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白の魔女は湖畔にて待つ  作者: セネカ
1 彷徨と知遇
25/54

14 『甫国と厘国』


 鉄は熱いうちに打てという。思い立ったが吉日という言葉もある。

 イストリトには肩透かしされてしまったが、怪我人でも積み重ねられることがあるはずだ。


「先生、ニクスを貸してくれない?」

「ユウ! それならわたしに言ってくれないと」


 俺の言葉を聞くが早いか、とことこと後ろから駆け寄ってくるユーク。

 普段ぞんざいに扱っている割には愛着があったらしい。悪かった。

 以前言っていた魔法の講義を頼もうかと思ったのだ。


「いや、ごめん。今持ってるの先生だろ? だからついさ」

「……あたしまだよくわかってないんだけどさ、あの人……あの杖? 貸し借りとかしていいやつなの?」

「ラト姉も貸して欲しい?」

「や、そういうわけじゃないんだけど……」


 もとは悪い魔法使いだった、なんて言っても余計混乱させてしまうだろうか。 

 二人がじゃれあうのを横目にイストリトに向き直ると、彼女とディアマンドは歩を止めていた。


「頃合か。風追、それにユークレート。悪いがニクス殿にはまだやってもらわねばならんことがある。……『非力にして矮小なる我が師よ、その微力を望むがまま貸し与えることを許す』」


 イストリトの体をまたあの赤い衣が包む。

 さっきは気にする余裕もなかったが、妙な詠唱だ。

 紅衣を与えたエッカードとやらは、こんなことを言われて力を貸す気になれるのだろうか?


「全員止まれ。少しの間動かないでくれ」


 断固とした口調に、俺たち三人は大人しく従った。オドはといえば気絶したままディアマンドの腕に収まっている。

 女医が目を閉じると紅衣は風もないのに大きくたなびき、視界を赤で染めた。

 いかにもファンタジーの詠唱っぽい光景に思わずテンションが上がる。


「我が師の目を借りた。ラルドや他の追跡者が近づいても、すぐに気付ける。ここからは盗み聞きされるわけにはいかないのでな」


 はためいていた赤衣が大人しくなると、イストリトが片目だけを開けて言った。

 

「ユークレート、ニクス殿を呼び戻してほしい」

「はーい」


 ユークが右手を掲げると、そこには既にバトン状の杖が握られている。

 あれ?先生はこいつを手放してたのか?という疑問が頭によぎるが、それはすぐに吹き飛ばされた。


「して我輩はマハ山、世の高みを手中に収めた! それからというもの、我が前に現れるのは竜殺し気取りばかり。もっとも大半は命を無駄にしただけだったが。我輩の敵と呼べたのはイズルードとオゼット程度のものだ。彼奴らにしたところで二人がかりでようやく互角、つがいに化け不和を誘えばたやすく瓦解させられたがな。ともあれ世に知れた英雄を滅ぼしたことで我が名は――」

「……『黙りなさいっ!』」


 一体どこの誰に向かって弁を振るっていたのか、ニクスは演説をぶちながら現れたのだ。

 こいつの自分語りの断片が雨のごとく降りかかり、みんな固まる。一瞬遅れて正気を取り戻したユークがストップさせてくれた。

 

「注文通り、時間稼ぎをやってくれていたらしい」


 弁明らしきことを言いながら、さすがにイストリトも苦笑いだ。

 しかし、一体誰を相手にしていたのだろう。


「だが黙らせたままでは進まない。現状を把握するには、まずニクス殿が得てくれたであろう情報がいる。ユークレート」

「ニクス、『話して』」

「一仕事終えたしもべに与える褒美がそのお言葉か。まったく道具冥利に尽きますな」


 杖を眼前に構えてまじまじと見つめるユーク。ため息をついて、はいはいとばかりに杖頭を撫でてやっている。

 そういうところへんに素直だな。


「さて、女史の所望するは情報と。相わかった。結論から先に述べておくとしよう。不迷の森は既に甫国の兵の占領下にある」

「やはり、か」


 俺とユーク、ラトは三人して口をぽかんと開け顔を見合わせる。

 次に言葉を発したのはラトだ。


「ちょ、ちょっと待って!どうしてそんなことになってるの!?先生、大丈夫だったの!?」

「この通り無事だ。傷ももう癒えた。治したと言うべきか」

「えっと、甫国ってたしか……こっちからだとマハ山の真裏なんだよね」


 ユークが地理の話を始めた。サファドからこの世界のことを聞いたときある程度耳にしてはいるが、頭に入っているのは国の名前くらいだ。

 俺が顔をしかめたのに気付いたのか、またイストリトが補足を入れてくれる。


「簡単に説明しておこう。我が国……厘国とその敵たる甫国はマハ山を挟み、南北二つの街道で結ばれている。北がガントロウデ、南がゲルトロウデ。現在はそのどちらも、主要部は厘国の支配下にある」

「不迷の森が国境に近いって言えばそうなんだけど、このへんは街道二つの中間あたりなんだ。だから、こんなところに甫軍がいるなんて……」

「……マハ山を直進でもしない限り、ありえん」


 とにかくありえないことが起っている、というわけだ。

 軍隊の山越えは地球の歴史にだってある。青ざめるほどのことなのだろうか?


「マハ山を越えるって、そんなに大変なのか?」

「夜ごと隊の半数を暗中に失って良しとする指揮官と、それに従う兵があれば叶おう」


 そうか、人里がなければ夜を越せないのか。

 ならば、魔法ならどうだろう。


「さっきユークに飛ばしてもらったみたいに、魔法で移動したのかも」

「転移魔法か。だが我々にとっては送り出す陣を描く者、送り先で陣を敷く者、どちらへも紅衣に匹敵する力を要求する術だ。ユークレートのように気軽にはいかない」

「戦場に立つ紅衣もいるって言ってたじゃないか、先生だってそうだったんだろ?」

「戦を終わらせるためにこそ、そこに立つのを許されるのだ。戦を起こすために力を使う同胞などいない。何よりエッカードがそれを放置することもなかろう」


 つまり、テレポートのセンも薄いってことか。


「空を飛ぶ魔法……を、軍がみんな使えりゃ苦労しないよな」

「憶測で議論をするのはよしておこう。ニクス殿、もう少し詳しく頼めるか」

「うむ。女史は首尾よく不迷の森に辿り着いたが、知ってのとおり森は結界の崩壊により繁茂の極みにあり、深奥へ進むのは困難であった」

「……あたし、そんなの知らない」

「そこで女史は感知魔法を――うむ、今も発動させておるか。素晴らしい。我々はそれにより、複数の人物が森に散らばっていることを確認した」

「無視すんなー! 森、どうなってんの!? ていうか杖のくせにえらそー!」


 ラトが腕を振り上げて怒ると、杖を持ったままのユークが申し訳無さそうに顔を伏せ、恨めしげに手元を睨んでいる。

 それを見たラトは、あわててユーちゃんに言ったんじゃないんだよ、などと弁解を始めていた。


「彼らが何者か確かめておく必要があったが、多勢に無勢だ。詳しい正体を掴むため、ニクス殿には彼らに拾われてもらった」

「我ながら迫真の演技であった。古き結界の出土品として疑いようのない振る舞いであったと自認しておるぞ」


 それであの演説か。演技もなにもまずしゃべってんじゃないよ。


「……まあ、現物という証拠がなくなれば彼らも白昼夢を見たとでも思うだろう」

「だといいけど……ねえニクス、よけいなこと言ってないよね?」

「でたらめを並べ立てたまで。我輩を見くびってもらっては困る」

「ねえ先生、それよりケガしたんでしょう? 大丈夫って言ってたけど……」

「ああ」


 イストリトはためらわずローブの裾をたくし上げ、左すねをあらわにする。

 女の子二人はそれを見て悲鳴を上げたりさわっていい?などと聞いたり忙しい。

 けれど男としては視線を向けていいのかわからず、居心地が悪いばかりだ。


「ユークレートに大口を叩いておきながらこれだ。約束を守れず、すまない」

「そんなのいいよ、戻ってきてくれたんだもの! でもその足で、どうしてこんなに早く来られたの? 治すにしたって、時間がかかるよね」

「ディアマンドに足になってもらった。ちょうど今のオドのように。そして風追たちの足取りを追いながら治療を済ませ、ラルドに靴跡をつけて君たちと合流したんだ。やはり夫の膂力を借りてだが」


 出かけるときのラトみたく、自分をディアマンドに放り投げさせたっていうのか。

 思わず彼に視線を移そうとする。

 そのとき、見てしまった。イストリトの脚を。その傷跡を。


「それ、銃創……だよな」

「ほう。祐、貴様、あの武器を知っておるか」

 

 こういう皮膚の盛り上がり方は見たことがあった。もちろん映画だとか、ドキュメンタリーでだけれども。

 銃が……存在してるのか、この世界は。


「ニクス殿が知らないのも無理はない。甫兵は銃器を装備している。個人で携行が可能な火砲だ。先の戦争で甫国が戦線に投入し、厘国は野戦において勝ちの目を失った」

「かほう?」

「火薬の炸裂力により、弾丸を射出する武器のことだ。攻城に用いられるが、運搬に人手がいる上重量の都合速度は出せない。……つまり、魔術師のいい的だ。それでも、魔術師が少ない甫国では盛んに研究され用いられていた」

「かやく?」

「……お嬢には想像力というものを働かせる気がないようで」


 なるほど。魔法があれば大砲なんて必要ないと思っていたら、誰でも持ち運びができる銃が出てきててんてこまいというわけだ。

 けれど、それほど厘国が圧倒されたのなら……どうして南北の街道を押さえられているのだろう。


「火薬とは燃焼により魔力に依存しない爆轟を起こす薬品だ。甫国はこれの原料が多く産出されるがため、周辺諸国を平らげられたとも言える」

「もしかして、厘国と甫国しか話に出てこないのって」

「ああ。甫国は幾度も併呑を繰り返してきた。かつて甫国は大陸南東の小国で、魔術師も多くはなかった。……話がそれたな」

「あたしもキライ、戦争の話なんて……」

「興味深い話題だった、女史。さりとて甫国兵が現れたところで我輩らの目的に変わりはない。敵が増えたというだけのこと」


 大問題だろうが。

 しかもそれだけではない。

 森に甫国の軍がいるということは、そこへ向かったという厘国の軍と鉢合わせることになるはずだ。


「ニクス殿の言葉通り、青歴院を目指すことに変わりはない。問題は不迷の森へ厘国兵が向かっているということだ」

「あ、そっか。あたし、それで先生んところに来たんだった」

「なんでラト姉が忘れてるかな……。でも、単に甫兵をどうにかするためじゃないのか?」

「だとすれば情報が早過ぎる。君たちは甫兵らしき者とは鉢合わせなかったのだろう? 彼らが森へ侵入したのは昨日以降ということになる。それを厘軍が知っているとは思えん。危機を報せる必要がある」

「どのように?」


 疑問を呈す声が上がったのは、ユークの手の中からだった。


「我輩らは追われる身。国同士の小競り合いにかかずらっている暇はない。お嬢の姿を晒すわけにはいかんし、祐やそこな小娘では説得できなかろう。むろん紅衣たる貴女からの警告であれば聞き入れられようが、その時我々は水先案内人を手放すこととなる」

「なんでそうなるんだ?」

「女史の立場上、護衛を求められれば断れまい。紅衣とはそういうものらしい」


 なぜニクスが訳知り顔(顔はないけれど)なのかと一瞬考えたが、そういえば一晩イストリトと二人で話していたのだった。

 つまり紅衣は請われて願いを叶えるユークと似たような役割を持っているのか。

 魔法使いというのはいつの時代も大変なようだ。


「いやだ、って言えないの?先生、わたしよりずっと大変なんだね……」

「一国を支えてきた君ほどではないよ。だが難儀なものだ。これまで夫のこともあり、隠居を見逃されていたが……こうして外に出ていればそうはいくまい」

「ほっとけばいいよ、軍隊なんて」

「珍しく建設的な意見を述べたな、小娘。不本意ながら賛同しよう」

「だから、小娘小娘うるさいっつの!」


 よほど軍が嫌いなのか、ラトがすねたようにつぶやく。

 俺にとっても知らない相手でしかない。けれど放っておけば誰かが傷つくとなれば、ユークが黙ってはいないはずだ。

 自分に……何かができるだろうか。


「そうもいかんさ。優先順位を違えるつもりはないが、彼らにむざむざ命を捨てさせたくはない」

「うん、わたしだってそうだよ! でも、どうしたら……」

「さて、我輩はしょせん道具。如何様にでもされるがよろしい」


 厘軍を引き返させるだけなら、見えないところからユークが命令すればいいか?

 けれどこれでは甫兵の侵入が伝わらない。それに軍全体にユークの声を聞かせるのは難しいだろう。

 なら伝令役は俺かラト。もちろん疑われるだろうけど、そこでユークに『信じて』と言ってもらう?


 ……違う、ダメだ!

 この期に及んで、ユークに頼る以外のことができないのか!俺は!

 イストリトにあんなことを言っておいて、考えることがこれじゃ本当にどうしようもない。

 どうにか自分の力で――いや、それも違う。

 言われたじゃないか。みんなに頼ればいいって。


「ユーク、ニクスはまだ離れてても使えるか?」

「うん、今日一日はだいじょうぶ。……どうして?」

「わかった。ラト姉、まだ走れるかな」

「よゆーよゆー。運び屋ナメないでよね!」

「先生、感知魔法はこのまま発動しとける?」

「問題ない。何か考えがあるのだな?」


 イストリトが意を汲んでくれた。

 みんなの視線が集まり、心臓が早鐘を打ち始める。

 はるか昔、壇上に立った時を思い出す。その時と同じく、一呼吸一呼吸を意識するように心がける。

 胸の中の空気を全て吐き出し、ゆっくりと息を吸う。

 そして一息に、作戦を説明した。

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