41 『襲撃の真意は』
「お客人がた、屋敷の中へ戻られよ」
鉄の塊がしゃべった。
そして起き上がるために手を貸してくれた。
もちろんそいつは鉄塊などではなく、鎧に身を固めた人間だった。
フルフェイスの兜から発される声はくぐもっていて、性別も読み取れない。
「私はクラレント。主より、そなたらの護衛を仰せつかっている者だ」
重装備で器用に腕を組み、市街への道をふさいでいる。
コルトと同じくここの領主に仕えている人物か。
いかにも折れてくれそうにないけど……俺に説得出切るだろうか。
いや、オドはただ情報を伝えればいい。
俺のほうも、考えている手口なら不都合はなさそうだ。
だって、相手は呪声が聞こえるほど近くにいるんだから。
「こいつ、もともとディーラーに連れられてたんです。敵の攻撃について情報を持ってます。誰か、役立てそうな人に会わせてくれませんか」
「ならば奥様に会われるがよい。案内させよう」
クラレントはこちらの言葉に驚くふうでもなく、事務の手続きでもするように答えた。
コルトもだけどオルミスに仕えてる人は話が早い。
あいつも普段から苦労してそうだ。
「オドさま、こちらへ」
「コルト! いつの間に……」
「オドさまをお預かりします。ユウさま、重ねて申し上げますが、どうか当家にて事態の収拾をお待ちください」
噂をすれば……いや声にも出してないけど、コルトがそこにいた。
音もなく背後かから現れた彼女はオドを連れふたたび屋敷の中へと消えてしまう。
二度も同じことを言わせてしまった、けど……ユークはもう送り出してしまったんだ。
俺だって待ってるばかりじゃなく、できることをしたい。
「壁の外にも、市内にも出ません。屋敷に居ます。ただ、ここにいさせてくれませんか」
「勝手に動かれても困る。私の目の届くところであれば、許可しよう」
「ありがとうございます!」
「ユークレート殿は既に出立されたと聞いたが……これ以上、奥様の頭痛の種を増やしてくれるなよ」
クラレントは呆れ半分といった口調で続ける。
……全部筒抜けかよ。
下げた頭の上を通りすぎる言葉は、こっちの動きを分かった上で見逃してくれていることを示していた。
オルミスの街で起こることは全て領主の奥さん……コーティカルトの知るところ、か。
改めて、彼女もまた魔術師なのだということを思い知る。
ちがう、驚いたり打ちのめされてる場合じゃない。
こっちの動きが分かってるなら、連携もとりやすいってことじゃないか。
「あの! ユークはオルガナクロスに転移したんです。紅衣のウィスハイドと連絡がとれれば力になってくれると思いますし……」
「彼はクロスから動けまい。ラト殿も戦に長けているわけではない、あまり充てにするわけにはいかない」
「……壁の外から敵を確認したら、ユークが雨を降らせます! 反撃の機会にしてください、消火にも少しは役立つだろうし……」
「もとより、反撃の準備はしている。今少し壁は持ちこたえるだろう。敵は増援を望めまいし、その意図がオルミスの陥落にあるとも考えづらい。拙速に動けば、むしろ被害を拡大させかねん」
必死に反論の言葉を探すけれど、考えれば考えるほどクラレントの言い分が正しく思える。
これ以上何を言おうと、自分が状況を動かしたいだけのわがままにしかならない。
クラレントとのにらみ合いを続けさせているのは、それを認めたくない、というどうしようもないガキの感情だけだった。
『……ミス、オルミス、聞こえるか! オルガナクロスよりオルミスへ、当方、紅衣のウィスハイド! オルガナクロスのウィスハイドだ!』
にらめっこを終わらせたのは、クラレントの頭部から発せられた声だった。
それはウィスハイドを繰り返し名乗り、目の前の全身鎧に頭を抱えさせている。
『使者より要請を受け、ビケルウィルのラトに斥候を依頼した! 連携して防衛されたし!』
ウィスハイドの声には時折咳き込みが混ざる。大声に慣れていないのだろう。
それがたまらないのか、クラレントは兜を脱ぎとろうとする。
それが叶うと、大音声はその手の先に移ってしまった。
どうやらウィスハイドの声はクラレントの兜から発せられているらしい。
「遠音石だ……ウィスハイド殿め、無調整のまま使うとは、まったく……」
クラレントは辟易しきった調子で首を振った。
あらわになった金髪が揺れ、女性だったのかとどきりとさせられる。
光に白むオドのそれとは違い、赤みの差した色合いが肩まで垂れていた。
顔立ちはコルトを大人にしたようで、となりに立っていれば姉妹にも見えたかもしれない。
……いや、コルトは俺やラトより結構年上なんだっけ?
『ラトにも吸音石を一つ渡してある。彼女より再度の連絡を待たれたし! ……これで60秒か。以上、送信終わり! はあ、また資材を調達しなくては……』
通信は唐突に終わった。
これがいつかラトが言っていた連絡手段か。
口振りからして使いきりな上、一回の通信時間に制限がある。
でもってクラレントが遠慮なく悪態をついたってことは……たぶん、一方的にしか話せないのだ。
クラレントの持つ兜を凝視しながら必死で今起きたことを噛み砕いていると、唐突にそれを投げ渡された。
重みで思わず体が沈み、支えようとした反動で兜の中当てに顔を突っ込んでしまう。
……何の匂いもない。
「何か?」
「いや、これは違……な、なんで兜を俺に!?」
「また耳元で怒鳴られてはたまらない。また連絡があるはずだ、少し預かっていてくれ」
そう言われては断れない。
俺よりクラレントの腕が自由なほうがましだろう。
それにしても、ずっと着けてた兜から何の匂いもしないなんてことがあるのだろうか。
ちょっともう一回確かめ……違うだろ! 確かめることは別にいくらでもある!
「クラレントさん、今さらだけど……状況を確認してもいいですか」
「半刻ほど前、呪声の後に物見櫓が攻撃を受けた。その後、壁上の詰所が次々と爆撃を受け、壁外への目を失った。奥様が早期に退避を命じたゆえ、人的被害はごく軽微」
そう語る間にも――正確には、さっきからずっと――爆炎の魔術は城壁と街を揺るがしていた。
いちいち驚いてもいられないが、体はどうしてもビクついてしまう。
「奥様の指揮のもと、市民の退避も完了している。魔術師により襲撃者の捜索がすめば、すぐにも討伐に移る」
クラレントは俺の様子も爆音も意に介さず、平然と話し続けてくれる。
この余裕もオルミスを囲む城壁のおかげなのだろう。
相手はこんな堅牢な城塞があることを知らなかったのだろうか?
それとも、クラレントが示唆したように別の目的かあってのことなんだろうか?
それを考えても、俺にはどうしようもない。
けれど、考えるより他なかった。
例えばそう、他の何かから目をそらさせるために、こんな派手な攻撃を仕掛けているとか……。
『オルミス! オルミスの人っ! 聞こえてるー!? 返事してっ!』
突然、抱えた兜がラトの声で叫びはじめた。
よく見れば、後頭部に触れる位置に取り付けられた鉱石が震えて光を放っている。
これがテレフォニック・ジェムとやらなのか。
『あっそか……こっちの声しか聞こえないんだっけ? じゃあいいか、そのまま聞いてて!』
『ラト姉、そんな大声じゃまわりに聞こえちゃうぅ』
『この爆音の中です、気に召されるな。最も、この石ころが法具として片手落ちなのは確かであろうな。受信の正否すら定かではないとは、いやはや』
コントやってる場合か!
ウィスハイドの口振りからして通信に使えるのせいぜい一分なんだからお前は出てくんな性悪杖!
『聞いて、オルミスの人! 壁の外で、商人の人たちが立ち往生してるの! 壁のまわりは一面燃えちゃってて、逃げていっちゃった人もたくさん……』
そりゃ当然だろう。
いくら商人でも、売り上げより命が大事なはずだ。
けれどラトは商人さんたちが立ち往生してる、と言った。
つまり、集団がまだ壁の外にいるのだ。
根性据わった商人もいたものだ。
事態の収束を待って入港するつもりなのか?
コーティカルトは見張りの人命すら惜しみ、早期に引き上げさせるような人道的な采配をする。
壁外に人がいるのを知れば、彼らを助けようとするかもしれない。
『中には子供もいるの! わたしたちが雨を降らせて火の勢いを弱めるから、そうしたら壁の外へ出られるでしょう? どうにかして助けてあげ……』
ぶつり、という音がして、通信はユークの声と一緒に途切れた。
子供がいる。
どうして、こんな危険を目の当たりにして大切なはずの子供を連れて逃げずにいられる?
答は、きっとこうだ。
敵は、腕輪で操った子供の魔術師をオルミスへ送り込もうとしている。