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「平太が言ってた迷子ってのはあんたかい」


 呆然と少年を見送ったあと途方に暮れていると、人の良さそうなお婆さんに声をかけられた。洗っているかわからないくらいの汚れが染み着いて、あちこちが破れているのに継ぎ当てもしていない襤褸の着物を着ているのはさっきの無愛想な少年と同じだ。


「ちょっとばかり冷たいが、そこの川に浸かって流しておいで」


 失禁で汚してしまった着物を指され、わたしは慌てて川に入った。

 お婆さんは冷たい川に腰まで浸かるのを心配そうに見守っていてくれたが、使用人のように手を差し伸べることはない。


あばら屋だけど、うちに寄っていくかい。この陽気なら半刻で乾くだろうさ。それともすぐに町に送っていったほうがいいかねぇ?」


 川から上がって身震いをするとお婆さんに尋ねられ、わたしは寒かったからお婆さんの家に寄るほうを選んだ。

 そうかい、と笑ったお婆さんはマツエと名乗り、先導して歩き始める。


「平太って、カラスみたいな子?」

「ああ、無愛想な隣人だよ」


 わたしはおしゃべりをしながらちょこちょことマツエさんの後をついて歩いた。擦れ違う人はみんな平太やマツエさんと同じように襤褸をきていて、わたしだけが違った。擦れ違う人が不審に眉を顰めたりこそこそと隣の人に耳打ちをしたりしているのは、きっとそのせいだろう。

 そしてたどり着いたマツエさんの家は簡素な板葺きの、3軒が連なった長屋だった。光の帯が幾筋も降り立ち隙間風も酷い本物の荒ら屋だった。

 物珍しくてわたしがきょろりきょろりと遠慮なく見回していると「そんなに珍しいかい?」とマツエさんは苦笑いを浮かべた。


「こんなみてくれだけど、洗ってあるからね。乾くまで着ておいで」


 差し出されたのは、おそらくマツエさんの着物だったのだろう。洗っているのかわからないほどの汚れがついているし、それに丈も合っていない。だけどどうせ半刻でもう一度自分の着物をきちんと着るのだからこれで我慢するしかないと不格好なおはしょりでなんとか着付ける。

 外に出ると、マツエさんは母のとわたしの着物を干してくれていた。わたしは自分の着物からぽたぽたと滴る水を見て、平太の着物から滴っていた薄紅色のそれを思い起こした。


「……あの子、ケガしてなかった?」

「いいや――」


 マツエさんは苦笑いをこぼし、言葉を濁そうとした。けれどもわたしがじっと見つめると静かに嘆息をこぼす。


「平太は斬首人だからね。返り血だろうよ」

「ザンシュニン?」

「罪人の首を刎ねるのが仕事ってことさ」


 ぞぞっと高熱の出た時のように背筋を悪寒が這い上がった。


「どうして……?」

「誰もやりたがらないからさ」

「どうして?」

「好んで人を殺めるなんて気狂きちがいのすることだろう?」


 違う。

 そうじゃない。

 わたしは言葉が足りなくてうまく聞けないのがもどかしくて、唇を尖らせる。


「それでも誰かがやらなければならない、大事な仕事だよ」


 マツエさんはどこか自分に言い聞かせるように呟いた。


「ここはアザミ野――穢多エタ非人ヒニンの住む部落。誰しも屠殺や斬首人のような、穢れ多く人ではできない仕事ばかりをして生きてるんだよ」


 けがれ多き者。

 人にあらざる者。


 その時、わたしはうまくその意味を理解できなかった。

 言葉にすることもできずに心の中に渦を巻き、膨らんでいく靄を持て余した。



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