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白の魔女は湖畔にて待つ  作者: セネカ
1 彷徨と知遇
30/54

19 『復讐者の使い』


 朝が来た。

 泊めてもらっていた家の主に礼をし、ジャンドの詰所に戻る。

 けれど、そこにいたのはディアマンドとオドだけだった。


「あれ、みんなは?」


 答えがあるはずもない。

 大男と少年は、ディスプレイされた人形のごとく並んで座り込んでいる。

 この光景が絵画なら、「巨人と小人」とでもタイトルをつけられそうだ。


「ユウー! おはよう!」


 うしろから聞き慣れた声がした。

 振り向くと戸口からユークが駆け込んでくる。

 番台をすり抜け、食卓を横切ってこちらへ一直線。抱きつかれるかと思うほどの間合いでようやく足を止めると、後ろ手にこちらを見上げて笑顔を見せてくれた。


「お、おはよ」

 

 どうにか応じてはみるけども、目の前で首をかしげる彼女を扱いかねる。

 上目遣いでこっちを覗き込んでくるんじゃない。犬かおまえは。

 そう思った時にはもう彼女の髪に手が伸びていた。


「あれ? しっとりしてる」

「うん! 先生とラトと、水浴びしに行ってたの。お水も汲んできたよ」


 ……もしかして俺、置いてかれた?

 い、いや、冷静に考えろ。女性陣の水浴びに俺が付き合えるはずもない。

 そう自分を説得していると、二人が追いついて部屋に入ってきた。

 

「ユウくんおっはよー。うぅ冷えるぅ、ユーちゃんもっかい火起こして……」

「だから完全に乾かしておけと言ったんだ。風追、起きたか。君も行ってきてはどうだ」

「いいのか? そんなのんびりしてて」


 一応、俺たちは追われる身だ。うやむやのままに置いてきたラルドはあてにできない。

 ゆっくり体を洗ってる暇なんてあるのか?

 

「街中で体臭を醸すわけにもいくまい。オルミスに辿り着いてもすぐに出航できるとは限らん」

「え、俺そんな臭う!?」

「だ、だいじょうぶ! 近づかないとわかんないよ!」

「……よし、行って来る」


 タオルになる布は昨日ラトが用意してくれた荷物の中にある。着替えもだ。

 急いでバッグを取り外へ駆け出すが、大事なことを忘れていた。

 あわてて室内に取って返す。


「えっと、水場ってどこ?」

「それじゃ、わたし案内する!」

「ではオドの清拭も頼まれてくれ。道案内のついでにユークレートについて行かせよう」

「……わかった。ユーク、頼むよ」


 イストリトは例の呪文を唱えてオドを目覚めさせる。

 気乗りはしないが、俺はこの服にだって食費にだって懐を痛めているわけじゃない。

 せめてやれることはやらなくては。

 ユークはもう外へ駆け出していたので、オドを伴って彼女を追いかける。

 ……なるべく一定の距離を置いて。



「それじゃ、ジャンドのところで待ってるね!」


 ユークが地面に描かれた陣の中に消え、俺とオドは川辺に残された。

 川幅は20メートル、深さは中心で1メートルほどだろうか。人里からそう離れていないのにもかかわらず、水底が覗けるほど澄んでいる。角の取れた石とまばらな魚影が見えた。

 穏やかな流れにしばらく見とれていると、隣にいたはずの道連れの姿がなくなっていた。

 

「お前っ、ユークにしか興味ねえのかよ!」


 あわてて来た道を戻りかけていた少年の肩を掴む。

 足取りに力はなく、簡単に引きとめられた。

 そのまま腕輪に触れ、思い出しながら秘号をつぶやく。


「えっと確か……ファゾルド(訛謬の王よ)アンゼスト(座を降れ)。……うわっと」


 崩れ落ちるオドを慌てて支える。

 小学生ほどの体躯とはいえ、それを抱え上げるのはなかなかに重労働だ。

 それでもこいつはせいぜい30kg程度しかないんじゃないか。

 昨晩だって、勧められる食事に見向きもしなかった。

 これまで一体どういう生活をしてきたのだろう。


「まさか、主人に命令されなきゃ飯も食えないってんじゃないだろな」


 オドはひたすら「ユークについていけ」という命令にだけ従っている。

 ほかの事は一切行えないというのなら、このまま連れて行くことなんてできるんだろうか。


「……とりあえず先に仕事を済ませるか」


 何が悲しくて男の服を脱がしてやらねばならないのだろう、という自問は頭の片隅に追いやり、機械的にオドの体を拭いていく。

 下半身も脱がせるべきか思案し始めた頃、若い男の声が聞こえた。


「男二人で何やってんだ、テメェら! そういうシュミか?」


 聞き覚えのある響きだ。振り向くと、そこにはぼさぼさ髪の男が仁王立ちしていた。

 確か、ジャンドと言い争っていた……そしてオドの雷に打たれ、ユークに癒されたベルナードだ。

 思わず身構えてしまう。

 なぜ、こいつがここにいる!


「……オドに一人で水浴びさせらんないだろ。体拭いてやってんだよ」

「んだよ、沐浴か? だったら手間省いてやる」


 意外にも気さくな調子で応じられ、拍子抜けする。

 けれど油断はできない。昨晩、ジャンドに言われたことを思い出す。

 ベルナードはちょっと待ってろ、となにやら紙片のようなものを取り出した。

 かと思うと、すばやくこちらに近づいてオドの腕輪に触れる。


ファゾルド(訛謬の王に)ライゼスト(冠を)。さてオド、ちょっと服脱いで川入ってろ」


 秘号に続いて新たな命令が与えられたためか、オドは一瞬目をぱちくりさせた。

 けれどすぐに起き上がり、乱暴に服を脱ぎ捨てると迷わず体を水に浸しに向かう。

 主人はラルドではなかったのか。

 

「何でここが分かった。まだユークに手を出す気か」

「構えんなよ。あの子には借りがある、手出しはしねえ。……にしてもテメェら、一体何考えてんだ? 襲ってきた相手をロクに始末もしねえで放り出してさ。ラルドも呆れてたぞ」

「んなこと言いに来たのかよ」


 けれど、言われてみればその通りだ。あの場にニクスがいれば到底許しはしなかったはずだ。

 俺やユークは元より、イストリトも気が動転していたのだろう。

 もし彼らがユークに恩を感じていなければ無事ではいられなかったかもしれない。


「用は三つある。一つはラルドから伝言頼まれてんだ、ネクロマンサーに」

「だったら伝えとく。言いなよ」

「一回で覚えろよ。『偽情報は流す。ネクロマンサー殿は魔術師の少女を院に送り次第、ガントロウデ北端に来られたし。知己を大切と思うならば』」


 それってつまり……ユークの恩には報いるが、イストリトには復讐させろ、さもなくばまわりの人間を傷つけてやる、ってことじゃないか。

 

「ラルドはまだ先生を……ネクロマンサーを殺す気なのか」

「はっ。厘国の魔術師なんて、みんな死んで当然のクズだ」

「やっぱりおまえもそういう奴か!」

「……だと、思ってたんだけどな」


 魔術師を呪う言葉を吐いたかと思えば、またもとのあっけらかんとした口調に戻る。

 彼はどか、と腰を下ろしあぐらをかく。そして語りはじめた。


「わかんねんだ。オレたちはあの白い魔術師の子を攫おうとした。ヴァーサに売ってどうなるが知ったこっちゃなかった。でもあの子は……テメェのポカで死ぬとこだったオレを治してくれた」

「お前、真っ黒に焼け焦げてたんだぞ。俺からしたら、昨日の今日でそうやって話してるのが信じられない」


 ああ、オレも信じられねえ、と返し、ベルナードはしばらく口を閉じていた。

 言うべきか言うまいか迷ったような表情をしたあと、意を決したように再び話しだす。


「オレ、ほとんど生まれなおしたようなもんなんだとさ。ネクロマンサーのヤツにそう聞いた。そのせいで人並みに長生きはできねえとかなんとか。オレぁもともと寝床で死ねるなんて思っちゃいねえ。なのにそう伝えてきた時、あいつは悲しそうだった。なんかさ……それだけで、アイツも悪いヤツじゃないんじゃないかと思っちまったんだ」

「じゃあお前は……これからどうする気だ」


 彼はこちらの質問には答えず、つぶやくような調子で続ける。


「おかしいぜ。国じゃあずっと、厘国の魔術師は戦うためだけに魔術を使いまくって、それで傷つけられる人間の心なんて分からない化物だって教えられてた。実際オレたちにとっちゃそうだった。ただ軍の通り道にあるって理由だけで、オレの村は焼かれたんだ」


 ベルナードはそこまで言ってはじめて自分の口がとめどなく動いていることに気付いたようだった。


「チッ……話しすぎた。次だ! 二つ目の用事だ。一つ聞かせろ。テメエ、あの白い魔術師とどういう関係だ」


 首を振ってすっくと立ち上がると、こちらを指差して大声でがなりたててくる。

 口調はさきほどまでより激しく敵愾心が色濃い。

 あわてて立ち上がり相対し、言われたことを反芻する。

 ……なんだって? 俺とユークが、どんな間柄か?


「なんでそんなことお前に言う必要があるんだよ」

「いいから答えやがれ!」

「ユークは、俺の、……大事なひとだ」


 友達だ、で済ましたくない。だからこれ以上ぼかしたくない。

 けれど、これより強く表現することもできそうになかった。


「……あぁ、そうかよ! テメェ、カゼオイとかだったか、一発殴らせろ!」

「ざっけんな、なんでそうなる!?」

「うっるせえ! お前は何発でも殴りゃいい、とにかく一発、殴らせろ!」


 言うが速いか、視界は拳で埋められた。

 殴られると分かっていた分踏ん張りは効いた。それがいけなかったのかもしれない。

 左頬を捉えた衝撃は骨まで響き、脳すら揺さぶられたような気がする。

 

「ってええ……な! このぉ!」


 怒りが頭に満ち、右腕を振りかぶりベルナードに襲い掛かる。

 けれど俺の拳が突いたのは奴の左肩だった。

 

「……なんだよ、そんなトコで満足か?」

「後悔すんなよ……!」


 自分の中のブレーキをとっぱらい、右頬に狙いを定める。

 まず一発。


「何発でもっつったよな!」

 

 左頬にもう一発、そして返す刀に右をも打つ。

 いいぞ、やればできるじゃないか俺。


「げ、ぐっ、うあ! 限度、が、あんだろがっ!」


 腹に強烈な一撃!

 息ができなくなる。咳き込み、必死に空気を取り込もうとする。


「げほっ、い、一発じゃ、ねえのかよ」

「図に乗るからだっ! 病み上がりだぞ、こっちは!」


 どうにか一発やり返すも更に頬に一発もらい、その次が来るかと思った瞬間、予想もしなかった声が響いた。


「ベルさん、カゼオイさん、やめてください!」


 少年らしい高さの響き。まさか。

 俺とベルナードはお互い動きを止め、顔を見合わせた。

 そして同時に振り向くと、半裸のオドが両手をにぎりしめてこちらを睨んでいた。


「……やっちまった」

 

 すぐさまベルナードは俺から離れる。

 それから衣服をひとしきりまさぐったあと、足元にさきほどの紙片が落ちているのに気付いたようだ。

 その紙きれには靴跡が刻まれ、二つに破れてしまっている。

 もみ合っているうちに地面に落ち、俺たちのどちらかが踏み破ったのだろう。

 あっけにとられていると、オドは近づいてきて一礼する。

 そして彼の口がまた開かれた。


「カゼオイさん、はじめまして。知ってると思いますけど、ぼく、オドです。ラルドさんに捨てられちゃったので、ぼくの今の主人はユークレートさんです。たぶん。どうしてカゼオイさんみたいな人がご主人様と一緒に居るのか疑問でしたけれど、そういうご関係だったんですね。ここまでの旅ではご迷惑をおかけしました。ぼくとしてもご主人様のうしろばかりついて歩きたかったわけじゃないんです。でも、使役符マギピュレイト・スクロールには逆らえなかったんです。ベルさんがちょっと抜けてる方でよかったです。おかげで久々に背伸びしたり、しゃべったりできてます。だけど、動けないとき動けないって言わないのは本当に間抜けです。おかげでぼくがベルさんを殺しちゃうところでした。どうして防雷声符(ストラト・マッシャー)を外したり――」

「……ファゾルド(訛謬の王よ)アンゼスト(座を降れ)。とりあえず黙っとけ」


 既視感のあるやりとりでオドは再び崩れ落ちた。

 いつかニクスと会った時のように、俺は口をぽかんと開けたまま話を右から左に受け流していた。

 あの無口な、というか何の人間的な反応も示さなかったオドの本性は、あの杖と大差ないっていうのか。


「……なあ、オドってこんな奴だったのか」

「ラルドがこいつを縛ってたのは、うるせえからだ……。まともならこんなにしてねえさ。もともとオレらほど魔術師ギライじゃねえからな」


 なんだそのオチ。

 

「……ハナシ戻すぞ。ユークレートだったか? 俺はあの子に礼を言うつもりだった。それ以上のことも言うつもりだった! テメェがいなけりゃあだが。横恋慕するなんざごめんだ。一発殴って満足した。考えてみりゃ、魔術師の女なんてぞっとするぜ。話は終わりだ」

「俺、三発殴られてんだけど……ところでそれお前、一目惚れしたってことか、ユークに」


 そう思い至ると、ベルナードへの警戒心は一気にしぼんでいった。

 こっぴどく痛めつけられはしたが、なんだか勝った気分だ。


「話は終わりだっつってんだ! で三つ目だが……もうどうしようもねえな。オドの使役符(スクロール)を渡すつもりだったんだが」


 ベルナードはちぎれた紙切れを拾い上げためつすがめつするが、何の反応も示さないと分かるとそれを放り出した。

 分かたれた紙片はひらひらと舞い落ち、川の流れに従う。


「あれで命令してたのか? あんまりだろ、従う以外何も出来なくするなんて」

「普段はあれよかマシな使い方するさ。お前らの位置を追う必要があったからな」

「あれ……操ってる奴の場所も分かるってことか。だからユークについて来させたのか!?」

「恨むんならテメェらの甘さを恨めよ。捕虜なんて真っ先に疑うもんだろうが」


 ごもっともだった。けれど言われっぱなしも癪なので、一つ気になっていたことをぶつけてみる。


「なあ、俺からも一つ聞いていいか。魔術師が嫌いで仕方ないっていうのは分かった。でも、あの耳栓とか腕輪とか、スクロール?だとか、作った魔術師がお前らの仲間にいるんだろ。そいつのことはいいのか」

「ああ? 言いがかりはよせよ。魔導鍛冶と魔術を一緒にするなっての」

「別もんってことか?」

「当たり前だろうが! ……どう違うかは知らねえ。けど違うもんは違うんだ」


 本当だろうか。戻ったらイストリトに聞いてみなければ。

 

「だったらオドはどうなんだ」

「あいつがいねえとできねえ仕事がある。好きも嫌いもねえよ。……確かに、ディーラーには割り切れねえ奴もいる。慰み者にされて使いもんにならなくなった使役魔術師もいた。ラルドがこいつを連れて来たとき、そういうマネは許さねえって散々釘刺されたっけな」

「いったいお前ら三人、どういう関係なんだ?」

「んなこたどうでもいいだろ。組んで仕事してたってだけだ。それも終わりだけどな」


 言葉を切るとベルナードは後ずさりをはじめ、距離をとりだした。

 そして背を向け、首を軽くこちらに向ける。


「伝えることぁ伝えた。もう用はねえ。せいぜいあの子、攫われんなよ」

「待てよベル! お前はこれからどうするんだ、ラルドと行くんじゃないのか?」


 既に歩き出していたベルナードは肩をいからせて振り返った。


「テメェにベル呼ばわりされる筋合いはねえ! あいつは復讐でもなんでもすればいい。オレはこの国で魔術師がどういうヤツらか見て回る。それで気に入らなきゃあ、今度は売りモンにはしねえ。この手で家族と同じ目に遭わせてやる」


 物騒なことを言ってはいるが、彼は迷っているらしかった。

 少なくとも、言葉の通り俺たちに危害を加えるつもりも、ディーラーとして活動を続けるつもりもないらしい。

 味方とまでは言えないが、もはやベルナードは敵ではないようだ。


「わかった。伝言、伝えとく。ユークへの礼も代わりに言っとくよ」

「……頼んでねえよ」


 言い捨てると、彼は再び振り向いて駆け出していった。

 やめろとまでは言われなかった。ベルナードの感謝の念だけは、ユークに伝えておいてやろう。

 感謝の念だけは。

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