33 『港街オルミス』
「そこの者たち! 今の騒ぎは何事だ?」
騒ぎを聞きつけたのか、オルミス側から男が近づいてくる。
おそらく門番のうちの一人だろう。
踊り子の肩を抱えたオドと宝石を手に戻ってきたラトは目を見合わせ、ユークはきょとんとしたままだ。
これ以上大ごとになったら港に入れるかどうか怪しいじゃないか。
まずは、この拳銃を隠さねばならない!
「ユーク、これ、しまってくれ。頼む!」
「えっ? あ、うん! これ、何?」
「なんでもいいから! この出っ張ってるところ、触るなよ!」
ユークは俺の言う通り、そっとグリップを握って拳銃を中空に消してくれる。
これで最悪の事態は回避できた。
銃がこの世界でどれほど知れ渡ってるか分からないけれど、イストリトが言うには前の戦争から敵国の脅威として存在しているんだ。
そんなものを持ったままで、港に入れてくれるとは到底思えない。
だけど……この踊り子が寝こけているのをどう説明したものか。
「ドロボー鳥、あいつに襲われたのよ! もう、見てたなら分かるでしょ?」
「君は、たしか運び屋の……。では、被害は?」
「あたしが取り返した。でも、この子が驚いて気絶しちゃって」
ラトがとっさに言い訳をでっち上げてくれる。
さすが年上、頼りになるよラト姉。
門番の男はオドから踊り子を引き受け、声かけや呼吸の確認をはじめた。
「先刻、港へ入れてくれと言ってきた子だな。子供一人で旅していたわけでもないだろうに、保護者を連れて来いと追い返したんだが……」
「この人は、門を通してもらえなかった、と言っていました」
「でも、この通りだからさ。なんとか街の中で休ませてやってもらえないですかね?」
「……我々の詰所で預かろう。しかし、この子は言うことが要領を得なくてな、道連れが見つかればいいんだが……」
門番が踊り子を背負おうとすると、ユークが駆け寄ってその子に触れる。
浮遊魔法を使う気か?
止めようかとも思ったけど、俺たちがどういう集まりか分かってもらうためにはいい手かもしれない。
「門番さん、手伝うね! えっと、えいっ」
「ん……? なんだい、お嬢さん」
ユークは踊り子の腕を掴んで額に持っていき、おまじないでもかけるような素振りをしている。
それを振り返り見る門番は怪訝な顔だ。
「この子の浮遊魔ほ……魔術ですよ。俺たち、青歴院に行く魔術師のタマゴなんです」
「なんだって? ……子供ばかりが固まっていると思ったら、そういうことか。しかし、護衛もつけないのは感心しないぞ」
「あたしがいるでしょ! クロスまでは紅衣についててもらったし、安心安全な旅だったよね? ユウくん」
「……え? ああ、そ、そうだな」
……俺とユークは都合三回襲われてるし、ラトは護衛に数えてないけど。
それでも、こうして口裏を合わせてくれるのはこの上なくありがたい。
「だが……申し訳ないが、あまり効果はないようだ。なに、もともと大した重荷じゃあない」
「えっ!? どうして、ユウにはうまくいったのに……」
「俺には魔術のことは分からんが、うまくいかないこともあるだろうさ。これから青歴院でおおいに勉強すればいい」
「はい。ぼくもそうしたいと思っています」
ユークへの気遣いの言葉に、なぜかオドがはきはきと答える。
彼女の魔法で意図と違う場所に移動してしまったり、大雨を降らせすぎたりだとかの失敗はあったけど、何事も起きないというのははじめてだ。
もっとも、マイナスの出来事が起きるよりはいい。
門番は踊り子をひょいと背負い、思い出したようにこちらへ振り向く。
「さて、紅衣と付き合いがあるなら紹介状くらいは預かっているか? 証文の一つもなしに門は通せない」
「ああ、それなら……」
荷物からイストリトの手紙を取り出し、門番に指し示す。
中身は彼女のものだが、封蝋と表向きの署名はウィスハイドのものだ。
「うん、ウィスハイド殿のものか。確かに拝見した。では、街まで案内しよう」
門番は踊り子を引き受け、俺たちを門壁の中へと送り出してくれる。
彼はポルト・オルミスへようこそ、と敬礼をした後、再び歩哨に戻っていった。
暗がりを抜けると、まず港へと向かう下り道が目に入る。
その根元は壁に沿うようにT字に分かれ、幅の広い通りを作っていた。
当たり前だけど、壁の向こう側にも港町は広がっているのだ。
もちろんビケルウィルよりもオルガナクロスよりも行きかう人々は多く、街並みも立派に見える。
基礎は石造りで、二階を木造で増築する、という形が多いようだ。
「すっごい! エフェンの城下町みたいだよ!」
「一時はどうなることかと思ったけど、無事に着けて良かったな」
「カゼオイさん、なぜあの人を眠らせたのですか?」
いきなりそれか。
少しは感慨深げにしてくれよ!
でも、疑問はもっともだ。
あれが銃だって分かってないなら、俺が突然襲い掛かったように見えるだろう。
「それも含めて、いったんゆっくり話をしないか。ラト、領主さんとこに行く前に、どっかで休めないかな」
「そだね。エフィーのお弁当食べたいし!」
ラトの案内で、俺たちは港への道を下っていく。
彼女は道中あちらこちらの店や施設を紹介してくれるが、あまりに多すぎて頭に入ってこない。
ただ、風呂屋があるというのは耳に残った。
ビケルウィルで行水はさせてもらったけど、やはりたっぷりの湯につかりたいというのが本音だ。
大浴場があるといいなあなどと考えながら道を下っていくと、次第に視界の大部分をそびえたつ何かが埋めていく。
はじめは建物なのだろうと思った。
だが、それはつるりとした黒緑の巨大な岩だ。
修学旅行で見た大仏くらいの大きさがあるんじゃないか。
その巨岩を中心にした広場は、人々が集まる場となっているようだ。
もちろんそんなものを見ればユークとオドは駆け寄っていく。
「ユウ、見て! すごく大きなアレハンドの石!」
「……って何?」
「カゼオイさん、さすがに物を知らなさすぎます」
「クロスにだってあったでしょ? あの日時計と同じ。夜になるとね、あれが昼の間に吸い込んだ光を放って街を照らしてくれるの」
オドは遠目にもあきれ顔になり、隣を歩くラトもまるで子供に教えるかのように話してくる。
知らないものはしょうがないじゃないか!
「クロスのよりずいぶん大きいけど……あれだけ大きさがあれば、夜も街中を出歩けたりするのか?」
「用事もなしに出たがる人はいないけどね。外よりはずっと安全。さ、それよりご飯食べるなら石の裏側が静かでいいよ!」
たしかに海を望める裏側は裏側の広場に比べ、ひと気がなく静かだった。
狭いなりに座れるスペースもあり、軽食をとるにはもってこいの場所だ。
ラトが手際よく弁当を配ってくれる。
「それで……ユウくん、なんであの子を眠らせたりしたわけ?」
「あいつ、銃を持ってたんだよ。ユークに預けたあれがそうだ」
これ?と取り出そうとするユークを慌てて止める。
オドはサンドイッチをほおばったまま考え込み、ラトは困惑気味だった。
「撃たせたら騒ぎになる。だから、その前にあの子を止めたんだ」
「えっ、だって、銃ってもっと長いはずじゃない? あたし、見たことあるんだよ」
「そうです。それに、すべての銃は甫国が作っています。甫兵でなければ携行しているはずがありません」
「でも、俺はああいう形の銃を知ってる。どうやって手に入れたかは分からないけどさ」
「甫国の密偵か、そうでなければ僕のようにディーラーに従っているのだと思います」
「あのね」
ユークがおずおずと言葉を発した。
その口元にはゆで卵の欠片がついているけれど、この際気にしないことにする。
「あの子、きっと悪い子じゃないよ! だって、ずっとウソついてなかったもの。本当に困ってて、わたしたちにオルミスに入れてほしいって言ったんだと思う」
「まあ、鳥にあっさり宝物だかを奪われてるようじゃ……ディーラーなんてやってらんない……か?」
……サファドやオド、ベルナードの失敗を思い出すとそうでもない気もする。
もっとも、ユークの言う通り害意を全く感じなかったのは確かだ。
唐突に絡まれて驚きはしたけれど、こちらから先制攻撃をするような理由はなかった。
ラトやオドが俺の行動をいぶかしがるのも仕方がない。
「あいつの正体がなんにしろ、この銃は調べてもらう必要があると思う。領主さんのところに持っていこう」
「うう、あの子のなのに、返さなくていいの?」
「銃持ってたら、港に入れるものも入れないだろ。……一つ間違えれば簡単に人を殺しちゃう武器だ。イストリトの足、見ただろ? あんな危なっかしい子に持たせてらんないよ」
よく考えてみれば、ユークは銃がどんなものか、どれほど危険なのか分かっていなくて当たり前だ。
うかつにいじってしまわないようにニクスからも注意してもらうべきかもしれない。
「にしても、あの人だの、あの子だの、あいつだのって……名前くらい聞いとけばよかったね」
「ぼく、時間ができたら門に行って会ってみたいです」
「うん……気になるもんね」
「追い出されてなきゃいいけどな」
その後は、エフィーのサンドイッチの品評会になった。
野菜だけのものでも味付けでおいしいとか、自分の分にはその具は入ってなかっただとかで盛り上がる。
しかし、こつこつと響く音が俺たちの口を閉じさせた。
巨岩から反射する足音が、何者かの接近を伝えてきたのだ。
「お食事中のところ、失礼します。少しの間、この場を清掃させていただきたく」
アレハンドの石の裏側から現れた少女は、メイドの格好をしていた。
服だけとりあえず着てみた、といった風貌だったエフィーとは異なり、きっちり髪をまとめキャップをしている。
「……あれ? コルトじゃない」
「ラト! 二日も姿を見せないで、あなた一体どうしていたの?」
最初に反応したのはラトだ。
どうやら、さきほど話していた友人とはこの子のことらしい。
たった二日会わないだけで心配されるなんて、ずいぶん頻繁に会ってるんだな。
「ちょっとね。この子たちを青歴院に送ってくとこなんだ」
「かぜ……いや、ユウです。ラトも院に行くんだからな。分かってるのか?」
「ユークレートです! あなたがラトのお友達なのね」
「オドといいます。ぼくはユークレートさんの友達です」
それぞれ自己紹介する俺たちに、メイド姿の少女はつど頭を下げてくる。
三度も繰り返したのに、その流麗な所作にはなぜだか嫌味もせわしなさもない。
オドが妙な張り合い方をしながらの名乗りを済ませると、その子は俺たち全員に向けてもう一度だけ頭を下げ名乗り返した。
「わたくし、オルミス伯ブランドさまの屋敷に仕えております。コルトとお呼びくださいませ」
「もう、かたっくるしいなあ……。でも、ちょうどよかったな。コルトに会えれば話が早いなーって思ってたんだ」
「どういうことなの、ラト?」
「せんせ……ウィスハイドに頼まれちゃってね。この子たちを次の船に乗せなきゃならないの」
手ぶりをまじえたラトの説明には、いまいち脈絡がない。
しかしコルトはこともなげに頷いてくれる。
「つまり、奥さまの権限であなたたち四人を次の交易船の学徒乗船枠に加えて欲しい。そう取り次げとウィスハイド様から依頼された、ということね」
「さすが、話が早い早い! それで、その奥様に手紙を預かってるからさ。あなたに取り次ぎお願いしてもいい、コルト?」
「ええ、わかった。奥さまが承諾なさるか、保証はできないけれど……きっと応じてくださるわ」
コルトはそう請け負うと、俺たちのほうに向きなおって一礼した。
「失礼しました、どうも、この子といると気が抜けてしまって……。重ねて申し訳ありませんが、まずはここを片付けさせていただいてよろしいでしょうか?」
「もちろん。そちらの仕事を優先してください。なんなら俺たちもやりますよ」
「わたしも手伝うよ!」
「ぼくも、お手伝いさせてください」
「……あたしもやんなきゃひどい奴、みたいな流れじゃん」
文句があるならひとりで待っていればいいじゃない、というコルトの毒吐きに吹きだしたりしながらも、広場の裏手の掃除はすぐ終わった。
人手が多かったのもあるけど、もともと日常的に手入れされていたんだろう。
「ありがとうございます。皆様。すぐに主の屋敷までご案内いたしましょう」
「うん、おねがい、コルト!」
ユークとオドは意気揚々とコルトについて歩いていく。
俺も続こうとすると、後ろから突然腕を掴まれた。
一体何事かと振り向くと、ラトが口の前に人差し指を立て、黙っていろと目で伝えてくる。
こちらが頷くが早いか、ラトは大声で前方に呼び掛けた。
「あ、ごめーん! ユウくんがさっきどうしても見たいお店があるって言ってたからさ、そこだけ案内して後でお屋敷に連れてくよ!」
「承りました、ではユウさま、屋敷でお待ちしております。ラトもね」
コルトはふわりと一礼し、二人を連れて巨岩のむこうに去っていった。
さて、ラトは何のために俺を引き留めたのだろう?
「一体どうしたんだ?」
「んんー……一度、ユウくんにちゃんとお礼が言いたくてさ」
自分から引き留めたくせして、何故か歯切れが悪く緊張している様子だ。
もちろん、それはこちらも同じだった。
ラトと二人きりになるのは厘軍にはっ倒されたところを運んでもらった時以来で、その時だってお互い必死だったからろくに話もできていない。
ただ、背中にやわらかいものが当たっていたことだけは覚えている。
……一体俺は何を思い出してるんだ。
ええと、ラトは何が言いたいんだ?
「……お礼だって? 謝らなきゃいけないのはこっちの方だけどな……。その腕輪も、俺たちに巻き込まれたせいだし」
「でも、いずれはこうなってた気がする。あいつらに襲われたとき、ユーちゃんたちがそばにいてむしろよかったって!」
そういえば、ラルドが以前ラトを狙っていたことを漏らしていたような気がする。
しかし、彼女の能力を考えればそう簡単に捕まるとは思えない。
ただ、寝床を把握されていた以上時間の問題だったとは言えるかもしれなかった。
「話はそれじゃなくてさ、イストリト先生のこと」
なるほど、別れ際のイストリトと同じようなことを話す気なんだな。
たしかに本人の前では言いづらい話題かもしれない。
でも、オドはともかくユークには聞かせていい話なんじゃないか?
「あたしね、これまでずっと、先生はあたしとおんなじなんだと思ってた。だから、先生のこと一番分かってて、守ってあげてるのはあたしだと思ってたんだ」
「それは実際そうだろ? 先生んとこまともに通ってたの、ラトくらいって聞いたぞ」
「ううん……ちょっとはそうだといいんだけど。でもね、結局、先生を外に連れ出したのはユウくんたち二人だった」
そこまで話すと、ラトはもといた場所に座り込んでしまった。
彼女はこちらを向かず、ぽつぽつと言葉を続ける。
「先生が二人に昔のこと話したって知ったとき、あたしがどう思ったかわかる? くやしい、って思っちゃったんだ。先生のことほんとに分かってあげられるのはあたしだけだ、って信じてたから」
自分がうつむいていることに気付いたのか、ラトは顔を上げる。
しかし、こちらに顔を向ける気はないらしい。
おもいきり空を見上げたり、首を振ったりと落ち着きがなかった。
「紅衣の力を使った時も、あたしには滅多なことじゃ見せてもくれなかったのに、って思っちゃった。ほんと、くっだらないことで嫉妬して、我ながら情けないったら!」
「悪いけど、とてもそんなふうには見えなかった。だって、俺たちにすごくよくしてくれたじゃないか」
そう吐き捨てる彼女がいたたまれなくなって、つい割り込んでしまう。
「そりゃ、あたしがそうしなきゃ二人とも困っちゃうでしょ? だって、二人ともかわいいんだもの。あたし、弟も妹も欲しかったしさー」
けれど、場違いなほど明るい笑顔で混ぜっかえされた。
そうしてラトは再び立ち上がり、俺をよけて海の方へ歩いていく。
彼女は背を向けたまま話を続けた。
「……だけど、ジャンドんとこでさ、先生があたしに言ったの。おまえにはずいぶん心配をかけてきたが、私はもう大丈夫だ、私には私のやることがあるから、お前は二人を守ってくれって」
しばらく海を見つめていたラトは、思い切り首を振るとさらに続けた。
「そりゃないよ、ってあたし思っちゃった。あたし、こんな腕輪つけられて心細いよ、青歴院に行けっていうなら、先生も一緒に行って欲しいよ、だいたい、何年もあたしに世話させといて、ぽっと出の男の子女の子に絆されて、なんなの、って……」
腑に落ちた。
イストリトと同じように、ラトもまた師の境遇を自分と重ねていた。
でもラトは、青歴院でも先生の下でも死者蘇生には至れなかったはずだ。
対してイストリトは曲がりなりにも夫の肉体を賦活し共に過ごしている。
加えて、弟子はほうぼうを飛び回って働いているというのに、師は一つところにとどまりふさぎ込むままだった。
それでも、ラトにはイストリトの存在が支えになっていたんだろう。
なのに、当のイストリトから突き放すようなことを言われたものだから……。
「でも、恥ずかしくてそんなこと言えなかった。だから、残った仕事のせいにして……飛び出しちゃったんだ。心配、かけたよね」
「……もう散々叱られたろ? 俺からわざわざ言うことないし、それよりもラト、お前……」
大丈夫か? と言おうとした。
けれど、ラトが勢いよく振り向いたので気圧されてしまう。
「あーあー! なんか言わなくていいことまで言っちゃったなっ! 何が言いたかったんだっけ……とにかく、心配かけてごめん。それと、先生を外に引っ張り出してくれて、ありがと!」
「……どういたしまして」
弱気を見せすぎたことに気付いたのか、ラトはいきなり大声を出して取りつくろおうとする。
普段、俺たちみんなに対して姉ぶろうとするやつだ。
あまりこちらに甘えすぎては沽券にかかわるんだろう。
だから、こちらも気にしないことにした。
「でもそれさ、ユークにも言ってやってくれよ」
「えー。ユーちゃんに言うのは、なんか妹に甘えるみたいで恥ずかしいんだよね」
「……俺は弟扱いじゃないのか?」
「ユウくんは基本的には弟って感じなんだけど、時々お兄ちゃんみたく頼れるじゃない?」
「そんな便利な兄弟いねえから!」
「あはははは!」
勝手な物言いに抗議してやると、ラトは海を背にしてからからと笑う。
しおらしい姿を見せたかと思えばこれだ。
もうこいつは放っておいて屋敷を探しに出てやろうか。
そう思い踵を返したところで、背後からかすかな声が耳に届いた。
「そーだよね。……ほんと、無理して付き合わなくていいからね」
振り向かずにはいられなかった。
だけど、そこにラトはもういない。
あたりを見回そうとすると、突然肩を叩かれる。
「ほら、ユウくん! 行くなら早く行かないと、コルトが次の仕事に言っちゃってお茶菓子出ないかも!」
ふたたび広場の表側に向き直ると、ラトは通りを指さしてこちらを手招きしている。
心臓に悪い能力の使い方も含めて、さっきの言葉は聴き間違いだったのか、と思うほど、彼女はいつものラトに戻っていた。
でも、言ってたことまで消えてなくなるわけじゃない。
イストリトの別れ際の頼みは、もっと真剣に受けとめなければいけないようだ。