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白の魔女は湖畔にて待つ  作者: セネカ
1 彷徨と知遇
13/54

3 『告白』



「ユーク……もしかして、怒ってる?」


 ぼく入りの麻袋を引きずる背中にそう問いかけた。

 強い風が吹くとちょっと浮くのが恐ろしいので、この方法で運搬するのはやめてほしい。

 今後はRPGで仲間が倒れてもすぐ復活させてやろう。

 

「わかんない。怒ったことって、あんまりないから」

「……投げたことは謝る。ごめん」

「そんなの、そんなこと、どうでもいいよ」


 彼女は進む足を止めない。

 それどころか逆に早めている気すらする。

 地面がぼこぼこしているところであんまり早く歩かれるとちょっと振動がつらい。


「目が覚めたらお空にいたんだから、そりゃ驚いたけど……」

「我輩も空を飛びながら空へ喚ばれるとは思わなんだ」


 まだ飛んでたんだ。


「でも、サファドと一緒に倒れてたのを見たときほどじゃなかった」

「……やんなきゃ、やられてたんだ」

「やってもやられても、ダメだよ! わたしを置いて逃げたらよかったの!わたしは殺されたりしないはずだもの……だって、連れて行くって言ってるんだから」


 そんなこと、できるはずがない。

 目的を果たしたらサヨウナラってことだってありえるのだから。

 奴ら、みんな魔法使いを憎んでるようだし、何より……かっこ悪くて仕方が無い。


「そうしたって、背中から刺されてたさ」

「我輩も同意見だ。お嬢、祐は凡夫なりの合理的な判断をしたまでと存じますが」

「……知らないよ、そんなこと!」


 ユークは足を止めて振り向く。座り込んで僕を覗きこむその目には、涙が浮かんでいた。

 

「わたしなんかのために、ユウが人を殺したり……殺されたりするなんて嫌だよ。ユウがいなくなったら、わたし、今度こそひとりぼっちなんだから……」


 彼女は頭のほうからぼくの胸に顔をうずめてしまった。

 つまり、ユークの胸はぼくの顔に直撃するわけで……それで文字通り頭がいっぱいになってしまい、言葉は半分聞きだ。

 


「もう啼泣はお止めになると伺いましたが」

「……そうだった。おかしいよね。わたし、ユウをおうちに帰してあげなきゃいけないのに……そしたら、同じことなのにね」


 ユークはすっくと立ち上がると、またぼくを引きずりはじめる。

 相変わらず体は言うことを聞かない。

 今すぐにユークに触れて、言葉をかけたいのに。


「ユーク。願いって変えられるのか?」

「……え? えーと……叶えられてないんだから、いいと思う、けど……」

「それじゃユーク、お願いだ。ぼくに君を守れる力をくれ」


 ニクスがほう!と声をあげた。

 さすがにこんな殺し文句を茶化されたくはない。今は黙っていてほしいもんだ。


「ダメ。そんなの、本末転倒だもの。……それに、できないもの」

「さもありなん。まずお嬢は自身に対する強化を習得するべきでしょうな」

「……この浮くやつは?」

「ひとに試したのは今日がはじめて。どうやってるかも自分でわかってないわ」


 結構覚悟して言ったつもりなんだけど、そんなオチってありかよ!

 これほどなんでもアリの彼女にミもフタもない形で断られるとは、それこそかっこ悪くて仕方が無い。

 そういえば、難しいお願いは妹がやってたんだっけね。


「しかし祐よ、貴様既に力を賜っておるのではないか」

「……え?」

「貴様のような素人が、若輩といえど訓練を受けた者と刺し違えたのだ。何らかの奇跡が起きたものと察するが」


 俺の一世一代のアイデアが生み出した完璧な不意打ちによる大勝利……もとい引き分けなんだけど!

 いや、違う。あの時起こったのは、それだけじゃなかった。

 

「あのときのナイフが……気付いたら手元にあったんだ」

「ナイフって……鞘を作ってあげた、あれのこと?」

「うん。確かあの時は、鞄の中にあったはずなんだけど」


 杖はといえば独りで成程、そういうことかなどとごちる。

 実際にこういうことするやつはじめて見たけど思ったよりムカつくな!


「ひとりで納得してんなよ!」

「や、失敬。思うに貴様、お嬢から生気を受け取り過ぎたのではないか」

「……なんの話だ?」

「おぬし、まさかあの否定だの肯定だのの与太を真に受けて居るのではなかろうな」


 それって……俺がぶっ倒れて、ユークにキスされたときの、あれ?

 

「あれがもっと単純な話だ。生気を無くした貴様にお嬢がいつものやり方で力を吹き込んだ。それだけのこと」

「誤解されるような言い方しないでよ! い、いつもっていうのはマルカに力を渡すときだけだからね」


 え?ユークのほうは、ファーストキスじゃなかったわけ?

 ……誰もそんなこと言ってないのに、そう思いこんでいた自分がいた。

 でも姉妹はノーカウントだろと自身を説得しながら、どうにか杖に疑問を投げかける。


「そ、それでなんでナイフが関係してくるんだ」

「あの短刀は貴様の血を吸っている。言わばそれと貴様は、我輩とお嬢の関係に近い。月と軟甲亀ではあるが」

「……呼べば飛び出すってことか?」


 たしかに、それならあのとき起こったことに説明がつく。


「然り。故に我々を害すのに刃を用いるは愚の骨頂。かつては我輩とて名うての戦士どもから獲物を取り上げたものだ。そうして呪をかけた武具を市井に撒くのもまた愉快。貴様には初歩の契約が精々であろうが」

「いや、でも、だとしたら俺が力を貰ったのはユークに……ああされてからじゃないか。刺されたのはその前だ、順番がおかしいって」

「淀んだ時間の内では因果すら容易に逆向く。結界が弱っているとあれば尚更だ」


 ……よく分からないけど、つまるところ魔法が使えるっていうなら好都合だ。


「なら、なんか簡単な魔法を教えてくれよ! 例えばこう、火を出すとかさ」

「……わたしは感覚派だし」


 とか言いながら杖の先に火を灯してみせるユーク。

 うん、ただ見せられても何も分からないね。


「そうさな、六季程毎夜欠かさず我輩の指南を仰ぐならば焚き火程度は起こせるやも知れん。だが初歩の修練に火を選ぶとはよい心がけだ。火とは魔法のそもそもの興りであり、そして世に原初の滅びをもたらした災禍でもある。我輩とて――」

「『やめて』」


 毎夜毎夜このノリで語られたらノイローゼになってしまう。

 でもって気が長過ぎる!季がどんくらいか分かんないけど少なくとも月より長いだろ!


「いいよ、ユウは戦うことなんて考えなくて。サファドの言うとおり、戦うのは魔法使いの仕事だよ」

「……やめろよ。あんなこと言われて、辛かったろ」


 あいつの言っていたことは、この世界では真実なのかもしれない。

 けれど、それでユークが傷つく必要はないはずだ。


「ううん。何も言われずに怖がられるより、はっきり嫌いって言われたほうがずっといいもの。つらいのは……誰にもなんにも言われないこと」


 自分にも心当たりのある言葉だった。だから、思うさま言葉を吐き出せた。


「それでも……それでもさ、嫌いって言われるより、好きって言われたほうがいいじゃんか」

「わたしにそんなこと言ってくれるひと、マルカとお父様だけだよ。二人とも、もういないもの」

「俺がいるだろ!」


 うわ。俺、何言ってるんだ。

 今度は覗き込まれてるわけでも、逃げ道がないわけでもないのに。

 でも、ここまで言ったからにはひっこめるわけにはいかなかった。


「俺は、ユークのこと、好きだよ。だから、俺にもユークを守らせてくれって言ってるんだ!」


 とんでもない大声が出た。こんなこと、空に向かって言う日が来るなんて。

 いや、面の向かってでないから言えたのかもしれない。

 けれど、ユークは立ち止まって笑い出してしまった。


「ふ、ふふ、あはは」

「笑うなよ! 俺、本気なんだぞ」

「ごめん。まさか、引きずられながらそんなこと言うひとがいるなんて思わなかったから」

「……言わないでくれよ」

「でも、よかったよ。わたし今、とても顔、見せられないから」


 真向かいでないのが幸いしたのはこちらだけじゃなかったらしい。

 そう言いながら、彼女はまた歩き出した。

 でも、すぐまた立ち止まってしまう。

 

「ねえユウ、さっき、自分のこと俺って言ってた」

「え!? あ、ごめん、ぼくはぼくだ!」

「ちがうの。俺のほうが、かっこいいよ」


 ユークはぼくを……俺を、覗き込んでそう言ってくれる。

 その笑顔には、涙が薄くにじんでいた。

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