光臨
正宗が思考の世界に飛び立つ瞬間、何の前触れも無しに、正宗と虎の間に稲光が落ちる。
夜空には雲一つない。
それはどこから来たのか、まばゆい光が無音で周囲を灼いた。
時計を見る。
星見班の予測通りだ。
よりによって、このタイミングで。
正宗は苛立つ自分を柄を握り直すことで抑える。
稲光の残滓が目に残る。
いや、現実的に残滓が短くはあるが中空に残っている。
残滓から、何かがひび割れる音が響く。
そこから稲光が漏れ始め、残滓が開いていく。
溢れる稲光が宙を灼き、地面を焦がす。
正宗はノーモーションの高速歩法、縮地でそれを交わし、虎はうっとおしそうに、右手でもったそれで払いのける。
残滓から今度は何かが割れた音が響き、残滓が一瞬にして天へと駆け上る。
まばゆい閃光が辺りを照らし、瞬く間に消える。
「ようやくお出ましか」
虎は牙を剥いた。
閃光の後に何かが浮かんでいる。
その物体は丸く拳大で、宙に浮いたまま淡い白の光を放っている。
宝玉の出現。
時間誤差は五分以内。
星見班の予測通りだ。
距離は中間位置、いやワタシの方が少し近い。
全速力の縮地を使えば、何とか。
その気配を感じ取った虎が、正宗を制止する。
「おっと、動くなよ。
こいつがどうなっても良いのか?」
右手にもったそれを見せつける。
頭を鷲掴みにされたそれは、カウンターによる肩の脱臼、拳の粉砕骨折、稲光による全身の火傷と電流による麻痺、そして頭からつるされたことで体重が首にかかり頸椎を損傷していた。
全身の痛みに目からは涙がこぼれ、鼻血を流し、半開きの口からは涎を垂らしている。
時折手足が痙攣しているので、死んではいないようだが、虫の息なのは確かだ。
調子に乗ったバカの哀れな姿だった。
「宝玉の確保は、何よりも優先される」
正宗がマニュアルを血を吐くように叫ぶ。
だが足が動かなかった。
問答無く縮地すれば良かったのだ。
宝玉の確保が今回のミッションだ。
適合者候補も見つかっている。
宝玉と適合者さえ増やせれば、人知れず人を食らう奴等を押し返せる。
理屈を何度も繰り返す。
だが身体は少しも動こうとはしない。
虎はそれを笑う。
「ああん、おまえヒトを殺したことがないようだな。
俺らならいくら殺しても心が痛まねえくせに、同じ人間だと心が痛むってか?
おまえが切り捨てた影達に痛みや心や感情が無いとでも思ってんのか?」
虎は時間を稼ぐ。
左腕の再生にはもう少し時間がかかる。
正宗は答えない。
研究班の分析によれば、奴等は上位になれば感情や思考を持ち、意志疎通が可能だ。
だが、下位には感情などない。
そう聞いている。
虎はその思考を読み、牙をむく。
「それはおまえ等が感知できないだけだな。
おまえがさっき切り捨てた影。
あいつは確か来月には娘が生まれるって言ってたな」
生まれい出て四百歳。餌場にも何度も来ている。その知識を生かし、惑わせる。
「戯れ言を」
正宗の精一杯に、虎の目が輝きを失う。
興味を失ったのように、ぼやく。
「はあん、興醒めだわ。
その程度の覚悟で適合者やってんのか?
かー、最近の適合者は軟弱だな。
昔なら人柱の百本や二百本、触媒に捧げたもんだぜ」
「黙れ」
「おっと喋りすぎだな。
俺はどうも成功間近になると浮かれて饒舌になりすぎるきらいがある。
とっと任務終わらして帰るか」
縮。
「動くなっつってんだろうが」
右腕に力を入れる。
バカの頭蓋骨にひびが入る。
痙攣を激しく起こす。
動きを止める正宗に、虎はゆっくりと宝玉に歩んでいく。
宙に浮かんだままの宝玉から稲光が走る。
虎の胸を灼く。体毛が焦げ、皮膚が灼かれる。
だがそれだけだ。肉までは届かない。
「イイねえ、そのはかない抵抗。
もっとくれよ」
稲光を気にも止めず、虎は進んでいく。
宝玉は何度も何度も自己防衛として稲光を発するが、肉までは届かない。
皮膚の焦げたにおいが辺りに充満する。
宝玉は、近寄ってきた胸を灼く。
伸ばされてきた腕を灼く。
掴もうと開かれた手のひらを灼く。
だが肉には届かない。
虎はバカを掴んだまま、逆の再生された左手でしっかり宝玉を掴む。
手のひら内が稲光で激しくスパークする。
「そんな姿に身を窶してまで、この餌場を守る価値があんのかね。
まっ、見解の相違だな」
フルパワー。
全身に力を込める。まとっていた影を突き破り、虎の全身が現れる。
両手両足の爪、口からのぞく牙、獰猛な猫目、四つ足での俊敏さを現す猫背。
平衡感覚を研ぎ澄ます髭に、強さを強調する黒と黄色の縞模様。
虎は宝玉を掴んだ左腕に力を入れる。
心臓が血流を爆発的に増大させ、全身の筋肉が膨れ上がる。
宝玉の稲光が弱まる。
牙を剥き、さらに力を入れる。
宝玉の光が消え、虎が咆哮する。
瞬間、宝玉が粉々に砕け散った。
淡い白の光は失われ、破片が地面へとこぼれる。
落ちた欠片が、鈍く月明かりを反射する。
虎は掴んだ手を広げ、手の中の破片をばらまく。
欠片は地面で跳ね、アスファルトに無数にちらばった。
宝玉が一つ失われた。
ワタシの判断ミスで。
その事実に正宗は動けなかった。
砕かれた宝玉同様、正宗の瞳の色が濁る。
あの時躊躇無く、躊躇わず、迷わず、戸惑わず、何も考えずに縮地してさえいれば。
後悔が堂々巡りを繰り返す。
宝玉の確保は何より優先される。
宝玉が一つ増えれば、何人の人間を奴等から守れたか?
詮無い思考が巡る。
初ソロミッションの失敗。
経歴に傷が付く。
天お姉様に合わせる顔がない。
失敗に慣れていないエリートの思考が続く。
後悔、反省、あの時ああしていれば、こうはならなかった。
帰られない過去を何度も振り返ってしまう。
思考の堂々巡りが反応を鈍らせる。
「さあて、これで目的は達成したが。ちょっと遊んでくか」
虎が無造作に右手を振る。
掴まれていたバカが天高く放り投げられる。バカは見えないぐらいに上昇し、落下を開始する。
一番重い頭が下になり、自由落下してくる。
もう分け与えたエナジーは感じない。
今まで生きていたのは、正宗が分け与えたエナジーのおかげだった。
受け身も取れそうにない。
縮地。
「よそ見してんじゃねえよ!」
知らぬ間に、虎の前蹴りが襲ってきていた。
蹴り足で地面を乱暴に砕いたそれは、目に捉えられない。
蹴り音と同時に食らう。咄嗟に刀身でガードするも、その衝撃力は殺せず、後方にライナーで吹き飛ばされる。
アスファルトを削り転がりながら、正宗は何とか体勢を立て直し、仕掛ける。
縮地。
柄の宝玉が輝き、正宗の姿が消える。
物理限界を無視し、虎の背後に回る。
背後から心臓への突きを放つ。
「遅せえ」
虎は振り向きもせず、裏拳を放つ。
正宗の物理限界の上をいく速度を、野生のカンと呼ばれる第六感で予測し、先を取る。
裏拳をかいくぐり、もう一度縮地。
今度は虎の前へと回る。
身体を後ろに開いた胸に、本命の突きを叩き込む。
体毛を割り、皮膚を割き肉を破り、骨を砕く。
「チェスト!!」
切っ先が心臓を突き破り、背中から飛び出す。
虎は苦しげに吐血する。
次の一手。
虎を蹴り飛ばし刀身を抜こうとした正宗だったが、虎は筋肉を締め上げ、それを阻止する。
心臓さえも刀身を締め上げた。
「やるじぇねえか、油断したぜ」
虎は血を吐きながらも、楽しそうに笑う。
正宗が宝玉の瞬きで刀身を返そうとしたのを予測し、虎は刀身を放し、後ろに飛びずさる。
相打ち覚悟ならそのまま鯖折りでもすれば良かったが、死に際の適合者は侮れない。
近距離なら自爆に巻き込まれる恐れがある。
瞬間的なスピードなら互角。スタミナは遙かに勝っている。
元々得意としているのは、中距離からの一撃離脱だ。
だから距離を取った。
虎の傷が再生していく。
突き破られた心臓、骨、肉、皮膚、体毛の傷口が癒着していく。
しかし、いくら再生すると言っても、痛いものは痛い。
腹いせに虎は嘲る。
後方で落下するバカを指さす。
「早くしねえと、あいつ落ちちまうぜ」
「貴様!!」
正宗の縮地と虎の瞬発力が、真っ向から激突した。




