7 『魔法使いの悩み』
「ユウ、まだ起きてる?」
眠りかけた頭に、隣のベッドから改まった声が聞こえてくる。
耳をすますと戸口からはまだ議論が漏れていた。
寝返りをうってユークの方に目を向けると、彼女もまた寝転んだままこちらを見ている。
「寝れないよ。あいつらがうるさいから」
「わたしも。……あのね、ディアマンドのこと、わたし伝えてよかったのかな」
「何言ってんだよ。ユークが知らせなきゃ、先生ずっと知らないままじゃないか」
突然わからないことを言い出す。
でも、その口調はとても真剣に聞こえた。これは真面目に答えなければいけない話だ。
「……ねえ、ユウはどうしてディアマンドが死んでるってすぐ分かったの?」
「いちばんの理由は、直接さわられたとき冷たかったから。先生の命令に忠実すぎるっていうのもかな。ああいう人……が出てくる話をいくつか知ってたから、そうなんじゃないかなって」
思えばたしかにユークが気付けなくても不思議はない。
魔法使いの直感的なものとかで分かってるかと思ってたんだけど。
もっともその事実を受け入れられたのは、彼がいわゆるゾンビのように腐っていたり臭いを発していたりしなかったからなのだろう。
じっさい、頭の中で彼は意思のないゴーレムなのだと分かっていてもいつの間にか人間として接してしまう俺がいる。一から十まで飲み込めているわけではないのだ。
「わたし、最初は分からなかったの。いるけどいない、いないけどいる……みたいな。二人きりになってもお話してくれないし、不思議な人だなって思ってた。だけど、声が聞こえてきたとき……怖かった」
「……ずっと繰り返してたって言ってたな」
それは怖いわ。俺ならたぶん泣く。
「お行儀わるいけど、二人の話をこっそり聞いてやっと分かったの。気付いたら、言わずになんていられなかった。わたしが話したかっただけの理由で、イストリト先生に伝えたの。先生がどう思うかなんて、考えもしてなかった」
「……そりゃ、先生は驚いたと思う。けどユークが伝えたから、三人が助かったんだぞ」
「え?」
目を丸くして、ぽかんと口をあけるユーク。
俺よ、彼女を元気付けたいならここからが正念場だ。しくじるなよ。
「まず俺。軽い気持ちであんなこと聞いて、先生になんて言葉をかけたらいいかすら分からなかった。そこにユークが来てくれたんだ。ほんと助かった」
「ううん……そういうことじゃなくって」
あらお気に召さない。
そりゃそうか。これだけじゃただ自分のことしか考えてない奴だ。
「次はニクス。あいつにも黙らせたり投げ飛ばしたりしない話し相手ができたわけだ」
「あいつはどうでもいいっ」
「でもって……誰より先生だよ。俺のかってな想像だけど、先生はきっとディアマンドが自分を恨んでるんだと思ってた。だからさ、ユークがディアマンドの言葉を代弁しようとしたとき怖がったんだ」
「……うん」
今度は真剣な顔でうなずいてくれる。
ぶっちゃけ俺とニクスの話は先生のことをどう話すかまとめるための時間稼ぎだ。
「でも、ユークが伝えた言葉は違っただろ?ディアマンドの遺志は先生を恨んでなんかなかった。心配してたんだ。やっぱり俺の想像だけど、ずっと同じ言葉を繰り返してたのは先生に伝えたかったからなんだと思う。……なあユーク、まだディアマンドの言葉って聞こえるのか」
「……聞こえない。先生に話してから、ずっと聞こえてないよ!」
ユークはがばと起き上がって声をあげる。
いいことを聞いた。俺の勘もバカにできないらしい。
「だったらユークが救ったのは四人になるな。二人は魔法の力で繋がってるはずだろ?ちょっと言葉が聞こえにくかっただけなんだ。その橋渡しをユークが手伝ったんだよ」
「そうなの、かな……そんな風に考えていいのかな」
「いいに決まってる!俺が保証するって」
彼女は再びふわりと寝転ぶと、自分の両手を見ながらつぶやいている。
まるで自らに言い聞かせているかのように。
ああそうか。この子はまた、力の使い道のことで悩んでいたんだ。
魔法使いは自分のために魔法を使ってはならない。
ましてや自分のために他人を犠牲にするなどもってのほか。
きっとそう思っていたんだ。
「……ユウ、ありがとね。それと今夜助かったのは五人。わたしも! おやすみっ」
それだけ言うとユークは素早くむこうを向いてしまう。
どうやら上手くいったらしい。ひそかにほっと胸をなでおろす。
「おやすみ、ユーク」
俺も寝よう。明日からも、この子から目を離しちゃいけないのがよくわかった。
……何か、物音がする。ユークが先に起きたのだろうか。
薄目を開けるとすでに寝室には朝陽が差しているようだ。雨戸が開いているらしい。
昨日とは逆にユークに起こしてもらってしまおうか――
「げうっ!」
腹を殴られたような衝撃。違う、何か重いものを乗せられた!
まさかユークに乗っかられたのか? そんな可愛らしい起こし方をしてくれるのか?
いや、彼女はもっと軽かったはずだ。
目をあけると、体の上に女性のシルエットがある。
「先生! トリト先生たいへんです!」
ユークのものでも、イストリトのものでもない元気な女の声。
まだ視界には彼女のおぼろげな輪郭が浮かぶだけだ。
「お、り、て」
必死でそれだけ声をしぼりだせた。
「ん? 先生声が男の子みたい。風邪? あれだけ鍛えててもひくもんなんですか?」
「俺は、イストリトじゃないって」
「おうあ!? なんで男が先生のベッドに!? なにもの? 変態? それとも浮気!?」
朝からはあまり聞きたくない騒がしさで好き放題言われている。
ここ先生のベッドだったのか。それでも謎の侵入者に間男呼ばわりされる筋合いはない。
「ここ使えって言われたんだよ! あんたこそ誰だ! それに早く、おりてくれ」
「それより先生はどこ? 今すぐ伝えなきゃいけないことがあるの!」
話がかみあわない。
跳ね起きようにも女の子は身を乗り出して問い詰めてくる。
女の子が平然とした顔で男子高校生に跨ってほしくないんだけど!
しかも起きたばっかりだからある部位にお尻が触れそうなんだけど!
「……何をしておるか、ラト」
「……なにしてるの、ユウ」
戸口からイストリトが、隣のベッドからユークが、白い目で俺たちを見ていた。
知らなかったよ。
針のむしろに座る、もとい寝転がるって、こういうことなんですね。