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白の魔女は湖畔にて待つ  作者: セネカ
序 邂逅と離別
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1 『8月27日』



「お、ナイスタイミング」


 コンコースからホームに降りると、すぐに目当ての電車が現れた。

 土曜の昼間だというのに地下鉄の座席にはのびのびと座れ、心なしか車内には可愛い女子が多い。

 さっき買った新商品の炭酸ジュースも美味かったし、デイリーからSSR出るし、極めつけにはこのメールだ。

 何もかもうまくいく日ってあるんだな、と感心しながら、端末を再び確認する。



 件名:『俺は悪の組織に改造されて大変なのに姪と義姉は戦えと迫ってくる』試写会当選のお知らせ

 本文:

 カゼオイ ユウ 様

 このたびは当試写会にご応募頂き誠にありがとうございました。

 厳正な抽選の結果、応募者様が当選されましたことをお知らせいたします。

 本人確認が可能な書類をお持ちの上で、受付で応募者様のお名前をお伝え頂くか、メール本文をご提示ください。

 上映日時 8月 27日 (土)

 上映会場 鎌丘トリノ座 (東京都大田区鎌丘5-12 ゼニスワードビル1F)

 開場   12 : 30

 開演   13 : 00

 閉場   15 : 30



 地図アプリで見つけたそのビルは、普段通っているシネコンが入ったモールと比べるとずいぶん地味で、GPSがなければ見落としてしまうような建物だった。

 とはいえ、試写会が催されるような映画館というのはこういう場所なのかもしれない。

 ハリウッドの大作やファミリー映画、アニメ映画でないいわゆる低予算映画をスクリーンで観るのははじめてだ。


 失踪した兄夫婦の娘を探し歩いているうちに拉致された主人公が悪の組織に生体改造手術をされてしまう。

 しかし、宇宙より飛来した謎の巨大ロボットによって助けられる。崩壊した基地から命からがら抜け出し帰宅した主人公を待っていたのは兄の死体だった。

 その傍らに座り込んでいた兄嫁からある言葉を告げられると、封じ込められた記憶から兄の超能力と使命を引き継ぐ義務があることを唐突に思い出す。

 それと同時に、先刻現れた巨大ロボットが舞い降りる。それに搭乗していたのは、異星人の超越技術により急成長を遂げた姪だった──。

 

 この映画のトレーラームービーは大体こんな内容だった。

 ロボは遠景でしか映ってないし、どう考えても予算がかけられているようには見えないのにこの詰め込みぶり。話題性のある俳優を一切起用しないストイックさ。

 そもそも同一作者とはいえ原作を3つ繋ぎ合わせて2時間に収めようというのが狂っている。くっついてる時間がないせいかヒロインもなんか関係性がおかしい。


 この映画は間違いなく途方もない駄作か、さもなくば怪作に仕上がる、とネットでは評判だった。

 試写会へも相当な人数が応募したらしく、気まぐれにメールを送っただけで連れ合いもいない自分がここにいるのが少々申し訳なく感じる。


 手続きを済ませ、席を見つけて一息つく。すると、劇場の暗さからか眠気が襲ってきた。

 どうせ映画が始まれば大音声で目は覚める。少し舟を漕いでしまってもかまわないだろう――。


---


「うあああああああ!」


 これは落ちる夢だ。

 終わらない浮遊感にパニックを落とした頭は、ただそれだけをぼくに言い聞かせていた。

 だってあまりにも脈絡がなさ過ぎる!

 寝入った次の瞬間に、青空が見え地に足がついてないってことはないだろう!


「うわっ!?」


 恐ろしさに叫ぶ声すら枯れてきたころ、尻が何かにぶつかった!

 背中に破片が当たる感触。それは砕け散ったらしいが、痛みはなかった。

 浮遊感は弱まるが、まだ落下は終わっていない。


「ぐあっ、が、うあっ……痛え」


 硬い地面に落ちなかったと安堵するヒマもなく、次の衝撃が襲ってきた。

 それも連続で、バキバキという音を立てながらだ。

 ただ、それで風を切る音は止まった。ようやく落ちきったのだ。

 どうやらぼくは、大木の枝を折りながらの軟着陸に成功したらしい。


 全身の痛みに体をよじろうとするも、うまくいかない。

 背中を強く打って息は絶え絶え、両腕からは出血がある。

 厚手のジーンズでなければ、脚も怪我をしていただろう。

 頭を打っていないのは奇跡だ。幸運な一日ってやつはまだ続いていたのか。


「……ん? あれ、なんか、痛くない……」


 しばらくうずくまっていると、さっきまでの激痛はどこかへ行ってしまった。

 それどころか、すっかり全身がマトモに動くようになっている。

 名残といえば半袖のジャケットについてしまった血痕くらいだ。


 体を起こしてあたりを見回すと、緑に囲まれた群青が広がっていた。

 ここは森の中の湖畔らしい。

 名所か何かなのだろうか、真っ白いあずま屋が建っているのが見える。

 まだ目が覚めないのなら、せいぜい観光を楽しんでやろう。


「どうせ夢なら、痛みもなくしてくれよな……」


 それにしても、しばらく夢だということを忘れていた。それほどリアルな激痛だった。

 どうせなら自分が落ちるより、映画みたく女の子が降ってくる夢が見たいものだ。

 そうでなきゃぼくを受け止めるなりしてくれよ。それじゃ映画と逆だけどさ。

 ああ、あるいはあのあずま屋に美少女がいるかもしれない。


「……マジでいるぞ」


 近づいて目をこらすと、そこには本当に少女が静かに座っているように見えた。

 普段ならとても自分から声なんてかけられない。

 でもせっかく夢なんだし、少しはいい目を見にいかなくては。


「やはり入れるぞ! 来い!」


 そう思ったところで、背後から男の声が聞こえた。

 振り向くと、二人の屈強な男がこちらに走ってくるところだった。

 片方は耳を隠す長髪、もう一方はぼうぼうのヒゲ面だ。


「『鍵』に構うな、古の魔女はどこだ!?」

「……あそこだ! 捕らえる!」


 男の一人に乱暴に押しのけられた。


「何すんだよ!」


 答えは返って来ず、彼らはあずま屋へと走っていった。

 そこに佇む女の子を狙っているのか。すぐさまそれに追いすがる。

 普段のぼくならいざ知らず、夢の中でくらいヒーローになってもいい。

 しかも、怪我をしたってあっというまに治ることも分かっている。

 もしかしたら力だって強くなっているかもしれない!


「待てよ! その子に何をするつもりだ!」


 男たちに追いつき大声で啖呵を切るが、またも反応はない。

 彼らはまさに少女に触れんとしていた。

 もう飛び込んでいくしかない!


「うああーっ!」


 長髪のほうに組み付くが、ぼくの2倍も太さがありそうな腕はびくともしない。

 どうやら期待通りの超人にはなれなかった。

 それどころか、掴んだ腕を振り払われただけで倒されかける。

 逆に首根っこを捕まれ、それで体を支えられる始末だ。


「こいつ、何を」

「邪魔になるなら始末しろ。『鍵』はもう必要ない」


 ヒゲ面の言葉で、長髪の目がより鋭くなる。

 かと思うと、突然視界が緑に染まった!

 思い切りあごをぶつける。地面に引き倒されたのだ。

 そのまま後ろ手を極められ、身動きをとれなくさせられる。

 今までのどんな痛みよりもひどい。どうしてこれで目が覚めないんだ!

 

 そして、首筋に冷たいものが当たる。

 すぐに赤熱した鉄を刺し込まれたような熱い痛みがやってくる。

 口の中があたたかいもので満たされていく。

 血の味だ。

 息ができない。


 刺し込まれたものが引かれる。

 それに吊られてぼくの体が少し浮く。

 背中を踏みつけられ、刃が抜ける。

 彼が離れていく。

 ぼくはえずきながらそのまま転がる。


 最期に見たものは、白いあずま屋に佇む、白いお姫様だった。

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