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白の魔女は湖畔にて待つ  作者: セネカ
1 彷徨と知遇
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4 『冷たい手、冷たい言葉』

「ところでさ……俺はどこに連れてこられたんだ?」


 俺の体は未だに固まったままで、首を回す程度のことしかできない。

 周囲の風景からするとどうやら人家の近くに来ているようだった。


「ニクスが飛んでいったとき、地上を観察してたんだって」

「我輩の知るところの風景ではなかった故。恐らくこれは、同胞の住まう館と存じます。(オーガ)が出るか火蜥蜴(ザラマンダー)が出るかは定かではありませんが」


 頭上にサファドから取り上げた地図が開かれる。ニクスが指した現在地は、人里とはまったく異なっていた。

 

「ここなら、あいつらの追跡もないってことか」

「然り。貴様の治療と一晩の宿を求めるとしよう。話の通る相手であればよし。通らずともお嬢が服従させればよし」

「……お話で解決したいなあ。あ、それと」


 ユークがごそごそと取り出したのは、いくらかの金貨と細かな宝石だ。


「じゃーん。イザってときのために、お父様が持たせてくれてたの。宿代くらいにはなるよね」

「これは心強い。お嬢が口車や寸借に乗るはずがありませんからな」

「……なに言ってるかわかんないけど、嫌味言われてるってことくらいわかるわよ」

「今はしまっておこう。ついでにニクスも。値打ちモノを見せびらかしても、危険が増えるだけだ」


 ユークはこくりと頷くと、そのすべてを空中に消してみせた。

 何度目かわからないけど、つくづく魔法って便利だな。


「それじゃ、いってくるね!」


 彼女はとととと駆け出すと、館の扉の前でこう言い放った。


「我が名は慧国筆頭魔法使い、ユークレート! 『開門せよ』!」


 力業じゃねーか!

 いや、単に自分の国での振舞い方しか知らないだけか。言語魔法が暴走してたけど。

 しかし、やはりというか門が開くことはない。


「ユウ、鍵がかかってる」

「魔法使いなら、そのくらい開けてみせてくれよ」

「錠前は言葉が聞こえないんだよ?」


 あくまで笑顔のユークだった。魔法使いとは一体。


「我が家の前が随分騒がしいと思えば、なんだ、患者か」

「へ?」


 凜とした女性の声。

 いつの間にか、道端に転がる俺の傍らに仁王立ちする人影があった。

 その背後にも何者かの気配がある。


「ディアマンド。彼を処置室へ運べ」

「……」


 ディアマンドと呼ばれた大男は無言のまま進み出で、俺を抱き上げた。

 これは……俺がユークにしたお姫様抱っこの体勢。

 されてみるとずいぶん恥ずかしいもので、思わず目を覆いたくなった。手は動かないけど。



 寝かされたベッドは驚くほど清潔だった。

 お互いの簡単な自己紹介と病状の説明を済ませると、医師のイストリトだと名乗った彼女は俺の体を検分しはじめる。

 俺は上を脱がされ、ひょろひょろの上半身を晒していた。


「ディーラー御用達の毒だな。……狩られたか。よく助かったものだ」

「イストリト、ユウ、治るよね」

「さて……それは本人の努力次第」


 マジかよ。リハビリとか要るのか、これ。


「そんなっ」

「それとユークレート、君の年頃なら私のことはイストリト先生、あるいはイストリトさん、と呼ぶべきだろう。あるいはイストリトお姉さまでも構わんぞ」

「……イストリト、お姉さま?」

「……いや、私が悪かった。イストリト先生と呼んでくれ。それとすまないが、患者と二人きりにさせてくれないか。治療に集中したい」


 ユークは素直に頷くと、隣の部屋へ引っ込んでいった。

 イストリトと二人きりになる。

 ツリ目で気の強そうな、いかにも仕事人といった印象の女性だ。

 長い黒ローブに黒髪。それを後ろで纏めている。この部屋に入る前はもっと活動的な格好で、髪もロングに見えた。仕事着というわけらしい。


「さて、治療に入る前にひとつ質問がある。構わないか?」

「問診ってやつですか?それならもちろん」

「……風追といったか。きさま、どこの貴族の子弟だ」


 予想外に強い語調で問われ、困惑してしまう。


「え? 俺もユークも、ただの迷子ですよ。ディーラーに追いまわされて、ようやく辿り着いたのがここだって、さっき説明したじゃないですか」

「ユーク。そう、あの娘だ。彼女の両手足、首の装具が何か知らないとは言わせない」

「他は知りませんけど、両手のは魔力を封じるもんなんでしょ? 外し方を知ってるんですか?」

「……言い訳も用意済みというわけか。ディアマンド、絞めろ」


 今までまったく存在感を匂わせなかった大男が進み出で、真上から俺の首を掴む。

 その手は驚くほど冷たい。氷でできた万力にかけられたようだ。


「がッ」


 首がゆっくりと締まっていく。息は……できる。かすれ声で言葉も発せられる。

 ただただ苦しい。

 もがこうにも動くのは首から上だけ。

 できることは、口を魚のように開け閉めする程度だ。


「言い繕おうと、君の上衣の縫製はごまかせん。それにこんな柄のものを着るのは職人を抱えた貴族方だけだ。社会勉強にはなったな」


 むしろ俺があんたに教えたい。それはせいぜい1500円のTシャツなのだと。


「先に私の推論を述べようか。君はディーラーからユークレートを身受けした。だが気の毒にも、君にはわずかながら素養があったわけだ。奴らは見境がない。買い手ごと彼女を回収すれば代金と新たな魔術師が丸儲けで手に入るのだから」


 どうやら、俺にかかっているのは人身売買の容疑らしかった。

 でもこれはポジティブな情報だ。

 イストリトは少なくとも、ディーラーに対して憤りを覚える人物だということだ。

 味方にできるかもしれない。

 ぼやけはじめた頭の中で、どうにかここまで思考を回すことができた。

 問題は、この大男をどうやって跳ね除けるか。今にも意識が消えてなくなりそうだ。


「奴らと一戦交え、どのようにして生き残ったのか。ユークレートが何故これほど君に献身的なのか。いくつか疑問は残るが……。ディアマンド、一旦離せ」


 意外にも、その一言で男は身を引く。


「本題に入ろう。ユークレートを解き放て。さもなくば君は一生このままだ」

「せ、つめいを、しなおさせて、くれ」

「ディアマンド」

「ぐぁッ」


 男はまた俺の首に手をかける。首を振って逃れようとするが、到底そんなことは叶わない。


「説明など不要。君がどれほどよい主人であろうと、魔法使いは人に飼われる道具ではない。もう一度言うぞ。彼女を解き――」


「ユウから『はなれて』!!」

「がっ!?」


 イストリトはそのままの姿勢で横滑りし、右方の木壁に叩きつけられた。

 しかし、男のほうは吹き飛ばない。それどころか戸口のユークに向き直り、襲いかかろうとする。

 やめろ、と声が出かかった。


「止まれ、ディアマンド!」


 大男が完全に静止する。パントマイマーのごとく、飛び掛りかけた姿勢を崩そうともしない。


「言語魔法だと……? 風追よ、謝罪しよう。確かに私が誤解していたらしい」


 イストリトは立ち直り、また俺に近づこうとする。その声にはなぜか、かすかな興奮の色があった。

 ユークはその前に走り出で、俺をかばうように杖をかまえた。


「……ユークレート、私は大変な間違いをしていた。もし許してくれるなら、私に君の友人の治療をさせてくれ。心配なのであれば、そばで見張ってくれていて構わない」


 ユークはしばらく目の前の女を睨んでいたが、観念すると手招きするように杖を振った。


「……わたしじゃユウを治せないから、お願いするだけ。もしまたユウにひどいことしたら、今度は許さない」


 その声は本当にユークのものだったのだろうか。音はそうかもしれない。ただ響きは、これまで聞いたことがないほど冷え切っていた。


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