2 『白い少女』
はじめ、その女の子は白い花びらに包まれているように見えた。
でもそれは彼女自身のとても長くどこまでも白い髪。
かけた椅子が隠れるほどで、立ち上がっても引き摺ってしまいそうだ。
長髪とヒゲ面が彼女に駆け寄り、その髪を掻き分けて両腕を掴み上げ何やらしている。
少女は力なくされるがままだ。
やめろと言おうとしたけれど、口からは血と咳しか出てこない。
「……次は、わたしに何をさせるの?」
か細い、嫌悪に満ちた声が聞こえる。男二人が顔を見合わせた。
「それを決めるのは俺たちじゃない」
「わたしはここから動かない。決めたの」
「黙ってついて来い。痛めつけられたくなければな」
問答に応じたヒゲ面が右腕を振り上げる。が、頬を打つ音はやってこない。
ヒゲ面の浅黒い顔が青ざめていく。
彼の腕はなお振りかぶられ、ゴキゴキと嫌な音を立て始めた。
「ぐあああああぁああ!!」
パキ、という気の抜けるような音とともにヒゲ面がくずおれる。
長髪は驚き、少女を突き放して相方に駆け寄る。
「こ、このガキ! 魔術は封じたはずだ!」
「きれいな腕輪をくれたと思ったら、そういうモノなのね。これは」
こちらに向かって歩き出した彼女の細い腕には金の輪がかけられていた。
何にも包まれていないつま先がぼくに近づいてくる。
「これに免じて、一つくらいならお願い、聞いてあげようかと思ったのに」
銀の糸束が顔に触れる。ぼくの顔を覗き込んでいるのだ。
「きみもお仲間? ちがうよね」
答えようとすると彼女が視界から消えた。
目で追うと、長髪の男が彼女の髪を掴んで引き戻している。
「舐めるな! 魔女めが!」
「やめて! 『かえって』!」
やめて、の声で男は両手を開き、右手の短剣と左手の少女を取り落とした。
帰って、の声が聞こえると、男はかき消えた。
「……やっちゃった。でも、これっていいわ。あなたも『かえって』」
立ち直りこちらに向かって駆け出していたヒゲ面の男も、消えてなくなった。
「い、ま、の、は」
ようやく、やっとそれだけ声が出た。
目の前の常軌を逸した光景で忘れかけていたけど、ぼくは首を刺されて死ぬところなのだ。
「無理しないで。ここでは誰も死なないの。わたしが決めたの。だからあわてないで」
傷口に手をやる。ぬるぬるとした血がべっとりと貼りつくが、それだけだ。
痛みは既に感じない。口と喉に残る血で、苦しいだけだった。
「お水、飲む?」
銀髪の女の子はどこから取り出したのか、清水で満たされた木のゴブレットを差し出してきた。
起き上がってありがたくいただく。
「服、きれいにするね」
小さな右手から伸びた人差し指が、ぼくのシャツやジャケットをなぞっていく。
吐いた血のついた胸、首まわり、背中。
彼女に触れられたところから赤い染みが抜け、浮かぶ球になってその指の後を追う。
洗剤のCMみたいだ、などど場違いな感想を抱いてしまった。
「はい、おしまい」
そう言うと、ボールでも投げるかのように右腕を振る。すると血の球が湖に飛んでいき、はじけて赤いもやを作った。
「いいでしょう? わたし、よくスープをこぼすから」
だから怒られないように覚えたの、と恥ずかしそうに彼女は微笑んだ。