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白の魔女は湖畔にて待つ  作者: セネカ
1 彷徨と知遇
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35 『銃と杖』



「そうそう、先生のピアノにあわせてね。タン、タタン、うん、タン、タタン……」

「この音は? うん、あってるね。おたまじゃくしも書いてみて。そうそう。じゃあ、次ね?」


 先生の声を聴くぼくは6歳で、小学生に上がるか上がらないかのころだ。

 なかなか好きに弾かせてもらえなくてもどかしかったのを覚えている。


「やめたいって? やめたいよねぇ、わかる。でもね、先生、ご褒美用意しとくから。この本だけ、きっちり弾けるようになっとこう。ね?」

「ほらこれ。このゲーム持ってたでしょ? 楽譜が出てたから、ちょっと弾きやすくしてみたの」


 その楽譜が8歳の誕生日プレゼントだった。

 親に言われて始めたピアノが、そのおかげでようやく楽しく思えるようになった。


「現金なんだから。編曲する必要なかったかもね。もう運指は賞もんだよ」

「めでたいね、金賞! でも自由曲、あの本から選ばなくてよかったの? ……先生が恥かく? 気にしぃだなあ、もう」


 12歳のとき、ぼくはコンクールで金賞を受けた。

 このまま音楽の世界で生きていくのだと思っていた。


「……お話があるの。こないだのコンクールで銀賞だった子なんだけど……」


 この時も、まだそう思っていた。

 ここから続く言葉で、より強く思うようになったのかもしれない。

 それにしてもずっと声ばかりが聞こえるな、と思ったとき、自分が目を閉じているのに気づいた。

 先生の顔を久しぶりに見てみたくなった。

 けれど目をあけると、ぼくを見降ろしていたのはちがう人だった。






「ユウさま。よかった、お目覚めになりましたね」


 俺の身体はあおむけで、コルトが上から覗いていた。

 思わずその膝から跳ね起きる。

 ぶつかる、と思ったけれど、コルトは見事に首を引いてかわしてくれた。


「うあ、ご、ごめん!」

「お疲れだったのですか? 採寸の途中でお休みになってしまわれたので、そのまま御首(みぐし)をお預かりしておりました」


 彼女は事務的な笑顔を崩さなかったが、さすがに声には呆れの色が滲んでいる。

 あわてて身を離し、頭を下げるほかなかった。


「本当にごめん。コルトさん忙しいのに、よけいな時間とらせちゃって」

「わたくしのことはご心配に及びません。それよりも……」


 コルトは俺のうしろを気にした様子だ。

 つられて振り向くと、みんなが三者三様の面持ちでこちらを見据えていた。


「ユウ、つかれちゃってたの?」

「あはは。やっと落ち着けそうなとこに着いて、気が抜けちゃった?」

「カゼオイさん、以前もそうしてユークさんの膝で寝てましたね」


 素直に心配してくれるユーク。

 コルトと同じく呆れ気味のラト。

 そして視線が冷たいオド。

 ……こいつ、はじめて会った時から意識はあったのかよ。


「心配かけて悪かった。ユークの言う通り、疲れてたみたいだ」


 ウソは言ってない。

 実際、疲れ切って寝こけてしまったわけだし。

 ただ、消耗した一番の原因は……知られたくない。

 誰とも目を合わせていられなかった。


「ユウさま、このままお休みになられますか? お部屋はご用意しておりますが」


 みんなの前でうつむいてしまったせいか、コルトがこんな提案をしてくる。

 言葉に甘えたい気持ちもあったけど、いきなり屋敷に押しかけて部屋をもらって寝込むなんて客にはなりたくない。


「ああいや! もう大丈夫です。まだ外も明るいし、それにコルトさん以外屋敷の方に挨拶だってしてないし」


 精一杯声を張り上げて辞退する。

 それにしても、さっきから俺たちの相手をするのはコルトだけだ。

 これだけ大きな屋敷なら、ほかにもっと使用人がいてもいいはずじゃないか?


「それについてはお気になさらないでください。みなさまのことはわたくしから主に伝えておりますし、主よりみなさまのお世話もすべて(ことづ)かっております」


 不足がございましたら何なりと、とコルトは言うが、それはそれで居心地がよくない。

 ユークも俺と同じことを気にしていたようで、彼女に疑問を投げかけた。

 

「もしかして、奥さんだけじゃなくて領主さまもいそがしいの?」

「いいえ。……主は、以前より病に伏せっておられるのです」

「そうだったの!?」

「もしかして、奥さんが忙しいのもそのせい?」

「はい。ご不満かとは存じますが、どうかご容赦くださいませ」

「そっか……それなら、しょうがないよね」


 それならそっちに人手が行っているのだろうと納得できる。

 しかし、お偉いさんにしばらく会えないとなると……あの拳銃のことは一体どこに報告したものか。


「ふん、ならばこの女中に例の物を預けるほかないわけか」

「ニクス!? おまえ、いたのかよ!」


 思ってもいないタイミングで部屋のテーブルの上から声がした。

 一体いつの間に取り出されてたんだ。

 コルトを驚かせていないかと振り向く。


「ニクスさまからは、さきほどお名前を伺いました。ユークレートさまの事情も多少」

「もはや吾輩を隠す必要もあるまい。この娘は信ずるに足ると見た」

「……なんか、あたしと会った時とずいぶん態度がちがくない?」


 なるほど、さっきオドを待たせていた時に話していたのか。

 にしても、例の物というのはあの銃のことだろうか。

 コルトに預けてはたして事態はよくなるのか、とも思ったけれど、他にどうしようもないのは確かだ。


「お嬢の『倉庫』の中で出番を待っておれば、いきなり新参者が我が物顔で居座りはじめよった。聞けば祐、貴様が拾ったというではないか」

「道具が道具に嫉妬すんのかよ……ユーク、さっき預けたアレを出してもらえるかな」

「うん。はいっ、これ」


 ユークは拳銃を取り出し、律儀に銃身を持ってことりとテーブルに置いてくれる。

 それを見守るコルトは顔色を変えないままだった。


「ユウさま、こちらは?」

「多分、銃の一種だと思うんだ」

「甫国の兵器ですね。あまり多くを存じませんが、はじめて見る形です」

 

 コルトの言葉は俺にもあてはまる。

 別に銃器に詳しいわけじゃないし、引き金もないのに一目見て銃だと思ったのはアデライドの構え方によるところが大きい。

 あいつはこのアンティークリボルバーのような湾曲したグリップをしっかりと握り、撃鉄を起こそうとしていた。

 

「で、何故こんなものを気にしておるか。吾輩は現場を見ておらぬ、話すがいい。ついでにこの娘に説明することもできよう」

「ついではお前だっつの。……ちょっと言いにくいことなんだけど……」

 

 一連の流れを分かってもらうには、アデライドのことやドロボー(ローバー)(トロス)のこと、門番のことも説明しなければならなかった。



「……では、つまりその銃は、ユウさまがアデライド氏を魔術で昏睡させ、強奪したということでよろしいですか?」


 最高に人聞き悪いな!

 でも……反論はできない。

 まずいぞ、確かにはたから見ればその通りだ。


「したことに間違いはないけど……違うんだ! 門の前で発砲騒ぎになれば大ごとになると思って……その」

「歯切れの悪いことよ。貴様が判断したのだ。胸を張っておればよかろう」


 俺はお前ほど神経太くないんだよ!

 心の中でニクスに悪態をつきながら、コルトの顔色をうかがう。


「いかなる理由があろうと、厘領内において他者への害意ある魔術の行使は認められていません」

「道理だな。その狼藉者を止めたかったのならば、同じ腕で殴り倒してやればよかったのだ。貴様が物を知っておれば、その行いと暴力には大差ないと分かったろうに。無駄に消耗しおって」


 ニクスは無視だ。こいつは一体どっちの味方なのか分からない。

 言い訳が効かないなら、ともかく神妙にするほかなかった。


「……そっか。俺は捕まるのか?」

「えっ? どうして? ユウ、あれはわるいことだったの?」


 魔法がそれほど厳しく取り締まられているとは思わなかった。

 予想以上に厳しい言葉に、ユークも戸惑い始める。

 こうなれば、どうにかして彼女へ罪が及ばないようにするしかない。

 そう覚悟しかけたが、コルトはすぐに表情を緩め、こう続けた。


「いいえ、わたくしは告発しません。むしろ個人としては、ユウさまに感謝したいほどです。お二人ともご安心ください」

「あたしもさすがに牢に入れられたことはないなあ。先こされるとこだったよ」


 俺とユークは胸をなでおろす。

 しかし、コルトの顔は明るいままではなかった。


「というのも、この頃は情勢が不安定で……何か騒ぎが起これば、厘本国に責を問われかねないのです」

「それも、甫兵が不迷の森に進出したことに関係しているのですか?」

「……それは初耳です。不迷の森はラトの村の近くだったわね?」

「うん。トリト先生が確かめたから、間違いないはず」


 オドの疑問とラトの答えに、コルトはさらに深刻さを増した顔つきになる。

 そうか。

 たしか、ラトの住むビケルウィルとオルミスの距離は歩いて数日かかるとのことだった。

 あれからまだ二日しか経っていないのだから情報が伝わっていなくてもおかしくない。

 俺たちは彼女とユークの魔法でかなりショートカットできたし、ウィスハイドは紅衣だから耳が早いのだろう。


「オルガナクロスにいた厘兵も戦時下だとか言ってた。それで交易船なんて出せるのか?」

「まさしく、問題はそれなのです。その話が広まり、本国に伝わって御触れが出れば、船が出せなくなる可能性があります」

「また……戦争になるの?」


 ラトの言葉は重苦しかったけど、ショックを受けたふうではなかった。

 彼女も各地を行き来するうちに、いつかそうなると分かっていたんだろうか。

 

「六年前に結ばれたのは、終戦ではなく停戦の条約だもの。火種はそこかしこに燻ったままよ……もっと早くに争いが再燃してもおかしくなかったわ」


 ただのメイドが発した言葉とは信じられないほど、その口調は重苦しかった。

 つられて、俺たちまで押し黙ってしまう。


「……失礼いたしました。いまわたくしにお聞かせいただいた情報を伝えるためにも、なんとしてもみなさまを蒼歴院に送り届けなければなりませんね」

「ちょっと待った。そんなの、エッカードなら分かるはずじゃないのか?」

「彼は記録し、問いに答えるだけです。自ら何かを伝えようとすることは滅多にありません。今日(こんにち)の情報を学士たちが掘り起こすのは、はるか先の話になるでしょう」


 世界に積極的にかかずらう気はないってことか。

 やっぱり、エッカードはユークやその父親のような精神を持ち合わせてはいないらしい。


「戦争……わたしたちで、止められないのかな」

「そりゃ、止められるならそれが一番だろうけど……」


 ひどく傷ついた調子ながらも、やはり彼女は争いを解決しようとしていた。

 でも、その手段はない。

 ユークの力はとてつもないけど、それでも国家間戦争を丸く収められるとは思えなかった。


「吾輩らには無関係のこと。わざわざこちらから首を突っ込んでやる必要もない、この女中の言う様にうまくやりすごすことと致しましょう」

「でも! わたしには、力があるもの。お父様だって、きっとそうする……」

「よろしい! ならばお嬢の道は二つ。この世のものを全てその言葉の奴隷とするか、かのアラマンドのごとくすべてを焼き払い争うものをみな灰燼と帰するか。どちらも我が主の力ならば容易に成せましょう」

「ニクス、おまえっ」


 言い方ってもんがあるだろ!

 本当に性格の悪い杖だ、こいつは。

 けれど、当の彼女は怒りはしなかった。


「ユウ、いいの。わたしにだって、そのくらいしかできないことは分かるもの。でもそうしたら、戦争が起こるよりもっとひどいかもしれない。そうなのね、ニクス」

「おお、安心いたしましたぞ。我が主にもまだ一分の理性が残っておるようだ」

「……わかったからもう『黙って』」


 それで杖はうんともすんとも言わなくなる。

 やっぱり、怒ってた。

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