『火の寓話』
むかしむかし、人々はまだ火の暖かさを知らず、夜ごと身を寄せ合って寒さをやり過ごしていました。
アラマンドという男は、それが我慢なりません。
かれは自分こそがもっとも優れた人間だと信じていました。
なぜおれが、のろまやまぬけどもと寝床を共にせねばならないのだ。
やつらの話すことといえば、昼間におれが教えてやったことばかり。
それを自分で思いついたかのように得意げに語るのだから、やりきれない。
ひとりになりたい。ひとりであれば、同じ時間をもっと有意義に過ごせるはずだ。
ある冬の夜、アラマンドともっとも仲のいいカルセドという男が小便に起きると、地上に星が瞬いているのを見つけます。
カルセドは同じようなものを見たことがありました。そのときは、星がどんどん大きくなって、森を燃やし尽くしてしまったことを覚えています。
星が消えた後を見に行くと、人も木々も真っ黒になっていました。風が吹くと、崩れて飛んで行ってしまいます。それ以来カルセドは星が恐ろしくてたまりません。
あわてて近づいてみると、アラマンドが小さな赤い星の隣に座り込んでいました。
「アラマンド! そこから離れろ、黒くなって死んでしまうぞ!」
「……カルセドか。お前になら話せる、こっちへ来てくれ」
友人があまりに平然としているので、カルセドは毒気を抜かれて彼のとなりに腰を下ろします。
しかし、アラマンドは静かに震えていました。心配になって彼に身を寄せると、その体は冷え切っているではありませんか。
「離せ、カルセド。暑苦しい」
「暑いどころか、このままではおまえは凍え死ぬぞ」
「心配するな。お前はこの暖かさを感じないのか」
たしかに、カルセドは積まれた枝の上にある赤い星から熱を感じました。ためしに両手を差し出すと、感じたことのないほどの暖かさがなぐさめるように彼を包みます。
「こうして自らを追いこまねば、こいつは生み出せなかった。これを火と名付けようと思う」
そう言うアラマンドの右手のひらには、地面にあるものよりさらに小さな星、彼の言うところの『火』がありました。
「なんだアラマンド、すべてお前がやったことか。また新しいものを見つけてきたのだな。心配して損をした。安心したらもよおしてきたぞ」
なんと、カルセドはその場で立ち上がり小便をはじめてしまいました。すると、二人を暖めていた火は消えてしまいます。
友人の大切な研究成果を壊してしまったとカルセドは慌てふためきましたが、アラマンドは大笑いしてこう言いました。
「実のところ、どう始末をしたものか困っていたのだ。なるほど、水をかければ良かったのだな」
アラマンドのもたらした火は、彼らの集落の生活を一変させました。
誰もがアラマンドの火を求めにやってきます。
その中には彼を嫌っていた者たちもいました。彼らは以前とはすっかり態度を変え、媚びへつらうようにして火を灯した薪を持ち帰っていきました。
高慢で他人を見下した態度を隠さないアラマンドは、カルセドを除けば友人と呼べる人間もいません。
それでも彼は祭り上げられ、日に日に火を求め訪れる人間は増えていきました。
あるときアラマンドは、カルセドを呼び出してこう言いました。
「カルセド、おまえにおれの技を教えてやろう。おまえは馬鹿だが、それを隠そうとしないところが美しい。おれが認めているのはカルセド、お前だけだ」
「アラマンド、それはまずい。おまえはようやく皆と付き合うようになったじゃないか。おれが皆に火を分けるようになったら、おまえを訪れる者が減ってしまうぞ」
「まさにそれこそが望みなのだ。おれは火などで満足していない。だが、こう人がやってきては一人で考える時間もない。そもそも火は、おれが一人になるために生み出したのだ」
カルセドは、長い時間をかけてアラマンドから技を受け継ぎました。
カルセドはアラマンドと同じ方法では火を起こせませんでしたが、今のわれわれが知っている方法でそれを成し遂げます。
カルセドが仕事を引き継いだことで、アラマンドを訪れる者はいなくなりました。
しかし彼は静かになったと喜び、また一人での研鑽に没頭していきます。
たまにカルセドが訪れる時だけ、彼の住処はにぎやかになるのでした。
カルセドは請われ、アラマンドから受け継いだ技をまた皆に伝えました。
彼は火を使うたびアラマンドに感謝するのだと弟子たちに言って聞かせましたが、彼らは孫弟子にはそう伝えませんでした。
一人になってますます偏屈になったアラマンドは、誰もが嫌っていたのです。
ある夜、アラマンドの家から火の手が上がりました。
カルセドは叫び、友人を助けるため燃え盛る炎の中へ飛び込みました。そのまま帰ってくることはありませんでした。
偉大な師父を失った人々は嘆き悲しみました。そして、彼を奪ったアラマンドへの憎しみを募らせるのでした。
アラマンドは生きていました。そして集落を去り、あらゆるものに火を伝え、姿を消しました。
世のすべての生あるものは火で滅ぼしあいました。世界は炎に飲み込まれ、そして燃えるものがなくなると、灰で埋め尽くされました。
灰色の大地には、火蜥蜴だけが這いずっていました。