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白の魔女は湖畔にて待つ  作者: セネカ
1 彷徨と知遇
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34 『白黒白黒白白黒白黒白黒白』

「コルトさんが、あわててユークさんを連れて行ってしまいました」


 オドは俺たちを見るなり、立ち上がってそう言った。

 いかにも心細そうにこちらに駆け寄ってくる。

 領主屋敷の応接間にみんな揃っているとばかり思っていたけど、そこにいたのはこいつだけだった。

 一体どういうことだ?


「追いかけなかったのか?」

「コルトさんにはすぐ戻るからと、ユークさんからも待っていてほしい、と言われました。こんなに長く戻ってこないとは思いませんでした」

「コルトが慌てるなんて珍しいや……。二人、どんな感じだったの?」


 オドはいつになく不安がっているようだ。

 今まではラルドや俺たちがずっと一緒にいたから、一人で判断がつかなかったのだろう。

 

「もうひとり別の召使いのひとが来たとき、ユークさんがとても驚いていました。それで、何故だかコルトさんがユークさんの手をとって行ってしまいました」

「どこへ行ったか……分かってれば追いかけてるよな」

「そのもう一人って?」

「そういえば……いつの間にか、姿が見えません」

「しっかりしてくれよ」


 憎まれ口にも応じず、オドはうつむくばかりだ。

 生意気に言い返してくるだろうと思っていたが、これじゃいじめてるみたいじゃないか。

 部屋に気まずい空気が流れる。


「と、とりあえずお茶の残ってる分、飲んじゃいな!」

「はい……」


 ラトが気を回すと、オドは出されていたカップを手にとり中身を一気に飲み干してしまう。

 なみなみと注がれたお茶がすっかり冷めるほど時間が経っていたようだ。

 こうなると、下手に探しに出て入れ違いになる方が厄介かもしれない。

 そう思ったところで、廊下から二人の足音が近づいてきた。


「コルト、ただいま戻りました! オドさま、申し訳ありません」

「あ、ユウたちも来てた! オド、ごめんね、コ……コルトがね、領主さまの奥さまに会うなら、ふ、服をね、着替えた方がいいかもしれないって」


 服……だって?

 ユークの格好は貴人としてそんなにおかしなものに映るのだろうか。

 俺のセンスでいうなら……魔法使いのお嬢様と言われれば、そうかと頷くたたずまいだ。

 もちろんそんなもの参考にならないし、ここの現在の人々にとってユークは千年前の人間だ。

 流行が変わってるどころじゃないだろう。

 少しでもコーティカルトへの心証をよくしようという計らいなのかもしれない。


「みなさまにはお時間をとらせてしまうことになります。ですが、奥さまの方もしばらく手一杯なのでございます」

「青歴院への船が出るのには間に合うんですよね?」

「はい。というのも、交易船は今オルミスへの帰途のはずなのです。ですから、みなさまにはどうしても港に逗留していただく必要がございます」


 おりよく船が待っていてくれるなんて都合のいい話はなかった。

 とはいえ、むこうも時間を作る必要があるなら逆にちょうどいいのかもしれない。

 けれど一つ問題ができてしまった。


「そうなると、オルミスで宿をとらなきゃいけないわけだ」

「いえ、ご心配ありません。出発まで、みなさまを当家でおもてなしせよ、と命じられておりますから」

「え? コルト、いつ……あっ」


 ユークが何か言いかけるが、はっとしたように口をおさえる。

 コルトはそれには反応せず、話を服のことに戻した。


「つきましては、ユウさま、オドさまのお召し物もお仕立ていたします。よろしければ、こちらでお休み頂いた後、ご都合のつくお時間に採寸いたしたいのですが」

「ありがたいけど……いいんですか? 俺たち、お礼も何もできませんよ」

「ご心配にはおよびません。こちらも、主から許しを得ております」


 寝耳に水だったけど、よそ行きの服がタダでもらえるっていうならありがたい話だ。

 いつまでもイストリトから借りた病人服に上衣ってわけにもいかない。

 せっかく彼女が自分とのつながりを隠してまで、俺たちの印象をよくしてくれようとしているのだ。

 だから、そのうち身なりを整えなければならないとは思っていた。


「なら……ちょっと行きたいところがあるので、それからで」

「かしこまりました。では、準備をしてまいります」


 コルトは一礼し、しずしずと応接間を出ていった。

 ラトの言う通り、仕事の早い子だ。

 ユークを連れて行ったと聞いた時は何事かと思ったけど、てきぱきと話を進めてくれるのは頼もしい。


「なんにせよ、宿の心配するハメになんなくてよかったよ」

「このような立派なお屋敷にに、ぼくも泊まっていいのでしょうか?」

「お前ひとり外で寝るのかよ、こんなとこで遠慮するなって。服まで用意してくれるって話じゃんか」

「うれしいです。ユウさんと似た服でなければ、もっとうれしいです」

「おいコラどういう意味だ」


 なぜだか、オドとばかり言葉を交わすハメになっている。

 戻ってきたユークが何も話さないのだ。

 ちょこんと椅子に座り、うつむくままだった。

 そんなに服に物言いつけられたのがショックだったんだろうか。


「にしても俺やオドならともかく、ユークの服がまず問題になるなんてな……。俺はそのままでも、誰に会ったって恥ずかしい恰好じゃないと思うんだけどなあ」

「え? あ、うん。えっと、しょ、しょうがないよ。だって、千年も経っちゃったんだもの。そうだ、ラト姉は新しいお服、いらないの?」

「あたしはいい。奥さんと会うつもりないし。寝床もアテがあるから、みんなはここでゆっくりしてなよ」


 ラトもいつもより口数が少ない。

 そういえば、彼女は厘国の有力な魔術師の娘だと聞いている。

 もしかしたら、こういう場所にいると元の生活を思い出してしまうのかもしれない。

 それとも、コーティカルトに含むところでもあるんだろうか?


「あ、別にここの領主さんがどうってんじゃないよ! こういうお屋敷が落ち着かないってだけでさ」

「よかった……。ラト姉、コルトのお家が嫌いなのかと思っちゃった」


 俺の視線に気づいたのか、ラトがあわてて付け加える。

 ユークは胸をなでおろすけど、これから世話になる相手に直接会っておいたほうがいいだろう。


「服や寝床はそりゃ勝手だけど、コーティカルトさんには会っておかないか? 無理することはないけどさ」

「んんん……じゃあ、そうする……」


 ラトは不承不承にうなずく。

 踏み込む必要もないけど、やっぱり何か確執があるのかもしれない。

 そうして女子二人がぎこちなくなると、部屋はすっかり静かになってしまった。


「それでユウさん、行きたいところとはどこですか?」

「ああ、そうだった。門で寝かしつけた奴のところだよ」


 そんな中では、オドの唐突な質問もありがたかった。

 食事をとった後で腕輪の呪文で疲れていたからか、ぼうっとしてしまったらしい。


「わたしも行きたい! 名前、教えてもらわなきゃ」

「そだね、あたしも行く行く。まだ門にいるといいんだけどな」


 俺たちはコルトに外出する旨を伝え、大広間からエントランスに抜けた。

 その間ずっとうつむいていたので、ユークが心配して声をかけてくる。


「どうしたの、ユウ? ねむいの?」

「うん……ちょっとな」


 嘘だった。

 屋敷に入った時、ここで見たくないものを見た。

 それから目をそらしていたのだ。

 もう外に出る扉は目の前で、これ以上目を伏せる必要はない。

 思い切り自分の頬を叩き、広間にばちんという音が響いた。


「ごめん、魔法使うのって思ったより疲れるんだな」


 俺がそうごまかすと、ユークは笑ってくれていた。

 ウソはついていない。疲れていたのは本当だ。

 ユークに本心まで知る力がなくてよかった。




 門番の詰所にやってきても、踊り子の姿はなかった。


「……アデライドのことか? あの子は……そう、保護者が見つかったんだ。無事引き取られていったよ、うん」


 答えてくれた門番はどこか上の空な調子で、俺たちと目を合わせない。

 にしてもあいつ、ほんとに保護者がいたんだな。

 あのテンションに付き合うのは大変そうだ。


「アデライドさん……」

「アデライド? ねえ、ほんとにそう名乗ったの?」


 ラトとオドはその名前をオウム返しにする。

 そんなに不思議な名前だろうか?

 ユークはどうかというと、なぜだかしかめっ面だった。

 俺が視線を向けているのに気づくと、指だけで手招きをしてくる。


(この人、ウソついてる)


 なんだって?

 でも、詰所の寝床はここから見える位置にあるし、そこには誰もいない。

 つまり……追い出されたか、勝手に出ていった?

 いや、街から追い出したんならそう言ってもいいはずだ。

 一体どういうことなんだ?

 

「そうそう、君たちにずいぶん感謝していたよ。よほどあの石が大事だったらしい。街に行けば会えるかもしれん、行ってみてはどうだ?」

「はあ……どこに行ったかってわかりますか?」

「すまんな、行先は言っていなかった。だが、今すぐ探せば間に合うだろう」


 その言葉は俺たちを追い払おうとしているようにも聞こえる。

 俺が受け答えている間、ユークはラトにも耳打ちをしていた。

 するとラトは表情を変え、門番の目の前に仁王立ちする。


「実はね、あたしら港のほうであの子見かけたんだ。で、どんな話になってるのかって来てみたんだけど」

「何だと、港に!? ……ああいや、気にしないでくれ。話した通りだ」


 カマをかけられ門番は明らかにうろたえた。

 やっぱり、アデライドはここから勝手に抜け出したらしい。


「ありがとうございます。探してみます」

「ああ。暗くなる前に宿をとるように。気を付けて」


 ……根はいい人なんだろうけどな。

 これ以上ここにいても仕方がない。

 アデライドが銃以外にも騒ぎのタネを持ってないことを祈りながら、もと来た道を引き返した。 


 領主屋敷の前に戻り、ラトが再び手続きをするのを見守る。

 入口の前に立っている茶碗を積み重ねたような陶器人形は、いつだかイストリトが言っていたゴーレムと呼ばれる存在の一種らしい。

 といってもただ入口を塞いで鎮座し、人を送り出すか来訪者から入場証の木札を受け取ったときのみ、横にどくという動きをするだけのものだ。

 いかにも頼りにならなそうな形状だが、融通は効かないし重さから取り除くことは難しく壊せばその音が警報になるとかで、理にはかなっているそうだ。


「ウィスハイドじゃないけどさ、いちいちメンドーだよねえ、これ。のたのたせずにとっととどけっての。元の位置に戻るのは速いくせしてさ」


 ゴーレムたちをすりぬけながら、ラトが愚痴をこぼす。

 屋敷の門は城壁から伸びた壁と一体だから、確かにこいつらをどかす以外に中に入る方法はないのだろう。

 それでも見張りの一人もいないのは不用心に見える。


「警報になるっつってもさ、門番は別にいたほうが安心できるんじゃないのか?」

「コーティカルトさんは青歴院で非常に優秀な魔術師であった、と聞いています。侵入者の存在さえわかれば、対処できるのだと思います」

「こんなに大きなお屋敷なんだから、きっと中にたくさん護衛のひとがいるんだよ」

「コルト以外に会ってないけどなあ」


 そうだ、そもそも見張りも何も他の使用人は見かけてすらいない。

 もちろん、領主本人や奥さんのコーティカルトにもだ。

 泊まらせてもらう以上、いっぺんくらい挨拶したいけど……俺たちに取り合う暇などないほど忙しいんだろうか?

 

 そこで思考と足が止まった。

 忘れていた。

 最初にここに入った時もこうしてあれに釘付けになってしまって、ラトに訝しがられたじゃないか。


「ユウさん、立ち止まらないでください」 

「あれ、ユウくんどうかした? 忘れ物?」

「やっぱりねむい? わたし、コルトにお部屋をお願いしてこようか」


 三人の言葉はちゃんと耳に入っていたけれど、それに応じる余裕はなかった。

 目を伏せろ。

 それで、さっきみたいにただラトの背中についていけばいい。

 必死で自分に命じた。

 が、空のスツールに吸われる自分も、それに抵抗する自分も従ってはくれない。

 その二つがせめぎあい、身体は動かないままだ。


(この世界でも、今更こんなもんに縛られてんのかよ……。 もう三年だぞ!)


 自分に向かって悪態をついても状況は改善しなかった。

 首を振りたかったが、そうすることすらできない。


「ユウくん?」


 ラトが戻ってきて、目の前に立ってくれる。

 それでようやく、トラウマの源が視界から消えた。

 すかさず視線を落とす。


「ごめん、もう大丈夫だ」


 世界が変わっても、八十八鍵に満たなくても、白と黒の並びは変わらなかった。

 ピアノ。

 三年前にそれを、それにかかわってきた自分をかなぐり捨てた。

 未練はないつもりだった。

 その音が嫌いになったわけじゃない。

 目の前で誰かが弾いていれば、耳を傾けさえする。

 

 ただ、そこにあるだけの……主もたない鍵盤が、恐ろしいんだ。

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