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第四話 ≪第一次談話室動乱≫



 “学院”の誇る大型講演会場、セレモニーホールでは、新入生の入学式も終わりを迎え、締めとして学院長による生徒たちに向けた長くもためになる話が行われていた。

 学院長であるアルフレード・アステリオスは“空の民”とも称される長命種“アステリオスの血族”の末裔であり、元はイリオス都市国家連邦の前身となった三王国時代の三国協定会議において、中立の立場として議長を務めた人物でもある。さらには、魔法を学問として体系化し、魔術という新たな枠組みを作り上げた第一人者かつ、その知識、腕前は世界の頂点に位置すると言ってもいい世界財産級の存在であり、イリオスをあらゆる障害から守り今の形にまで導いた最大の功労者である。現在は後人に後を任せあらゆる国政からは身を引いたが、その長きに渡り世界を見てきた経験から、人種の坩堝(るつぼ)となっている“学院”の長の座を引き受けている。

 アルフレードは長命種ではあるが、よく「先の短い老いぼれ」と自称する白髭を湛えた恰幅の良い老人で、御年350歳となる。慈愛に満ちた翡翠の瞳が印象的で、彼の今までの偉人伝が有名なこともあり、生徒からの人気は非常に高い。


 だが、そんな偉大なる学院長であっても、「式の話が長い」という校長の通説を覆すことは出来なかったようだ。

 そもそも多額の資金が掛けられて建設されたセレモニーホールは非常に居心地が良い。椅子はふかふかで長時間座っていても疲れない構造になっており、天窓からは暖かな日差しが差し込む。また、ホールには自動で温度調節が行われるという機能まで付いているのだ。

 オクタヴィオは暖かな日差しに負けて塞がりそうになる目蓋を叱咤し、意識を壇上の学院長へと戻す。アルフレードの話は磨かれた知性と豊富な経験もあって聞いていて飽きないものであり、真剣に聞けば非常に面白くためになる物である。


 だが、何事にも例外というものは存在し、まだ見るもの全てが新しい、といった多くの新入生たちは話が別だが、学年が上がるごとに真面目に話を聞く者と聞く振りはするものの睡魔に負ける者の二極化が激しくなる。そして、その更なる例外もまた存在しており、オクタヴィオは式が始まる前までは確かに一緒にいたはずのカイトが隣にいないことに気が付いた。

 恐らく、ゆっくりと進む入学式に飽きて出て行ったのだろう、と頭の隅の冷静な部分でオクタヴィオは考えた。確かに、“学院”の入学式は新入生1人1人に学院長自ら入学受理証を手渡すため時間が掛かる。また、生徒数も多く、それに対応してホールも巨大であるため、教師の隙を見て出て行くことは可能ではある。

 可能ではあるのだが。


(いやまあ、確かに出席してなくても確かめられたりはしないかもしれないけど……それでもサボったりするかなぁ普通?)


 ザ・問題児、と言わんばかりのカイトの行動にオクタヴィオは頭を抱える。そもそもカイトがどう思われようとオクタヴィオには関係ないはずなのだが、一応カイトは父であるエドアルド・フローリオの私兵であり、名目上オクタヴィオの護衛として“学院”に入学している。よって、責任感の強いオクタヴィオは自分が無関係とは考えないのだった。どちらかと言うと周囲はその姿を哀れに思い、心なしか“学院”全体がオクタヴィオを擁護する方向で動いているのだが。

 どちらにせよ、オクタヴィオは親友の問題行動を諌められないような軟な精神はしていないし、薄情でもないのである。


 とは言え、長年振り回されてきたことで問題行動に耐性が出来てしまったせいか、オクタヴィオも多少の事なら「いつもの事か」と別段反応を示さなくなってしまってはいるのだが。

 最近本当に自分の護衛なのか疑問に思っているカイトの行動について、オクタヴィオが真剣に頭を悩ませていると、壇上ではアルフレードの話が一段落し、式は次の段階へと進んだようだった。


「ふむ、わしの話は長くていかん。どうも年を取るごとに人は話が長くなるらしいのでな。人の数倍は軽く生きるわしにとっては不利で仕方ない。勘弁してくれるかの……さて、必要なことは新入生諸君には話し終えたのでの、最後に新しく来た皆の仲間を紹介するとしよう」


 オクタヴィオが壇上に視線を向けると、そこにはアルフレードが手招きを行い、何人かの生徒を舞台袖から呼び寄せるところだった。

 学院長の口振りからして、恐らく彼らは転入生だろう、とオクタヴィオは見当をつけた。入学式では毎年新入生の他に転入生も紹介される。元はと言えば、オクタヴィオの友人であるエリスも第3学年からの転入生である。

 “学院”へと転入するためには恐ろしく難しい転入試験を突破しなければならず、転入生の人数はそこまで多くは無い。だからこそ、転入生には既に大きな実力を秘めた者が多かった。

 “学院”に年齢の制限はないため、基本的に入学する生徒は新入生として第1学年か、続けて基礎学科を学ぶ第2学年に転入する。また、エリスのようにその上の学年に転入する例も無くはないが、学年が上がるごとに試験は熾烈を極める物となり、転入生ゼロも珍しいことではない。


 どんな人がいるのだろうかとオクタヴィオが次々に紹介される転入生たちを観察していると、ゴソゴソと隣から物音が聞こえた。

 慌てて目を向けると、そこには「よう」と片手を上げて笑いかけるカイトが居た。


「カイト、どこ行ってたのさ。もう式終わるよ?」

「いやいや、どうせ寝ちまうんなら時間を有効活用した方が良いと思ってさ。それに、これから迎える新しい仲間たちを見に戻ってきた訳だし」

「そんなこと言ってももうほとんど紹介終わっちゃったよ? ほら、あとあの女の子だけだよ」


 そう言ってオクタヴィオが軽く壇上を指差すのと、アルフレードが最後の転入生に拡声魔導具を渡すのはほぼ同時だった。


「いや、それがさ。その女子を見に来た訳よ。盗み聞きした通りなら相当面白いぞ、あの子」

「盗み聞きって……まぁいいや」


 気にしても仕方がない、とオクタヴィオはカイトの発言は受け流し、転入生の方へ目を凝らして見る。だが、距離があるため輪郭程度しか分からない。辛うじて髪が茶色であることが分かったくらいだ。

 そんなオクタヴィオの様子をカイトはくつくつと笑い、気楽に話しかける。


「いやさ、話によると彼女さ―――」


「こんにちは。クレア・レイスと申します。帝国領の端の方にある、メルスという街から来ました」


 カイトが話した声と、同時に拡声器を通して話し始めた転入生の声とが被ってしまい、オクタヴィオには良く聞き取れなかった。

 もう一度話を聞こうとするが、それよりも先にカイトが壇上の方を向いて呟く。


「へぇ、メルスか。確か良質なマナ結晶の産地の1つだな。羨ましいぜ」

「注目するのはそこなの?」

「ん? ああ、綺麗な声だな。遠くてよく見えねぇけど、きっと美人さんだぜ」

「あ、うん、そうだね……それで、よく聞き取れなかったんだけど」


 オクタヴィオの声にカイトは「おや」と反応するが、それよりも先に転入生が再び話し始めた。


「えっと、今日から皆さんと一緒にここで学ばせて頂きます。よろしければ仲良くしてください!」

「これ、クレアよ。学年を言うのを忘れておるぞ」

「あ、そうでした。ええと―――」


 慌てたようにわたわたとしてアルフレードの言葉に答えると、


「―――第4学年に編入となります。よろしくお願いします!」


 若干声を上ずらせながらも言い切り、深々と頭を下げた。

 その後、優しく微笑むアルフレードと共に転入生たちは壇上を後にし、続けて司会進行役の教員が壇上へと上がり、今後のアナウンスをする。だが、その話もろくに聞かず、会場―――特に、クレアが編入するオクタヴィオ含む第4学年の生徒たちは、新しく共に学ぶことになった転入生のことで話が弾む。


「……4年に転入? 凄く頭が良いのかな、あの子」


 転入試験が難関なのは周知の事実であり、しかも、クレアが突破したのは第4学年への転入試験だ。第4学年は前3年間にて基礎学科を修了し、応用学科を履修し始める学年である。“学院”では魔術のみでなく様々な分野の学問が取り扱われるため、転入試験の内容も幅広く、ハードルも高いはずなのだ。

 オクタヴィオたちにとってみれば、“あの”エリスを越えるというだけで畏怖の対象となり得る。

 ちなみに、既に知っていた様子のカイトがどこで盗み聞いて来たかはスルーするオクタヴィオだった。


「そんだけじゃないぜー」


 ざわつく会場の中、目を丸くしてクレアを見送ったオクタヴィオの言葉にカイトは応える。


「あのクレアって子な、何とまぁ驚くことに固有魔術を持ってるらしい」

「固有魔術!? ってまさか……」


 固有魔術と言うのは、極稀に出現する「現象」の事である。人は皆魔術を扱うための機関、“スピラ”を身体の中に持っているのだが、そこに生まれた時から既に魔術式を抱え込んでいる新生児が極稀に生まれるのだ。その時赤子に刻まれている魔術が“固有魔術”である。

 固有魔術の保持者は己の内に既に構築済みの魔術式を持っている。つまり、魔術の発動のために魔術式を構築する必要が無い。よって、魔術を行使する際に必須であるはずの本人の意思が構築される魔術式に介入せず、使用者本人ですら自分の魔術式や術の効果を厳密には知らないことも多い。また、通常魔術行使の際に身体の外に出現する魔術式が体内にて完結してしまうため、魔術式からの魔術の解析が不可能で、第三者による固有魔術の再現は非常に難しい。そもそも、それが一体どのような現象なのか使用者本人にも理解不能なものも多く、そのため、「固有」魔術と呼ばれるのだ。

 固有魔術の保持者は、魔術式を抱え込んでいる影響か、放出するマナは全て固有魔術へと変換されてしまい、他の魔術や自身のマナを使うタイプの魔導具を使えないことでも有名である。


 固有魔術発生のメカニズムは今のところ解明されていない。基本的に法則性は存在せず、極稀に遺伝することもあるのだが、その事例も極めて少ない。生まれる環境や魔術に目覚めるまでの幼少期の環境が影響しているのではないか、と言われているが、規則性等は見つかっておらず、原因究明は遅々として進んでいないのが現状だった。


 そして、そんな良い研究材料になりそうな物を抱えた転入生に、オクタヴィオによって定められた迷惑度ランキングにおいて文句なしのぶっちぎりで第1位に輝いている筆頭問題児が興味を持ったことが一番の問題だった。


「さて、早速面白くなってきたな!」

「お願いだから、転入してすぐの子に迷惑掛けないであげてよ……」


 にやり、と笑みを浮かべてクレアの去った方向を眺めるカイトに、オクタヴィオは言っても無駄だろうな、と悟りながらも声を掛けずにはいられなかった。

 そして、問題児(オオカミ)から転入生(こひつじ)を守らなくては、と悲壮な覚悟を決め、意気揚々としたカイトとは対照的に肩を落として講堂から外へと出ていった。



 ◆ ◆ ◆



 “学院”は単位取得制の学業体制であるため、一般的なイリオスの学校とは違ってホームルームが存在しない。その代わり、生徒間の交流を深める場として談話室が存在する。

 談話室は複数存在し、そのどれもが趣向を凝らしたものとなっている。例えば、ある談話室にはダーツやビリヤードといった娯楽設備があり、またある談話室はソファや暖炉といった談笑を楽しめる部屋づくりとなっている。談話室の数は10とも20とも言われ、毎年全ての談話室をコンプリートしようとする生徒が何人も現れるほどだ。

 “学院”は全寮制と言うこともあり、寮で暇を持て余しているよりは、と休みの日も学舎へと出てくる生徒は少なくない。談話室はそんな生徒たちにとって暇を潰す恰好の溜まり場であり、現に入学式の終了後は1日自由のはずなのだが、談話室でダラダラと時間を過ごす生徒の数は多かった。このように、談話室というものは生徒にとって無くてはならない憩いの場となっているのである。


 そんな談話室の1つが、とある問題児によって危機に曝されようとしていた。


「転入生はどこだぁぁぁあああ!!!」


 バンッ!! と扉が蹴破られ、1人の少年が1秒前まで平和だった談話室に叫びを上げて乗り込んだ。

 蹴破られた扉は蝶番が外れ、大きな音を立てて床へと倒れる。突然の光景に談笑していた生徒たちは口が塞がらないが、入ってきた少年の姿を確認すると、さっと顔を青ざめさせた。豹変した事態に何が起こっているのか分からない新入生もいたが、彼らにとっては残念なことに緊急事態に慣れてしまった先輩の手によって部屋の隅へと迅速に避難させられる。

 そんなことはお構いなしに、扉を蹴破った少年は部屋の中を見回し、そしてふと、何かに気付いたかのような顔をして後から入ってきたもう1人の少年へと向き直る。

 扉を蹴破った少年と後から入ってきた少年とは身長差が大きく、並ぶとそのシルエットは兄弟か親子のようだ。それは片方が巨大と言う訳ではなく、どちらかと言うと扉を蹴破った方が比較的小さいのだ。

 小柄な少年は、もう片方へと向けて慌てたように話しかけた。


「おれら転入生の顔近くで見たことないし知らないじゃん! どうすんの?」

「まあ落着け。それぐらい分かってるさ。だからこうやって次々と談話室を襲撃しているんだろ」

「ん? どういうことだ?」


 きょとんとした顔をして扉を蹴破った少年が疑問符を浮かべる。それは部屋の中の生徒たちも同様なのだが、何人かはその目的に気付き、その上で「いや、その理屈はおかしい」と心の中で突っ込みを入れる。

 そして、彼らの後始末をすることになるだろう1人の少年を思い、静かに涙した。


「いいか、レオ。こうやって騒ぎまわっていれば、そのうち騒ぎは転入生の耳に届く。そうすれば、あの美少女転入生は何となく責任感が強そうな気がするから、こっちに駆けつけるはずだ」

「なるほど、流石カイトは頭が良いな!」

「はっはっは、そう褒めるなよ」


 そう言って後から談話室に入ってきた少年―――カイトは笑う。そして、蝶番が外れて倒れた扉を「物的被害出す気はねぇんだから気を付けろよな」と言って立て直し、腰のポーチから工具を取り出して歪んだ金具を修復し、運良く変形などはしていなかった螺子を巻き、手際良く元の形へと修復した。

 レオと呼ばれた小柄な少年―――レオナルド・レオニードは赤みがかった金の髪をガシガシと掻いてカイトの小言を聞き流し、適当に返事を返した後、部屋の中を見回して「あ!」と声を上げる。

それを聞いてカイトはレオナルドの視線を追い、部屋の中心に視線が向いた瞬間、カチン、と音が聞こえんばかりに身体を硬直させた。


 そこには、不敵な笑みを湛えたエリス・フィフィルティアが仁王立ちしていた。


「は、はは……エリスさん、これは不幸な事故でして……」


 硬直したカイトは額から膨大な量の汗を流しながら、目線を彷徨わせながらも口を開く。

 だが、それに対するエリスの反応はどこか面白そうに口角を釣り上げることだった。


「…………ほう? 意図的に談話室を襲撃しているという供述が聞こえた気がしたが……気のせいだったか?」

「いや、その、それはだな。レオがちょい調子に乗っただけで、別に『新学期一発目になんかやっとくか』みたいな、そんな考えじゃなくてだな……」

「あ、ずっこいぞカイト! 確かに扉蹴破ったのはおれが悪いかもだけど、談話室を襲撃しようぜって提案したのはカイトじゃんか!」

「ば、馬鹿! ちょい黙っとけ! 後でお菓子奢ってやるから!」

「むぐ、むぐぐぐぐ」


 レオナルドの口を手で無理やり塞ぎ、カイトはエリスの方に向き直る。エリスは表情を変えず、所謂“イイ笑顔”を浮かべたまま顎に手をやる。


「ふむ、そうか。まあ、物的被害は出さぬようにはしているようだが……」


 そこまで言って、エリスは空色の髪を靡かせて後ろを振り向き、そこにいる生徒たちに語りかける。


「さて諸君。判決は?」


有罪(ギルティ)!!』


 生徒たちは悪を滅ぼす救世主へと向かって両腕を振り上げ声高らかに叫んだ。そして、民衆の後押しを受けた正義の執行人は、委細承知したとばかりに手をかざし、魔術式を構築する。

 それを受けてカイトは(あらかじ)め立てていた逃亡の算段を実行に移そうとするが、それよりも先に拘束を振りほどいたレオナルドがエリスへ向かって跳躍する。


「今日こそ負けねぇぞ!」


 弾丸の如く一瞬で距離を詰め、魔術式を待機させた拳をエリスに向かって振り上げる。だが、それよりも先にエリスは魔術を発動させ、衝撃波を放ってレオナルドを吹き飛ばした。

 吹き飛ばされたレオナルドは壁に着地するが特にダメージを受けた様子を見せず、そのまま次々と壁や机、天井を蹴って部屋の中を縦横無尽に駆け廻り、拳に具現化したマナを纏わせて再びエリスへと突撃する。


「喰らえ!」


 エリスは正面から突っ込んでくるレオナルドを魔術で受け止めようとするが、その動作を見てレオナルドはにやりと笑い、空中で魔術式を展開。そして、そのまま突如姿を消した。

 結果、エリスが発動した捕縛用の檻の魔術は虚空を掴むに留まった。魔術で作った足場を蹴り、超加速によって目にも止まらぬ速さでエリスの背後に出現したレオナルドは、ニヤリと笑みを浮かべて拳を振りかぶる。


「勝った!」

「―――とでも思ったか?」


 だが、勝利を確信して突き出されたレオナルドの拳は、エリスが多重展開していた迷彩仕様の拘束魔術によって阻まれ、そのまま拘束魔術を透過して放たれた魔導弾の直撃を受けて吹き飛んだ。


「くっそー……ってうわわわわ!?」


 吹き飛ばされたレオナルドは天井に着地するも、足をつけた瞬間に着地点を起点としてエリスの魔術が発動し、一瞬でマナの檻が構築される。

 驚くべきはその構築速度である。檻は一瞬で包み込むようにしてレオナルドを縛り上げ、レオナルドはそのまま重力に従って床へと叩き落とされた。

 さらに、蛙が潰れたような音を発して床に落ちたレオナルドに追い打ちを掛けるかのように蔦を模した檻の魔術が床へと縫い付け、僅か数秒で悪の片割れを捕えたエリスに生徒たちは拍手喝采を送った。

 軽く手を上げて声援に応えながら、エリスは出口付近のカイトへと顔を向けた。


「まったく。レオナルド、君は少々直線的すぎる。……さあ、カイト。次は君だぞ」

「いやまあ、若干意図した状況とは言え、このまま捕まるのは御免被るかな」


 そう言って苦笑を浮かべたカイトは腰元に手をやるが、魔導具を取り出そうとしたところで、腕の一振りで素早く術式を組み上げたエリスに魔術で後ろ手に縛り上げられた。

 驚いたような顔をしたカイトに向けて、エリスはさらに腕を振り、魔術式を構築する。

 すると、一瞬でカイトの周囲を囲うようにして待機状態の魔導弾が無数に展開された。


「どうだ? 先程思いついたのだが、君のよく分からない魔術は腕を起点として発動するようだ。例え拘束を外すにしても一瞬は隙があるだろう…………この魔導弾は痛いぞ?」


 暗に「拘束を外した瞬間に魔導弾を叩き込む」と宣言され、カイトの顔は引きつった。

 そして、諦めたかのようにひとつ溜息を吐いた。


「……ほんとに一瞬なんて凄いな。しかも俺の腕そこから見えてないだろ? よくまあこんなことが出来るもんだ」

「君を縛り上げるのはもう慣れた。目測で立体的な大きさを正確に図るのは流石に厳しいので他の人には使えない手だが」

「縛り縛られなんて、そんな趣味は無いつもりだったんだが」

「安心するといい。私にもないよ」


 いつものような問答を繰り返した後、エリスは最終勧告を告げる。


「さあ、今回は諦めて先生方の熱血指導を受けてくると良い」

「うげっ、それは勘弁したいなぁ」

「……嫌ならば騒ぎを起こさなければ良いと思うのだが」

「そこはほら、性分なんでね」

「難儀な性分だな」

「エリスにだけは言われたくないが、本当にそう思うよ……さて」


 そこまで言って、カイトは一瞬エリスから視線を外した。エリスがそれに気付き後方のレオナルドへと僅かに意識を向けた瞬間、その隙を見逃さずにカイトは1つ指を鳴らす。


「―――ッ」


 空かさずエリスは待機させていた術式を実行し、カイトの周囲に展開していた魔導弾を容赦なく解き放つ。ズガガガガガガッ!! と掘削音のような物が響き渡り、魔導弾が次々とカイト目掛けて叩き込まれるが、実際に魔術を使っているエリスの顔は険しかった。

 相も変わらず談話室は重機が放つような重い衝撃音が響き渡っているが、そもそもその音は魔導弾が人間に当たって放たれる音では決してない。


「やられたな……」


 そうエリスが呟くのと同時に展開されていた魔導弾が撃ち尽くされるが、そこには既にカイトの姿は無く、何らかの魔術の魔術式が残滓のように残っていただけであった。そして、エリスの頭脳はその魔術式が転移系のものであると看破する。

 そうして、第一次談話室動乱は幕を閉じた。


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