2 『尋問』
ぼくは木陰に寝かされていた。
起き上がろうとするが、体に力が入らない。
背中がじりじりと痛んだ。
しばらくもがこうとしていると、聞きなれた少女の声がする。
「わたしの名前はユークレート。慧国の魔法使い。あなたの名前は?」
「黙れ、バケモノ……。なんで助けた、さっさと殺せよ!」
「もう一度聞くわ。あなたの名前を『教えて』」
「……サ、ファ、ド」
歯を食いしばりながらサファドと名乗ったその少年は、ぼくのはす向かいの木にもたれかかっている。
その手足は木の根のようなもので縛り付けられていた。
あんなに恐ろしく感じた敵が、今は本当に同年代の少年にしか見えない。実際そうなのだろう。
傍らにいるユークが、杖に向かって話しかけている。
「……ねえニクス、次は何を聞いたらいい?」
「お嬢は拷問吏として希有な能力を持ちながら、それを活かす才はまったく持ち合わせておらぬようで」
「そいつは……」
口だけを、どうにか動かすことができた。
ユークは振り向いて笑顔を見せてくれる。
「ユウ! ごめんね、マルカの結界みたいにうまく治せなくて……痛いよね」
「体が……動かない。痛くはないけど」
強がりだ。
「それより……何をしてるんだ?」
「見ての通り尋問だ。洽覧深識たる我輩といえど未来のことは知りようがないのでな」
「もう! ちょっと話を聞くだけだよ。……ねえ、どうしてそんなにわたしのことが嫌いなの?『教えて』」
一拍を置いて、サファドは荒々しく口を切った。
「魔術師は戦争しか能がない、人殺しのゴミクソだ……。テメェも大昔にやらかして、こんなところに閉じ込められてたんだろうが!」
「…………そうかもね。でも、あなたたちを傷つける気はないわよ」
「ウソをつくなッ!」
言語魔法の効果なのか、ただの罵倒なのかは分からない。
ただ、吐き捨てられた言葉が彼の本心だということは分かる。ぼくも彼女の問いかけから逃げられなかったからだ。
彼にとっての魔法使いはユークから聞いていた姿とはずいぶん違うらしい。
「威勢のいいことだ。きさまを生かすも殺すもお嬢の御心次第だというに」
「だから、傷つける気はないってば! せっかく助けたんだから、そんなことしないよ」
「こやつの主義主張よりも、身になることを尋問すると致しましょう」
ニクスの誘導で、ユークはサファドから様々な情報を引き出した。
サファドは魔術師狩りと呼ばれる組織の一員であること。
先の二人が失敗したことを知り、手柄を挙げるため独り先行してやってきたこと。
組織の仲間が追っ付けやってくるであろうこと。
サファドの故郷は甫国ということ。
隣国の厘国の魔術師に故郷を焼かれ、孤児となったこと。
そのままディーラーに拾われ、そこで教育と訓練を受けたこと。
慧国という名は聞いたことがないということ。
ここは先の両国の境界近くで厘国側だということ。
最寄の人里はそう遠くなく、自分もそこに潜伏していたということ。
「殺せ……殺せよ!これ以上ハジをかかせんじゃねェ……!」
一通りの質問が終わると、サファドは半ば涙声で懇願しはじめた。
ぼくだって年下の女の子にこれほど丸裸にされればたぶん泣く。
「こやつ自身は死を賜りたいようですが」
「ダメ。わたしたちのこと、忘れてもらうだけでいいよ」
「……オレは忘れねェぞ……未来永劫、テメェらを狙って」
サファドの言葉はそれで途切れた。
「わたしたちのこと、ぜんぶ『忘れて』」
気を失った彼の傍らに数枚のクッキーと水入りのゴブレットが置かれる。
ユークの計らいだ。
仲間がすぐに来るというのならそれで心配はないはずだろう。
「行こっか、ユウ」
ぼくはといえば、例の軽くなる魔法をかけられ麻袋に入れられている。
その袋はニクスに紐でくくりつけられ、ユークが歩くとずるずる引きずられていくのだった。