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第二十八話 ≪落とし子が二人、蒼天を舞う≫




 大結界を易々と貫いた極光はやがて先細りになり、蒼天へと消えて行く。そのあまりに幻想的な光景にカイトは一瞬呆けるが、すぐさま事の重大さに気づく。


「やっべ……薄れてたとはいえ大結界抜かれたんだけど」

「……壊れちゃいました?」

「あー、いや。大結界には生半可な攻撃じゃ抜けないように、攻撃を受けた瞬間にインパクト点にマナが集中する流動型結界の仕組みが組み込まれてる。だが、そのせいで負荷が掛かった時のダメージが大きくて一時的に全部ダウンしてるんだと思う。数分もすりゃ戻る……といいなぁ」

「えっと、わたしの友達がごめんなさい」

「正気に戻ったら酷使してやる」

「……お手柔らかにお願いしますね?」


 2人揃って溜息を吐く。とそこで、クレアは現在の自分の格好に気が付いたのか、少々慌ててジタバタと動いた。


「え、あ、カイトさん? この格好はちょっと……!」

「あ、おい動くなよ。危ねぇから」


 現在クレアはカイトに横抱きにされた状態で、俗に言う「お姫様抱っこ」の状態だ。とは言えカイトはそんなこと気にもしておらず―――気にする余裕がないだけだが―――それが返ってクレアの恥ずかしさを増大させる。

 どちらかと言うと死が身近な現在、四の五の言っている場合ではないのだが、カイトと話すことでふと我に返ってしまったのだ。

 現状を思い返したクレアは深呼吸をして落ち着かせ、自分の醜態から意識を逸らすために口を開いた。


「そ、それよりも! さっきのカイトさんの魔法は結局何なんですか?」

「ま、やりやすいし、説明はするけど―――ッ」


 話している途中に表情を険しくしたカイトは、何を思ったのか空中でクレアから手を離した。


「え、ちょ、カイトさん!?」

「後で迎えに行くから、ちょっと待ってろ」

「待ってろって、このまま落ちたらわたし死んじゃうんですけどっ!?」


 まさかの行動にクレアは愕然とするが、伸ばした手は掴まれず、クレアの身体は重力に従って落ちて行く。

 これが他の者だったら話は変わるのだが、クレアは特定の魔術しか使えない固有魔術師。当然飛行魔術など使える訳も無く、このままでは墜落死確実だ。

 落ちて行くから視線を外し、カイトはスカイボードを操って空高く飛翔する。その軌跡を遮るように下方から魔導砲が連射されたことでようやくカイトが手を離した理由を察するが、それでも空中で手を離される身としてはあんまりな行動だった。


「もう―――いいですっ」


 このひと月、彼の問題児行動には頭を悩まされ続けてきた。最初の衝撃が大きかった分、諦めがつくのも早かった。空から落とされ、死が迫るくらいなんでもない。なんでもないのだ。

 それよりも、祖父の思いを継ぎ、何より自分の大切な親友を取り戻すために、大陸を横断し、空の彼方のここまで来た。その親友が手を伸ばせば届くところに居る。また彼女を失ってしまう恐怖に比べたら、今感じている怖さなどどうってことは無い!


「座標認識……固定。収束結集!」


 唱えるのは魔術の呪文。生まれ持った力と親友から授かった力が合わさったクレアの心の結晶。それを今、手を伸ばすために使う。

 自由落下するクレアは下方にて浮遊するスクィナを見据え、手を翳す。すると、周囲のマナはクレアが設定した形通りに収束し、結晶化する。

 マナの結晶は架け橋のようにスクィナとクレアを結び、空中に足場を形作る。勢いを殺せるように弧を描いている足場の端に着地し、殺し切れなかった勢いに身を任せ、そのまま滑走するようにスクィナへと向かって駆け出した。

 スクィナは何故かカイトにばかり砲撃を放っていてクレアへは目もくれない。それを少し寂しく、そして不審に思いつつ、都合は良いので駆け寄り手を翳す。精霊はマナが集まった存在で、人間にどうこう出来る存在ではないが、精霊の寵愛を受けて生まれ、さらに精霊そのものから力を授けられたクレアならば干渉出来る。収束で核を傷つけないように身を構成するマナを削り取れば、無力化も可能なはずだ。

 だが、厳密な操作が必要なために近寄り過ぎたのが悪かったのか、遂にスクィナはクレアに反応し、周囲四方八方から砲撃が襲い掛かる。


「クレア! 手を!」


 そこに一瞬の間を縫ってカイトが突撃し、クレアを攫って砲撃の壁から脱出した。

 だが、一息つく間もなく新たな砲撃が飛来し、クレアに頼んでスカイボードを補強したカイトは巡洋艦の障害物を利用して逃げ惑った。

 最初に極光の如き砲撃を受けてからこの間僅か数分足らずである。だが、既に流れ弾などの余波によって巡洋艦はボロボロで、カイトたちも何度死に目を見たか分からなかった。


「あー、くそ。やっぱ理不尽だな精霊ってやつは」


 巡洋艦そのものを間に挟むように艦の周りを飛びながら、カイトは嘆くように呟いた。

 その手に抱えられたクレアも、味方だとこの上なく頼もしい親友が、敵に回るとこれほどまでに厄介だという事実に頭を悩ませる。何せ、カイトとクレアは固有魔術師で、防護魔術や身体強化を使えない。一撃でも喰らえば蒸発する可能性すらあった。

 そうして、時折飛来する砲撃を躱しつつ機を窺っていたが、その前に遂に巡洋艦が耐え切れなくなったのか、底部にある飛空ユニットの一部が光を失い、そのままガクリと大きく揺れる。

 それに焦ったのはカイトだ。


「まずっ、まだオクト居んのに!」

「あっ、えっ!? ど、どうしましょう」

「お、落ち着け! クレア、艦体を覆う様に結晶出せるか? そうすれば俺が何とかする!」

「わ、分かりました。ですけど、視認が必要なので一度下を回ってくれませんか?」

「了解っと。んじゃ掴まってろよ!」


 早口で捲し立て、そのまま一気にトップスピードに乗って大回りするように勢いよく飛ぶ。だが、そんなカイトたちの事情など虚ろな目をしたスクィナには関係なく、遠慮なく間に挟んだ艦体をぶち抜き、正確にカイトたちを狙い撃つ。


「このっ、迷惑なやつだな!」

「カイトさん! 前、前見てくださいっ!」


 躱さなければいけないのは砲撃だけではない。砲撃によって傷つき剥離した瓦礫も多数落ちてきて、その大きさは当たれば潰されること間違いなしである。

 縦横無尽に遅い掛かってくる砲撃と瓦礫のシャワーを躱し、かつ艦体が完全に力を失う前に反対側へと通り抜けなければならない。もう少し高度を下げることが出来れば難易度は下がるのだが、これ以上スクィナから離れると彼女を中心に展開されているマナの濃度が下がる。それは、風の影響を無理やり抑え込んでスカイボードを操っているカイトにとっては致命的だ。

 目の前の難題にカイトの顔は完全に引きつっており、額からは汗が流れた。


 それでも目を見開き、クレアを抱えたまま瓦礫を躱しながらも感度を最大にして砲撃の飛来を予測する。そうして道筋の半分くらいを渡り切ったが、集中が切れてしまったのか、斜め上空から襲い来る鋭利な破片に気が付かなかった。


「カイトさん!」


 クレアの声に反応するが時既に遅く、振り返った視界いっぱいに瓦礫の破片が迫っていた。

 しまった、と思う暇も無く、額に大きな衝撃を受ける―――


「ッ――……あれ?」


 ガン、と音を発してカイトの前頭部に硬いものが当たる。が、痛みはそこまででもないことを不審に思い、思わず閉じた瞳を開くと、そこには薄く引き伸ばされたマナ結晶の壁があった。

 どうやらクレアがマナを収束して出した結晶板によって瓦礫を遮ったことで致命傷を避けられたようだ。


「魔術ではないので直ぐに落ちます! その前に砲撃を!」

「ッ、ああ!!」


 魔術による防壁ではないため、瓦礫を阻んでいた結晶はそのまま重力に従って落ちて行く。その前にカイトはクレアを片腕で抱き直し、空いたもう一方で結晶に触れ、その構造、性質を変質させる。その過程は魔術と同様だが、異なるのはカイトが魔術式を介していない点と、自分の物でないマナに性質を埋め込んでいる点だ。

 砲撃魔術へと構築し直された結晶はそのまま自身を迸らせ、襲い来る瓦礫を薙ぎ払う。同時に延長線上の艦体も傷つき、遂に飛行ユニットから光が完全に失われる。だが、それよりも一瞬早くカイトは反対側へと辿り着き、抱えられたクレアが己が裡の魔術を行使する。


「認識、固定―――収束します」


 そう呟いた瞬間、周囲のマナが艦体を覆う様に結集し、半透明のベールを覆う様に巡洋艦は光に包まれた。そして、すぐさま落下を始める艦体にスカイボードを操って近づき、カイトは側壁へと拳を叩きつける。

 すると、轟ッ、と風が唸り、艦を覆う結晶の鎧が浮かび上がり、落下が停止した。


「ど、どうなったんですか?」

「位置固定と風圧、あとは摩擦の操作で食い止めた。飛んでるって言うよりもその場に留まってるって感じかね。ま、しばらくは持つだろ」


 それより、と上空に向かって飛びながら、カイトは口を開いた。


「さっきは助かったぜ。何時気が付いた?」


 目的語は無かったが、クレアはカイトの言わんとすることを察した。先程、カイトに襲い掛かった瓦礫をマナ結晶の壁で防いだ時のことを指しているのだ。


「最初から怪しいとは思っていたんです。術式を改変する固有魔術なんて」

「あー、まじか。エリスとかは誤魔化せたんだけどなぁ」

「固有魔術師は例が少ないですからね。しかも、自身の唯一の武器を他に知らせないのはおかしいことではありません。研究が進まないのも仕方がないでしょう。エリスさんとは言え、知らないのも無理はありません」


 固有魔術師は例が少ない。生まれるかどうかは精霊の思し召し次第であり、それこそ、幾万人に1人生まれるかどうかである。しかも、身に宿す能力によっては戦闘能力など皆無に等しい場合もあり、幼くして亡くなってしまうケースも多い。

 その点、今この場に2人の固有魔術師が居るのは奇跡に近い確率だった。カイトのウソがばれたのは、偏に運が悪かっただけだと言える。


「はっきりと分かったのはスカイボードを作り出した時ですかね。信じられない気持ちはありますが、マナ結晶を自由に加工して、他の魔術に変えるなんて力、ひとつしか有り得ません」


 固有魔術師とは、己が裡に魔術式を生まれ持って抱え込み、その影響で放出するマナが全て単一の魔術へと変化してしまう一種の先天異常である―――と言われているが、実情は少々異なる。

 それを上手く説明できるキーワードに、白衣の男、探求者(アナズィトン)がコスモスタワーの地下で漏らした言葉に「精霊の御子」というものがある。その言葉の意味するところはまさに言葉のままであり、これ以上固有魔術師を説明するのにふさわしい言葉は無い。

 固有魔術師とは、星の巡りだったり、精霊の気まぐれだったり、先祖に精霊との関わりが深い者が居る場合などケースは多々あるが、身体の一部に精霊の力が混ざり、スピラが変質した者をそう呼ぶ。即ち、精霊の力の一部を受け継いだ落とし子。それが固有魔術師の正体である。

 その力は、精霊がマナを自由にする力の一部であり、裡に秘める性質を自身と周囲のマナに与えることが出来る。


「―――“干渉”。正直信じられませんが、カイトさんの宿す性質はこれでしょう?」


 それは、精霊の持つ力の中でも全ての中心となる根源の力。精霊はマナに干渉し性質を与えることでマナを自由に操る。その力を宿すなど、もはや精霊に等しい。

 クレアの言葉に、カイトは薄い笑みを浮かべた。


「まあ二次干渉は無理みたいで俺自身のマナじゃないとコントロールできないのと、そのせいか射程が短くて手で触れないと使えないのと、普通の濃度じゃ効果は薄弱だから使っても意味ないとか制限は多いけどな」

「当たり前ですよ。制限無しで使えるんだったら、その力は精霊そのものです。そんな大きな力、人の身に収まるはずがありません」

「ま、弱体化してても面倒事は避けられないがな。分かってるとは思うけど、他言は止してくれよ?」


 カイトの言葉に、クレアは憤慨したかのように表情を歪めた。


「そんなの分かってますよ! 精霊の力の再現なんて、わたし以上に危険です。そんなのが知れ渡ったらどうなるか……!」

「まあマナ結晶が自由に造れるクレアも大概だと思うけどなー」


 クレアの力も非常に危険なもので、身に宿す収束の力は固有魔術師の中でも群を抜き、大自然が長い年月をかけて成す結晶化の奇跡すらも一瞬で再現する。

 金銭的価値ならばクレアが勝るが、研究対象としてはカイトの方が都合がいい。しかも、どちらも身に宿す力の希少度に比べ戦闘能力は低い。カイトはマナ溜まり並みの濃密なマナが無いと何も出来ず、クレアに至っては攻撃手段がゼロだ。知れ渡れば心無い者たちにとっては垂涎ものであり、解剖なり飼い殺しなりを避けられない運命の2人であった。


「ま、そこら辺の危機管理は爺さんもいるし、何とかなるだろ」

「学院長先生は知っていらっしゃるのですか?」

「俺を拾った師匠と親交があって、その関係でな。何だかんだで信頼出来るし、大丈夫だろ」


 そう言っている間に、2人はマナに包まれた側壁を越え、甲板上空へと舞い戻った。中央の崩れた艦橋の上にスクィナは浮遊し、相も変わらず無機質な瞳で2人を迎える。


「そういえば」

「ん?」


 前を見据えたまま、クレアが問う。


「カイトさんの固有魔術、わたし詳しく聞いちゃったんですけど大丈夫なんですか?」

「ああ、そのことか。真面目なやつだな」


 先程自分で言った、「固有魔術師は自身の能力を公言しない」ことを言っているのだ。

 顔は見えないが、その少々不安そうな声色をカイトは笑い飛ばした。


「良い悪いだとどっちとも言い切れないけど、クレアのも知ってるしイーブンだろ。まあ、何はともあれこれで俺らは一蓮托生。そうだな……あの精霊ちゃんでも飼殺して、悪逆非道な悪漢無頼から守ってもらうか?」


 言い方は捻くれたものだったが、そこにはクレアへの気遣いと、スクィナを助ける意志が込められていた。

 意図は察せられるとは言え、あんまりな言い分にクレアは苦笑で返す。


「ふふっ、カイトさんはもう少し素直に話せばいいと思いますよ」

「失礼な。俺ほどこの世を満喫していて善性溢れる素直で格好の良いスーパー好青年は他には居ないだろうに」

「取りあえず今を満喫していることはよく分かります」


 もしこの場にオクタヴィオが居れば、クレアのように明るく返さず悲しげな瞳で被りを振ってカイトの言葉を否定するだろう。クレアではまだ経験が浅かった。何の、とは言わないが。

 気軽な会話で笑い合い、スカイボードを構成するマナが限界だったため、2人は甲板へと降り立った。

 甲板は既にこれまでの戦闘の余波で荒れ果てており、船体は大穴だらけ、艦橋も横崩れし、マナ結晶に覆われることでかろうじて形を留めているにすぎなかった。

 そんな甲板に降り立ち、2人は改めて精霊スクィナと相対する。その瞳は未だ虚ろなままで、背に背負う円環は健在し激しく回転を続けている。

 空はまだ青いけれども、そろそろ夕暮れ時に差し掛かる。視界が悪くなれば不利になるのはこちらだ。けりをつけるなら早い方が良い。

 さて、とカイトは拳を打ち鳴らした。


「第二ラウンドだ。行くぞ」

「はい!」


 数奇な運命を経て同じ地に降り立った2人の落とし子は、今目的を同じくし、共に瞳に意思の焔を灯した。



カイトの能力は条件付きチートと設定しています。普段は魔導具で収束→干渉による応用が利く代わりに須らく時間が掛かる方法か、マナ結晶に干渉しての銭投げアタックしか出来ません。使い勝手はまあ悪いでしょう。

要は精霊の力の劣化コピーみたいな感じなので、そんな印象があれば読むのに問題ありません。


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