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白の魔女は湖畔にて待つ  作者: セネカ
1 彷徨と知遇
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36 『やること探し』

「ところで……こちらの銃器らしき品についてのお話でしたね」


 そうだった。

 アデライドからやむを得ず奪った銃らしきモノが何なのか、どうすればいいのか。

 それを相談するはずだったのにずいぶん込み入った話になってしまった。

 俺たちは銃の乗ったテーブルを囲み、ふたたび見分を始めることにした。


「これが何なのか、調べてもらうことはできるかな」

「こういった品であれば、ウィスハイド様を頼られるのが適当かと存じます。わたくし共ではあまりお役に立てないでしょう」

「それじゃ、あたしがひとっぱしり行ってくる! 今すぐで困ることなんてないでしょ?」

「あ、おい待てラト!」


 止める間もなかった。

 声を出した時には、もうとっくにラトの姿は部屋から消えていた。

 テーブルの拳銃も既にない。

 俺とオド、ユークはあっけにとられる他なく、コルトはため息をついてあきれていた。


「あの子ったら……はぁ。あんなふうに早とちりして、二度手間にしてばかり」

「ごめんなさい、止まって、って言う暇もなかった」

「でも、ラトさんが届けてウィスハイドさんが調べるなら、きっとすぐに手がかりが見つかります」

「それもそうっちゃそうか。じゃあ、銃についての話はとりあえずラトが帰るのを待たなきゃだな」


 あいつに単独行動させるのは避けるべきなんだけど……まあ、俺たちでも数時間で済む距離なんだから、ラトなら本当に一瞬でウィスハイドに届けてくれるだろう。

 オドの言う通りことが早く済むかもしれない。

 となれば、俺たちは考えるべきことは……。


「そうだ、安全確保が優先って話だったな。でも、オルミスに危険なんてあるのか? 門番さんもキツい態度じゃなかったし、治安はよさそうに見えるけど」


 コルトは少し誇らしげに、おっしゃる通りです、と請け負う。

 

「オルミスは街を囲う城壁と、奥さまの結界陣によって内外から守られています。たとえ魔術師が入り込み破壊工作を行ったとしても、結界により常に監視・抑制されるのです」

「じゃあ、この街の人はすっごく安心できるね! だって、コーティカルトさんって紅衣なんでしょう? イストリト先生みたいな」

「いいえ、奥さまは紅衣を下賜されてはいません。そうでなくとも、秀でた魔術師であらせられますから」

「そうだったのか……。イストリト先生の後輩って聞いたから、俺もユークと同じ勘違いしてた」

「他者の力をよりどころとする法具など、誇れるものではなかろう。だが、今はその話ではあるまい、端た女よ。おまえの述べるところの二つの守りがあってなお、お嬢に害を与えうる存在があるというのだろう?」


 また話が脱線しかけたところで、ニクスが元の道に戻してくれる。

 ……のはいいが、その口の利き方どうにかならんのか。


「はい、ニクスさまのおっしゃる通りです。目下の危険は、アデライド氏やその関係者でしょう」

「まだ銃を持ってるかもしれないってことか」

「ええ。背格好は先ほど伺いましたので、ただちに市内を調べさせます。所在が分かるまでは、みなさまは外出を控えたほうがよろしいかと」


 見た目も言動も危ないやつには見えなかったけど、持ってた物が物だ。

 魔法の結界も防壁も、市内で銃を使われちゃ形無しってことか。

 ディーラーや甫国とつながりが疑われる以上、問題はアデライド一人でない可能性もある。


「ここに来てから同じ寝床についてないから、しばらく落ち着けそうなのはありがたいけど……今度は外に出れないときたかぁ」

「ちょっと退屈だね。どうしてればいいかな?」


 オルミスに詳しいのはラトだけだ。

 彼女がいない時に下手な動きはできない。

 自分たちが危ないばかりか、せっかく守ろうとしてくれているコルトたちに余計な負担をかけてしまうだろう。

 それこそ彼女の言う様に、部屋をもらって休んでいるのが一番かもしれない……などと思い始めたとき、いきなりオドが前に進み出た。


「コルトさん、お願いがあります」

「はい、なんなりとおっしゃってください」


 その唐突な振舞いにも、コルトは淀みなく応じてくれる。

 だけど……オドのことだ。

 イストリトの時みたく、また修行をつけてくれだの言いだす気じゃないだろうな。


「コルトさんは、ラトさんの言う様に何でもできる人ですね。それに、言葉がすごくきれいです。えらい人に仕えているんだなって、すぐにわかります」

「とんでもありません。主や奥さまの威光がなければ、わたくしなど」

「ぼくは魔術師狩り(マギ・ディーラー)にさらわれて育てられました。魔術は少しできますけど、全部人を傷つけてしまうものです。だから、ユークさんの役に立てないでいます。それに、ぼくが口を開くたびにみなさんを驚かせてしまいます。きっと、ぼくの言葉がおかしいんだと思います」


 オドは突然身の上話を始めた。

 さすがのコルトもこれには面食らったようで、少し言いよどむ。


「……イストリトさまがオドさまをお助けになられたとか。どれほどつらく苦しい境遇にあられたか、わたくしには想像もつきません」


 たぶん、オドは同情されたいわけじゃない。

 こういう話し方をするってことは、あいつは……。


「ぼくは、コルトさんのようにユークさんに仕えたいんです。そのために、召使いの仕事や言葉遣いを教えてくれませんか」

「えっ……!?」

「これ以上、主、じゃなくて、友達のユークさんに恥をかかせたくないんです。おねがいします」

「友達はそんなこと思わないっ!」


 直接頭を下げられたコルトよりも、ユークのほうがはるかに慌てている。

 あいつめ、まだ奴隷根性が抜けきっていないのか。

 自立心ってものがないのか――いや、それについちゃ人のことは言えないな。


「いや待て待てオド、コルトさん困ってるだろ」

「ユウさんには話していませんけれど」

「お前ひっぱたくぞ……。ユークの言う通り、おまえは召使いをやる必要ないんだって」


 横やりを入れるとユークも横でうんうんと頷いてくれる。

 しかしオドはコルトに再び頭を下げるだけで、引き下がろうとはしなかった。

 学習意欲があるのはいいことだし、俺もそれは見習わなきゃなんない。

 けど……どう言って落ち着かせたものか。


「オドさま、どうか頭を上げてください」


 考えているうちに、コルトが先に結論を出してしまったらしい。


「わたくしをお認めいただき、ありがとうございます」


 深々と頭を下げ返した後、コルトはオドをまっすぐ見据えて再び口を開く。


「しかし……おそれながら、仕えるべき方に気を遣わせていては、それは独りよがりというものです」

「……はい」


 その答えで、オドは見る目に分かるほど意気消沈してしまった。

 あわててユークが隣に立ち、励まそうとする。


「わ、わたし気を遣ってるわけじゃないよ! でも、ご主人様って呼ばれるよりは、ユークって呼ばれたほうがいいなって」

「ユーク、話が元に戻っちゃうから!」


 このままオドに凹まれるのも、それをユークが気にするのも面倒だ。

 それにこいつが普通の生き方を学びたいと思ってるなら、コルトを手本にすること自体は悪い手じゃない。

 

「召使いになる前にさ。掃除とか洗濯とか、まず自分の身の回りの世話をできるようになんなきゃだろ。俺もだけど……自分の面倒も見れないままじゃ、青歴院でも恥かきかねないし」

「わたし……やったことないな。青歴院って、そういうこと自分でできなきゃダメなのかな?」


 ユークはそうだよね。

 イストリトやエフィーが台所に立っていた時も、わたし食べる人、と言わんばかりに食卓でちょこんと座っていたし。


「青歴院の世話役は多くないようです。かつては奥さまも、身の回りのことはご自分でこなされていたと聞いております」

「だったらさ、今のうちに慣れておこうぜ。ここにいる間、俺たちでコルトさんの手伝いをすれば自然と学べるんじゃないかな。もちろん、コルトさんが良ければだけど……」


 素人の俺たちが手伝ったところで、逆にコルトの手間を増やす結果になるだけかもしれない。

 だから彼女が嫌がれば引き下がるつもりだった。


「ダメかな。客にこういうことさせるのは、やっぱマズい?」

「いいえ……青歴院の学徒候補生は手厚く保護すべしとの命は下っておりますが、おもてなしをせよとは言われておりません。わたくしとしても、みなさまと働けるのは嬉しい限りです」

「じゃあ、教えてくれるんだね!」

「ええ。ですがわたくしの下で仕事をされるとなれば、お客様として遇するままにはできません。それでもよろしいでしょうか?」


 コルトは一瞬戸惑いながらも、毅然と覚悟のほどを訊ねてきた。

 もちろんそうでなくては困る。

 ……というか、お客様扱いのままだとこっちが息苦しいし。


「はい。よろしくおねがいします、コルトさん」

「じゃあ、コルト先生だねっ」

「なるべく邪魔にはならないように気を付けるよ」


 ユークもやる気なようでよかった。

 コルトにはもうずいぶん良くしてもらってるんだから、迷惑かけるわけにはいかないもんな。


「わたくしの力の及ぶ限り、みなさまに家事を仕込ませていただきます」


 コルトは頭を上げると、にっこり笑って応じてくれる。




 こうして、メイドのコルトは俺たちの先生になった。

 といっても屋敷のことを何も知らないままでは仕事もなにもない。

 まずは仕事場を知らなければ。

 俺たちは彼女に連れられ、一つ一つ部屋を覚えていくことになった。


「では、当家をご案内しますが……どうか大広間右の階段から奥へはおいでにならないようにお願いします。みなさまに出入りしていただくのは、主に下の階です」

「探検、たんけん! コルトの屋敷、お部屋いっぱいだね。お城……じゃなくて、わたしのおうちと同じくら、むぐ」

「こら、はしゃぐなユーク。これから俺たち仕事を習うんだからな」


 こんなに大きな屋敷と同じくらいの部屋数の家にいたこと白状したら城住まいをごまかした意味ないだろが。

 幸い俺とユークのやりとりにコルトは振り向かない。

 彼女はそのまま、また一つの部屋の扉を開ける。

 そこは大きな机が一つと、無数の本棚が並ぶ資料室のような場所だった。

 

「こちらのようにふだん人の出入りがない部屋もいくつかあります。それほど力をいれずともよいので、軽く埃を落としていただければ」

「了解、了解。そうなると、一番大変なのは大広間と台所か」


 大広間は……ピアノらしき物あるので正直勘弁してほしい。

 あれを視界に入れたまま仕事はできそうになかった。


「ぼくはそのどちらかがいいです」

「じゃ、俺が台所で。ユークが部屋を回って埃落としかな」

「わたくしもそれがよろしいかと存じます。では、掃除道具のある倉庫までご案内しますね」


 オドがおりよく選択肢をくれたので、即座に飛びつく。

 思わぬところでコルトが同調してきてくれたのが少し不思議だったけど、無難な采配ってところだろう。

 一番楽な仕事を回されたユークはといえば、少し不服そうだった。


「そっか、みんなと離れ離れかぁ。おしゃべりしながらできないね」

「早く終わったらこっちを手伝ってくれれば一緒にやれるさ。手抜きはダメだけどな」

「うん! あ、ほこり落としって何がいるのかな? このおっきなハンマー?」


 どっと心配になってきた。

 コルトは笑いながら俺たちに道具を見立ててくれるけど、本当に大丈夫か?

 ひとまず形だけでもと、前かけやキャップまで持ち出してくれる。


「見てみてユウ、にあう? あ、髪はもっと短い方がいいかな……えいっと」

「まあ……ユークレートさまの魔法は御髪も自由自在なのですね」

「とてもかわいいと思います」

「いや、おしゃれじゃないけどな、これ……」


 こんな飾り気のない掃除用キャップでも、確かにユークはかわいいけども。

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