舌で味わう
「あなた、出来上がりから食べていってね」
カウンターキッチンの奥から、まかなが微笑む。
あなたは手を合わせ、命を頂きますの礼の後、箸に手を伸ばす。
まずはスープから一口頂く。
スプーンを使うのを忘れ、器を直に持ち一口味わう。
いつものくせに、まかなは笑みをこぼし、調理に戻る。
あなたの口の中に広がる温かな液体。
丁度良い塩梅の塩加減が、浸透圧の調整機能を刺激し、快感を与えてくる。
一見薄味のカボチャのスープは、一見薄味故に抵抗無く舌に広がり、カボチャの味が消えた後の後味で、塩が少し強く効いてくる。
調味料の刺激に、舌が目覚める。
スープの一口目から、これだ。
前菜にメインディッシュ、箸休めの小鉢に、口直しのスイーツ。
これから続くであろう舌への美しい刺激の予感に、身体が震えるほどだ。
あなたが、その美しさに言葉にならない嘆息を漏らす。
その間にも、まかなは料理、いや調理に動き続ける。
肉を炒め、魚を焼き、鳥を蒸し、豚を煮る。
野菜を切り、きのこをほぐす。
塩、砂糖、みりん、醤油、酒、胡椒など様々な調味料を使っては蓋を閉め、蓋を閉めては新たな調味料を使っている。
フライパン、グリル、鍋、電子レンジ、蒸し器、フライなど調理道具を同時に駆使し、さらに皿への盛りつけ、あなたへの配膳、不要になった調理道具を洗っての片づけを同時にこなしていく。
何々しながら何々を繰り返し、待ちの空白時間を限りなく圧縮していく。
見事な手際、いやここまでくると、神業だ。
のみならず、まかなは手元を忙しく動かしながら、あなたを見やる。
あなたの食べるスピードに合わせて、調理速度まで調整している。
熱々のうちに、美味しく頂く。
味が一番効く最高のタイミングで、食感を楽しみ、舌に広がる美しさに脳天に電流が走り、口の中に美しさが広がり、喉越しよく滑り、胃袋が温まっていく。
あなたは、がっつきそうになるのを何とか自制心で抑え、咀嚼を多めに繰り返す。
噛めば噛むほど、美しさが広がるのだ。
先味、中味、後味。出汁により一つも単調な味のものはなく、その深さの恐れ多さに、一口で飲み込むなど勿体なくてできない。
あなたの声にならない歓喜の叫びと咀嚼と恍惚が、小一時間ほど続いた。