第二話 ≪決闘騒ぎ≫
売り子の少女と親友の口論を何とか取り成した後、威嚇し合う2人を押し留めていたオクタヴィオは近づいてくる人影に気が付いた。
道行く人の合間を縫って現れたのは、両手に買い物袋を下げた1人の老人だった。重そうな荷物を持っているにも関わらずその足取りは軽やかで、笑みを浮かべる顔は如何にも好々爺といった物である。
「おや、何事かと思えばオクタヴィオ様ではありませんか」
「ダノンさん」
老人の名はダノン・ダルベルト。商人であり、オクタヴィオとは父親の仕事の関係で顔見知り程度の知己がある。
オクタヴィオは先程から少女の言う“お爺様”を頭の隅で考えていたのだが、それがダノンだというのであれば納得できた。ダノンはエレフセリアでも有数の大きさを誇るダルベルト商会の元会長である。今は一線を退いて息子に会長職を譲っているものの、流通の最前線に居た経験を買われ、経済関連の研究機関の臨時職員や、市長付きの経済政策のご意見番として活躍している。
また、根っからの収集家として有名であり、貴重な物を見つけてはポケットマネーで買い込んでいると噂されている。使い手を選ぶような魔導具を持っていてもおかしくは無い。
「彼女の言う“お爺様”というのはダノンさんの事だったのですね」
「確かにここに私物を販売する簡易的な店を開き、その店番を孫娘に任せておりましたが……ふむ」
ダノンはその場の光景を見て、大体の事は把握したとばかりに頷いた。
「申し訳ない、どうやらアンナがご迷惑を掛けてしまったようですな。お詫びと言っては何ですが、私の秘蔵の一品をお譲りする、ということで手打ちにしていただけませんか」
「ほう」
「何だと?」
「お爺様!」
反応を示したのはカイト、ラルフ、そして店番をしていた孫娘のアンナである。特にアンナは納得がいかないとばかりに猛抗議をする。
「何でこんな素性の知れない奴らに!」
「アンナ、お客様を感覚で判断しては駄目と言っているでしょう? ほら、謝りなさい」
「うぐ……」
「アンナ」
「……………………はい、ごめんなさい」
明らかに渋々といった体で、目を逸らしたまま心の籠っていない謝罪をするアンナだが、ダノンは優しげに微笑んでその頭を撫でる。
そして、さて、と視線をオクタヴィオたちへと向けた。
「先程からの視線を見るにお目当ては奥の魔導具ですかな? ですが、あれは少々曰く付きでして。どうやら魔導王の作品という噂があるのですが、眉唾物の上にどうも起動条件が分からず、安値で売られていたのを買い取ったのですよ」
「魔導王だと!? おい爺さん、それ本当か?」
「カイト、聞いてた? 今眉唾物の噂って言ってたよ?」
“魔導王”とは、数十年ほど昔にイリオス、そして世界で活躍した伝説級の魔導具師の通称であり、その功績から魔導の王と呼ばれるようになった人物のことを指す。
画期的な新技術を次々と生み出した天才魔導具師であり、晩年は世界を回ってその恩恵を振り撒いたと言われている。弟子を取らず後継者がいないことでも有名で、魔導具師の間では“魔導王”の名は特別な意味合いを持つ。即ち、最も魔導を極めたものが持つ別称であり、軽々しく口には出来ない現人神的な信仰を集めているのである。
魔導具師として興味を惹かれたのか面白いように反応するカイトと、それに釣られてか子供のように面白がるラルフ。ユーリスとアンナも、どういう物なのかは気になるのか話を聞き入っている。
一方、オクタヴィオは話の流れに若干の違和感を覚えた。そもそもの話、一流の商人であるダノンが「譲る」と言う時点でおかしいのだ。生まれ育った自分が言うのも何だが、ここは義理と人情の存在しない混沌の街、エレフセリアなのだから。当人が聞き入っている以上、オクタヴィオとしては流れに身を任せるしかないのだが。
「さて、魔導具は1つしかない以上1人にしか渡せないのですが、どうせならより使いこなせそうな人に譲るのが道理だと思う訳でして。と言うことで、ここは古き風習に従って―――」
ここまで聞いて、魔導具に夢中で頭の回っていなかったカイトも面倒な流れになっていることに気付く。だが、時既に遅く、隣にはノリノリで話しを聞いているラルフがいた。
そして、軽く絶望に打ちひしがれるカイトを置いて、ダノンは宣言した。
「―――決闘、といきましょうか」
◆ ◆ ◆
「では、お互いに準備は良いですかな?」
「…………ああ」
「こっちもいいぜ」
場所は変わってエイナ通りの中心に位置する広場。広く場所の取られた石畳の広場は普段は住民の憩いの場所となっており、時たま吟遊詩人や演芸者がパフォーマンスを行っている。天幕が無く陽の光が直接差し込むことから、中央の噴水の傍に設置された休憩用のベンチに座っていると、何時の間にかうとうととしてしまう。そんな場所である。
だが、現在はそのような朗らかな雰囲気はその一切が消失していた。広場はダノンの手によって決闘ステージに早変わりしており、人混みに囲まれた中心でカイトとラルフは互いに武器を構えて向き合っていた。
ラルフは早く戦いたくてうずうずとしているのに対し、カイトは返事も嫌々返し、如何にも面倒くさそうに欠伸をかみ殺していたりする。そんな対照的な2人を見てオクタヴィオは溜息を吐いた。
ダノンは珍しい物を収集する他にもう1つ趣味があり、それが“決闘の観戦”なのだ。別に命のやり取りを所望している訳ではなく、相手の手をどう超えるか、という刹那のやり取りに美しさを感じるらしい。オクタヴィオにはいまいち分からない感覚だったが、そういう人もいるんだろうな、と思う。
ちなみに、ダノンは決闘を行うに当たってきちんと市街警備隊から許可を得ている。隊員の確認の元で行われることにはなったが、基本私闘は禁止のはずの都市内であれよあれよと言う間に決闘の場を実現させてしまったその手腕は流石と言えるだろう。
「てかおい、お前の得物はそれでいいのか?」
「ん?」
決闘の開始寸前、身の丈ほどのツーハンドソードを構えたラルフはカイトに問う。カイトの手には武器と呼べる物は見当たらず、スカイボードが抱えられているだけだった。実際にはアクセサリー型の魔導具を身に着けていたり、腰を覆うように着けられたウェストバッグの中にいくつか隠し持っているのだが、少なくともラルフからはそう見えた。
「ああ、問題無いぜ。それに、最初から手の内を見せる訳ないだろ?」
「……へっ、違いねぇ」
白々しく笑みを浮かべるカイトに犬歯をむき出しにして応えるラルフ。その光景を見て、アンナはどうなるんだろうと怯えつつも少しわくわくした表情で、ユーリスとオクタヴィオはカイトを心配そうな表情で見つめる。
だが、その意味合いは少々異なる。ユーリスはラルフの実力を知っているが故にカイトが怪我をしないかの心配をし、オクタヴィオはカイトがやり過ぎて街を破壊しないかの心配をしていた。もう数年の付き合いになる。オクタヴィオは自分の親友がどのような“性質”なのかを十二分に理解していた。
「カイト!」
思わずオクタヴィオはカイトに向かって叫ぶ。それを隣で聞いたユーリスはカイトのことが心配なのだなと想像した。贔屓目に見なくても自分の相棒は強い。馬鹿で短気で短慮で喧嘩っ早いが、決してそれだけではないのだ。
とは言え、オクタヴィオの実情はその正反対だったが。
その声に対し、カイトはオクタヴィオの方向を向いて親指を立てることで応える。
「おう、任せとけ!」
面倒なのでさっさと済ませて帰りたいカイトは、「速攻で終わらせろよ」という意味に受け取った。勿論実情は全く違う。カイトの笑顔を見てオクタヴィオは自身の血の気がさらに引いたように感じた。
良い頃合いだと思ったのか、自ら志願して審判を務めるダノンが一歩前に出た。
「ふむ、ではよろしいですかな? 先に一撃を入れた方の勝ち、周囲に被害を出したら反則負け、後は個人に任せます」
それを聞いてオクタヴィオは少し安心をする。だが、カイトは負けず嫌いではあるが目的のためならば反則負けも厭わない。自ら攻撃に当たりに行って負けることは無くとも、わざと周囲に被害を出して勝負を即行終わらせる危険もあるため、油断はできない。カイトが聞いたら苦言を呈しそうな考えだが、オクタヴィオは本気でそう信じていた。
カイトの魔導王へのこだわりは相当なものであるため、態々負けに行くとは考えにくいが、何を起こすか分からない。油断は禁物である。
本当なら決闘自体を取りやめさせればいいのだが、進んでしまった事態に手は出せない上に、オクタヴィオは普段から強く己の意見を通すということが苦手だった。そんな自分の性格に嫌気が差すが、街に危険が無いようにしたいのは本当であり、取りあえず自分が行使できる中で一番強度のある結界型の防護魔術を組み立て始めた。
そして、審判であるダノンの手が前にピンと伸ばされ、合図とともに振り下ろされた。
「始めッ!」
「シッ!!」
先に前へと飛び出したのはカイトだ。それなりにあった間隔を一瞬で詰め、ラルフへと飛び掛かって手に持ったスカイボードを振りかぶる。木の板とは言え、力を込めて殴られてはそれなりに痛いだろう。
だが、ラルフはそれを完全に見切り、半身で回避し大剣を振りかぶる。
「遅ぇよ」
「そっちこそ」
大剣が振り下ろされる。一応手加減をしているのか剣の腹で殴るようにしていたが、それでもその一閃は目にも止まらぬ速度でカイトへと迫る。だが、一瞬早くカイトは空中でスカイボードの機能を発動。飛行魔術が行使され、剣を躱すとともにラルフの背後へと三次元軌道でもって移動した。
そのまま容赦なく頸椎へと踵落としを放つが、ラルフは手首を返して大剣を自在に操ることで蹴りを防ぐ。攻撃を防いだことでラルフはにやりと笑みを浮かべるが、カイトは特に慌てず指をひとつ鳴らした。
その瞬間、ラルフの目前にて突如小規模の爆発が次々と起きた。
爆発によってくぐもった音と共に濃い白煙が撒き散らされ、一瞬で辺りを埋め尽くす。中の様子が分からないことに観客がざわつくが、すぐさまラルフが跳躍で距離を取るように飛び出してきた。その身体は爆発を間近で受けたのにも関わらず当然のように無傷で、相変わらず好戦的な笑みを浮かべている。
着地の後、調子を整えるかのようにラルフが大剣を一振りする。すると、剛腕によって振られた剣は空気をうねらせ、風を起こして煙を吹き飛ばした。煙が晴れると、スカイボードを持ったカイトもまた何事も無かったかのように立っている。場は両者の位置が入れ替わったのみで、仕切り直しとなった。
この間、僅か十数秒足らずである。
「へっ、思ったよりやるじゃねぇか」
「あんたもな」
片方は嬉しそうに、片方は面倒くさそうに言った。
小休止を置いて、両者は再び激突する。カイトは素早い動きとスカイボードを利用した立体的な軌道でラルフを翻弄し、時には魔導具を使って優位に立とうとする。対してラルフは未来予知にも匹敵する恐ろしい直感でカイトの動きを先読みし、その行動を潰すように大剣を振るう。
決闘は互いに決定打に欠けたまま進んでいたが、ラルフが放った蹴りをカイトが右腕で防ぎ、その勢いを利用して大きく距離を取ったことで再び凪とも言える時間が訪れた。
着地し、同時に袖の下に隠し持っていたブレスレットにひびが入って砕けたのを見て、カイトははあ、と溜息を吐いた。
「じいさん、この試合に使った分の費用は負担してくれるのか?」
ふと、カイトは傍らに立つ審判のダノンに尋ねた。
その問いはオクタヴィオの顔をさらに青くさせるが、そのことに気付くはずもなく、ダノンは少し考えて答える。
「……いいでしょう。提案者は私ですし、それが必要な経費だというのであれば出すことにしましょう」
ただし、街の破壊や相手に必要以上の怪我を負わせた場合は認めません、と続けた。その答えを聞いてカイトはにやりと口角を上げた。
トン、とつま先で調子を確かめるように石畳を叩いたカイトは、何をするのかとワクワクした顔で待っているラルフへと目線をやる。
「さっさと終わらせる」
そう言って腰のポーチから取り出したのは、片手で掴める程度の大きさの立方体だった。黒一色に染められたそれは、傍目からは用途が想像も出来ないが、ラルフは何となく嫌な予感を感じ、眉を顰める。根拠は全くないが、ラルフの勘はカイトの取り出した物体を危険物だと判断したのだ。
そして、オクタヴィオはカイトが取り出した物を見て諦めたように空を仰ぐ。魔導具師であるカイトは当然得物も魔導具なのだが、持ち運ばなければ意味は無いし、うっかり街を破壊するほどの強力な魔導具などそう普段から持ち歩かない。カイトに限れば低威力の物でも最悪の結果を引き起こす可能性はあるが、その場合は下準備が必要な場合が多く、オクタヴィオの阻止が間に合う。よって、最優先目標である街の安全は守られる―――はずだった。
(ああ、駄目だ。あれは駄目だ。確かに持っててもおかしくない大きさだけど、それ君の切り札じゃないか! 何でただの買い物にそんな物持って来てるんだよ!)
右手に持った立方体を軽く放ると、それはそのまま重力に逆らって滞空した。同時に、カイトは再びポーチの中に手を入れ、滞空している物と同一のものを新たに取り出す。
そうして取り出された立方体は計6つ。そのどれもが中にマナ結晶を内蔵した魔導具である。6つの魔導具は全て宙に浮き、カイトの周りをくるくると巡回し始めた。
「へぇ、面白いもの持ってんな」
「俺が作った遠隔操作デバイスでな。言っちまえば切り札の1つだよ」
そう言ってカイトが周りを浮遊する魔導具に手を翳すと、魔導具のひとつひとつを起点として小さな魔術式が出現する。続けてもう一度カイトが腕を振るうと、魔術式は一瞬で拡大し、数倍の大きさへと変化する。
術式は淡く発光しながらその機能を十全に発揮し、周囲からマナを掻き集めて収束させていく。加えて電撃変換術式が組み込まれているのか、マナの塊は次第に紫電を帯び、バチバチと物騒な音を放った。
収束砲と呼ばれるその魔術の原理は、マナを周囲から集めて撃ち出すというとても単純なものであり、基本的な魔術の1つにも数えられるポピュラーな物である。だが、シンプル故に収束砲は規模と収束率によって上限無く破壊力を増す。今展開されている収束砲は規模こそ小さいが、規模に対するその収束率はとんでもなく高い。さらに、この砲撃には電撃変換というマナを雷に変換する機能までつけられており、無防備で当たれば良くて感電、悪くて即死という危険な代物へと変貌を遂げていた。
勿論電撃と言う物理的なエネルギーを得たことで街への被害も増大している。しかも、魔術式は魔導具1つにつき1つ展開されているため、合わせて6つもあるのだ。それなのに平気で街中で撃ち放とうとするカイトは頭がおかしいに違いない、とオクタヴィオは思った。
「ほう、複数の魔導具を使った術式の多重展開か」
「あ、あはは……」
オクタヴィオの隣ではユーリスが感嘆の表情を浮かべて分析を行っているが、オクタヴィオとしてはもう乾いた笑みを浮かべるしかない。カイトが現在使っている魔導具は、宙を飛ぶ立方体6つと、それを制御する腕輪型の魔導具1つの計7つである。カイトが行っているのは単なる魔導具の操作ではないため、それらを制御しきるのは驚嘆に値する。もっとも、カイトが次々と常識を破壊していく様を傍から見ているオクタヴィオにとっては、その程度のことでは一々驚く気も起きないのだが。
そして、そんな凶器を向けられたラルフだが、その顔に恐怖や怯えといった負の感情はなく、むしろにやりと先程のカイトと同じように、いや、それよりも凶悪そうに顔を歪めた。その表情から伺えるのは強敵と出会った歓喜、そして純粋な闘気である。
「いやいや、ガキだと思って舐めてたが、これはなかなかヤバいな。ああ―――」
腰を落とし、大剣を肩に担ぐ。その瞬間、ラルフの存在感が急速に拡大し、決闘の場を支配する。
―――ちょっくら、本気を出そうか。
言葉にならぬプレッシャーが、一気に噴出した。
ラルフの体から赤い半透明の靄、陽炎のような形でマナが立ち昇り、瞬く間にラルフを覆って逆巻き、圧倒的な威圧感を伴う暴風と化す。
だが、暴風の如く吹き荒れていたマナは突如収縮し、その全てが肩に担いだ大剣へと飲み込まれる。
ラルフはマナを飲み込んだことで緋色に輝く大剣を軽く振った。その周囲には、マナの残滓が風で飛ばされる花弁のように宙を舞った。
「何あれ……」
その幻想的な光景を見て思わず声を漏らしたアンナに、傍らに立つユーリスが若干焦りながらも答えた。
「あ、ああ。あれはあいつの持つ大剣の能力でね、原理は分からないが、使用者のマナを取り込んで衝撃波を放つんだが……」
「……あの、それ街に被害は……?」
オクタヴィオからの問いには答えず、ユーリスは無言で腕を振るい、決闘の場を隔離するかのように結界を張った。行使された結界魔術は通常のドーム型とは違い、上を吹き抜けにすることでエネルギーを逃がし、その強度を数段高めた特別製だった。だが、オクタヴィオはそのことに頭が回るよりも先に「結界を張る」という行為が導き出す答えに、胸の内で静かに慟哭した。
(必殺技の打ち合いとか、何度も言うけどこんな街中でやることじゃないよね!)
心で涙を流すオクタヴィオを余所に、決闘は着実に決着へと近づいて行く。
「なかなか面白そうな物持ってんじゃねぇか」
収束砲を待機させたまま、カイトはラルフへと言葉を投げかけた。少しでも相手の情報を仕入れようとしているのと、純粋に魔導具師としてラルフの大剣に興味があったからだ。
対するラルフもまた、いつでも大剣を振ることが出来る体勢を保ったまま、カイトの言葉に鼻で笑って返す。
「ハッ、やらねぇぞ」
「興味はあるが要らねぇよ。金喰いそうだし面倒だ」
「分かってねぇな。じゃじゃ馬だからこそ乗りこなし甲斐があるんじゃねぇか……それよりどうした。来ねぇのか?」
「うっせ。そこまで言うなら―――お望み通り、喰らいやがれッ!!」
カイトが鋭く叫ぶと、紫電を纏ったマナがバチバチと物騒な炸裂音を上げ、一際小さく収束する。そして次の瞬間、閉じ込められて行き場を失っていた力が解放され、圧倒的な雷の奔流が次々と撃ち出された。凄まじい光と音を伴い、雷撃は全てを貫く閃光と化す。
雷撃は刹那の時を経てラルフへと奔り、その空間ごと薙ぎ払おうとするが、それより早くラルフは笑みを浮かべたまま大剣を一閃する。
「ぶった斬るッ!!」
黄の閃光はラルフを飲み込もうとするが、一瞬早く振られた大剣によって斬り裂かれて消滅する。驚愕を顔に浮かべたカイトを見てラルフは笑みを深めると、続けて放たれた二の槍、三の槍も大剣によって掻き消し、遂には全ての雷撃が閃光と炸裂音を残して相殺された。
「無茶苦茶だろ!」
「ハッ、今度はこっちから行くぜ!!」
雷撃を防いだラルフはそのまま大剣を振るい、カイトへ向かって赤に染まった斬撃型の衝撃波を飛ばす。
カイトは相手の予想以上の攻勢に舌を打ち、スカイボードを操って空へと逃れることで衝撃波を躱し、同時に再び用意した雷撃を連射する。対するラルフも空中から放たれる数多の雷撃を躱し、弾き、斬り裂くことで防ぎ、手の届かない場所にいる敵に向かって二度、三度と斬撃を飛ばす。
「くっ、結界が持たないな」
「手伝います!」
赤と黄の織り成す幻想的な円舞は見る分には美しい物だが、周囲に被害を出さないために張られた結界へのダメージは少々では済まなかった。結界の維持に努めていたユーリスが苦悶の声を上げたことで事態の深刻さを知ったオクタヴィオは、自身の目的のためににべも無く協力を申し出た。
ユーリスの結界に用意していた魔術を重ねて時間を稼ぎ、その間に2人で結界の強度を底上げしていく。
「それで、筋肉ダルマの方は分かったんですけど、あのもやしは何をやってるんですか?」
そんな中、ユーリスの隣にいたアンナが決闘を指差して疑問を浮かべた。オクタヴィオは親友が散々な表現をされているのに苦笑を浮かべるが、特に否定する必要性を感じないので口出ししなかった。
そんなオクタヴィオに対し、ユーリスはアンナの問いに「ふむ」と返し、魔術を操作しながらもカイトの方を見やる。狭い結界内ではカイトが猛スピードで空を飛びながら雷撃を連射し、それをラルフが驚異の反射神経でいなし、隙を見ては斬撃を飛ばして反撃する、と言ったことが繰り返されていた。
しばらくその様子を眺め、見当を付けた辺りでアンナの方へと向き直った。
「さて、うちの筋肉ダルマは置いておくとして、彼のしていることは純粋に魔導具の行使だろう。そう言えば、アンナちゃんは魔術の原理は知っているかい?」
「えっと、マナに性質を与えて色んな現象を起こすんですよね?」
「うん、正解」
人間は皆体内に“スピラ”と呼ばれる器官を備えており、このスピラにてマナを操り、魔術を引き起こす。スピラは人の意思によって魔術式を構築し、その術式に通すことでマナに“性質”が与えられ、魔術と呼ばれる現象が引き起こされるのだ。
そして魔導具は、構築できる魔術式は予め限定されてしまうが、マナを注ぐことでスピラの代わりに魔術式を構築し、魔術の行使を可能とするのである。
「カイト君の使っている魔術は “収束砲”と呼ばれるものだね。“収束”の性質を与えたマナを呼び水に周囲のマナを掻き集めて、それに“放射”の性質を与えて相手にぶつける簡単かつ強力な物だ。しかも、彼はそれに電撃変換を加えているみたいだね」
そこで一旦言葉を切り、結界内へと視線を戻しながら言葉を続ける。
「あの系統の魔術自体はそう珍しい物じゃないんだけど、難易度は高いし魔導具で再現するとなるとさらに跳ね上がる。彼は魔導具師って話だけど、自分で作ったのならとんでもないね」
「……うーん。要するに、あのもやしはもやしのくせに中々やるってことですか?」
「えーと……うん、まあそういうことで良いと思うよ」
先程口論したせいでカイトが実力者であるという言葉を認めたくないのか、アンナは複雑な表情で決闘を続けるカイトの方を見やる。その隣のユーリスは気になることがあるのか、結界の維持に意識を割きながらも、真剣な表情でカイトの行動を観察していた。
一方、カイトとラルフの決闘は佳境を迎えていた。カイトはスカイボードを駆使して狭い結界内を飛び回り、展開した魔導具で周囲のマナを収束し続け、雷撃を放出し続ける。それに対し、ラルフは結界内の中央で腰を落として陽炎を纏った大剣を構え、自身へと向かってくる雷撃を片っ端から相殺し続けた。
どちらも決定打に欠け、決闘は高い水準で膠着状態へと陥っていた。幸運にも今のところ周囲への被害は発生していなかったが、どちらもまだ余力は残している様子であり、にも関わらず結界は既に限界を迎えようとしている。このままではそう遠くない未来に結界は崩壊し、大雨によって河川が決壊するように災禍が撒き散らされるのは想像に難くない。
オクタヴィオが危惧するのは、これ以上のマナ結晶の消費を嫌ったカイトがここ一番の大技で勝負を仕掛けることだ。消費が大きいために普段は使わないが、戦闘によって普段以上に一般常識が麻痺しているとしたら。そう考えると、オクタヴィオは気が気ではなかった。
その予想に反し、先に膠着状態を打ち破ったのはラルフだった。
斬撃を飛ばしながらも隙を見て魔術式を構築し、今まで一度も使ってこなかった魔術を放ったのだ。
行使したのは“放出”と“拡散”による砲撃魔術の亜種。広範囲へと広がる衝撃波である。
「のわっ!?」
威力もさほど無い形ばかりの拙い魔術だったが、斬撃を躱すことに気を取られていたカイトの体勢を崩すのには十分だった。
そして、その隙を見逃す程ラルフは甘くない。すかさず逆袈裟に大剣を振り上げ、斬撃を飛ばす。
斬撃を知覚した瞬間にカイトは身を捻って回避を試みるが、完全に回避することは叶わず、斬撃は運悪く射線上にあったスカイボードへと直撃し、真っ二つに切断した。
「あっ、スーパーオクタヴィオ号が!?」
切断されたスカイボードはあらぬ方向に飛んでいき、そのままカイトは石畳へと落ちて行く。そして、スカイボードを失って移動手段の無い空中のカイトは、誰がどう見ても隙だらけであった。
地面へと落ちて行く途中、カイトが見たのは笑みを浮かべ、今まで以上の赤の輝きを放つ大剣を構えたラルフだった。
「げっ」
「そこそこ楽しめたが、これで仕舞いだ。ちょいと遊び過ぎたのかマナが足んねぇが―――」
慌ててカイトは滞空している自身の魔導具を操るが、ラルフが大剣を振り下ろす方が圧倒的に速い。
「―――礼代わりだ。受け取ってくれや」
上下逆さまでうんざりとした表情をしているカイトを見て口角を歪め、ラルフはそのまま大剣を振り下ろした。
放たれた真紅の斬撃は地を割り、空を裂き、龍の咢を模してカイトへと迫り、その身に比べあまりにも矮小な敵の姿を飲み込むようにして炸裂した。
「カイトッ!!」
オクタヴィオは赤い龍の中へと消えた親友の名を叫んだ。隣のユーリスが頭を抱える程度で済んでいるため、喰らった相手を即死させる類の技ではないのだろうが、それでも今までに双方が使った魔術と威力が違いすぎる。結界は龍の直撃と共に飴細工かのように破壊し尽くされ、ただ空中をマナの残滓が煌めくのみであった。
そうしてしばらく暴れ回り、暴虐の限りを尽くしていた赤い龍であったが、突如ガラスが割れるかのような甲高い音が響き渡ったかと思えば、徐々にその姿を歪ませ、あからさまに不自然に、空気中に溶けるようにして消滅した。
龍の消えた跡地には右手を掲げたカイトが立っていた。カイトは完全に龍が消えたことを確認すると、ひとつ息を吐いで身体から力を抜いた。ラルフが放った赤い龍―――高濃度マナの大型衝撃波は、本来あのように消えるものではない。カイトが何らかの手段を講じたのは明らかだった。
理解の範疇にない出来事に、ラルフは取りあえず距離を取るために後方へと跳ぼうとするが、そこでまったく足が動かないことに気が付いた。
「んなっ」
何時の間にか、ラルフの両足は拘束魔術によって地面に繋ぎとめられていた。そのすぐ傍を見ると先程カイトの周囲を浮遊していた魔導具の1つが地面の近くを滞空している。そこから魔術が放たれたのかと想像するラルフの視線に気付いたかのように、魔導具はそのまま空高く上方へと飛んで行った。
舌打ちをひとつして、マナを込めた大剣で拘束を断ち切ろうとするが、振りかぶったところで手の甲に意識外から魔導弾を喰らい、大剣を弾き飛ばされてしまう。
大剣が地面を転がって硬い音を立てる中、煤で汚れたカイトは固まった関節を動かしながら、ラルフと会話できる位置までゆっくりと近づいた。
「あー、身体中痛いんだけど。これ間に合わなかったら死んでたんじゃね?」
「テメェ、何しやがった?」
「まあ、秘密かな。とは言え、こっちも犠牲があったわけだが」
ラルフの言葉にカイトは右手を軽く掲げて応えた。その手の中では先程カイトの周りを浮遊していた魔導具のうちの1つが姿を晒しているのだが、カイトが無造作にその魔導具を振ると、中からはカラカラカラ、という中身の詰まってない軽い音がする。魔導具に詳しくなくとも、あまり好ましい音ではないことは察せられた。
「一応手が出せる中で最高峰の素材で作ってたんだけどなぁ。これ絶対魔導回路溶けてるだろ。まったく、魔導具師が魔導具壊されたら負けみたいなもんだぜ」
「じゃあこれ解けよ!」
溜息を吐いたカイトに、身体を捩じらせてラルフが言い返す。本来ならばこの程度の拘束でどうにかなるような鍛え方はしてないのだが、街を壊さないという制約―――正直今更な話ではあったが―――と、先ほどの一撃でマナを消費し過ぎたのか、拘束を振り解くほどの力が出せないようであった。
先の一撃は、本来はあの程度の威力ではない、対多用の殺傷能力抜群な文字通り“必殺技”である。それを制約に沿う形に抑え込み、かつ派手好きな自分が満足できる形に構築し直したため、あのような形になったのである。結果、本来の数倍以上のマナを消費し拘束から抜け出せなくなった。完全に裏目に出ていた。
「いや、それじゃ俺の気が済まない。お前の仇は取るぜ、我が子よ」
そう言って、魔導具の残骸をポーチに仕舞ったカイトは、ひとつ指を鳴らす。
すると、破られた結界の残滓や、赤い龍の残した欠片、周囲に存在するありとあらゆるマナが上空へと飛んでいく。
それに釣られてラルフが空を見上げると、青い空の下に、巨大な魔術式が展開されているのが目に入った。魔術式の外周には見覚えのある立方体の残り全てが存在している。
術式が巨大な分効果範囲が広いのか、マナの塊は先程よりも大きなものとなっているが、それでもなお成長が止まらない。先程と同様に電撃変換術式が組み込まれているのか、次第にマナは紫電を帯びていき、バチバチという物騒な音を立てた。
「天の怒り、神の雷。見よ、これが世界の終焉だ―――ってな。ま、そこまで電撃の変換率は高く設定してないし、死にゃしないだろ、多分」
心底面白そうな笑みを浮かべるカイトの言葉に反応したのは、流石に顔を引きつらせたラルフではなく、観客であるオクタヴィオだった。
「―――って、カイト! あんなの撃ったらこの広場消滅するでしょ! もう少し加減っていうものを考えてよ!」
「いやいや、それは心外だなオクト君。いくら私でも考えなしにあんなの撃ちませんぞ」
「じゃあ何で撃とうとしてるんだよ!」
「そりゃ、どのくらいの被害で抑えられるかの実験―――ごほん、敵討ちさ」
「聞こえてるからね!? あー、もう! そんなんだから“学院”で問題児とか大魔王って言われるんじゃないか! 君のせいでどれだけ僕が苦労してるか……!」
「あー、はいはい。お小言は後で頂戴しますよっと」
打てば響くように、と言うか半泣きで必死に言葉を返して来るオクタヴィオを愉快そうに眺めて右手をひらひらと振り、カイトはさて、とラルフの方を見やる。
「天の一撃を受ける覚悟は出来たか?」
「……カミサマの怒りにしちゃ、随分とちんけなもんだな」
「まあ、確かに。んじゃ変更だな」
右手を天へと掲げ、カイトは恰好を付ければ不敵に、率直に言えばにやにやと、口の端を吊り上げ笑みを浮かべた。
「魔王カイトの一撃だ」
空中の魔術式が一際強い輝きを放ち、カイトは躊躇いなく掲げた手を振り降ろす。
天を割り、空を裂き、白雷の柱が顕現した。