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白の魔女は湖畔にて待つ  作者: セネカ
1 彷徨と知遇
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1 『決意』


 すべてが終わったあと、森は信じられないほど平静を保っていた。

 ただ、開けた木々があるラインから極端に鬱蒼としているだけだ。

 この向こうにはまだ、あの湖があるのだろうか。


 ぼくはユークを抱えたまま歩き出していた。

 彼女は号泣の末に気を失ってしまったらしい。幸い、体は軽くなったままだ。

 ニクスが飛んでいった方向へ、ひたすら歩を進める。


 仮に本当に時が移っていたって、人里の位置は変わっていないはず。

 それにニクスの知識も必要になる。

 ぼくとユークだけでは文殊の知恵というにも一人足りない。


 「今は……俺がしっかりしないと」


 声に出ていた。出さなければ、決意にはできないと思ったからだ。

 本当は叫びだしたいくらいだった。

 いよいよもって、ぼくは家に帰れない。頼れる者が誰一人いないところへ、ぼくらは放り出されてしまったのだから。


 それでも、はじめてこの森に投げ出されたときと比べれば一人でないだけずっとましだ。

 しかも相方はとんでもない力を持った魔法使い。加えて言えばとびきり可憐ときている。

 なんだ、プラス要素しかないじゃないか。


 だのに、なぜ羽のように軽いはずのユークを支える手が重いのだろう。

 なぜ、足を止めてしまったのだろう。

 

  この子を、そしてぼくを襲った何者かはこの時代の人間なのだろうか。

 だとすれば、まだユークを狙っているのだろうか。

 彼女と行動をともにすれば、ぼくはまた殺されるのだろうか。


 ユークをこの場に置いて、そのままどこかへ行ってしまおうか。

 ニクスの説教を活かして、信用できそうな人間を見つけて――


 ぱきり。


 いま、ぼくは立ち止まっていた。

 なのに、枝を踏み居る音がした。


「誰だ!」

「……聞いてねえぞ、王子様がいるなんてさ」


 前方の木々の陰から男がひとり現れた。

 ユークを襲った二人と似たような旅装をしている。

 首がむずがゆくなる。血が冷えていくのに、動悸は高まっていく。


「ま、魔術師が気絶してるってんなら好都合だ」


 でもこいつはあの二人よりはよほど小柄で、それに年若く見える。

 少年と言ってしまっていいくらいだ。

 ぼく一人でも、どうにかできるかもしれない。

 彼は自信満々で近づいてくる。ユークで両手が塞がっていなければ、拳すら届きそうな距離だ。

 

「そのカッコ……お前、鍵か。始末したって聞いたけど」

「この子をどうするつもりだ」

「知らねえ。魔術師なんてどーでもいい。オレはソレを連れて行くだけだ」


 あの二人も同じようなことを言っていた。

 こいつも遣わされただけだということか。

 いったいなぜ、遠い時代でユークのことを知っていてしかも彼女を狙うのだ。

 どうしてそっとしておいてやれないんだ!


「だからソレを置いていきゃあ、お前は見逃してやれるぜ」

「……本当か?」

「おうとも。魔術師以外をヤるのは趣味じゃねえからな」


 ぼくはひざまずき、ユークを地べたに寝かせる姿勢をとる。

 幸か不幸か、彼女は目覚めない。

 ひとつだけ、考えがあった。

 見上げて彼に問いかける。


「あんた名前は? 俺は風追祐」

「あ? オトモダチになる気はねえぞ。ソレ置いてさっさと行け」

「……いや、忘れてくれ」


 こんなもの、何の証左にもならない。

 けれどこいつは信用できない。

 たとえ信用に足る人間だったとして、こんな取引はできない!


「うあぁーー!!」


 ぼくはユークを寝かせるのではなく……放り投げた!


「……ハァ!? がぼっ」


 ぼくは立ち上がった勢いのまま両手を組み合わせ、それを動けずにいる男の頭に叩き付けた。

 拳は顔面にぶちあたる。思惑通り見上げてくれたのだ。

 不意打ちだったはずだが、それでもこいつは倒れない。胸を突き出して倒れまいとしている。

 

 相手はきっとプロだ。反撃を許したら一巻の終わりだろう。

 もう一撃、何かが要る。今度は急所には当てられない。武器が要る。今すぐに。

 

 あのナイフだ。ぼくはナイフを持っている。

 そう思い至った刹那、組み合わせたままのぼくの手にナイフが握られている。

 腰だめに握りなおし、迷わず両腕を突き出した。


「ぐ、あ」


 右の肩口に生あたたかいものを感じる。男の吐き出した血だ。

 次はどうすればいいのだろう。腹部に突き刺さったナイフを握りこむ?試してみようとするが、手はもうがちがちに固まっていて動かない。

 まだ相手は動くかもしれない。武器を手放してもでも離れるべき――


「て、めえ」


 ぼくの背後に腕が伸び、首が強く絞められた。

 背中を殴られたような感覚がある。そして、鋭い痛みがやってきた。

 何かを突き立てられたのだ。


 ふいに、首を絞める腕が緩まる。男は力を失い、真後ろに倒れていく。

 ぼくのほうも体に力が入らない。相手の腹に覆いかぶさるように倒れこんでしまう。


 かすんできた視界に、深々と刺さったナイフがある。

 なぜこれはぼくの手元にあったのだろうか。


 けれど、すぐにそんなことはどうでもよくなった。ひどく眠いのだ。

 そのまま目を閉じた。

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