ホワイトアウト
「な、な、なんだ、て、てめら!!」
驚きに大声を上げてしまった。
周りにいたそいつらの姿に、声を張り上げ震えを吹き飛ばす。
いつのまにか周囲を無数の影が取り囲んでいた。
文字どおり、影は影で人をまるごと黒く塗りつぶしたような、そんな物体があなたを取り囲んでいる。距離は有効射程距離外。
殴れる間合いでも蹴れる間合いでもない。
絶妙に届かない距離だ。一番近いので五、いや六体。
「な、なんなんだ、てめら!!」
もう一度叫んでしまった。
包囲の外を見ると、影が地面から浮かび上がって来ていたからだ。
緩慢な速度でそれは地面から浮かんでくる。
頭、肩、腕、胸、腹、腰、下腹部、太股、膝、足とゆっくりゆっくりと浮き出てくる。
緩緩とではるが、確実に影の数が増えていく。
囲い込んだ影もじわりじわりと、自分に近づいてきているのに気づく。
とにかくやばい。
警告! 警告! 警告!
心臓が警鐘を鳴らす。
鼓動が速まり、脈拍が加速していく。
額の汗が噴き出てくる。
すぐにでも全力疾走で逃げ出したい恐怖に襲われる。
脱出口は?
無策な衝動をかみ殺し、辺りを見回す。
激しく首を振り、360度全周囲を確認する。
左斜め後ろが比較的手薄だ。
包囲も少なく、その先も数体しかいない。
影の数はどんどん増え、包囲も狭まって来ている。
迷っている時間はない。
振り返り、ロケットスタート。
買い出しに履いていた突っ掛けを脱ぎ捨て、
裸足で地面を蹴る。
加速のまま影と影の間に、放課後よろしく体当たりをぶちかます。
二体は弾かれたように吹き飛び、その間を駆け抜け、包囲の先もすり抜け、全力疾走で逃げるはずだった。
体当たりの手応えは十分。
どうやら影は体重も質感も人間と同じようだった。
跳ね飛ばした後、まるで長距離長時間低速走行を三時間ほどしたような膝の抜け方に、混乱しながらも何とか転倒を防ぐ。
だが足に力が入らない。
急には走れそうにない。
気力で何とか立ち上がる。
肩と背中が異様に冷たく感じる。
そこから強烈な虚脱感が襲ってくる。
影を吹き飛ばした部位が、ひどく冷たい。
しびれるような麻痺したような、そんな感覚に差し込まれる。
背後に影の気配を感じる。
包囲網がこちらに向かってきている。
包囲網は抜けたままだ。
逃げるチャンスはまだ残っていた。
奥歯を噛みしめ、息を止める。
呼吸を止めることで、瞬間的に筋肉のリミッターを外す。
裸足で道路を蹴る。
爪が肉に食い込み血が滲んだ。
ゴー、ゴー、ゴー。
無呼吸で走る。
影が手を伸ばしてくる。
大きく避けられるほど体力は残ってはいない。
すぐ横をすり抜ける。
間近で見ても影はやはり影だった。
全身を黒く塗りつぶされた影だった。
一体目、右にすり抜けて回避。
ニ体目、右への慣性を殺し左へすり抜けて回避。
足の裏の皮がアスファルトにめくれ血が滲む。
急激な方向転換に足をくじいた気がするが無視。
三体目、真正面。
頭が浮かび上がってきている。
歩道横のブロック塀を三角跳びし、その頭上を飛び越える。
抜けた。
漏れそうになる息を飲み込み、駆ける。
前に転倒しそうな体勢を、腕を思いっきり振ることで立て直しながら、激走する。
後先考えず、全力疾走。
息が続くまで、体内の酸素を使い果たすまで、全速力で突っ走る。
影をぶっちぎる。
「ラストー!!」
残った息を吐き出し、ラストスパート。
余力がなくなるまで、死力を尽くして走り抜ける。
意識が遠のき、真っ白になった。