第八話 ≪筆頭問題児vsチートエルフ≫
「……ふむ、やはり流石にやり過ぎた気もするが」
魔術の衝突の余波によって砂塵が舞う中、エリスは軽く腕を組んでひとりごちた。
衝撃で砂塵は空高く舞い上がり、一時的にではあるがオクタヴィオたちの居た位置を完全に覆ってしまっており、内を窺う事は出来ない。
だが、そこまでの惨状を引き起こしても、エリスは慢心して隙を見せることもなく、好戦的な笑みを浮かべたまま腕を組む。
「流石にこの程度で終わることは無いだろう?」
「その通りだよッ!!」
その瞬間、粉塵を突き破ってカイトが飛び出してくる。
すぐさま待機させていた檻の魔術を起動させるが、剣を持ったままの右手で殴りつけられた途端、マナの檻は甲高い音を立てて崩壊した。
「喰らっとけ!」
そう叫んでカイトは左手に持った筒状の魔導具をエリスへと向けるが、エリスは特に慌てることも無く1つ指を鳴らす。
何せ、起動した魔術を不可思議な方法で壊されることも、無防備な状態で魔導具を向けられることも、既に幾度となく経験したことだ。
スピードを優先した防護魔術が至近距離で放たれたカイトの魔術を防ぎ、その刹那の間に次の魔術が完成する。
「ちっ」
エリスの魔術が発動した瞬間に舌打ちをしたのはカイトだ。エリスの武器はその驚異的なスペックに物を言わせた魔術の超高速多重展開であり、ペースを掴まれると相手は成す術もなく物言わぬ的と化す。発動した瞬間に割り込む隙が無いことを察し、せめてもの足掻きとしてダメージを軽減すべく頭と胸を守り、重心を落とす。
だが、放たれた魔導弾はカイトへは襲い掛からず、魔導具を握りしめていた左手へと向かう。
「やばっ」
エリスの狙いを見抜いて左手を抱え込むようにして魔導具を守ろうとするが、時は既に遅く、魔導弾は正確に左手を撃ち抜き、その手から魔導具を弾き飛ばした。そして、地面を転がった魔導具が乾いた音を立てた瞬間、すぐさま回収に移ろうとするカイトの出鼻を挫くようにその目前に魔術式が展開される。
「先程の攻撃をこう言っては何だがあの程度の結界で防げるとは思えない。ならば、術に触れた君が何かをしたのだと思うのが普通だ」
後ろに跳ぶことで距離を取り、腕を振るってカイトの周囲にさらなる魔術式を次々と展開しながら、エリスは言う。
「君が固有魔術の持ち主であることは随分前から想定していたが、隠れ蓑の魔導具が邪魔で結局今の今までどのような魔術か分からなくてな。なので、魔導具を全て取り払ってしまえば君の魔術も分かるのではないかと考えたのだよ。今日はあまり魔導具を持っていないらしいな?」
「けっ、目的はそれかよ」
「なに、そろそろ私も君に勝ちたいと思っていてな。マルコ先生にも協力してもらい、ある程度君の魔術の推論を立てた。今日はその実証だよ」
「……マルコ? ああ、魔術研究が専門の教諭か。めんどくせー」
そう言って、顔を歪めるも次の魔導具を手に取る様子の無いカイトを見て、エリスは指を鳴らす。それを合図に展開されていた魔術式から弾丸が次々とカイトを目掛けて放たれた。
だが、それを目にしてもカイトは慌てず、逆に笑みを浮かべ、
「はっ、忘れたのか? ここにいるのは俺だけじゃないぜ! オクト!」
「え、嫌だよ」
「え、いやちょぐわっ!?」
そのまま魔導弾の直撃を受けて吹っ飛ばされた。
「お、オクトさん? 打ち合わせと違いませんかね!?」
「いや、君が勝手に“合わせろよ”とか言うだけ言って飛び出したんじゃないか。目的は君だけみたいだし、僕は別にいいでしょ」
「この薄情者! 親友のピンチだぞ!」
倒れたまま、上体を起こして抗議をするカイトだったが、気絶しているセレーネとレオナルドの近くで地面に座り込んだオクタヴィオは手をひらひらと振るだけで相手にしない。気絶している2人と自身を囲うように結界型の防護魔術を張り、既に観戦体勢である。
形勢が悪いことを察したカイトは、エリスへと向き直って声を上げる。
「そもそもさ! さっき教師が呼んでただろ? 講義を無視してこんなことしてる場合じゃないんじゃねぇの!?」
「一理あるが、適当にやり過ごしている生徒の台詞とは思えんな。それはともかく、その心配はいらん。許可は取っているし、どうせなら本格的な魔術戦闘を見せるようにと頼まれた。うむ、やはり期待には応えなくてはな」
「うわっ。じゃああれか? 今って俺とエリスの戦いを観戦しましょうって時間なのか!?」
「そうなるな」
「またそんな面倒なことを……!」
はぁ、とカイトは肩を落として溜息を吐いた。そして、しばらく考えに耽った後に、利害計算が終了したのか、顔を上げて手に持った筒状の魔導具を軽く振う。先程魔導弾を喰らった際に吹き飛ばされる方向を調整し、抜け目なく回収していたのだ。
「いいぜ、大盤振る舞いだ。そこまで見たいなら特別に見せてやるよ」
すると、魔導具が薙いだ空間に魔術式が現れ、周囲からマナを集めて収束させていく。
そのままカイトはエリスの周囲を回るようにして走り出し、その間にも魔導具を振るって魔術式を次々と残していく。
「……ふむ」
油断なく構えたまま、エリスは点在するマナの塊を見回す。
本来魔導具から離れることは無いはずの魔術式だが、カイトが出現させたそれは術者が移動しても空中に留まっており、しかも複数存在している。
「やはり、例は無いが魔術に干渉する系統の固有魔術と見るべきか。先程砲撃系の魔術を扱った魔導具で、次はマナを収束させるのみの魔術を扱うとはな。それにしても、魔導具で魔術の並列展開など聞いたことも無いぞ」
エリスの零した声に口角を吊り上げ、カイトは「正解だ」と自らの切り札を白日の下に晒し出す。
「俺の魔術は“魔術を組み替える”効果を持つ。要は魔術式への干渉だな。魔導具やら何やらで予め魔術を発動していないといけないのが難点だが、良い感じにカモフラージュになったな。とは言え、別に隠していたつもりはないぜ?」
「ふむ、それは流石に嘘だろう。まあ、実際ヒントはあったのだろうが、君が常識外れの魔導具師として知れ回っているせいかな、気付くのが随分と遅れたよ」
「そこは“常識外れ”とかじゃなくて、“優秀な”と言ってほしいけどな」
魔導具は魔術式が内蔵されているため、その内蔵されている魔術しか扱うことが出来ない。そして、様々な効果が複合された1つの魔術は有り得ても、複数の別個の魔術を同一の魔導回路に内蔵することは構造上の問題で不可能だ。
さらに、魔導具では魔術の同時展開は不可能とされている。そもそも、人間ですら厳密な意味での魔術の同時展開は不可能であり、そう見せているのは“発動待機”と呼ばれる技術である。魔術は1つ1つ順番に構築しなければならず、完成させたものを待機させることは可能でも、同時に複数の魔術を構築することは不可能なのだ。そして、魔術の“発動待機”が可能なのは人間に複雑な思考を可能とする頭脳が存在するからであり、魔導具では実現不可能とされている。よって、同一の魔導具によって生み出された魔術式が複数個存在している現状は、本来ならあり得ないのだ。
しかし、カイトが行っている術式の改竄によってそれは可能となる。手順は単純で、収束魔術を絡めて独立した魔術式として切り離すのだ。そうすることで魔術が起動中だろうと関係なく、次の改竄へと移ることが出来る。
つまり、改竄によって術式を魔導回路が無くとも成り立つようにしてしまえば、疑似的にだが同時に複数の魔術を操ることが出来るのである。
結果生まれたのが、魔導具から切り離された十数の収束魔術式という非常識な光景だった。
そんな目の前の不可解な光景にエリスは息を吐き、カイトへと向けて手を伸ばし、指を鳴らす。
素早く構築された魔術が即座に起動し、砲撃がカイトへと放たれるが、カイトは慌てずに手に持った魔導具を振るい、防護魔術を発動させて砲撃を防ぐ。
「次は結界か。元の魔術が何かは知らんが、組み替える速度は十分実戦で使える範囲ということか」
再び指を鳴らし、今度はカイトの目の前に檻の魔術を展開するが、カイトが触れた瞬間檻は軽快な音を立てて砕け散り、魔導弾へと姿を変えた。
そのまま放たれた魔導弾を躱し、お返しにその数倍の数の魔導弾をばら撒くが、その全てが一瞬で展開された防護魔術に防がれ、さらにお返しにと空気中に散ったマナを収束した鋭い砲撃がいくつも放たれる。
「ふむ、魔術の書き換え自体はひとつずつに限定されるらしいな。……正直な話、考えていたよりも大したことは無いな。術式を作り変えるにしても制限があるようだし、自分のマナを使えない分、マナの収束に時間も必要だろう。しかも、魔導具を介する分、普通に術を行使するよりも手間が増大してないか? もっとこう……“認知した術式を組み替える”やら“マナを直接操る”やら、理不尽なものを想像していたよ」
「……しょぼくて悪かったな。つうか、俺の力はまだまだこんなもんじゃねぇんだよ。準備は終わったし、今度はこっちから行くぞ!」
そう言って手近にあったマナの塊に魔導具を突き刺す。すると、“収束魔術”という名のマナの塊はカイトの固有魔術の干渉を受け、徐々に紐解かれ形を変える。それはまるで紐解かれた巻物のように伸びて行き、次の収束されたマナの塊へと突き刺さる。
後はその繰り返しである。いくつものマナの塊を経由して長く連なった術式は、誰も見たことが無い“帯型”の魔術式として、宙を蛇のようにうねる。
その光景を見て、エリスは思わず絶句した。
「これは……こんなことも可能なのか」
「通常、自分の持つマナ以外の物を利用することは収束魔術とかを介さなければ不可能なんだが、まあ俺にはあまり関係ない。さらに言えば、術式に干渉出来る俺に形なんて関係ない」
「しかしこれは……人間技なのか、これは」
本来、魔術式は円形である、と言うのが常識だ。そして、それ以外の物は存在しない。何しろ魔術を使う生物は円形以外の魔術式を構築できないのだ。これは、円形が一番効率良く制御が可能であることを人間が本能で知っているからである。
現に、魔術の天才であると自他ともに認めるエリスでも、“円形以外の魔術式”など想定すらもしていなかった。これは“学院”の教師であろうと、エリスの故郷である魔術国家“アルヴニア”の賢者たちであろうと変わらないはずだ。
「検証した結果、円形魔術式の一番外側にはマナを安定させる効果があるみたいだ。だがまあ、要は安定させられればなんだって良い訳で。円形じゃなくなれば好きな部分を好きなだけ伸ばせるからな。危険性はぶっちゃけ口にするのもおこがましいくらいにヤバいが、消費するマナの効率も同じくらい半端ない。俺は平面な円形型に対して、これを“立体魔術式”って呼んでる」
今回は巻物状だが、別に立体型にも出来るからな、とカイトは得意げに笑った。
終わりにとばかりに魔導具を一振りすると、魔術式はエリスを中心に蜷局を巻き、螺旋を描いて天へ向かって伸びて行く。電撃変換の性質が加えられているのか魔術式は黄金に輝いており、神秘的な美しさを持つ紫電の塔が完成の産声を上げた。
「この魔術は“疑似・天雷”。彼の魔導王が使ったとされる超級魔術のオマージュで、俺の切り札の1つだ。光栄だろ?」
「……効果範囲内に君の親友も入っているようだが?」
「あいつなら大丈夫さ。何と言っても親友だからな」
非常に良い笑顔を浮かべながら、視界の端から聞こえる抗議は無視し、カイトは躊躇いなく魔術を発動させた。
だが。
「“雷よ”!」
一言。状況が一変するのは、それだけで十分だった。
今まさに天へと昇らんと息を巻いていた閃光はエリスが一言呟いただけで瞬く間に霧散し、展開されていた黄金の塔もエリスを中心として外へ外へと波紋が広がるように崩壊して行く。黄金に穿たれた空白は染み渡る絵具のように一瞬で広がり、やがて魔術式は完全に消滅した。
「んなっ!?」
自信満々だった表情を崩し、カイトは思わず驚愕の声を上げた。そして、魔術が暴走せず無事に消えたことに安堵の息を吐く。
風に揺蕩う黄金の残滓を見上げながら、エリスは空色の髪を掻き上げ、口を開いた。
「本当に、本当に危なかった。正直、私じゃなかったら防げなかっただろうし、少し何かが違ったら私でもやられていたかもしれない」
「……おいおい、いくらなんでも訳わかんねぇぞ。何しやがった?」
「そう警戒するな。大盤振る舞いの礼だ。私も今切った手札を教えよう」
エリスは何事かを呟きながら右手を振るい、自身の周囲に3つの光球を顕現させる。赤、青、黄の三色の球体はそのままエリスの周囲をくるくると回り、やがてその姿を薄れさせて消えていった。
「私たちエルフは元を辿れば自然と共に過ごす森の民だ。そして、その起源は古来の文献に載っている存在、妖精だと言われている」
「……それで?」
「ふむ、私たちも滅多に使わないし、知らなくても無理はないか。簡単に言うと、一説では妖精は純マナ的生命体である精霊と同一視されていてな。その理由として私たちエルフの持つ特殊能力に近い“ある力”が挙げられる」
「おいおい、まさか……」
エリスが何事かを呟いた瞬間、雷撃魔術は身の内から食い破られるようにして消え去った。それはカイトがいつもそれとなく行っている、“術式改竄”による魔術式の誤作動と、それによる術の消滅に非常に似通っていた。
先程出現した三色の球、自身の雷撃魔術が突如掻き消えるという現象、そして、精霊と同一視されるような存在が持つ力。それらが意味することに辿り着き、カイトの顔は引きつった。
「純マナ的生命体である精霊はマナに対する強力な干渉力を持つ。つまり……」
「お前らエルフも、マナに干渉出来る力があるってことか?」
「うむ、正解だ。とは言え、自身のマナで無いのなら干渉は大雑把になるし、制御は何故か変換系魔術が絡まないと難しい。恐らくは先祖の力に由来するものだろうが、解明はされていないな」
エリスは空に右手を漂わせ、色の付いた光球を次々に生み出しては消して行く。術者であるエリスの端麗な外見もあってその行為は非常に絵になるものだった。
「それに、末端の末端たる私たちエルフに出来るのは精々変換魔術を精緻に扱うことが出来る程度だ。それ以外では、先のような精密な大規模魔術を“乱す”程度かな。単なる砲撃等に干渉するのは難しいな」
「……冗談じゃねぇ。大量の燃料に機体のスペックも高くて、それに加えて狙い澄ましたかのように威力の高い変換系魔術への干渉だと? どんだけ詰め込めば気が済むんだよ!」
「ん? 冗談ではないぞ」
「そういうことじゃねぇよ!」
首を傾げるエリスに、疲れたようにカイトは叫び返した。
学院長、アルフレード・アステリオスが作り上げた“魔術”とは、言わばマナを直接扱う技術である。では、その前から存在し、現在は魔術へと吸収された“魔法”はどのような技術だったのか。
魔法とは、三属性とも呼ばれる“炎”“氷”“雷”のエネルギーを扱う技術である。無論、三属性のエネルギーも万物の根源たるマナから生み出される力ではあるのだが、扱いが非常に難しく、個々人の才覚に左右される。魔法の時代にその使い手が少なかった所以である。
現在、それらの技術は“変換系魔術”と名を変えて魔術の一分野として存在している。即ち“炎熱変換”“氷結変換”“雷撃変換”の三種である。アルフレードは魔法がどのような過程を経て行使されているかを突き止めることによって、その技術を応用し、敷居を下げた新たな体系、魔術を生み出したのである。
(くっそ、威力高めるための電撃変換が逆に仇になったか。しかも立体魔術式はコントロールが難しいから乱されやすいし。流石にエルフの生態なんて知らねぇし事前察知は不可能だったが、本当についてねぇなちくしょー!)
心中で悪態をつき、隠しきれぬ苦みきった感情が表情に現れているカイトに対し、恐怖と興奮から高鳴る心拍を完璧に隠し切り、エリスは涼しげな表情を見せる。
「つうかさっきのさ! 術式が完成してたからよかったものの、そうじゃなかったらどうすんだよ! 俺のこと殺す気か!」
「む、それは嘘だろう。魔術の暴発が危険な理由はスピラへの逆流だ。君の魔術は魔術式への干渉である以上、暴発は起こり得まい」
冷静なエリスの返答に思わず舌を打つ。理論上それは正しいが、カイトの場合はそうもいかない。正直な話、先程は両者ともに本当に危険だったのだ。まあ、それを言うのは虚偽の宣告をしていたことを認めることになるため口を噤むのだが。
「さて、では仕切り直しと行こうか。本来これらの力は対人戦闘に使うには過ぎた物なのだがな。まあ君なら問題ないだろう」
「過ぎた物なら使うなよ! いや頼むから使わないでください!」
「いや、君に言われたくはないぞ。先程は本当に死ぬかと思ったんだからな」
「流石に殺すつもりはなかったから! 喰らっても精々気絶程度だから! ……多分!」
思い切り目を逸らしながら、カイトは叫んだ。
「いやいや、これほど信頼できない言葉は初めてだ。返答だが、敢えて言うなら君が優秀なのが悪い―――“炎よ”」
「うぎゃあ!?」
容赦なく直撃ルートを通る火炎の槍を、仰け反るようにして何とか回避する。そのままゴロゴロと転がるように移動したところで悪寒が走り、反射的に後方へと跳ぶと、今度は鼻先を掠めるようにして地面へと巨大な氷柱が突き刺さった。
「“氷よ”―――ふむ、当たらんな」
「こっ、殺す気か!!」
「うむ、先程の君に行ってやりたい台詞だな」
逃げ回るカイトを満足そうに眺めながら、エリスは言の葉を紡ぐ。
普段はここまでやらないのだが、先程の立体魔術式には心底肝を冷やしたのか、鬱憤が溜まっているようだった。
「この程度で死ぬような男ではないだろう、君は。それか固有魔術で術式を組み替えるなりして防げばいいだろう。まあ、防げればの話だが」
にやり、と笑みを浮かべるエリスを見て、カイトは背中を伝う冷や汗を知覚した。その美貌もあり、エリスの笑みは多くの人が見惚れる類の物だが、今のカイトには猛禽類が獲物を前にした際に発するような圧が感じられた。
「君の固有魔術は“魔術を組み替える魔術”らしいな。そしてその効果範囲は今までの行動から予想するに、恐らく手で触れた箇所に限定されるはずだ。ならば、触れた瞬間傷を負うような魔術は組み替えられまい」
雷の槍を次々に射出しながら、逃げ回るカイトを愉快そうに眺める。
事実、カイトの魔術の効果範囲は手で触れられる範囲に限られる。触れさえすれば、それがひとつの魔術式ならマナがある限りどこまででも伸ばすことが出来るが、逆に言えば触れられなければどうにもできない。正直なところ防御には向かない魔術であった。
「手を魔術で守って触れればいいのだろうが、干渉する魔術の識別など、そこまで融通は利かないのだろう? それに君のような職人は己の命たる両の手に傷を負うのは無意識で避けようとすると聞く。いくら後々治療が出来るとはいえ、今の君には回避しか出来まい」
「分かってんなら止めろよチクショウ! だーもう、降参だよ降参!」
「断る。君には散々煮え湯を飲まされてきたしな。せめて一撃入れておきたい。この程度ならば傷ついても後々綺麗に治せるだろうし問題ないだろう」
「いじめか! 趣味悪いぞ!」
「趣味については君からとやかく言われる筋合いはないが……いじめについては否定しよう。そもそも、私たちは対等だろう?」
さあ、原初の理に最も近い魔術を見せよう。そう言って、エリスは右手を空高く掲げる。
その瞬間、掲げられた右手を起点として、先程のカイトの魔術に勝るとも劣らない大きさの、演習場を埋め尽くすほどの巨大な魔術式が広がった。
驚くべきはその構築速度か。元々エリスの魔術構築速度は並び立つ者が居ない程に速いが、それでも大規模魔術となれば少々の溜めが必要になる。だが、三色に輝く術式の構築にそのようなものは感じられなかった。
三色の輝きは混ざり合い、混じり気のない漆黒へと変化する。儚く、幻想的で、それでもどこか空恐ろしい威圧感を放つ魔術式に、カイトは成す術も無く圧倒され、思わず一歩退いた。
「そう心配するな。いくら故郷で優秀と持て囃されていた私でも、この術を十全に扱う事は出来ない。構築が難しすぎて、余り多くのマナを注ぎ込めなくてな、他の魔術よりもむしろ威力は低いのだ」
「本末転倒じゃねぇか」
「だがまあ、君がいつも言う様に浪漫があるだろう? 何と言ったか、こちらではこのような類を必殺技と言うのだったかな」
言葉の綾ではなく本当に必殺してきそうな術を前に逃げ腰なカイトに微笑みつつ、エリスは静かに右手を振り下ろす。
「変換系魔術の極致。もしくは真なる属性魔法。これが私たちの秘儀“妖精の魔法”だよ」
そして、全てを飲み込む昏き混沌が具現した。
3/2 魔導具の説明を少し変更。内容は変えていません。