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白の魔女は湖畔にて待つ  作者: セネカ
1 彷徨と知遇
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12 『紅衣』

「……彼女を確保したと偽り、これ以上の手出しをさせないこと。それが約束できないならば軍に引き渡させてもらう。敵国のディーラーがどうなるか、想像がつかんことはあるまい」

「………………」


 起き上がろうとして、首筋に走る激痛に驚き体の操縦を手放してしまう。

 当然、頭は地面に叩きつけられ更なる痛みがやってくる……と思いきや、柔らかいものに軟着陸。

 はっきりしてきた視界にはユークの顔があった。

 今度は泣いているわけでも怒っているわけでもない。ただ、辛そうな表情だった。

 いや、それよりも。俺はユークに膝枕されている。

 その喜びに浸れるような状況ではないだろうに、なんだか心が落ち着いてしまう。


「ユウ、起きたの? よかった……イストリト先生がね、二人を治すのを手伝ってくれたの」

「ふ、た……り」


 二人ってことはあいつも助かったのか、と言いたかったが、口から出たのはうめき声でしかなかった。

 そして側頭部に鈍痛が続いていることに気付く。続いて左すね、もちろん首というか喉にもビニールでも絡まっているような不快感がある。

 

「しゃべっちゃダメ。まだ休んでて」

「……風追が目覚めたか。おい貴様、こっちへ」


 イストリトに促されたのは俺じゃない。

 痛みをこらえながら首を回すと、取っ組み合いをした相手が腕を縛られてあぐらをかいていた。


「俺にもラルドという名があるんだよ、ネクロマンサー殿」


 イストリトの舌打ちが聞こえる。

 こいつは先生がどういう人物か分かっているのだ。

 

「無駄口を叩ける立場か! 彼らに言うべきことがあるはずだが」

「……ベルナードの治療、かたじけない。俺の相方のことだ」


 意外にも、こちらへ向き直った彼の口調はそれまでのトゲトゲしいものとは一転して穏やかだった。

 その言葉はユークだけではなく、俺にも向けられているらしい。

 自分の感覚ではつい先刻殺されかけた相手だ。

 けれど体のどこも言うことを聞かず、怯えていると表現することすら難しい。

 

「オドに……こちらの魔術師に指示を出したのは俺だ。そのために死にかけた相方を、あんたは助けてくれた」

「……わ、わたしは魔法使いとして、あたりまえのことをした。それだけよ」


 男は困惑と安堵がいりまじったような表情で、ユークに感謝を伝えている。

 戸惑いを隠せないのは彼女も同じようで、返事はおぼつかない。

 ディーラーといえども、皆が皆話が通じない相手ではないらしい。

 それならば聞きたいことは山ほどある。だのに、口からはかすれた吐息しか出てこない。

 

「お前さんにもすまなかった。声で人を操る相手と知らされていたからな……忠告はこいつで聞こえなんだ。ベルの馬鹿はこいつを外していやがった」

 

 言いながら、小さなコルクのようなものが乗った手を差し出してくる。

 耳栓……だろうか。こんなもので魔法の言葉が打ち消されてしまうとは、なんだか拍子抜けだ。


「どうやら、お若い二人は俺が知る魔術師どもとは異なる人種らしい。……だがそれだけに、この女と懇意らしいのが解せん」


 静かに言葉を選ぶような語調は突如、嫌悪に歪んだものへとふたたび戻った。


「……イストリト先生のこと、キライなの?」

「俺がこんな稼業をしているのはな、年端もいかない子供を攫うためじゃない。この手で、ネクロマンサーを殺すためだ!」


 憎しみにかられた人間は、こんな声を出すことができるものなのか。

 獣が吼えるがごとき気勢で、彼は吐き捨てた。


 ディーラーはイストリトの所属していた厘国と敵対する甫国の組織のはずだ。

 なら確かに、そこに屍小隊を作った彼女を憎む人物がいても不思議ではない。


「貴様、マハ山麓の戦闘に参加していたのか?」

「……何だと? カマをかけたつもりか! 俺がいたのはガントロウデだ……そこで死んだはずの仲間が味方を襲うのを何度も見た。弟に食い殺された兄だっている!」

「私は、知らない……。そんなこと、は、聞かされていない!」


 明らかな狼狽を見せるイストリト。

 ラルドという男の話は、まるでよくあるゾンビ映画だ。

 ディアマンドのような存在とは結びつかない。


「言い逃れをするな! てめえを探してるのは俺だけじゃない。そのデカブツを引き連れてる限り、逃げ果せはさせねえ」

「そんな話、聞きたくない! それより、どうしてわたしを連れて行こうとするの?」


 ユークが軌道修正をしてくれた。先生への疑惑も気になるけど、今聞かなければならないのはそれだ。

 それはグッジョブなんだけど、不安なのか俺の腕をぎゅうぎゅうに握ってくる。

 傷は治っても打ち身の痛みは残っているのだから手加減してほしいものだ。


「嬢ちゃんの確保は本来、俺たちの仕事じゃない。ディーラーの身内がしくじったんだ。そこで小遣い稼ぎをしようと思ったわけさ」

「わたしを、売るつもりだったの? 誰に?」

「ヴァーサ。甫国の隠密を仕切る女だ。その狙いまでは分からんが」

「……うそじゃないのね。どうして教えてくれるの?」


 甫国のヴァーサ。そいつが、ユークを追われる身にしているのか。

 それにしても、ラルドという男はユークに対してはやけに素直だ。

 彼女が訝しがるのも不思議ではない。


「あんたには借りがある。それにヴァーサの奴に義理立てする必要ももう無いからな。俺の標的は見つかった」

「やめて。それが先生のことなら、わたしが許さない――」

「ユークレート、構わない」


 落ち着きを取り戻した先生が一歩を踏み出した。


「ラルドと言ったな。貴様が私の命を狙うなら、思うようにするがいい。もっとも今は、私も精一杯の抵抗をさせてもらうが」

「てめえの許しなんざ、求めちゃいねえ……」

「先生、ダメだよ、どうして――」

「私はそれだけのことをしたということさ。だがガントロウデで本当にそのようなことが起こったなら……確かめなければならないことがある」

「……今は、と言ったな。それを待てば首を差し出すとでも?」

「それが望みならば、この子を逃がすのに協力しろ」


 この場で口を出せないのが歯がゆくて仕方がない。

 こいつに言うことを聞かせるためにそんなことをする必要なんてないはずだ。


「ダメ!! そんなことさせるくらいなら、わたしがこの人を……!」

「できもしないことを言うな。……付け加えるならば、人の生き死には君が決めるものではない。それは傲慢と呼ぶものだ」


 だったら、先生だって同じくらい傲慢じゃないか!

 そう叫びたかった。けれど実際のところ俺は咳き込むばかりだ。


「ごう、まん……わたしが」

「……分かってくれ。君に恩を返したいだけだ。それにみすみす殺されるつもりもない」

「わざわざ命を投げ出す仇なんぞ願い下げよ。望むところだ」


 ユークは先生に言われた言葉に呆然として、動きを見せない。

 それを承諾と受け取ったのか、大人二人は話を進め始める。


「恩があるのは俺も同じだ。てめえに言われるまでもなくな」

「時間が必要だ。この子を青歴院に送り届けるまでの」

「そういうことなら、偽情報で稼げる時間は知れてる。俺一人が騒いだところで効果は薄いぞ」

「……だったら、わたしがついていく」


 落ち込んでいるのかと思えば、いきなりとんでもないことを言い出した。


「本末転倒だ。納得しかねる」

「直接ラルドの仲間に会えば、みんな信じてくれるでしょ?わたし、できるよ。そのあと、ユウのところに戻ればいいんだもの」

「戻る……魔法でか? ったく、これだから魔術師ってのは……」

「……め、だ」


 ようやく口から出てきた言葉は、それだけだった。

 イストリトがこちらに気付く。彼女はラルドを目で制すと、俺に駆け寄ってきた。


「風追?……ユークレート、少し彼を任せてもらって構わんか」

「うん」


 イストリトが目の前にしゃがみこむ。そういえば、いまの彼女は俺を助けてくれた時の赤マント姿ではない。

 あごをくいと掴みあげられたかと思えば、思い切り口を開かされ喉奥をまじまじと見られてしまう。

 

「……ユーク、機会があればもう少し実践的な治癒陣の描き方を教えよう」

「ご、ごめんなさい。わたし、いちばん簡単なのしか覚えられなくて……ありったけの力をこめたんだけど」

「いや、決してそれが悪いわけではない。現にベルナードとやらは君に救われたのだから。さて……」


 ユークにそう言い置くと、イストリトは何やら小声で唱え始める。


『非力にして矮小なる我が師よ、その微力を望むがまま貸し与えることを許す』


 そのように聞こえた。すると、瞬く間にあの赤い上衣が現れイストリトの体を包んだ。


「さて風追。今更お前が痛みに音を上げるとも思わんが、少し覚悟しておけ」


 彼女は右手で俺の首を掴む。思い切りだ!

 その掌に込められた力は先日のディアマンドにも勝るとも劣らなく感じる。

 それに探るような指の動きが加わるのだからたまったものではない。

 視界の端が暗くなりかけたとき、ふいに気道に酸素が戻ってきた。


「うぇ……ゲェホッ! がふっ……いきなり、ごほっ……何てことすんだよ!」

「発声に支障はないな? すまない、治癒の浸透を手っ取り早く済ませるとなると、どうしてもこうなる」

「……とにかくだ!ユークがこいつについていくなんてのはナシだ!こいつの思う壺じゃないか!」


 ようやく言いたいことが言えた。例えラルドが味方につこうが、その仲間がこちらの思うとおり動いてくれるとも限らない。


「ま、殺されかけた相手を信用する道理はねえやな」

「わたしは平気だよ。……それにラルド、うそはついてない」

「……ユークレートには覚悟と能力がある。この献策、一考の余地はあるやもしれん」


 ふざけるな!どうして、この子にそんなことをさせる必要があるんだ!


「ダメだ! ……俺に、ひとつ、考えがあるんだ。それより今は村を目指そう。こんなところで立ち止まってたら、軍や他のディーラーに見つかるかもしれないだろ?」


 道理だな、とイストリトは納得してくれた。

 終始黙り込んだままのオドに何やらちょっかいをかけていたラトも、出発の準備をしはじめる。

 ユークは俺が動けるようになったのを見て満足すると、ラルドを縛っている縄に『しばらくしたら解けてね』と命令していた。


 俺たちはラルドを置いて、ふたたびラトの村を目指して出発する。

 けれど、実のところ俺は考えなんて何一つ持ち合わせていなかった。

 どうにかしなければ。

 ユークを危険な目にあわせずディーラーの追跡をかわす手を、見つけなければならない。

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