第三話 ≪学院≫
イリオスの首都、アヴリオの中心地に程近い場所に位置する教育機関、“学院”。正式名称は“イリオス国立首都上級学院”と言い、アヴリオにて他国から留学生を誘致するために作られた政治的な意味合いの強い教育機関である。だが、その教育環境はイリオスでも随一であり、入学した生徒を漏れなく有用な人材へと育成することを目的としている。
学舎はイリオスに2つ存在する学術特区のうちの1つ、アヴリオ学術特区の中に存在している。ちなみに、もう1つの特区であるイストリア学術特区は、研究者たちの暴走とイストリア市長の無駄に手際の良い悪乗りによって年々拡張し、現在では遂にイストリアのほぼ全域を覆うほどに広がっている。結果、「イストリアの奴らは頭がおかしい」という認識ならばともかく、特区としては特に認識されていない。よって、普通特区と言われたらアヴリオ特区を意味する。
アヴリオ特区はアヴリオの北西外周部から政治の中心地“コスモスタワー”の存在する中央部に渡り広大な土地を保有し、イストリア程ではないにしても学術研究の最先端の片翼を十分担っている。だが、どちらかと言うとイストリアとは違い主に政治経済系の教育研究機関が多く、これからの世界の在り方を変えていく方法が日夜研究されている。
そんな特区でも特に力の入れられている“学院”は、特区の中でも中心部に近い場所に位置している。様々な施設や全生徒を収容できる寮まで完備しており、また、教員もその道の先頭を歩む一流の人材ばかりである。自他ともに認める最高峰の教育機関であった。
夏季長期休暇が終わり、“学院”も遂に新たな学年度が始まった。前もって入寮していた生徒たちは寮から学舎までの道を友人たちと談笑しながら歩く。生徒も皆久しぶりの学び舎に帰ってきたからか、もしくは久しぶりに友人と再会を果たしたからか、どこか浮き足立っていた。
“学院”までの道の両脇には生徒向けの商店や食事処が立ち並んでおり、流石にまだ早朝であるため開店している店は少ないが、授業が終わる頃になるといつも賑わいを見せている。
紺色の制服に身を包んだオクタヴィオも“学院”へと続く道を歩く生徒の1人で、自分も例外ではなく少々気分が高揚しているのを自覚していた。一ヶ月少々の休みであったが、オクタヴィオにとっては十二分に長い期間であり、今朝白いワイシャツに腕を通した時ですら懐かしさに笑みが零れたものだ。
現在オクタヴィオは15歳、あと数か月したら16歳となる。今年で第4学年へと進級したため、既に3年間という時間を“学院”で過ごして来たことになる。長い時間を過ごして来ただけあり、オクタヴィオにとって“学院”はもう1つの家とも言える場所だ。もちろん、今歩くこの道もよく利用し、行きつけの店もいくつか存在する。そんな場所に久しぶりに帰ってきたのだから、浮き足立つのは仕方がないだろう。
そんなオクタヴィオへと、後ろから声が掛けられた。
「や、オクト君。久しぶりー!」
「セレーネさん。久しぶりだね」
振り向いたオクタヴィオの先に居たのは、同じ学年の友人であるセレーネ・コルリであった。如何にも快活な少女と言った風のセレーネは楽しそうな笑みを振りまきながら小走りでオクタヴィオへと駆け寄り、隣を歩く。
肩の辺りで切り揃えられた金の髪を靡かせるセレーネは所謂“美少女”と呼ばれる類の少女であった。イリオス人の特徴である金の髪と蒼の瞳はセレーネに良く似合っていて、太陽の光を受けて煌めいている。気さくで親しみやすい性格やいつも楽しそうな笑顔もあり、端的に言えばセレーネはとても魅力的な少女であった。
そんなセレーネと肩を並べて歩くのは純真な青少年であるオクタヴィオにとっては刺激が強い出来事のはずなのだが、オクタヴィオにとって彼女はカイトと同じく友人であると同時に厄介ごとの種でもあるため、最初の頃に感じていた緊張は既に摩耗し擦り切れていた。
「いやー、遂に始まったねぇ。今年は何が起きるのかなー」
「僕としては平穏に過ごしていきたいんだけど……」
「カイト君の友達の時点で無理だと思うよー」
そう言ってケラケラと笑うセレーネにオクタヴィオは肩を落とした。
オクタヴィオの印象として、セレーネは「何事も全力で楽しむ人」だった。いつも笑顔で積極的に行動し、皆を引っ張る先導者となる。実技はともかく筆記、特に理論系統の成績はそこまで良くないのだが、その社交的な性格から実力主義な気質がある“学院”でも友人は非常に多い。カイトにも共通するところがあるためか馬が合うらしく、共に日々周りを良い意味でも悪い意味でも引っ掻き回していた覚えがある。
オクタヴィオにとっても大切な友人ではあるのだが、カイトの引き起こす面倒事だけでキャパオーバーな身としては、皆を率いる先導者の他に面倒事を率先して広げる扇動者ともなる彼女は非常に扱いにくい存在だった。どちらかと言うと―――オクタヴィオにとっては甚だ不本意なことだが―――振り回される側に分類されるオクタヴィオにとって、扱いやすい人物というのは非常に稀有な存在なのだが。
肩を落としたオクタヴィオを適当に慰めると、セレーネはその隣に目を向けた。
「……で、カイト君は新学期早々どうしてそんなに暗いのかなー?」
「え、えーっと……」
オクタヴィオの隣には制服であるブレザーを無視し、指定の白のシャツの上に学則を無視した愛用の毛糸のカーディガンを羽織り、見つかった瞬間没収確定のスカイボードを持ったカイトが肩を並べて歩いている。だが、普段の飄々とした態度はすっかり鳴りを潜め、目元に濃い隈を貼り付け、その雰囲気はさながら幽鬼のようであった。
そんな親友の様子を聞かれたオクタヴィオだが、正直苦笑いするしかない。カイトが暗いオーラを纏わせているのは本人の自業自得としか言えないからだ。
夏季休暇の終盤、オクタヴィオの地元である交易都市エレフセリアでの決闘騒ぎは、相手の一撃を耐え抜き、考えなしに超大型魔術を敢行したカイトの勝利で終わった。だが、決闘が終わった後に非常に良い笑顔で壊れた魔導具と魔術に使用したマナ結晶の代金を請求したカイトに対して、ダノンは決闘の余波で無残に荒れ果てた広場のことを引き合いに出し、のらりくらりと支払いを回避したのだ。結果的に、広場はダノンがポケットマネーでもって補修し、魔導具はカイトの物となったのだが、破壊された魔導具と使用したマナ結晶の代金は虚空へと消え去ったため、カイトは大赤字を背負うことになってしまった。
事が済んだ際にカイトが頭を抱えて項垂れたことは容易く想像出来るであろう。
余談だが、カイトとラルフの決闘はダノンの欲求を満たしたようであり、呼び寄せた職人に賃金を渡して広場の修繕を指示した後に、満足そうな表情をして帰っていったのであった。
そもそもの話、カイトが主に扱うマナ結晶による充填式の魔導具は、コストパフォーマンスが非常に悪い。少ないマナで十分な魔導具であればそうでもないのだが、消費マナが多い大型魔術となると必要になるマナ結晶も高純度の物が必須となり、高純度になればなるほど出回っている絶対数も少ないため、とんでもない金額が必要となるのだ。カイトが使った収束魔術は周囲からマナを集める性質上、魔力消費が激しいものではないのだが、度々溜めの時間を短縮するために結晶からマナを消費したため、その出費はなかなかに大きかった。
マナを結晶化する技術は現在も研究されているが、現状で精製出来る結晶は良いとこ中程度の品質であり、それも凝固化が安定していないため長くても数時間で空気中に溶けてしまう。随時マナを消費するような魔導具であれば話は別だが、現在の技術で大型魔術用の魔導具を携帯するのは非常にコストが掛かるのである。
そんな訳で、相手が強敵だったこともあって調子に乗って大型魔術を連発したカイトは、コスト回収に失敗し、夜を徹して金策に奔走することになったのだ。
魔導具師であるカイトが金策に走るとなれば、やることは製作した魔導具の販売である。学生であるため店は持っていないのだが、良縁にも恵まれて委託販売を行い、これまでもそこそこの利益を出している。そういう訳で、最近のカイトは徹夜で魔導具の製作に明け暮れていた。
とは言え、お金が欲しいからといって簡単に人気の出る魔導具が開発出来る訳もなく、その製作活動は遅々として進んでいなかった。
そんなことを1から説明する訳にもいかず、オクタヴィオは最近のカイトは魔導具の研究に明け暮れて夜更かしをしているのだ、とぼかした上で全体像のみを察しが良い人ならば何となく分かる程度に伝えた。
結果、察しが良いセレーネは勝手に自己解釈し、「なるほどねー」と笑ってそれ以上その話題に触れては来なかった。
寮からの道をしばらく歩くと広大な敷地にそびえ立つレンガ造りの学舎が見えてくる。流石のカイトも学び舎の近くまで来たことで意識を切り替えたのか、1つ大きく伸びをして「よし!」と気合を入れた。
「さて! 今日は何があるんだっけ?」
「今日は入学式だけだからすぐ終わりだよ。新学期早々問題起こさないでね」
「酷い言い草だな、オクト。人を問題児みたいに」
「あはは! カイト君は紛う事無く問題児だよねー!」
オクタヴィオは「君も人のことは言えないけどね」という言葉は飲み込み、学舎の入口へと近づく。単位取得制の学業体制を取っている“学院”では、毎年年度の初めに各学年の受講出来る講義とその担当教員の発表があり、生徒はそれを見てその1年受講する講義を決める。その張り紙は例年通りであれば入り口付近の掲示板を含む各所へと張り出されるのだ。そして、今年も場所に違いは無いようで、入り口に程近い場所に大勢の人だかりが出来ていた。
うーん、と良く見えないのか背の低いセレーネは背伸びをしながらカイトとオクタヴィオに尋ねる。
「2人は今年も魔術理論学取るの?」
「僕は取るつもりだけど。カイトは?」
「うーん、俺はどうしようかなぁ。あの爺さんの話つまんねぇし」
魔術理論学とは、魔術式の構成やマナへの性質付与に関する原因と結果を扱う学問で、魔導具の製作に必須な魔導回路の形成にも関わる講義である。だが、学ぶ範囲が膨大過ぎることもあって内容は未だ基礎の基礎であり、理論派の老教師が行う講義は8割が座学であった。座学は多いが、理解が難しい理論を分かりやすく説明していることで人気の講義なのだが、超実践派のカイトにとっては非常に退屈な講義だった。
“学院”の講義は1人の教員がいくつもの学年を受け持っていることが多いため、カイトは言外に昨年度と同様の教員なら取らない、と言ったのである。
「あー」
背伸びをして掲示板の方を見ていたセレーネが何かに気付いたかのように声を上げた。
「今年はおじいちゃん先生じゃないみたいだよー?」
「へぇ……3年で基礎は終わりってことかね? だったら取ってみるか。最悪サボればいいし」
「いや、駄目でしょ」
「いやまー、カイト君だし?」
「そうそう」
「何が『そうそう』だよ、まったく……」
調子の良いカイトの発言にオクタヴィオは溜息を吐くが、カイトは悪びれもせずに頭の後ろで腕を組んで「シシシッ」と笑うだけだった。
「ま、俺はそれよりも今年から取れる魔導具製作実践の講義かな。色々と自由にやれそうだし!」
「君が暴れ回るなら気苦労が半端無さそうだね……僕絶対受けない」
「薄情だなぁ」
「……僕は相当温厚な自覚があるけどね?」
「笑顔がコワい、コワいよオクト君……」
ふふふ、とどんよりとした黒い笑みを浮かべるオクタヴィオにセレーネは後ずさるが、カイトはそんな物どこ吹く風であった。このようにオクタヴィオが暗黒面に堕ちる(とカイトは呼んでいる)のは良くあることなのだ。それでも自重はしないのだからこの少年の傍若無人さが目に見えるというものなのだが。
そうして3人が掲示板の前で話しこんでいると、彼らに後方から声が掛けられた。
「やあ諸君、久しぶりだな。元気そうじゃないか」
「げっ」
真っ先に顔を顰めさせて反応したのはカイトである。
声を掛けてきたのは透き通った雰囲気を持つ、“美”という言葉を体現したかのような美貌を持つ少女だった。オクタヴィオの隣に居るセレーネも美少女と呼べる姿恰好だが、言ってしまえば彼女とは次元が違った。絹のように滑らかな空色の髪を掻き上げ、少女は微笑みながらオクタヴィオたちへと歩み寄る。その仕草、その表情は男女問わず思わず赤面させてしまうほど芸術的でどこか蠱惑的な物だが、もう知り合って1年近く経っているオクタヴィオたちには久しぶりの再会を喜ぶ以外の感情は存在せず、普通に反応を返す。
「わあ! エリスちゃんだー!」
「おっと。セレーネ、危ないじゃないか。オクタヴィオ、助けてくれないか?」
セレーネが少女へと突撃して行くのを尻目に、慣れって怖いなぁ、とオクタヴィオはしみじみと思った。
飛びついて来たセレーネを抱き留め、凛とした表情を崩して少女―――エリス・フィフィルティアはオクタヴィオに助けを求める。その端麗ではあるのだが少々情けない表情に、オクタヴィオは思わず笑みをこぼした。
「エリスさんも元気そうで何より」
「う、うむ。……あ、おいこらセレーネ、どこを触っているのだ!」
「むふふー」
纏わりついてくるセレーネと格闘しながらエリスは「む?」と視界の隅で動く何かへ目をやる。そして、すかさず白磁のように白く滑らかなその腕を振るった。
「さらばっ!」
「行かせるか」
その金の瞳の先ではカイトがスカイボードで空へと離脱しようとしていたが、エリスが腕を振るった瞬間、空中に魔術式が描き出され、まさに飛び立とうとしていたカイトとその周囲一帯を囲んでマナが巨大な檻を形作り、行く手を阻む。
魔術が発動するとき特有の光が収まってオクタヴィオが目にしたのは、発現した瞬間は巨大だった檻が見る見るうちに縮小して行き、しかし、無駄なくカイトを捕えるところだった。
驚くべきは両立された構築速度と術の精度である。魔術とは、基本的に発動する前にどのような魔術かを術式によって定め、それが発動後に実行される技術である。なので、形状変化を組み込んだ分複雑化しているはずの魔術式が腕の一振りの間で作り出せるなんて、オクタヴィオからしたら何がどうなっているのかさっぱり分からなかった。
ちなみにセレーネはエリスにしがみついたまま「すごーい」と子供のようにはしゃいでいた。
檻を移動させて目の前までカイトを引っ張ってきたエリスは、ふふん、と得意げに微笑んだ。
「どうだ、簡単には解けまい? 私も日々成長しているのだ」
「ふん」
空中で檻に捕えられたままのカイトは、そのまま無造作に檻へと触れ、自身の魔術を発動させる。
その瞬間、キィィィィン、という甲高い音を立て檻の魔術式が崩壊し、カイトを捕えていたマナの檻は虚空へと溶けるようにして跡形もなく消滅した。
よっと、と地面へと降り立ち、そんなカイトをエリスは感心したようにまじまじと眺めた。
「相変わらず君の魔術は意味不明だな」
「そんな簡単に解明されてたまるかよ。てか本当にこれを無効化されたら俺無力になるからそろそろやめてほしいんだけど……」
「うむ、却下だ。精々精進するとしよう」
自身の魔術が突破されたのにも関らず、エリスは特に気にした風も無くそう頷いた。むしろ少し満足気ですらある。対してカイトはしたり顔を崩し、少々げんなりとした表情だ。
「つーかさ、みだりに魔術を行使しちゃいけないんだぜ? 夏季休暇前にも学院長に言われただろ」
オクタヴィオとしてはどの口が言うんだ、というカイトの言葉だが、空気を読めることに定評のある少年は特に口出ししなかった。
「分別は弁えているよ。それにもう夏季休暇は終了した。学内では緊急時と開けた場所に限り他人に被害を及ぼさぬ範囲での魔術行使は許されているだろう? 生徒手帳にも載っているぞ」
「見せなくていいよ。あと俺に来てるだろ、被害」
「契約のうちだろう? 練習の面倒を見てくれると言ったではないか」
「それ実技の時に相手するだけって話だろ」
「最近の契約は高性能でな。どんどん進化するのだ」
「進化じゃねぇよふざけんな。んな契約破棄だ破棄」
「残念だがクーリングオフは出来んよ」
「鬼か」
「妖精だよ。何パーセントかは知らんがね」
漫才のような掛け合いをしてエリスはくすくすと笑った。同性ですら見惚れるほどの魅惑的な笑みなのだが、相手を務めたカイトはガックリとうなだれている。
ちなみに、最後のエリスの言葉は冗談でもなんでもない。エリスの側頭部には水色の髪をかき分けて耳が姿を見せているのだが、その耳は普通の人間と比べて明らかに長い。彼女は大陸に存在する魔術国家“アルヴニア”からやって来た留学生で、森の妖精の異名を持つ亜人の一種、長命種“エルフ”の一族の出身なのだ。
エルフとは異名の通り、現在確認することが出来ない幻想種である妖精が起源と言われている種族であり、一族が皆莫大なマナを身に宿し、何より美男美女揃いであることで有名な一族だ。長命とは言っても20歳程度までは普通の人間と同じように成長をするので、エリスの年齢は見た目通りである。
そんな魔術大国からやってきた魔術のエリートであるエリスがカイトに絡むのは、簡単に言ってしまえば過去にカイトが調子に乗ったせいである。
莫大なマナを持ち、魔術に関する英才教育を受けてきたエリスであるが、ふとした出来事でカイトに術を打ち破られてしまうことがあったのだ。魔術の腕は超人揃いのエルフの中でも大人顔負けであり、留学生に選出されるほどの卓越した腕を持つエリスにとってそれは驚愕に値することで、すぐさまカイトに付きまとい“修行”を開始したのだ。
そんな訳で、もう彼此1年近くも修行に付き合っているカイトは、色々な意味で気苦労が絶えないのであった。
一方、オクタヴィオにとってエリスはとても頼りになる友人であった。カイトに巻き込まれた騒動で知り合ったが、それ以降は良い友人関係を築けており、この歳で既に凄腕の魔術師と呼んでも過言ではないエリスは非常に良い刺激となっている。彼女に出会う前と後ではオクタヴィオの魔術関連の成長具合は大きな隔たりがあるだろう。エリスにとってもカイトやオクタヴィオ、そして親友であるセレーネと過ごした日々は(“引き籠り”とも揶揄される一族の出身というだけあり)非常に新鮮で刺激的な経験となっている。
「個性的」という言葉をこれでもかと言う程に詰め込んだかのような彼らは、どこかちぐはぐな面子ではあったが、そんなことは気にも留めずに仲が良かった。
「まあ今年は総合戦闘学の方は取るつもりは今のところはない、被るとしたら魔術科目の演習くらいか。応用魔術学で会えるかもしれんな」
「必須科目じゃねぇかよコンチクショウ……」
エリスの言葉にカイトは肩を落とし、オクタヴィオとセレーネは顔を見合わせて笑顔をこぼした。そうして再び4人で雑談を始めるが、エリスはふと思い出したかのように背中にしがみついていたセレーネを前へと持って来て、そのままオクタヴィオたちへと向き直った。
「そう言えば挨拶がまだだったな。これからまた1年、よろしく頼む」
「うん、よろしくね」
「よろしくー!」
エリスの言葉にオクタヴィオが返し、続けてしがみついたままのセレーネが片手を空へと突き上げながら返答する。その様子にエリスとオクタヴィオは苦笑するが、ふとオクタヴィオは何も言わないカイトを見た。
視線の先でカイトは顎に手をやって考えに耽っているようであったが、沈んでいた思考を振り払ったのか、前を見上げて不遜に笑みをこぼしながら「よろしく」と返した。それを見てオクタヴィオは「あ、また邪悪なこと考えてる」と察するが、やはり藪蛇なので何も言わなかった。
「ふむ、もうそろそろ式の始まる時間ではないか?」
「あれ、ほんとだー」
長い髪を微風に靡かせたエリスと、しがみつくどころか何時の間にかエリスに背負われているセレーネによって時間が告げられ、久々の再会で話が弾んでしまったオクタヴィオは少々慌てた。
「もうこんな時間なんだ。続きは後でだね」
「うん! エリスちゃん、行こう!」
「お、おい。引っ張らなくてもついて行くぞ」
地面へと飛び降り、エリスの手を引き先へ先へと進んでいくセレーネと、少々慌てながらも笑みを浮かべて引っ張られていくエリスを、同年代ではあるのだがどこか微笑ましく思いつつ、オクタヴィオも後に続くべくカイトの方へ振り向く。
「ほらカイト。行こうか」
「……よし。今年も1年、精々楽しませてもらおうか!」
「やめてよ」
すっかり元気になった親友に苦笑し、オクタヴィオは久しぶりの学び舎の中へと足を踏み入れた。