乾坤一擲
バカは真正面から突っ込む。
助走の勢いのまま前に倒れ込み、左足を踏み込む。
踏み込んだ足が助走の慣性を股関節の回転へとつなげる。
関節がてこの原理で連関加速し、胸鎖関節へとつなげ、肩甲骨を発射する。
発射されたエネルギーを腕の内への回転、内旋で集約し、拳へと伝える。
最大最強最速の右ストレート。
バカは、自分の拳が光って消えたようにさえ感じた。
破裂音と共に、バカの右腕が押し戻される。
大きな影の無造作に伸ばされた手が、バカの拳を捉えていた。
有り得ねえ。
ここにきてやっとバカの動きが止まる。
パンチを受け止める、確かにバトルマンガにはよくある光景だが、現実にはあり得ない。
何度も試したことはあるが、あり得る状況は二つだけ。
まず一つ目はパンチが届かない距離。
それなら減速したパンチを手で受け止めることは可能。
もう一つはこれもある意味同じだが、相手のパンチが届かない距離まで飛び退いて、減速したパンチを掴む方法の二つだけだ。
その場にいて、加速中のパンチを掴むなど、掴めるという事は、先に放たれた加速中のパンチよりも、後追いの手が加速度で遙かに上回る必要がある。
当然掴むためにはパンチの方向性を見切る必要もある。
完全に見切り、後手で圧倒的に速度を上回る。
一滴の汗もかかずに勝利すると同様に、あり得ない現実だった。
だが、真正面から潰されたパンチの衝撃力が、拳の皮を破裂させている。
その事実があり得ない現実だった。
真正面から跳ね返された衝撃に、肩が外れる。
咄嗟に腕を引こうとするバカを、大きな影は許さない。
一つ笑って、そのまま握りつぶす。
拳が砕け、折れた骨が皮膚を突き破る。
「チェスト!!」
正宗がその隙に襲いかかる。
大きな影は右手でバカの右腕を掴んでいる。
あえて塞がっていない左から切りかかる。
奴等は、人間と比べれば、遙かに高い能力を持っている。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚の五感はもちろん、異界特有の特殊能力まで有している。
人間など奴等から見れば、ただの餌だ。
だがそれゆえに、奴等は人間を舐めている。
真正面からの力押し、ゴリ押しでも、自分達に傷一つつけられない人間を舐めている。
そこには、慢心、過信、自意識過剰などの心の隙が生まれやすい。
そこを突いて奴等を撃破してきたのが、我ら人間の最後の希望、適合者なのだ。
正宗は跳躍し、さらに電柱を蹴って、天高く飛び上がっていた。
満月を背に、二十三異に頭上から襲いかかる。
落下の勢いを利用し、大上段から刀を振り下ろす。
予測通り、二十三異は左腕でガードする。
右腕はバカを掴んだままだ。
気にしている余裕はない。
刃と腕が交錯する。
瞬間、影であった腕が毛むくじゃらに変身する。
影の皮を突き破って、そこから現れた。
柔らかく握っていた柄を、しっかりと握り締める。
鋼の刃が堅い体毛と表皮を突き破り、刀身が腕の半ばにまでめり込む。
筋肉で減速させられ、骨で急停止させられる。
正宗の不意打ちは失敗。
腕の切断さえも叶わず。そう二十三異は笑う。
だが、それこそが正宗の狙いだった。
「チェスト!!」
正宗の気合いに答えるように、目釘(刃と鞘をつなぐ釘。
刃と鞘は刃の根本に穴を空けて、目釘でつながられる)として柄に埋め込まれた宝玉が光を放つ。
正宗は空中を蹴る。
物理限界さえもねじ曲げる宝玉がそれを可能にする。
一気に蹴られた空気が圧縮し、爆発する。
その衝撃力を足から背中、背筋から腕、刀身へとつなげ、腹筋を締め上げる。
止められた刀身に力をつなげる。
動き出した刀身が骨を数瞬の間削り、その抑圧をバネに一気に解放される。
骨を切断、腕をまるごと切断し、二十三異の首筋へと襲いかかる。
一撃目とは比べられないくらいのスピード、零距離からの攻撃。
威力は十分。
避ける時間などない。
穫った!
正宗の確信を、異力二十三異は上回る。
腕一本、牙一つが地面へと落ち、静かに黒く消えた。




