前編
本作は木野裕喜様・作「サキュバスに転生したのでミルクをしぼります。」の二次創作……のフリをした作者弄り的なメタフィクションとなっています。
当初は5000文字程度の内容を予定し、完成の暁には木野裕喜様が許して頂ければ、ご本人の活動報告欄にて掲載して貰えればいいな、と軽く考えていたのですが……最終的には前後編合わせて12000文字を超える内容とになってしまいました。
これだけの文章量ともなると、こんなのを活動報告欄で皆さんに読んで貰うとしたら、これはもう流石にかなりキツイのではないか?ということに思い至りまして……
熟考した末、単独の作品として公開するのがベターであろうと言う結論に至りましたので、今回は敢えてこの形式での発表となったことをご了承下さい。
この物語はフィクションである。「サキュバスに転生したのでミルクをしぼります。」は実在する小説ですが、本作に登場するキノ・ユーキの人物像・性格・言動等は全て作者の妄想の産物であり、実在する木野裕喜先生とは一切関係あリません……と言うことを御本人の名誉の為、ここに明言しておきます。
また同じく本作に登場する出版社及び編集者も架空の存在であり、作中で描かれたようなラノベ編集者は現実には存在しません……って言うか本当に実在していたらシャレになりません(本気で居ないことを切に願います)。
以上のことを留意した上で、本作をお楽しみ下さい。
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これは現実において本当に起こりうるかも知れない、ほんのちょっとだけ未来のIFの悲劇の物語である――
某月某日――
その日、キノ・ユーキは自宅から徒歩数分のところにある喫茶店――その店内の一席で、一人の男と相対していた。
「いやァ変な話ィ……キノセンセー凄いッスねェ。ブクマ3万5千件超、総合評価8万超、ユニーク6百万超、そして何と言っても感想数が3万件突破って、これホント凄いッスよォ」
「はあ、どうも……読者の皆さんにこんなにも愛されて、作者冥利に尽きる思いですよ」
「サキュバスなんちゃらはメッチャ面白いッスからねェ~、この数字になるのも当然の結果ッス。ウチの編集長もこの数字ならァ、本にしても外れないだろうって断言してったッスよォ~」
「それはどうも有難うございます」
(おい、略称でもいいからタイトルくらいちゃんと言えよ、失礼なヤツだな……って言うか作品の内容じゃなくて、いきなり数字の話ってどうなのよ!)
「僕ァ実はなろうではァ、総合と異世界転生転移の日間上位くらいしかチェックしてなかったんスけどォ~、会社の後輩女子が異世界恋愛でェ、面白い小説があるよって教えて貰ったんっスよォ。それがまさにセンセーの作品でェ~、いやァまさかあんな女子向けジャンルのトコにィ、こんな面白い小説が隠れていたなんて驚いたのなんのってェ」
「ええまあ、それはよく言われます……でも一応ラブコメのつもりなので、ジャンル詐欺ではないと思いますよ」
(えらい守備範囲が狭いな、おい。それでラノベ編集者が務まるのか?)
「変な話ィ……こんなことセンセーに対して言うのはこっ恥ずかしいんっスけどォ……これのジャンル、TSって言うんですかァ? 実を言うと僕ァ、この手のジャンルのことよく分かんないんッスよォ~、●ツイとけ●ぷファーくらしか知らなくてェ、アハハハハハッ」
「まあ、そう言う人は珍しくないですよね」
(どっちもアニメ化された有名どころじゃねーか、しかもどっちもライト層向けの可逆変身TSだろーが。つか何がアハハハだ、どこがおかしいんだゴラァ!)
「いやでもそんな僕でもォ、センセーの作品がスゲエ面白いってことはァ、ちゃんと理解出来てますんでご安心ください。それに何と言っても下ネタ連発なところがいいっスよねェ~、ウチの編集長も下ネタはイケるって言ってたッス」
「そうですか……それは良かったです」
「そんでェ~、ヒロインの……ロ、ン? じゃなくて、リ、リッチー……でしたっけ?」
「リーチです!」
(死霊じゃねぇよ! 何で主人公の名前を覚えてないんだ? そんなに難しい名前か?……って言うか最初にロンって言ったよな? 麻雀じゃねーんだよ!)
「そうそうリーチ、リーチちゃん。そのリーチちゃんがバカなところが味があっていいんスよォ~。あと何と言ってもオッパイ! しかも巨乳ッスよォ、巨乳! 実は僕ァ巨乳派なんスよねェ~、アハハハハハッ」
「ええ、まあお陰様で読者の皆さんにはアホ可愛いって好評なんですよ」
(バカとは何だ、バカとは? アホの子って言えよ)
初っ端から出鼻を挫かれて、キノは早くも心が挫けそうになっていたが、一先ずここはガマンだ。あの業界にはこの手の無礼な輩がいるのは常識だ。この程度ならまだ堪えられるレベルだ。いや堪えなければいけないのだ。
何せここで彼の作品の今後の運命が、いやTSジャンルの命運を左右するかも知れない話し合いが、今まさに行われていたのだから――
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キノ・ユーキ――彼はプロのラノベ作家である。
キノは作家としてそれなりの実績を積んでいたにも関わらず、とあるジャンルの小説を書く為だけに小説投稿サイト「小説家になろう」で、一文の得にもならない小説を連載していると言う風変わりな男であった。
キノが今書いている小説は、女体に性転換させられてしまった元男が主人公のラブコメ――俗にTSモノと言われるものであり、それは所謂世間で言うところのマイノリティジャンルだった。
――TSジャンルはニッチなキワモノ趣味であり、生理的に受け付け難いと感じる者の方が多い。
これが世間一般のTSに対する評価なので、態々そんな売れないと分りきっているマイナーなモノは出版したくない――と言うのが出版界での一般論であり常識であると言う。
だがキノはそんなキワモノと蔑まれているTSジャンルを心から愛していた。
キノは周囲からの否定の意見を押し切って、商業が駄目ならばと、閲覧無料の小説投稿サイト「小説家になろう」で、長年暖めてきた――構想十年のTSラブコメの小説……完成すれば書籍換算で全三〇巻にはなろうかと言う超大作を満を持して発表するに至った訳である。
それが「サキュバスに転生したのでミルクをしぼります。」――通称・サキュミル(仮)であった。
キノは作家生命を賭して、これを以って背水の陣の覚悟で「TSジャンルはキワモノだから売れない」と言う冷たい評価を下した世間と出版界に対して、サキュミルを成功させることで、TSでもちゃんと売れるんだと言うことを証明しようと、あまりにも無謀な挑戦に踏み切ってしまったのである。
サキュミルは幸いにも読者から好評を以って迎えられた……にも関わらずその評判に反して、なろうの総合の日間ランキング上位に躍り出ることも無く、ブクマと総合評価も一気に伸びることも無い、増加の進捗具合はまさに亀の子の歩みのように緩やかなものであった。
それでも連載開始から一年以上が過ぎた頃には、ブクマも漸く一万件を超えることが出来た。読者さまさまである。
ブクマ、総合評価、ユニーク……どれを見てもいつ書籍化しておかしくない数値に達している。故にこれであとは出版社からのオファーを待つだけ――だったのだが、何故か未だに一社からもオファーは無かったのである。
「やはりTSは駄目なのか? いやそんなハズがない! ではこの作品では駄目だったと言うのか? いっそサキュミルを打ち切って、新作のTSモノを立ち上げた方いいのだろうか……?」
とキノは自信を失いかけて不安が募るばかりで、愛猫を抱きしめて眠れない日々を過ごしていた――だがそんなある日、ついに出版社から書籍化のオファーが来たのである。
嶮暮帰出版――まったく聞いたことがない出版社だった。
ググってみたところ、最近立ち上げられたばかりの新興の出版社だとのことで、めぼしい実績も皆無な反面、なろう関係での出版に関する悪評も今のところ無さそうだ。
無名で、新興で、実績無し……と言う辺りに一抹の不安を抱きはしたものの、これが出版社からの初めての正式なオファーであることには違いない。
そう出版社の知名度など関係ないのだ。
「TSをメジャージャンルに!」と言う大望を抱くキノにとって、いくらネット上でそこそこの人気があったとしても、書籍版として世に出なければ何の意味も為さないのである。何としてもサキュミルの書籍化を実現させなければいけないのだ。
何はともあれ不安な日々とも今日でおさらばだ。これから行われる話し合いさえ上手く行けば、今晩からでも愛猫を抱き枕にして安眠出来るのだから……
とは言え今回のオファーはあくまで書籍化を希望すると言う打診であって、向こうが提示する条件等にキノが納得出来なければ、この企画は実現しない。仮に今回の話を蹴ったとしても、次に他社からまたオファーが来るとは限らないので、キノとしてはよほど酷い条件でなければ、了承する方向で考えていた。
こうして期待と不安を綯い交ぜにしたまま、キノは今日と言う日を迎えたのである。出版社側の編集者との話し合いの場としてキノが指定したのは、彼がたまに利用している近所の小さな喫茶店であった。
待ち合わせの場に現れた嶮暮帰出版の編集者は、いかにも業界人といった風体のチャラい感じの男で、島袋ミサオと名乗った。
互いの挨拶もそこそこに済ませ雑談を終えると、注文した飲み物がテーブルに届いた後で、いよいよ本格的な話し合いが始まったのである。
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そして話は冒頭に戻る――
「……さてェそろそろ本題に入りましょっかァ? サキュバスなんちゃらの書籍化に当たってなんスけどねェ~……僕個人とちゃァ、ウェブ連載版のままの百パーセントのカタチで書籍化出来ることの方が望ましいと思っているんスけどもォ、ウチも商売でやってますんでェ、大人の事情っていうんでスかァ? 色々と内容を修正をしないと出版出来ないって言う話でしてェ……センセー、そこんところ大丈夫ッスかァ!?」
「ええ、まあ、内容が内容ですしね……ある程度の変更は覚悟しています」
「それはよかったッス、最初にここでゴネて書籍化の話を蹴ってしまう作家さんも多いらしいんスよ~。センセーがその程度のことで、折角のチャンスを逃してしまうような器量の小っさい方じゃなくてェ、こっちも助かったッスよォ~、アハハハハハッ」
「ま、まあ、考えは人それぞれですからね……」
「そんな訳でェ……こちらの方で変更を要望する箇所って言うのがァ、幾つかありましてェ、一つ目って言うのがァ……変な話ィ、ミノタウロスと乳牛の合いの子みたいのいますよねェ?……えーと、何て言いましたっけあの牛ィ、ウシコ?」
「ミノコです!」
(ミノタウロスまで出て来きているのに、何でミノコの名前を覚えていないんだよ?)
「そう、そのミノコのことなんスけどォ~。あの乳牛ってちょっと邪魔じゃないっスか? あ、いや誤解しないで下さいよォ、存在が不要って言う意味じゃなくてェ、何て言うか存在を持て余しているような気がするって言うかァ、ぶっちゃけあの巨体って超邪魔っしょ?」
「いやでも、金髪美少女とホルスタイン牛と言う組み合わせのシュールな絵面と、しかもその乳牛が実は最強チート生物だった、って言うバカバカしいところが本作のウリなんですよ」
「いやいやァそれは分っているんスけどォ……変な話ィ、例えばァピ●チ●ーとかジ●ニ●ンみたいな可愛い系っって言うかァ、ふ●っ●ーとかァく●モ●みたいなゆるキャラ系?みたいな感じのマスコットにィ、二段階変身するって言う感じの設定に変更出来ませんかねェ?」
「……は?」
「あ、サーセン。説明が足りなかったッスねェ……なろうの書籍化ではよくあるっしょ? 書籍版で新キャラを追加したり、キャラ設定を変更みたいなパターンは珍しいことじゃないんッスよォ。ウェブ版と書籍版で差別化を図るって言うか、販売戦略? みたいな?……で本作でも書籍版での独自のウリとして、乳牛もそのパターンで一つどうかなァと提案してみた訳ッスよォ……アハハハハハッ!」
「はあ……でも読者にはミノコはアレで、かなりウケているんですけど?」
「チッチッチッ、センセーそれじゃあ駄目ッスよォ。ウェブ版と書籍版では読者層が変わってくるんッス。新規の読者が例えば表紙やカラー口絵でェ、地味~で絵面的にぜんぜん可愛くない乳牛の絵が載っていて読者に興味惹かれると思うんスかァ? 逆にドン引きされるだけに決まってるッス。こんなんじゃァ本売れませんよ?」
「……そう言うことでしたらちょっと検討してみます」
(んな訳ねーだろ! なんならマッチョなミノタウロス形態に●ガ●化させて、ついでに乳四つ付けた奇乳に魔改造してやろーか? いや、やんないけどさ!)
「お願いしゃーッス。でェ二つ目の要望がァ……酒場の女店長のォ、えーとイザム? シャズナ?」
「スミレナです!」
(おいっ、ひょっとしてスミレセプテンバーラヴ繋がりか? ギャグのつもりなのか?)
「そうそう、そのスミレナなんスけどォ……あれって貧乳って言う設定じゃないッスかァ? それやめて巨乳に変えて貰えないッスかねェ?」
「何故改変の必要が? スミレナは貧乳であることに密かにコンプレックスを抱いているって言うところがポイントなんで、そこを変えてしまったスミレナの性格なんかもかなり変更しないといけなくなるのですが?」
「変な話ィ、僕の前のカノジョが貧乳だったんッスわァ~、でェ色々とあってソイツとは結局別れちゃったんッスけどォ、原因の一つが貧乳だったってのがあったんスよォ~。ま、カンケーない話なんッスけどォ~、アハハハハッ……でェ、やっぱ貧乳なんかより、オッパイは巨乳の方が絵の見栄えがするっしょ?」
「済みませんが、アナタの単なる個人的な好みだけで、流石にキャラ設定の変更は出来ませんよ!」
(何で全然関係ないお前の元カノの話をいきなり放り込んだんだ?……っていうかお前ついさっき、ウェブ連載版のままの百パーセントのカタチで書籍化出来ることの方が望ましいと思っているって言ったばかりだよな? あの発言何だったの?)
「あー……そうッスかァ? でも巨乳の方が絶対に絵になると思うんだけどなァ……ぶっちゃけ貧乳なんか絵にならないっしょ? 本売れませんよォ?」
「……いや流石に、そんなことは無いと思いますけど」
(巨乳もいいけど貧乳もいいものだろ? 貧乳最高じゃねーか。あとテメエの好みなんざ心底どーでもいいんだよ! なんなら今度1ダースくらいまとめて貧乳キャラを出してやってもいいんだぞ!)
「ま、センセーがそこまで言うのならァ、貧乳の件は再検討ってことでェ一先ず置いておいてェ~。三つ目の要望なんッスけどォ……女騎士いるじゃないですかァ? えーとォ……フェ●チオ? イラ●チオ?」
「カリーシャです!」
(コイツ、絶対ワザと言っているだろ?)
「そうそう、そのカリーシャなんスけどォ、変な話ィ、腐女子設定やめてくれせんかァ~?」
「何故ですか? 確かにやり過ぎな面もあるのは否めませんが、意外と読者ウケがいいんですけど?」
「ぶっちゃけ僕が腐女子嫌いだからッスよォ~、アレ気持ち悪くありません? ところで僕の前のカノジョがその腐女子ってヤツだったんスよォ~、別れた原因の一つにその趣味のせいってのがあってェ~。ま、カンケーない話なんッスけどォ~、アハハハハッ」
「フザケているんですか? アナタの個人的な嫌悪で設定を変更出来る訳がないじゃないですか!」
(だからなんで、お前の元カノの話をするんだよ?)
「あ? やっぱ駄目ッスかァ? 駄目元で言ってみただけなんでェ、この件は忘れて下さいよォ~。サーセンっしたァ!」
「……分って頂ければいいんですよ」
(ああ、もうやだ帰りたい。早く帰ってアイツを力いっぱいモフりたいな……)
「でェ問題はァ四つ目なんスよねェ~……」
キノの受難はまだまだ続く――
【後編につづく】
後編は翌日の午前11時に予約済みです。宜しければサキュミルのついでにでも読んで頂けば幸いです。




