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白の魔女は湖畔にて待つ  作者: セネカ
1 彷徨と知遇
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5 『慧国の手がかり』



「いや、まさか、体が動くってことがこんなに嬉しいことだとは」


 右肩をぐるぐると回しながら、そのありがたみを噛み締める。

 俺たちは和解し、夕食の席に着いていた。

 せめてもの償いにと、イストリトが用意してくれたのだ。


「お嬢に弄ばれる道具の胸懐が少しは理解できたであろうが」

「イストリト先生は、ニクスが喋ってもあんまり驚かないね。こういうの、持ってるとか?」

「……ユークレート。君の存在に比べれば、何ほども驚くにあたわない」


 俺が動けるようになってから、ユークはすっかり機嫌を直している。

 対するイストリトはどこかうっとりとしたような口調で、ユークにはまるで崇拝でもするかのように接するようになってしまった。


「ユークでいいよ。それと、もっと普通に話してほしいな」

「……失礼した。私としたことが、言語魔法を目の当たりにして昂ぶりすぎていたらしい」


 彼女らがいちゃつくのを、あぶった干し肉とピクルスを挟んだパンをかじりながら聞いていた。

 どちらも硬くしょっぱいが、塩の味が効いているというだけで嬉しいものだ。

 それにしても、ユークの魔法はそんなに興奮するほどのものなのだろうか。


「言語魔法ってそんなにすごいのか?」

「程度の問題ではないよ。皆無だ。だれひとり使える者はいない。君たちの途方もない話を頭から信じられたのも、彼女居ればこそだ」


 だからイストリトにはあれほど効果覿面だったわけだ。

 俺がいくら言っても信用してくれなかったのに。

 自分の服装にもっと疑問を持っておくべきだったか。

 

「えー……。でも、魔法使いはいるんでしょう?」

「そう名乗る者もいるにはいるが、君ほどの力を持つものは……そうだな、一人はいらっしゃるか」

「だれだれ? わたし、会ってみたいな」

「青歴院の中心、エッカード・ナ・コルパルクス。私のかつての師父だ」


 イストリトの解説をふんふんと聞きながら、今度はパンにチーズを挟んでみる。

 けど、こっちはちょっとクセがあったのでハーブティーで流し込んでしまった。

 甘味がほしいところだ。ユークにクッキーねだろうかな。


「――つまり青歴院っていうのは、歴史書をまとめる仕事をしてるところってことなのか?」

「エッカードは無数の分体を持ち、この世のあらゆる事象を観察、記述をし続けている。青歴院の役割は彼が無尽蔵に生み出す断章の編纂だ」

「我輩には理解ができんな。それほどの力を持つなら、同じ方法で統治でも支配でもすればよかろうに」

「さて……人智を超えたお方の考えることは分からない」


 確かにさっぱり分からない。ライフワークという奴だろうか。


「でも、ずっとそんなお仕事してるなら……どうやってイストリト先生を教えたの?」

「私だけでなく、多くの魔法使いが学んでいるよ。厘国からも甫国からも、多くの素質ある者が送られる。そうでなければディーラーに狩られるのがオチだからな」


「まとめるとエッカードって人は、魔術師候補生を保護、教育しながら世の中を観察して歴史を記録してるってわけか。他人のために魔法を使うって意味では、ユークの仲間だな」


 オーバーワークにもほどがある。……ユークもこういう役目を背負って、それに耐えかねていたのだろうか。


「うん。ちょっとだけ……お父様みたい。やっぱり、会ってみたいな」

「会うべきだろう。青歴院には君の言う慧国の記録もあるやもしれん」

「ほんと!?」


 ユークは立ち上がり、身を乗り出して聞き返す。

 その表情は輝いていた。

 サファドがやイストリトが自分の国を知らないと言ったとき、ひどく落ち込んでいたものな。


「お嬢、どうやら当座の目標が定まったようで」

「うんうんうん! ぜったい、セイレキイン行く!」


 ユークは飛び跳ねんばかりだった。

 ……目標といえば、言ってみれば俺のはじめの目標は家に帰ることだったはずだ。

 でも今は違う。動く体を取り戻したいま、彼女を守ることこそが俺の目標だ。

 願いだってそう変更した。やっぱり叶わなかったけれど、意思まで失効したわけじゃない。


 けれど、もしこの先彼女を狙う者がいなくなって、守る必要がなくなったら……やっぱりその時は、彼女に願って元の世界に帰ることになるのだろうか。

 そんな疑問も、ハーブティーで流し込むことにした。




 食後はイストリトの後片付けを手伝う。

 ユークは当然のように、食卓でちょこんと座ったままお茶を飲んでいた。お姫様だもんね。


「風追、少しいいか」


 木皿を戸棚にしまい終えると、イストリトが改まった口調で話しかけてくる。


「どうかした……んですか?」


 大人の女性と一対一になるなんて、進路相談以来だ。

 ユークとはまた違った意味で緊張してしまう。

 しかもそれが自分を痛めつけてくれた相手とあればなおさらだ。


「恐れられるのも無理はないか。そのことで改めて君に謝罪をしたいんだ。すまなかった」


 長身の彼女が頭を下げると、なかなかの圧力を感じる。

 もともと内心ビクついてたのもあり、しどろもどろな返答になってしまう。


「そりゃ、いきなり首は、ちょっとびびったけど」

「抵抗できぬ者を痛めつけるなど、どうかしていた。詫びというのもおこがましいが……私に差し出せるものがあれば、何でも言ってくれ」


 そんなことを言われても強気に出れるような豪気さは俺にはないんだよ!

 たとえユークがここにいなくたって、何でもするって言ったよね?的なことは到底口に出せない。

 仮に言えたとしても、あのディアマンドにつまみ出されるのがオチではなかろうか。


「……それなら、麻痺の治療費ってことにしといてくださいよ。そもそも、ユークのために怒ってくれたんでしょ?」


 以上の理由から、このいかにも優等生ぽい回答にすがり付くしか手がなかった。

 思えばユークに最初に泣きつかれた時も同じような思考をしていた気がする。

 イストリトは表情をゆるめ微笑む。さきほど見せた興奮ゆえの笑みとは違う、柔らかいものだ。


「なるほど、ユークが君に尽くしている理由が分かったよ。君はいい男だな。私の好みとは離れるが」

「はは。好みって、ディアマンドさんみたいな奴?」

「……ああ。彼は私の夫だ。夫だった、と言うべきなんだろうな」


 強いて言えば、彼のことについて少し聞いてみたかった。

 抱き上げられたときは麻袋ごしなのでいまいち分からなかったけれど、じかに俺の首を絞めたその手はひどく冷たかった。

 まるで生きてはいないかのように。


「あのもし、話したくないなら……」

「構わない。私も恐らく、誰かに聞いてもらうべきなのだと思う」

 

 イストリトはあまり短くはまとめられないかもしれんが、と断り、小さな丸椅子をすすめてきた。


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