第七話 ≪よくある日常の一幕≫
少し短いです。
“学院”の敷地内には魔術等の実践講義で使われる演習場がいくつも存在する。その中の1つでは現在“総合戦闘学”の実技が行われていた。
イリオスは治安の維持に力が入れられているため他国に比べて比較的平和ではあるのだが、一歩外へと出ると世界にはまだまだ危険な地域が多く存在する。特に、魔物が生まれる原因となる濃い“マナ溜まり”などは足を踏み入れるだけで命の危険に晒されることになる。そのため、世界各国から留学生を受け入れている“学院”では身を守るための戦闘実技の講義にも力が入れられている。その中でも戦闘系科目の1つである“総合戦闘学”は、必須科目でこそないものの人気のある講義の1つである。
総合、と名が付くだけあり、この講義では剣技や格闘技、魔術など戦闘に関わることを総合的に扱っている。また、どちらかと言うと使い方よりも実践経験に重きを置いており、講義内容は座学よりも実技、取り分け演習試合の割合が高い。とは言え、行き成りでは怪我人が続出するため、数回の座学で応急処置等の復習は行っているが。
「親善の儀記念式典?」
「そう、帝国から親善大使として皇女様が訪れるってことで、その最終日は特別にお祭りになるんだって」
「へぇー」
「興味無さそうだ、ね!」
語りかけながらも踏み込み、気合を込めて剣を振り下ろしたオクタヴィオだったが、カイトは切っ先を合わせ、逸らすようにして斬撃を回避する。
現在、生徒たちは演習場に散らばり、2人1組で模擬試合に励んでいた。新学期に入って初めての実技講義であり、生徒たちは皆真剣に取り組んでいるのだが、カイトとオクタヴィオは見掛け戦っているように見せながらも、その実全く無関係な雑談に興じていた。
講義の一環であるため剣身は刃の潰された鈍ではあるが、当然当たれば痛い物は痛い。そのため他のスペースで模擬試合を行っている生徒たちの多くは真面目に取り組んでいるのだが、そんなことは意にも介さず、2人はごく自然に鈍器を振り回していた。
全生徒が学年ごとに毎年受講できる“総合戦闘学”の評価基準は、強いか強くないかの二極のみであった。勿論、受講態度等も成績には多少含まれるが、その比率は小さかった。そして、幼い頃から護身のために剣術を学んでいるオクタヴィオや、どこで身に付けたかも分からないやけに実戦的な体術を扱うカイトは生徒たちの中でもそれなりに“出来る”部類に入るため、昨年度までの講義でもある程度の自由を許されていた。
それが分かっているため、その後もいつも通り適度に剣を合わせながら時間を消化していた2人だったが、剣身を叩きつけ合い、鍔迫り合いの格好になったことで雑談を再開する。
「で? その式典がどうかしたって?」
「と言うか、知らないの? いつもは今年ほど盛大にはやらないけど、数年おきにやってることだよ?」
「興味なかったからなー」
「……あー、うん。まあいいや。その日は“学院”も休みになって、中心区の方で行われるパレードの方に行ってもいいんだって。要はイリオスと帝国の代表が『これからも仲良くしましょう』っていう挨拶をするんだよ。今回はスピーチもするみたいだね」
「なるほどなー。ま、フローリオ卿が出るなら見に行く義理はあるかもなぁ」
「うん、父さんが代表かは知らないけど、一応市長だし。その場には行くみたいだよ」
親善の儀は数年おきに行われており、前回はイリオスの外交官が帝国へと出向いた。そして、帝国からも使者が訪れたことは過去にもあったのだが、今回訪れるのは帝国の皇族家の者である。そのため、普段はあまり表沙汰にせずに条約の更新等の検討をして終了するはずの行事が、盛大な式典と化してしまっているのであった。
「つっても、今回は盛大って言ったか? 何でそんなことに?」
「今までと違って、何せ皇族が来るからね。第三皇女って言ったら親イリオスで有名な人だよ。それに―――」
「美人だし?」
オクタヴィオの言葉を遮り、にやにやと笑みを浮かべてカイトはからかいの言葉を口にした。
「いやぁ、オクト君ったら色気づいちゃって。でも、いくらイケメンだからって、他国の皇族に手を出したら駄目ダゾ?」
「―――せいっ」
「のわっ!?」
ビュンッ、という風切り音を残して、オクタヴィオの持つ鉄剣が一瞬前までカイトの顔面があった位置を通過した。嫌な予感を覚えたカイトが首を傾けなければ直撃していたルートである。
剣が躱されたを見るや舌を打つオクタヴィオに、カイトは冷や汗を掻きながら「あのオクトが立派になってまあ」と心中で今までの所業を若干後悔した。無論反省はしないのだが。
そうしてすぐさま本気で斬りかかってくるオクタヴィオに必死で対処していると、しばらく防戦一方に追いやられたカイトの様子に溜飲が下がったのか、ひとつ溜息を吐いて「……まったく」と呟き、攻め手を抑え、やがて剣を降ろした。
「う、腕を上げたな、オクタヴィオよ……」
「そりゃどうも」
俯いて悲鳴を上げる二の腕をマッサージするカイトをオクタヴィオは呆れた顔で眺めた。
息を整えたカイトが顔を上げると、気は済んだのかいつもの調子でオクタヴィオが話しかけてきた。
「そう言えばさ、クレアさんの魔導具はどうなったの?」
「ん? ああ、あれか。少し早目に出来たから今朝方渡したぜ。個人訓練用の演習場で試して来るって言ってたから、後で合流して感想を聞くつもりだ」
「あ、そうなんだ。それでどんな機能にしたの?」
「それは見てのお楽しみ、ってやつだ」
そう言ってカイトはにやりと笑みを浮かべた。
その笑みを見て、また碌でもない機能なんだろうなぁ、と思いつつも、オクタヴィオは再び口を開く。
「今言った式典も近いんだから、あんまり周りに被害を出すようなのはやめてよ?」
「失礼な。俺は依頼人の要望を全力で叶えるだけだぞ」
「いや真面目にね。警備の人もピリピリしそうだし、その日くらいは大人しくしてなよ」
「……大人しく出来ればいいけどな」
「ん?」
苦笑いを浮かべながらカイトは何事かをぼそりと言ったが、周囲が剣を振り回しての中の会話と言うこともあり、オクタヴィオには聞き取れなかった。
その様子を見て「何でもないさ」と手を振るカイトは、教員の叫ぶ集合の合図を聞き、剣を腰の鞘に収めて腕を組む。
「何はともあれ、政治は面倒くさそうだ」
「一応アヴリオ学術特区は政治経済の研究が盛んなところなんだけどなぁ」
身も蓋もないカイトの言い分に、オクタヴィオは頬を掻いて苦笑するが―――
「それよりも、その後にある総合戦闘学のトーナメントを忘れてはいないだろうな?」
「「げっ」」
横合いから耳に届いた声と魔術の作動音に、2人は揃ってすぐさま回避行動に移る。
こちらに向かって飛ぶ魔導弾を察知するや否や、その向きに対して水平に動き、カイトを背にしたオクタヴィオが鈍の剣に魔術を乗せて振り抜く。剣は迫って来ていた魔導弾を正確に弾き飛ばし、その隙に交差するように動くカイトの剣へと手を伸ばす。
「カイト!」
「さんきゅ」
続けざまに放たれた複数の魔導弾を協力して叩き落とし、剣を揃えて構え、前方を見据える。
魔導弾が放たれた方向を見ると、何故か両脇にセレーネとレオナルドを抱えたエリスが仁王立ちしていた。
抱えられたセレーネとレオナルドは意識が無いらしくぐったりとしており、エリス本人は威圧感と呼べる物を放っているのだが、いまいち締まらない光景となっている。だが、そんなことは気にも留めずに、エリスは抱えていた荷物を丁重に地面へと降ろし、不遜な笑みを浮かべる。
そんなエリスの様子にオクタヴィオは驚きこそしたが、何故か過程が思い浮かんで納得出来てしまった。即ち、セレーネと組んで模擬試合を行うが誤って気絶させてしまいオロオロとするも、その隙を見て挑んできたレオナルドは躊躇なく気絶させた光景だ。
その証拠となるかは微妙だが、実際セレーネと比べてレオナルドの扱い方が少々乱雑だ。
だが、脱力してしまい剣を降ろしたオクタヴィオと異なり、隣のカイトは受けた衝撃が大きかったのか驚愕を顔に張り付けたままで、よく見ると動揺からか少し震えている。
「……え、嘘だろ。何でいんの?」
「ああ、そう言えば初日にこの科目を受けるつもりはないとそれとなく伝えていたな」
カイトの若干上ずった声に、エリスは素面で腕を組む。
そして、少しにやりとして一言。
「……あれは嘘だ」
その一言に、オクタヴィオはそう言えばそんなこともあったなぁ、としみじみと思った。
隣を見るとカイトは固まったままだったので、黙ってるのもなんだし、とエリスへと話しかけた。
「ところで座学には居なかったよね?」
「ああ、アシスタントの都合がつかなくなったらしく、マルコ先生に頼まれて1年の基礎魔術学の手伝いをしていてな。免除して貰ったんだ。それで、ようやく今回から出られたのだ。実技に間に合ってよかったよ」
「あー、都合がつかなくなったからと言ってエリスに白羽の矢が立つ辺りが何と言うか、うん。流石は学年一の魔術師だね」
「ふっ、上の学年にだって負けはしないさ」
ふふん、と自慢げに笑うエリスに釣られてオクタヴィオも笑みを浮かべる。
一方、再稼働したカイトは顔を歪め、その表情を憎々しげなものへと変化させた。自分が周囲を振り回すことは好んでも、周囲に振り回されることは嫌がるのだ。面倒くさい奴である。
「くっそ嵌められた!」
「ふっ、“応用魔術学で会える”とは言ったが、それ以外では会えないとは言っていないし、ましてや“今のところ考えていない”とは言ったが“受講しない”とは言ってないぞ? まあ確かに予期せぬ出来事はあったが。それでもこんなに綺麗に引っかかってくれるとは思ってもいなかったよ。案外君は細かい性格なのだな」
「うっせー、普通に信じただろうがこんにゃろー!」
「はっはっは、まあ許せ」
わざとらしく高笑いをし、エリスは右手で周囲の空間をなぞる。ここ1年くらいで見知った、エリスの魔術行使の際の癖である。
「おいおい、何? あの契約マジで続行中なの?」
「当然だろう? ほら行くぞ」
「ちょっとそれ僕関係ないじゃん!」
2人のやり取りにオクタヴィオは思わず叫ぶが、エリスはそんなこと意も介さず、頭上に数多の魔術式を具現した。
驚くべきはその量であり、予め構築してあったのか、一目で十や二十は軽く超えることが分かった。しかもその全てが先程の魔導弾とは比べ物にならない威力を誇る砲撃魔術の術式である。オクタヴィオはその光景に押されて思わず後ずさった。
流石にこれほどの質と量の術式を維持するのは大変なのか、額に汗を浮かべながらもエリスは口を開く。
声を張るほどの気力も無いほど集中しているのか、その声はオクタヴィオには届かなかったが、口の動きで何となく意味を把握した。
「さあ受けてみろって!? いやいやいやいや! 無理でしょ!」
「そんなことよりオクト、早く結界頼む!」
「あんなの防ぐの無理だよ!」
「簡単な物でいい。あとは俺が組み替えるからフォローは任せた!」
「というか魔導具は!?」
「こうなるとは思ってなかったから適当なのしか持って来てねぇんだよ!」
頭を抱えるカイトを尻目に、オクタヴィオは虚空に右手を翳し、大急ぎで魔術式を構築する。相手の魔術は既に完成しているはずなのだが、こちらの魔術の完成を待っているかのように砲撃は未だ降ってこない。
そこで魔術式を従えたまま笑みを浮かべるエリスを覗き見たオクタヴィオは、おぼろげに相手の意図を察した。
―――ああ、なるほど。エリスさんの狙いはあれか。
そして、世間一般からしたら素早く、けれども、常識の埒外にあるハイスペックエルフを相手にするには絶望的な遅さで、オクタヴィオの魔術が完成する。
その完成を待っていたかのように、ほぼ同時にエリスの魔術式が起動した。
「カイト!」
「分かってる!」
結界を完成させたオクタヴィオはその場から退き、前に進み出たカイトが結界の魔術式に触れる。
同時に、魔術式から放たれた砲撃が次々に結界へと直撃した。