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白の魔女は湖畔にて待つ  作者: セネカ
1 彷徨と知遇
28/54

17 『番犬』


「なあおっさん、二階に人がいたけど、あれ誰?」

「ああ、最近このへんうろついてる身寄りのないガキだよ。寝る場所もねえって言うから置いてやってる」

「ジャンド、『教えて』。サファドとは、どういう関係なの?」

「情報源さ。あいつはディーラーの連絡係だ。お間抜けだがな。奴らについてはちいとばかし知識がある。それを匂わせりゃあのガキは味方と思ってくれたさ」


 戻ってきたジャンドは、俺の問いにもユークの問いにも変わらぬ口調で答えようとした。

 しかし、その声の元はしだいに驚愕に開かれていく。


「……チッ。心優しいお嬢ちゃんだと思ってたら、とんでもねえお子様だ」


 やっちまった、と額を覆ってみせてくる。

 その所作はいかにもわざとらしく、悪びれたふうに見えない。


「それじゃ、おっさんはディーラーじゃないのか」

「冗談。危なっかしいシノギなんざ二度とごめんだね」

「ジャンドは、どういうお仕事なの?」

「……この話、続けんなら場所変えるぞ。もう雨も止んでる。ったく、腰が痛くて仕方ねえってのに、座れもしねえとは」


 連れられて詰所を出ると、左右には思ったよりも広い通りが貫いていた。敷石すらされている。

 家々も多くはないとはいえ行儀よく立ち並び、雨に濡れた木の臭いはまだ新しい。

 ビケルヴィルは村というにはずいぶん整然と、そして広々としていた。

 

 十分ほどだろうか、俺たち二人はジャンドについて歩いた。

 既に人家は遠く、あたりには土地を広く囲む木の柵程度しか見当たらない。

 これから農地になる場所か何かか。

 どこまで行くんだよ、と苛立ちをぶつけそうになったところで、彼は唐突に立ち止まる。


「さて。お望み通り、心ゆくまで話をしようじゃねえか」

「こんなとこで、誰かに聞かれてもいいのか?」

「ココに来るようなのはヒトの話なんざ耳に入れねえさ」

「……ここって、もしかして」


 ユークが何かに気付いたらしい。ニクスを喚びだし、柵のあるほうへ駈けていく。

 そして祈るように杖を掲げ、腕を下ろすと握る両手を額につけ杖を水平に構える。

 俺と違ってサマになっている。まるで黙祷しているかのようだ。

 待て。つまり、ここは、墓場?


「察しがいいねえ。魔術師ってのは便利だな」

「あんた、なんだってこんなところに」

「静かでいい場所だろうが。あー、俺の仕事だったか? 言ってなかったか、管理人ってやつさ」

「知ってる。どうして宿舎の管理人がディーラーから情報もらう必要あるんだよ!」


 ジャンドは余裕たっぷりだ。

 一度ユークの魔法を食らっているというのに、なぜこうも堂々としていられるのか。

 ユークなら確実に情報を引き出せる。けれど肝心の彼女は儀礼的な所作に没頭しているらしい。

 すっかり相手のペースだった。


「甫国の情報ならなんでも欲しいね。ひとつ訂正するとだな、俺はこの土地を縄張りにしてるのさ」

「……この地はいずれカスバとなる。そうだな、そこな犬よ」


 いきなり沈黙を破ったのはユークの手の中のニクスだ。

 今の今まで黙っていたせいか、彼女はびくりとして杖を取り落としかけた。

 これにはさすがのジャンドも驚いたのか、絶句する。

 けれどやはり立ち直りは早かった。


「……そういう法具か。嬢ちゃんのお目付け役ってわけだ」

「こいつのことはいい。どういうことだよ、カスバになるって」

「我輩から答えよう。カスバが何故霊的城塞となりえるか、それは異界と通ずる場所だからだ。生まれ来る者が、死に行く者が穿つ穴……集えば縒り合わさりて、それが門となる」

「理屈は知らん。ともかく俺たちの足の下の骨どもが土になるまで待ちゃあいい。それで厘国の新たな根拠地の誕生だ。だが、許してくれない誰かさんがいる。俺はそういう奴からここを守る番犬さ」


 それが質問の答えだというのか。

 思わずユークを見やると、彼女は一つうなずいてから首を振る。


「……うそじゃない。ジャンド、本当のことを言ってるよ」

「そりゃそうだ。俺はウソをつけない人間なんでね」

「いまのはウソ。もう、冗談やめて! でも、あなたがひどい人たちの仲間じゃなくてよかった」


 ユークはその答えで満足したのか、再び柵のほうへ向き直りなにやら杖をいじりはじめる。

 ではジャンドはあくまで厘国の人間でディーラーの仲間ではなく、つまりユークの追っ手ではない。

 それなら向こうにとって俺たちはなんなんだ。

 もっと訝しがられてもいいはずだ。

 

「……だったらなんで俺たちを疑わないんだ」

「お前らはラトの客だろうが。そっちこそなんだって俺を疑うのかわからん。俺、実はお前の命の恩人なんだぜ、ボウズ」


 男のにやにや笑いが増す。いったい何の話だ。

 こいつとはじめて会ったのは……ラトを追って、逆にディーラーに見つけられたとき。

 ラルドにやられてから、俺の意識はかなり長い間なかったはずだ。


「その話、ほんとだよ。でもユウ、大怪我してたから……。イストリト先生がラルドを止めたとき、オドもユウに向かって魔法を使おうとしてた。それを止めてくれたの、ジャンドなの」

「話がややこしくなりそうだったんでトンズラこいたがね。でもって、その努力も空しく哀れなオジサンはこうして若人二人に丸裸にされてるわけだ」

「……そりゃどうも。……悪かったよ」


 そんな話聞いてない!

 いや、たしかにあの時そんなことを話している暇はなかった。

 けれど知っていたらこれほど疑わずに済んだかもしれない。

 二階でサファドを見てから、すっかり気が動転してしまった。

 ジャンドをディーラーの仲間と疑い、ユークを焚きつけ質問させた。

 彼女はなぜサファドがここにいるのか気にしてはいたが、ジャンドが悪人だとはさっぱり思っていないようだった。

 俺がやいやい言ったせいで、彼女まで不安にさせてしまった。

 これじゃ俺の独り相撲じゃないか!


「さて、質問はそんなとこか? なら、お前らが何者かはっきりさせといてもらおう」

「わたしはユークレート。エフェン・シュクルトの魔法使い。きっと、もうない国の」

「風追祐。東京っていう、魔法のないとこから来た」

「そうかい。……その名乗りはこれっきりにするんだな。青歴院の学徒で、仕事で出歩いてるとでも言え」


 二人揃って思わず口を押えてしまう。

 ユークにつられて正直に答えてしまったけれど、その通りだ。

 この時代の、この世界の人間に対してこれは名乗りでもなんでもない。

 ただ自分は怪しい者だと自白しているだけだ。


「なんで親切に教えてくれるんだ」

「おいおい、大人は子供に優しくするもんだろうが。ま、本音を言えば嬢ちゃんを敵に回したくないからさ。ボウズのしくじりでこの子がパクられて、甫国の手先になりでもしたらかなわん」


 俺のしくじり限定かよ。

 もっとも反論はできない。今まさにしくじったばかりなのだから。

 頬が熱くなるのを感じながら、次の疑問をぶつける。


「だったら味方にしようとは思わないのか」

「そりゃ俺の役割じゃない。仕事に忠実なんだな、俺は」

「……それもウソだよ。なるべく怠けてたいって、わかるよ。わたしも同じだもの」

「こりゃ一本とられた」


 音を立てて額を叩き、ふてぶてしく胸をそらしてげらげらやりはじめる。

 ひとしきり笑い終えると、いくらかすました顔をして続けた。


「つまるとこ、お互いどうこうする気はないってこった。仲良くやれそうじゃねえか」

「それこそ嘘だろ……。けど、そうしたいなら頼みがある。ユークが捕まって欲しくないんだろ」

「おお、ようやく俺に得のありそうな話かい?」


 サファドが連絡係だって言うんなら、あいつを使ってやればいいのだ。

 もっともユークの魔法でどれほどあいつの記憶が消されたかわからない。

 あいつが誰かを追ってたってことすら覚えてないなら、この方法は難しいかもしれない。

 それでもこれはチャンスだ。何もしないわけにはいかない。


「サファドに、お前が追ってた魔法使い……魔術師は捕まったって伝えてくれ。ラルドってディーラーが連行してるって。それをあいつの上に伝えさせるんだ」

「お安い御用だ。で、そっちは何をくれるんだい」

「……情報が欲しいんだろ。不迷(まよわず)の森に甫国兵が潜んでる。でもって、あそこは立ち入れない場所じゃなくなった」


 取引の材料になるかは分からない。けれどこちらの手持ちはこれだけだ。

 イストリトやラトの反応を考えると、むこうが頭から信じてくれる可能性は低い。


「嬢ちゃん、どうなんだ。ボウズはウソついてねえのか」

「あたりまえでしょ! ユウがウソなんてつくわけない!」


 別にやましいところなんてないのにそこまで言われると騙してる気分になる。おかしいな!

 ともかくユークの言葉を信じてくれるのならそれで構わない。

 ジャンドは腕を組み眉を歪め、はじめてしかめっ面を見せる。


「ピンとこねえな。なんだって不迷の森なんぞにいる? どうやって関所なりマハなりを抜けてきた?」

「紅衣のイストリト女史はおろか、我輩ですら検討がつかん。貴様や祐なぞに想像がつくものか」

「ふうん……トリトちゃんがね」


 ちゃんて。

 

「それと悪いが森に入れるようになったってのは知ってるぞ。なんでサファドがここにいると思う」

「あんたが拾ったのか」

「そういうお前らは返り討ちにしたんだろ? あの夢見る少年をさ。ひでえことするなあ」

「……仕方なかったもの。ねえ、サファドは大丈夫なの? ちゃんとお使いできそう?」


 ユークが本当に心配そうに言うからか、ジャンドは再びガハハと笑う。


「しくじって落ち込んじゃあいるが、おかしなところはねえ。適当に言いくるめて宿舎に置いてるが、仕事をやりゃ飛び出してくだろ」

「真面目なのか、あいつ」

「野心が見え見えだよ。手柄を立ててハンター組になりたいんだろうさ」

「どうして、そんなに……」


 ユークは悲しそうにつぶやく。

 自分をああまで罵った相手のことを、どうしたらそんなに心配できるんだ。

 そんなにお人好しだから、傷つかなくていいことでまで自分を責めてしまうのに。


「ウチの魔術師どもに焼き出されりゃああもなる。ここだって元は戦場だ。お隣さんが一番調子に乗ってた時期はやつらの土地だったのさ。こっちにだって、奴のようなガキはいくらでもいた」

「得心がいった。このような村落に何故カスバが成立するほどの死者があったか、想像を巡らしておったところだ」

「今ここで俺らがこうしてられるのも、トリトちゃんのおかげってな。なあ?」


 言いながら、横に振り向くジャンド。

 俺たち二人もつられてそちらを向く。

 そこには紅衣のままのイストリトがいた。こちらに歩いてくるところだったらしい。


「怖気がする。二度とそう呼ぶな、夜廻り(ナイトウォーカー)

死霊術士(ネクロマンサー)と呼んだほうがよかったかい?」

「止そう、ジャン。きさまも口喧嘩で済ませたかろう」

「おお、怖え。まったく、お互い恥ずかしい二つ名を貰っちまったもんだな」

「もうー! 大人なんだから、こんなところでケンカしないで!」


 ユークが二人の間に駈けていって、両手を振り上げて仲裁する。

 とはいっても、彼らの口調は怒気もなくふだんのままだ。

 気心の知れた同士のじゃれあいなのだろう。

 

「先生、なんでここに」

「村に訪れたときはまず寄るようにしている。私の方こそ聞きたいところだが」

「ジャンドに色々教えてもらってたの、この村のこととか」


 イストリトはユークの答えに満足したのかしないのか、ふむ、と一言返しただけだった。

 そして俺たちに断りを入れ、やはり同じような墓参りらしい所作を始める。

 それを見守っていると、ユークから何かを差し出された。


「はいこれ、ユウのぶん」

「……きれいだ」


 ユークの手にあったのは白く美しい花だ。

 八重咲きのコスモスを大輪にしたような形で、がくや茎までが白みがかっている。

 思わず見たままの感想が口をついて出てしまった。少し気恥ずかしい。

 つまり、これで墓に献花をしようというのか。


「ふふ、ありがとう! ジャンドも、先生も、ほら」

「こりゃあかたじけねえ」

「すまないな、ユークレート」


 どこからこんなものを出したのか、とあたりを見渡す。

 なるほどユークが杖をいじっていたあたりに、まだいくつか大輪の花が式陣に囲われていた。

 手折られていないその姿は威厳すら感じさせる。

 どこからか喚びだしたのか、それとも今育てたとでもいうのか。


「口上が欲しいな。ここはひとつ、僭越ながら俺が」

「きさまには任せんぞ、ジャン。……風追、一言頼めるか」

「え? な、なんでさ! 俺、ここのこと何にも知らないんだぞ」

「ユークレートはすでに一仕事終えている。私には、ここに眠る者に対して何も言えない。彼らをここに追いやったのは、私なのだから」

 

 分かったような分からないような理屈だ。

 気付けばみんなから視線が注がれていた。


「でも、何て言ったら」

「思うままを口にすればいい。形式に気を遣うこともない」

「ユウ、あのね、マルカが言ってたんだけど、とにかく落ち着いて、いつものお姉様で、じゃなくてユウで! それで……」


 ユークは表情を崩し手をふりふり、途切れがちにまくしたてる。

 なんで俺より慌ててるんだよ!

 ああ、そうか。さっきしてやったようなアドバイスをしたいのか。

 お偉いさんの娘だったんだから、こういう経験はあるのだろう。

 その助言はあやふやで、到底参考にはならない。

 けれど彼女のそんな様子を見ていると、かえって気持ちが落ち着いていく。


「わかった、やってみる。……笑うなよ」


 ジャンドまでもがまじめくさって墓地に向き直る。

 思うまま、と言われたのだから、そのまま吐き出してしまえ。

 考えても縮こまるだけだ。ニクスに言われたように。


「あんたたちがどこの誰か知らない。そっちだって俺たちのことなんて知らないよな。だから見守ってくれとか忘れないとか、虫のいいことは言わない。だけど、この花、きれいだろ? 俺の友達からなんだ。世界や時代が違っても、墓に供えるもんは同じでよかった。これを置いていくくらい、許してくれよな」

 

 そう言って、柵のむこうの濡れた土にそっと白い花を乗せた。

 ユークたち三人もめいめい続く。

 目を伏せ、手を合わせてもよいのか迷っていると肩に手を置かれる。

 

「さあて、戻ろうや。いつまでもウチを空にしておけねえ」


 なし崩しに始まった墓参りは、そうして終わった。


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