達をも包み、辺りの森にまで充満する大量の霧だった。

 お互いに敵の位置を確認出来ない現状。最初に俺達の位置を知られていたので、これでようやくイーブンになったのだ。

 と、霧の中を切って現れた俺を狙う何発もの水弾。俺が狙った奴の反撃か。乱射される弾を俺は水の盾で防ぐ。それもまた自らの魔術を使ったのではなく、この銃から放った弾丸が三メートルほど先で弾け水壁に変わったもの。

 このアトラクションの人気の由縁となっている水鉄砲。それは持ち手の願いに応じて様々な魔術を具現化してくれる、ここにしかない特別な魔銃。魔術師でなくても容易に発現出来る弾丸も霧も障壁も、全ては同じ一つの魔銃から生み出したのだ。

 

 制限時間五十分間のゲーム。掠っただけで一ポイント、側面や背中への直撃で五ポイント、正面からの直撃で十ポイントと、隠されたカメラによりスタッフが得点の集計をしているという。威力制限した銃なので当たっても怪我を負うことなく、最後まで戦い切ることが出来る。そう、だから敵はまだ三人で俺達を狙っている。

 大人びた相手は――特区の一部である大学島から訪れた――魔術大の学生か。その実力は分からないが、俺達はトライデントを目指すトリオ。同じ武器を持っているなら連携で負けるつもりは一切ない。


「行って来る」


 彼女達へと視線を向けることなく、俺は口を閉ざすと同時に地を蹴った。水の障壁を避け、弧を描くように霧の中を駆ける。敵の位置は最初の一撃で確認済み。奴等は未だに自分達が優位に立っていると動いてないだろう。

 俺の予想は見事に当たっていた。姿は捉えられないまでも、霧の中でポッと現れては軌道を描く水の弾丸。その出発点の背後に回った俺はザザーっと足を止めると、二十メートルほど離れた奴へと引き金を素早く五回引いた。


「ぐぅっ……!」


 命中したことはすぐに分かった。制限されているとは言え五連発。小さくとも嗚咽を上げない方が無理だ。

 俺の存在に気付き、視界から逃れるように横へと走り出した奴の反撃。しかし、真っ白い霧の中で俺の位置を把握することが奴には出来ていない。平行に放たれた五発の弾丸がその証。一発でも当たるか防がれれば良いと考えたのだろう。

 勿論奴の誘いには乗らない。事前に来ると分かる攻撃を避けることほど簡単なものはない。特に本物の銃ならまだしも、威力とスピードで劣った弾丸など。身を逸らして避ける体勢を取ると、野生動物のように動く標的を狙い撃つ。


 今日何度目かのヒットが効いたのか、奴は反撃を止めた。その代わりに突然と辺りに吹き荒れる強風。霧は一気に晴れ真っ白だった世界は緑に溢れた世界へと戻った。

 この風魔術は確実に奴の仕業だろう。だが、特にそれは問題ない。相手プレイヤーに直接的な害を及ぼしたり魔銃の攻撃を防いだりと、結果に大きく左右するようなこと以外でなら魔術を使っても良い決まり。触れてもポイントにならない霧を晴らすぐらいならOKだろう。まあ、決して紳士的な行為ではないが。


「――は、はは、さすがは惺さんだな」


 霧が晴れたおかげで見えたこの戦場の全容に、俺は思わず引き攣った笑みを漏らした。

 霧の有無に関わらず、二丁の魔術で二人の男を翻弄する惺さん。十メートル足らずの近距離から放たれる弾丸を華麗に避けては、自らの攻撃を簡単にヒットさせている。俺とは比べられないほどに彼女は敵の動きを常に把握出来ている故だろう。


「くっ……」


 霧を撃ち消した非紳士的な男が再び上げた嗚咽。ただ一人初期地点から動いていなかった慧さんは、霧発生の役目を終えたことにより俺へと加勢してくれたのだ。皮肉なことだが、霧を吹き飛ばしたことにより奴は自らの首を絞める結果を招いてしまっている。

 本人もそれは充分に理解している。


「一旦退くぞっ!」


 奴は惺さんと対峙する仲間に声を掛けながらに走り出した。真っ直ぐに森の奥へと向かう奴等を俺達は追うことはしない。惺さんも背後から銃を撃つでもなく素直に見送っている。俺達はあくまで正々堂々のスタンスで戦うつもりだ。


「結構ポイントが稼げましたね」


 奴等の姿が完全に消える前に笑顔で口を開いた慧さん。


「このままの調子で優勝を狙いたいですね」


「うん、今度は霧の中じゃなくてちゃんとした戦いでね」


「はい! それじゃあ移動しましようか。かなり広いエリアなんで、待ってるだけではポイントを稼げませんから」


 元気良く頷いた慧さんは一転してクールな姉に代わりタスクを握ると、


「ほら、お姉ちゃん行こ。色んな人と対等な環境で戦った方がより連携を高めやすいよ」


 そう言って、姉の背中を両手で軽く押す。


「分かった。今度はもっと歯応えのある奴と戦いたい」


 妹に押されて歩き出した惺さんは一対二でも物足りないという口調。それは息切れ一つしていないことが証明している。やっぱりイーブンな環境でも、魔銃にずっと触れていた彼女には相当なアドバンテージがある。

 それでも彼女が後れを取るようなことが有るかも知れない。腕に巻かれた特殊な時計には残り時間と各チーム――六種類の色違いのTシャツのマークの後に表示された――のポイント。点差を見て、複数のチームが協力して俺達を狙う可能性だって有り得るだろう。



「休養日のはずが熱くなっちゃいますね」


 探さずともどんどんと迫って来る相手を返り討ちにして一段落ついた所。慧さんは柔らかく穏やかな笑顔のままにそんな言葉を口にした。


「うん、魔術を使ってないとはいえ、完全に特訓の一環になってるね」


 俺もまた自然と溢れ出る笑顔で、隣を歩く彼女に答える。


「でも、これで良いと思うよ。博士もそれを承知の上でここを勧めたんだと思う。自分達の仲をもっと深め、成長してもらいたいと考えてね」


「ふふ、ですよね。この島でもそうですけど、今朝の服選びや園内を色々と回ってすっごく楽しめたと同時に、私達の仲がどんどんと深まっていることを感じました。契さんはこれを狙ってたんですね」


「うん、本人が思っている以上の成果が出てるかもね。このゲームを楽しめてるのも圧されてる悔しさより、圧してる喜びが多いからね」 


 制限時間の半時以上が過ぎた現段階。俺達白チームのポイントは八百三十で圧倒的一位。二位の青チームは三百八十ポイントで、三位の赤チームは二百三十八ポイントとなっている。加点式なので相手にポイントを与えても減点されることはないのだが、それぞれが俺達と戦っていたからなのか、黒・黄・緑チームのポイントは二百にも届いていない。


「この感じ、契さん達と戦った時に似てる」


 慧さんを挟んだ向こう側を歩くこの独走の立役者。俺達のポイントの半分以上を稼いだ惺さんは半月前のことを口にした。


「確かにお姉ちゃんの言う通り、なんかあの時の七連勝みたいだね」


「うん、確かに……」


 あの時も俺達は予想以上の成果に心から喜び、そして楽しんでいた。それを姉さんに釘を刺された。世の中そんなに上手く行かないと、俺達の更なる成長と奮起を狙って。

 果たして今回もそうなるだろうか。早速とフラグを回収するように俺達へと迫る敵の魔の手。


「――くっ!」


 透明度の高い湖面を左手に獣道と化した森の中を歩いていた俺達を狙い、三方に広がる木々から飛んで来た何発もの水弾。発射音のない攻撃を咄嗟に防ぎ切ることは難しく、その幾つもの小さな衝撃が体に走った。


「囲まれた」


 冷静に辺りを見回す惺さん。さすがの彼女でも全ての攻撃を防ぐことは不可能。白いシャツがびっしょりと濡れ、黒い水着がハッキリと透けている。


「二チーム……いや、三チームですか」


 湖を背に俺を中心とした横一列の陣形。右側に立つ慧さんのシャツも同じく肌にピタ付き、ピンクの花柄ビキニが透けている。そして俺もまた気持ち悪いほどにシャツが肌にくっ付き青いビキニが透けている。

 二人の姿に一瞬ドキッとしてしまったが、今はそういう状況ではない。俺の意識もまたすぐに、三十メートルほど離れた木陰からゆっくりと距離を詰める敵へと向かう。


「一人で三人を相手にしないといけないのか」


 悪い想像は現実になり易いという訳ではないが、敵は慧さんの言う通り三組。前方に現れた黒いTシャツを纏った男性三人。左手にもまた緑のシャツの大学生と思しき男性三人。右手には俺達と同年代か、黄色いシャツを纏った黒髪ショートの少女を中心に、左右に二人の少年が立っている。下位三チームの彼等は逆転優勝の望みを賭け、一時的に手を組むことにしたのだろう。


「一人で三人を相手にするんじゃない」


「え?」


「三人で九人を相手にする」


 惺さんは九人の敵をしっかりと見据えたままに俺の言葉を訂正した。分数で言えばどっちも同じ答え。むしろ俺の方が正しいのだが、今回は絶対的に彼女が正しい。


「そうだね、自分達三人が協力すれば三チームを相手にしても全然負ける気がしない」


 各々が好き勝手に戦うのではなく、三人で連携して九人を倒す。彼等と一度戦い、連携では俺達には全く及ばないことは分かっている。それに奴等はあくまで三組九人であって、九人一組ではない。チームを越えての連携は想定しなくて良いだろう。


「来ますっ!」


 そうこうしてる間に痺れを切らし走り出した正面の黒チーム。横一線の彼等はその手に持った魔銃を好き放題に乱射。予想することすら難しい弾道が俺達を襲う。

 それを難なくと防いだのは、慧さんが放った数発の弾。弾けて一メートル平米ほどの水壁となった七つの壁は貫通されることなく、俺達に向かっていた弾を砕いた。


「防御は私に任せて下さい! 攻撃は二人でお願いします!」


「任せてっ!」


 強く答えた俺は水壁を中心に弧を描くように黒チームへと向かう。早速と和を乱した黒チームを真っ先に叩くことこそ先陣である俺の役目だ。

 その役目を阻止しようと左右から飛んで来る水弾。しかし、それは初めからそこに来ることが分かっていたように慧さんが生み出した水壁で防御。決して俺に届くことはない。片方が俺を攻撃し、もう片方が慧さんを攻撃すれば良いのだが、やっぱりそこは即席の協力関係。上手く行く方が難しい。


 安心して正面を見据える俺を迎え撃つのは、足を止めた三人の大学生。しかし構えた魔銃から弾が発せられることはなかった。惺さんが放ったのだろう水弾が魔銃を握る奴等の指に命中。威力の抑えられた魔銃にも関わらず、中央の一人を除いた二人の銃を落とさせるほどのクリーンヒットを見せた。

 一人はまだ手に持っているものの、怯んでしまい決して撃てるような体勢ではない。今がチャンスと、勢いを緩めないままに俺は可能な限り引き金を引いた。狙いを澄まさずとも乱発された弾は奴等に幾つも命中。さらに余裕を失っている内に地に落ちた二丁の魔銃を左手ですかさず拾い上げると、全力で森の奥へと投げ捨てた。


「くそっ……一旦退くぞっ!」


 狙い通り、奴等はこのままでこれ以上の戦闘を続けることは不可能。まだ魔銃を手にした者もまた銃を捜しに踵を返した。走り去る中で一矢報いようと振り返り銃を放とうとしたが、勿論そんなことは予測済み。すかさず水弾を奴の腹にお見舞いし、ようやくと観念し姿を消した。


 これで相手は残るは二組。そう考えながらに振り返った俺の眼に映った状況。三十メートル先から水弾を放つ黄チームをどうにか水壁で防ぐ慧さんと、妹を背後に置き着々と緑チームへと迫る惺さん。防御しかしていない慧さんに対し、全ての攻撃を防げている訳ではない惺さんの迎撃と攻撃。しかし、敵に命中される以上に敵へと攻撃を当てている。

 つい数分前まで数的不利の絶対的劣勢だった俺達だが、どうしてだろうか、未だに二倍の戦力差を持つ相手よりも優位に立っているように見える。

 そう、それはまさしくその通りだった。俺が自由になったと見えて走り出した惺さんは、普段の訓練のように二丁の魔術を自在に操りどんどんと弾を当てて行く。

 望めば参加者の誰もが二丁の魔銃をレンタルすることが可能。だが、二兎追う者は一兎も得ずと惺さん以外が一丁の銃に全神経を注いでいるにも拘らず、二丁共に誰よりも上手く扱っている。


 相手より多くのポイントを稼ぐのが目的であって、撃ち落とすことは想定外。撃ち勝つことこそ全てのゲームなのだが、彼女はそれを両立している。魔銃で彼女に対抗することなど、俺が知る限り姉さん以外では無理だろう。彼女はその姉さんの弟子なのだ。今さらながらに転入初日に俺が模擬戦で勝ったことが信じられない。もしかしたら、予め姉さんに何か言われていたのだろうか。

 そんなことを考えながらに、俺は高校生だろう三人へと向かって行く。惺さんが得意な魔銃で敵を圧倒しているなら、俺も少しは自分の土台に持って行くべきか。だからと言って蹴りやパンチを入れるのは当然許されない。だったら――

 

 俺へと向けられる水の弾幕を防いでくれる慧さんの水壁。中央の少女が俺ではなく慧さんへと攻撃を向けているにも関わらず、俺へのサポートが消えることはない。慧さんは自らを犠牲にしてまで俺を守ってくれている。何が何でもその期待に応えたい。

 魔銃を強く握り締めると、慧さんすら予測出来ないほどに軌道を変え、ジグザグと彼等のリーダーと思しき少女へと向かう。そして、放たれた幾つもの水弾を避け切ると、嫌でも俺を意識し始めた少女へと魔銃を振り下ろした。

 まるで剣でも持っているような動き。そう、俺が握っていた物、俺が手にした魔銃はまさしく剣だった。願いに応じ現れた水の刀身はしっかりと形を保ち、彼女の肩口へとぶつかった。

 苦しそうに嗚咽を漏らした少女。威力が抑えられているので鋭くこそないが、折り畳まれた傘のような水剣の威力は水弾数発分にも及ぶことだろう。

 

 俺の攻撃に面喰いながらも、至近距離から俺を狙う少年二人。その攻撃を防ぐのはさすがの慧さんでも不可能。幾つもの衝撃に襲われるが、お構いなしに水剣を奴等へと勢いのままに食らわせた。それで最後。三人共に地に膝を着いた。

 佐々木さん達クラスメートとのトリオ戦ではまだ使ってないが、幅を広げる為にと数日前から特訓を始め手応えを感じている剣術。魔銃で再現した俺の剣術は見事に敵の虚を突くことが出来た。


 俺達には敵わないと魔銃を捨てお手上げと示した彼女達。すぐさま振り返れば、慧さんと合流しこちらへと淡々と歩み寄って来る惺さん。彼女が相対していた敵もまた勝負を諦めたのか、三人共にどっぷりと腰を下ろし息を整えている。

 どうやら俺達は無事にこの苦境を乗り越えることが出来たみたいだ。


「やりましたねっ! これで明日の外山君達との戦いへの良い景気付けになりました」


「あ、そう言えばそうだったね」


 笑顔のままに足を止めた慧さんの言葉に、俺は外山と戦うことを思い出した。中学時代は常に劣等感の対象だった相手と戦うことに昨晩は思い悩んでいたが、俺の心に掛かった靄は今朝とは比べられないほどに薄い。

 今日という日を彼女達と楽しんで絆を深めたことで、例え奴に負けようとも俺の今の居場所が奪われる訳ではないと強く自覚出来たからだ。それは初めて彼女達とちゃんと遊んだからだろう。特訓以外でも俺と彼女達とが繋がれる場所があるんだと知ることが出来た。


「ふふ、実は私も明日のことを忘れて純粋に楽しんでたんですよね」


「うん、私も楽しかった」


 人のことは言えないと満面の笑みを浮かべる慧さんに続き、惺さんも小さく一度頷いた。一応まだゲーム中で数分残っているのだが、それをも忘れさせるほどの温かな空気が俺達を包む。

 姉さんに課された名門堂上の一年生エースとの模擬戦を翌日に控えての休養日。この一には決して無駄ではなかった。自分の能力に対するコンプレックスに続き、今度は外山に対するコンプレックスをも和らげてくれた。後はそれを完全に排除するだけ。


「明日も絶対に勝ちたいね」


 俺は彼女達を前に、自らに言い聞かせるように改めて真剣な気持ちを口にした。


     ◇


 そして、迎えた翌日。俺の想いはあっさりと現実となった。

 収容人数千人の第二アリーナに集まった両校の生徒や関係者達。そして十台近いカメラが向けられた中で、俺達は外山率いるトリオを数分で打ち倒した。

 蓋を開けば一方的でしかなかった名門校の一年生エーストリオの模擬戦。外山達の戦術が違えば結果は変わったかも知れないが、そんなことはどうでも良い。勝負は一度きり。半月前の俺達が何も考えずに姉さん達にやられたように、奴等もまた同じような目に遭ったのだ。

 まあ、あの時の俺達が再戦することが無駄だと思ったように、奴等もまた無駄だと思っているだろう。トリオとしての差は歴然。このまま何度戦っても結果が覆ることはない。

 

 結局これはトリオ戦であり、俺と外山との実力差は図れなかった。だが、それでも惺さんと慧さんとを順に見つめる俺は心からの笑みを浮かべられている。

 自分がずっと抱えていたコンプレックス払拭よりも、チームの勝利の為に最後まで戦えたこと、それが何よりも俺が成長した証だったから。そして、三人での勝利が自分一人の勝利よりも嬉しいと思えるようになれたから。

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