トラタイコブシ
虎は誰もいない車道を走っていた。
何とか被弾はさせられたが、急激な回避運動に体力が削られている。
少し走って身体をほぐし、体力を回復させる。
逆襲はその後だ。
狙撃手への恨みに気を取られていたのか、ふと進む先の人影に気づく。
距離は三秒。
格闘家は、虎の前に忽然と現れた。
行く手を阻むように、虎の前を塞いでいる。
虎が戸惑いを見せる。
目の前に立っていると言うのに、向こうが透けて見えるような。
格闘家のあまりの存在感のなさに、実感を見失う。
聴覚を研ぎ澄ます。
格闘家からの心音が、微かに聞こえる。
体力は回復した。
まずは目の前の獲物からだ。
走っている勢いのまま、飛びかかる。
空中から襲いかかり、そのまま押し倒して首を折り、喉元を噛みちぎる。
生まれい出ててから、何千何万回と繰り返してきた、獲物を補食するシンプルな動きだ。
虎が獲物に覆い被さる。
格闘家はまだ動かない。
虎の爪が格闘家の首に伸びる。
風圧が首をなでた瞬間、格闘家は気配なく動いた。
その動きに、風圧が虎を先に打った。
虎が飛びついた勢いのまま格闘家を通り過ぎ、地面へと激突する。
受け身も取らず、顔面からアスファルトに突っ込み、地面を削りながら転がっていく。
バランスを崩しての自爆。
初めての経験に虎は状況を理解できない。
視界が滲んでいる。
耳から血を流していることにも、気づけずにいた。
格闘家は、まず左手の甲の目打ちで虎の視界を奪う。
次に虎の頭を左右から挟むような両手の掌打で鼓膜を破り三半規管によるバランス感覚を奪う。
そして最後に、虎の重心軸をこう撃(肩を使った体当たり)でずらしたのだ。
虎は視界を奪われ、バランス感覚を失ったことで空中で上下左右を見失い、格闘家による中空に投げ出されたのだ。
自分の襲いかかった勢いのまま、自分で地面に激突したのだった。
転がり終えた虎が、体勢を立て直す。
精神は混乱したままではあるが、肉体はその再生能力に、目も鼓膜も回復を始めている。
その隙を剣士は逃さない。
裂帛の気合いが、虎の頭上から襲いかかる。
咄嗟にガードした爪もろとも、虎を頭から叩き割る。
剣撃の威力に、刀身が深々と道路にめり込む。
この物語は、それから十年後のお話である。




