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白の魔女は湖畔にて待つ  作者: セネカ
1 彷徨と知遇
21/54

10 『急を告げる風』


「ど、どんな、もんだい……」


 よう、やく、ユークの座る大枝へと辿り着いた。

 ラトはといえばすっかり語り収め、より高い幹分かれに登ってあたりを警戒しているらしい。

 ええ、余裕で間に合いませんでしたとも。せめて笑い飛ばしてでもくれたほうが気が楽だ。


「頑張ったね、ユウ。お水のむ?」

「ありが、とう」


 声を出したはいいが、ゴブレットを受け取る腕が伸びていかない。

 そもそも幹や枝に捕まっていなければ今にも落ちていきそうな気さえする。

 しかも見るなと言われた下を見てしまった。引くほど高い。手足の震えを抑えようとしても逆効果で、見る目にもガクガクと揺れているであろうことがわかる。


「……飲ませたげるね」


 見かねたユークが両手を差し出し、杯を口にあててくれる。

 ふるふる震える左手で幹を抱き、右手でしっかと腰かける枝を掴む。そして口をあけて水を飲み込ませてもらい――そこねて咳き込む。

 我が醜態ここに極まれり、というやつだった。


「つまり、あれだな! 夜は外に出るなってことなんだな!」


 思う存分げほげほやったあと、必死で大声を出してごまかす。

 話を聞くかぎり、ラトの寓話はおとといの晩ニクスが語った話のつづきらしい。

 やっぱり悲しい話だったけれど、得られる教訓といえばそのことだけだ。


「んー、まあそうね。ウィルも余計なことしてくれたもんよねえ」

「びっくりしちゃった。わたしが知ってるのと、ほとんど同じ話だったもの。ひとの名前はちょっと違ったけど……」

「あたしあんまり長い名前覚えらんないから、適当言っちゃった!」

「おい」

「ね、それより上においでよ。そっちじゃ葉っぱで外が見えないじゃない?」

「ちょっとは休ませてくれよ!」


 簡単に言ってくれる。それに長々語っておいてずいぶん軽くぶった切ったものだ。

 相変わらずはあはあ言っていると、ユークの指が俺のひたいをとんとんと叩いた。


「ユウ、これなら動ける?」

「……からだが軽い。めっちゃ疲れてんのに、軽い」


 体が動くときにこの魔法もらうとこんな気分がするものなのか。

 疲労感と浮遊感が同時にやってくる。例えるなら、夢の中にでもいるようだった。

 これなら、震える両手でもなんとかラトのいる場所まで体を持っていけそうだ。


「ほら、こっちこっち。もっと端まで。怖くないから!」


 ユークの補助がなければ到底保ちそうもない細枝に立たされる。

 より細い上方の枝を掴むだけで体重を支えることができてしまうのがむしろ恐ろしい。

 けれども、樹葉の切れ目から眺める風景はたしかに素晴らしかった。


「すごいすごい! ねえ、あれがラトの村?」

「そだよ。今の時間だったら、ちょうど畑に――」


 ラトはそこで言葉を切った。

 どうかしたのかと振り向くと、彼女の表情から輝きが失われ、険しい色に変わっていく。

 そうして視線の先を睨んだままつぶやいた。

 

「二人とも、ここで待ってて。知り合いがいた」


 言うが速いが、言葉の主の姿は消えていた。

 どうやらさきほど披露してくれた特技を使ったらしい。

 あわてて彼女が見ていた先を覗き込むと、緑の丘陵に赤い線が伸びては消えていた。

 きっとラトの髪がなびいてそう見せているのだ。


「……ユークもああいうの、できるか?」


 ふるふると首を振っている。

 赤い稲妻はといえば、まだ止まる気配を見せない。その向かう先を目で追うと、確かに米粒のような二つの人影が見えた。

 あれを見つけて、誰かを判別して飛び出して行ったというのか。

 よく目をこらすと、その二つは何やら争っているようにも見える。

 危険かもしれない。


「ラト姉、待っててって言ってたけど……」

「アレじゃ追いつけないよ。何かあっても間に合わないぞ」

「ううん。ラト姉みたいには走れないけど、ラト姉のいるところになら行ける!」


 ユークはそう言うと、枝を蹴って飛び降りてしまう!

 思わず彼女へと手が伸び、体が宙に放り出される。

 体を包む浮遊感。一瞬しまった、と思うが、そういえば浮遊魔法をかけてもらっていたのだった。


 それにしても、本当に行けるのか?おととい、俺とユークに使った帰還魔法は失敗したはずだ。

 けれど思えば、最初に飛ばされたあの二人とは遭遇していない。この時代、この世界に生きる彼らには魔法は正しく発動したということなのだろうか。


「ユーク、本当に飛べるのか!?」

「やれる! やらなきゃ……!」

「ラトは俺たちの身代わりをしにいったのかもしれないんだぞ!」

「そんなの、なおさらダメだよ! わたしなら、ディーラーって人たちとも戦えるもの!」


 先に地上に降りたユークはもう陣を描き始めていて、話しかけてもその手を止めようとしない。

 こうなるとこの子を止めることは難しいだろう。

 ならば、一人で行かせるわけにはいかない。


「……俺もちゃんと連れてけよ!」

「うん!」

 

 そうは言ったが、戦いになるとしたら俺は一体何の役に立てるのだろうか。

 手元にある武器はディーラーの毒短剣が2本。森から持ち帰ったものとサファドのものだ。

 あいつに仕掛けた攻撃は全部が全部不意打ちで、それも偶然上手くいっただけという始末。

 

 とはいえ、今度はユークがいる。

 彼女が先走って無理や無茶をしすぎないように努めるのが一番だ。


「飛んだらまず、相手の動きを止めよう。動くなって命令するんだ」

「そうする! ユウ、いけるよ!」

「おう、行こう!」

「ラトのところに……『開け』!」


 彼女の声とともに視界が回転をはじめ、おとといも味わった眩暈のような感覚がやってくる。

 木登りの疲れもあいまって、いまにも倒れてしまいそうだ。

 だけど、今度は目を閉じるわけにはいかない。


「『動くな』ぁーっ!!」

 

 まばらな木々が見えたところで、世界はまともになる。

 それと同時にユークが言語魔法を発していた。

 目の前で取っ組み合っていた男二人の動きが止まる。


「この小僧、離せ! 調子に乗りやがって、なんて力してやがんだ」

「こっちのセリフだろうが、おっさん! そっちから絡んできといて何なんだ、アンタは!」

「オメエの足元にあんのが俺の酒のツマミになるんだよ! なんも知らねえ若造はこれだから……」


 どうやら口までは止まらないらしく、争いは口喧嘩で続行された。

 なんだか拍子抜けだ。特に事は起こってはいないらしい。

 

「二人とも、なんでここに……!」


 傍らにラトもいる。当然、その顔色は驚きで染まっていた。

 男二人は俺たちに気付いていないらしく、罵声の応酬はまだ続いている。


「助けに来た、んだけど……必要なさそうだな、これ」

「あたしも同じようなこと思ってたとこ。もう、待っててって言ったのに」

「ラト姉、知り合いってどっちのひと?」

「ジャンド。生え際あやしいほう!」


 おっさんのほうか。

 ユークは聞くやいなやそいつの方へかけていく。


「うぉいコラぁラト!聞こえたぞ!……あぁ?首が動かねえ!小僧オメエ何しやがった!」

「ざっけんな!こっちも同じだよ!アンタもしかして魔術師か!?ん?そっちのガキ共……」

「えっと、ジャンド……『動いていい』よ。あなたはまだダメ。ねえ、どうしてケンカしてるの?」


 ユークがおっかなびっくりジャンドと呼ばれたおっさんの体に触れ、魔法を解く。

 彼は自分の体が動くようになっていることに気付くと、ユークに向き直って酔っ払ったような調子で話しはじめた。


「ああ? 体、動くな。嬢ちゃんの仕業だったってか。ありがとうよ。や、この小僧がなぁ、俺のエモノを無用心にも踏み潰そうとしやがったもんでな」


 一方の喧嘩相手はというと、動かない首のかわりに眼をぎょろりと動かしてユークを睨む。

 そして叫んだ。


「このガキ、例の魔術師か……! オド、ラルド、来い!! 目標を発見した!」

「ディーラー!?」


 思わず声が出てしまう。

 墓穴だった。俺たちが来なければ、ラトとこのおっさんだけでやり過ごせたかもしれないのに。

 でも、ラトがいる以上こいつらは攫おうと追ってくるのだろうか?

 いや、そんなことを考えても仕方がない。今はどうやってこいつとその仲間から逃げるか考えなければ。


「なぁるほど、お前さんそういう育ちか。得心がいったぜ。そうでもなきゃあ、ユキマチダケも知らずに育つはずねえもんなあ?」

「黙れ! 動けるんならさっさと消えろ、おっさん! 死にてえのか!」


 ユークは何が起きたのか分かりかねているらしい。

 ジャンドの傍に立ちつくしたまま、言い争う二人をおろおろと交互に見ている。


「ユーク、ここから離れ――」



ングラ(憤怒せし)ストゥラティア()エルド()



 この響きはユークが言語魔法を使ったときのものだ。はじめはそう思った。

 けれど、耳に届いたのはいかなる感情をも認められない男の声。

 そして、意味のわからない謎の言葉だった。


「嬢ちゃん、失敬!」

「ユウくんやばい!」


 ラトが俺を、ジャンドがユークを抱き抱え跳ね退いた。

 言語魔法で固められたままの男を残して。


 刹那、耳をつんざく爆音とともに目の前が真っ白に飛ぶ。

 轟音。

 振動。

 ひかり。

 そのすべてが五感を責め立て、思考を許さない。


 ここからはなれなければ、死ぬ。

 それだけがいま、ぼくの頭にあるすべてのものだった。

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