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白の魔女は湖畔にて待つ  作者: セネカ
序 邂逅と離別
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7 『朝陽と陰影』


 日の光がまぶたをくすぐる。

 体を起こそうとするとベッドが固い。あたりを見回すとそこは自室ではなく、美しい湖畔だ。

 焚き火跡をはさんだ向こうに眠る少女が目に入って、ようやく自分の状況を思い出した。


 女の子って、どうやって起こしてやったらいいんだろう。

 顔を覗き込むと、ちょっと苦々しい表情をしているように見えた。ニクスの寝物語のせいだろうか。

 ずいぶん悲しい話だった。黙らせる前にユークが泣き出してしまったので、ぼくが代わりに杖を湖にぶん投げて終わらせたのだ。


「ううん……カルセド……」


 やっぱりうなされているらしい。

 ためらわず彼女を揺さぶった。自分から女の子に触るのにもずいぶん慣れてきたようだ。


「あ……ユウ? おはよう」

「あれ? 髪……切った?」


 麻の布に覆われていて分からなかったが、起き上がった彼女にはあれほどたっぷりとしていた銀の髪が耳が隠れるほどしかない。


「眠るときはしまってるの。ちょっとお顔、洗わせてね」


 ぱちゃぱちゃという音が終わりユークが自身の髪をはらうと、銀の髪は胸までの長さになっていた。

 

 「わたしはこのくらいが一番好き! 昨日の長さはお客さんに会うとき用なの。マルカがかっこいいっていうからなんだけどね。今日、歩くでしょ? あのままにしておいたら、きっとわたし自分で踏んで転んでしまうわ」


 つくづく、魔法ってなんでもありだ。



 お互い朝の身支度が整うと、ユークが朝食を出してきてくれたのであずま屋のベンチに並んで座っていただくことにする。

 昨日腹を空かせる暇なんてなかった分、とんでもない空腹感が襲ってきている。


「ごめんね、お菓子しかなくって。お城に行けたら、もっとちゃんとおもてなしができるんだけど」

「あやまああくっていいっえ。あんにもおあえひえきてはいへほ、へふはへるほほははっはははんれふるからさ」

「……うん、食べてからしゃべったほうがいいよ」


 干したフルーツやナッツの入ったクッキーはとびきり硬く、いつもの袋菓子のつもりで口に放り込むとろくに歯を通させてくれなかった。おかげで赤っ恥をかいてしまう。

 それをごまかそうとして、適当な提案をしてみる。

 ……長い時間をかけてクッキーを飲み込んだ後で。

 

「そうだ、ニクスを呼び戻さないか? あいつうるさいけど、ラジオ代わりにはなるだろ」

「ラジオってなに?」

「ううん……遠くの吟遊詩人の物語とか、遠くの音楽家の演奏を聞くための道具……みたいな感じかな。これで分かる?」

「そんなものがあるの? いいな。ひとりでも寂しくなくなりそうね」

「そうとも。テレビやらネットやら、ぼくの世界はひとり者に優しいんだ」

「ね、もっとそういうお話を聞かせて。ユウのこと、知りたいな」


 請われて、朝食のあいだぼくはぼくの好きなもののことばかり話した。ぼくのことを知りたいと言われたけど、ついぞぼく自身のことは一言も話さなかった。


「聞いてるとユウって、物語がすごく好きなのね。ニクスのこと気に入るのもわかるわ。あいつ、お話はたしかに上手だもの。内容はああだけど」

「いや、気に入ったわけじゃないけどさ……。常に誰かしゃべっててくれると、気が紛れるっていうか」

「もう、わたしとずっとしゃべってるじゃない! ……それとも、わたしとじゃつまらない?」

「そんなんじゃない! むしろ身に余る光栄っていうか、ニクスに茶化されでもしてないと君みたいな子と話すのはなんか、こう、バチが当たりそうっていうか」

「……? よくわかんない。どうしてそう思うの?」


 ぼくは気付かないうちにうつむいていた。なのに、視界に彼女の顔が入ってくる。

 彼女はとなりからぼくを覗き込んでいた。それ以上視線をそらすことができず、しどろもどろに続けてしまう。


「それは、ユークが、その……」

「わたしが……?」

「か、かわいい、から」


 言ってしまった。こんな口説き文句じみたことを言うつもりなんてなかったのに。

 この子の瞳に問いかけられると、うそやごまかしが出来なくなるみたいだ。

 これも魔法使いの力ってやつなんだろうか。

 ぼくの言葉を聞いたユークは顔を引っ込めていた。顔を向けると、口をぽかんと開けてぼうっとしている。。

 言ってしまったことは取り返せない。どうかにして話題を変えようとする。


「そ、それよりさ! お城住まいってことはお姫様なのか? どうしてこんな湖にいたのさ?」

「え……? あ、うん。えっと、そんな感じ。ここはちょうどいいカスバだから、お休みに使わせてもらってるの」

「休みがあるってことは、仕事をしてるのか? お姫様なのに」

「お仕事っていうより、わたしの役目なの。お父様のしていたこと。それを引き継ぐのは大変だから、マルカと交替でここで休んでるのよ。そこに、ユウと……あの恐い人たちが来たの」


「じゃあ俺、とんだお邪魔ものじゃないか……」

「ううん。悪いのはあいつらだもの。ユウこそ、どうしてあんなところにいたの?」

「少なくとも、自分の意思で来たわけじゃない。さっき話した映画ってやつを観る場所に来て……気付いたらここにいたんだ」


「ふむ。状況から見ればおまえはこの地の者ではなく、お嬢をかどわかさんとした曲者を放った者によって送り込まれた、といったところか」


 あずま屋の裏から杖の声が聞こえると、ユークがあわてて出ていった。

ぼくはニクスを結構思い切りぶん投げたはずで、こんなに近くから声が聞こえてくるはずがない。


「ニクス! もう、近くにいないときくらい大人しくしていられないの……って、びちゃびちゃじゃない!」

「文句ならばそこな小僧に申されよ。この身での水泳は楽ではありませんでしたぞ」


 右腕を振り上げたユークが呼びかけると、杖はその手の中に現れる。

 焚き火の時といいガッツあるなあの杖。

 いや、それよりも。


「送り込まれたってどういうことだ?」

「この地は凡夫では立ち入れぬことはお嬢から聞いておろう。お嬢と妹君による結界は、お二人と同等の力を持つ者でなくば見破れぬ」

「……わたしはちょっと魔法の力を貸しただけで、ほとんどマルカにやらせちゃったんだけどね」


 どういう結界にしたいか話したらあっという間に陣を敷いちゃったの、と嬉しそうに話すユーク。

 彼女の妹はよっぽどすごいらしい。ぼくからしたら、この子だって十分とんでもない力を持ってるように見えるけど。


「だが、異界の者であれば話は違う。小僧、我輩が思うにおまえはいわば結界を貫くために放たれた飛礫だ」


 まさか、杖に小石扱いされる日が来るとは思っていなかった。

 顔をしかめるが、ニクスは当然そんなことではひるまない。


「結界というものは得てして想定外に弱い。妹君の知見はお嬢とは一線を画して怜悧極まるが、さすがにおまえほどの異物を想定した陣は敷けなんだか」

「ねぇ、こいつもう1回沈めてもいい?」


 杖を持つ手をふりかぶったユークをどうどうとなだめる。

 このいちいち人を煽るクセはどうにかならないんだろうか。

 とはいえ、こいつの知識は他に替えがたい。そもそも、ユークがニクスを呼ばなければぼくはあのまま死んでいたわけで。


「……つまり、俺はユークを攫おうとした誰かにここに送り込まれたと?」

「然り。お嬢、闖入者は始末しておくべきでした。なぜご親切に送り帰されたか?」

「そんな言い方はないだろ! ユークに人殺しをしろっていうのか!?」


 思わず、杖を掴んで問い詰めていた。

 ユークは驚いてこちらを見やるが、その表情は明るくない。


「遠きの衆を灼くよりも近きの寡を殺めることを厭われるか?」

「……それ、どういう意味だよ」

「御身の価値を理解しておられるか? 御身が喪われれば、妹君が悲しむばかりではありません。慧国そのものが傾くことになりましょう」

「どういう意味だって聞いてるんだ! 国のために人を殺せって言ってるのか!?」


 自分でも驚くほど大きな声が出た。

 気付くとユークから杖を取り上げていて、握る手には痛いくらい力がこもっている。


「ニクス、ごめんなさい。わたしが間違ってた」


 ユークの声は決して大きくはなかったが、有無を言わせない響きがあった。

 血の上っていた頭が冷えていくのが分かる。もう、この話を続けるべきではないのだ。


「もう行こう? あんまりのんびりしてたら、ユウのお願い叶わなくなっちゃう」


 彼女はもう歩き出していた。ぼくは何も言えず、後をついていくしかなかった。


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