閉鎖中間にようこそ
不意にあなたの鼻歌が止まる。
高架の直前、街灯が二車線の道路を白く照らしている中、妙な違和感を覚える。
何かを教えるように、街灯が少し明滅したような。
そんな気がして、街灯を確認するも明滅はしておらず、蛍光灯がいつものように白く輝いている。
気のせいか。
そうは思えなかった。
いつも通りの通り道。
見慣れた風景が、何だか違う気がする。
目に映る景色はいつものそれだが、何か別の世界に紛れ込んでしまったような感覚。
風景と音がすべて消えて失せていくかのように、実感を遠くに感じる。
あなたは立ち止まり、辺りを見回す。
やはり住み慣れた街の景色、だが何かが違うような。
疲れているのか?
今日一日の出来事を思い返す。
朝は唐子に蹴られ、昼に理香ちゃんにからかわれ、放課後は部長を過剰に意識し、下校時には静香と雑談し、夜はまかなさんの手料理に舌鼓を打った。
刺激が多すぎて疲れたのか、そう自問しながら頭を振る。
違和感は消えないが、ここにずっといる訳にもいかない。
違和感の正体が判明する気もしない。
足は重いが歩き出そう。
一つ息を吐き出し、一歩踏み出しながら前を向く。
高架の先に目を向ける。
視界の奥の暗闇に目を奪われる。
ここから見ると暗いだけで、近づけば街灯が照らしている高架内。
そんな偽の暗闇に、あなたの足が勝手に動き出す。
あそこに行かないと。
それだけが心占める。
引き寄せられるように、あなたは歩き始める。
よく分からないが、あそこに行かないと。
呼ばれているような、いや呼ばれている感じではない。
自らあそこに行きたいとの欲求、行かねばならないとの義務感に駆られる。
足が勝手に進んでいく。
買い出しという目的など頭からすっかり消え、ただ歩く。
あそこに向かい進んでいく。
高架に入る。
天井のアスファルトが閉塞間を生む。
人気はない。
前にも後ろにも誰もいない。
街灯が高架内を照らす中、歩き、歩み、足を運ぶ。
ここの高架は上を複数の路線が走っているため、少し長い。
あなたはただ、ただ踏み出す。
あそこに行かないと。
その意識だけが強く、他には何も考えられない。
あそことはどうやら、高架を抜けた先のようだ。後50メートル。
40。
30。
20。
15、10、98765、4321、0。
高架を抜ける。
あそこにたどり着く。
あなたは安堵に包まれる。
途端、目を覚ます。
違和感を強烈に感じる。
音が聞こえない。
高架上の線路を走る音、歩道横の車道を行き交う車の音、遠くの喧噪が聞こえない。
いや、正確には聞こえるが、いつもより遙かに遠い。
風景はいつもどおりだが、臨場感が感じられない。
モニター越しに見ているような、そんな感覚を覚える。
頭を振るが、違和感は消えない。
慌てて、手足をぼぐす。
手足の感覚はいつも通りだ。
その事実に胸をなで下ろす。
だが自分の肉体以外が別の世界にいるような、感覚がおかしくなったのか、疲れているのか、息を一つ吐いても、額から汗がにじみ始めた。
なんだ、ここは?
自分を落ち着かせるため、短い息を何度も吐く。
バースト・ブリージング。
ロシア発祥の武術システマの武技の一つで、短い息を何度も吐き出すことで、精神を落ち着かせる技術だ。
バースト・ブリージングの後、その場での軽いジャンプを繰り返す。
空中に一旦浮くことで身体全体の力を抜き、全身をほぐす。
よく分からない状況に対しての防衛本能か、あなたは知らず知らず戦闘体勢を整えていた。
心を研ぎ、体を澄ませる。
後は技を発揮するだけの状態にコンディションを仕上げる。
最後に身体全体を締めながら息を吐く。
息吹で丹田に熱を込める。
目に輝きを取り戻し、あなたは警戒に何気なく周囲を見回し、そこで気づいた。