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第二十七話 ≪離別の剣≫




 時刻は少し巻き戻り、赤鬼兵が艦橋へと拳を叩き込んですぐのこと。


「まったく本当に……本当に無茶過ぎるでしょ……!」


 ゲホッエホッ、と舞う粉塵を吸い込み、オクタヴィオは咽かえった。

 そして、少しして身体を包んでいた赤鬼兵の指が開かれ、そして続けて突き破った壁から腕が引き抜かれ、穴から陽が差して部屋の全容が明らかになる。

 室内は薄暗く見通しが悪かったが、それでもそれなりの広さが見て取れた。部屋は半円を描いており、弧の部分にパネルやメーターなど、複雑な機器が存在する。操舵室みたいな感じかな、とオクタヴィオはそのような印象を受けた。

 そして、現在オクタヴィオが立つのは―――つまり、壁に大穴が開いたのは弧の中心部分。見事に計器は破壊されていた。


 あっれー? とオクタヴィオの表情が凍り付き、額を汗が流れた。


「こ、これ大丈夫なのかな? 墜ちたりしないよねっ!? あーもー、これだからあのバカイトは! というかこんなこと前にもあった気がするんだけど!!」


 先日の暴走モノレールのことである。オクタヴィオは操縦不可能な乗り物に乗り合わせるという非常に稀な経験をひと月に二回も体感していた。言うまでも無く異常である。

 そうしてオクタヴィオが愕然とした面持ちでいると、部屋の奥の扉がスライドし、コツコツ、と硬質な靴音が聞こえてきた。

 やがてそれが止まると、暗い通路から1人の男が室内に顔を出す。男はオクタヴィオを視界に収めるなり溜息を吐き、既に仮面の無い素顔を右手で覆い、そのまま前髪を掻き上げる。


「やれやれ、また君か。こんなところまで来るとは、懲りない少年だ」

「エミリオさん……って、その腕は!?」


 見ると、エミリオの左腕は腕の半ばあたりで消失しており、そこからは途中で千切れたスーツの袖が伸び、さらにひたひたと血が流れている。片腕を失ったためか身体のバランスは乱れており、血を流し過ぎたためか顔色も青白い。見るからに重体であった。

 だが、オクタヴィオの驚きの声にも希薄な反応しか返さず、むしろ何でもないかのように口を開く。


「ああ、これか。君が知っているかは知らんが、元協力者にやられてな。まあ方向性の違いと言うやつだ」

「方向性って、そんな」

「ふっ、元より死は覚悟していた。まさかここで手の内を返されるとは思ってもみなかったが。だが、所詮は利用し合う存在だ。こんなものだろう」


 酷く軽薄な笑みを浮かべ、エミリオは虚空へと手を這わす。すると、空中に魔術式が展開され、粒子が集まるようにして一本の剣が出現した。

 銀色に輝く直剣だ。装飾は少ないのにどこか絢爛で気品のある雰囲気を漂わせており、一目見ただけで業物だと分かる。

 エミリオは剣を掴み取り、軽く振った後に昔を懐かしむように剣身を眺めた。


「銘はセパラツィオーネ。またの名は離別の剣。我が家に伝わる名剣のうちの一振りだ。もっとも、今ではこの剣以外は行方も知れぬがな」


 そう言って、エミリオは剣をオクタヴィオへと向けて構えた。その構えは堂に入ったもので、双銃剣を構えた際の自然体とは比べ物にならないほどの「圧」がオクタヴィオへと襲い掛かる。

 じり、と思わずひとつ後ずさりし、オクタヴィオは剣の柄に手を置くも、引き抜く前に口を開く。


「あなたの目的には艦砲が欠かせないんですよね? なら、もう目的の達成は不可能のはずです! これ以上の争いは無意味じゃないですか!?」

「然り。さらに言えば、この身体はもう長くは持たない。応急処置こそしたが、血を流し過ぎた。マナももう底をついている」

「なら!」


 叫ぶオクタヴィオに、エミリオは静かに首を振った。


「元より命は捨てたつもりだった。だが、いざ死を目の前にしてみると、少々思うところがあってな」


 口調も表情も驚くほど穏やかなものであった。必死の形相でこちらを見つめるオクタヴィオに、エミリオは軽く微笑んだ。


「復讐の一念でここまで来たが、我が身を駆り立てる妄執が今では何処へと消え去った。命と共に零れ落ちたのかもしれない。……そうすると不思議と疑問に思ってな。既にテロリストとしての私は死んだも同然だ。ならば、今の私は誰なんだろう、と」


 剣がカチャリと音を立てる。それは静かな室内でやけに大きく聞こえた。


「悲しくなったのかもしれないな。自分が誰なのか、何なのかが分からない」

「それで、剣を」

「確かめようと思ってな。復讐を除けば、私の生には剣があった。汚してはならぬと封じていたが、テロリストではないなら天上にて待つ父上も許すだろう」


 この世界で広く信仰されている空の女神の教えでは、人のみならず生命は死すと躯から解き放たれ、女神の坐す天上の国へと導かれる。そこで審判を受け、生前の業を雪ぐのだ。


「これも何かの縁だ。付き合ってくれるとありがたい」

「……でも」

「理由が必要なら……そうだな、これでも鍛錬は怠っていない。片腕を失った身ではあるが、何か盗めばいいだろう。……ああ、それと捉えた少女の件もあったな。正直なところ拘束すらしていないが、気は失っているため万が一艦が墜ちたら助からん。私を斬り、早々に助けに行くのが良いだろう」


 ダガーの件が先に出ないのが、エミリオの元々の善性を表しているとも言えた。逆に、きっかけがあれば善性を持とうとここまで堕ちてしまうのである。オクタヴィオは歯を食いしばってエミリオを睨み、腰の剣を抜き放った。

 その様子にエミリオは瞑目し、口を開く。


「アルジェント王国大将軍、カルロ・エルコラーニが嫡男、エミリオ・エルコラーニ!」

「……イリオス国首都上級学院所属。第4学年、オクタヴィオ・フローリオ」


 剣を構え、名乗りを上げる。まさしく決闘の礼であった。自らの頼みに付き合ってくれる若人に感謝の意を表し、エミリオは半身に剣を構える。今では使わない、父に叩き込まれた剣術の構えである。

 オクタヴィオも目の前の先人の意思を汲み、剣を構える。心中は複雑で、お世辞にも決闘直前の心持ちとは言えなかったが、それでも視線だけは逸らさない。


「参る」

「行きます」


 太陽が雲に隠れ、それが再び顔を出す。一層薄暗くなった室内に再び陽が差した瞬間、2人の剣士は同時に駆け出した。


 身体強化によって加速したオクタヴィオは床をめり込ませてエミリオへと突撃し、対するエミリオはオクタヴィオの斬撃を流水のような滑らかな剣筋で捉え、そのまま完全に力を受け流し、剣一本でその身体を後方へと投げ飛ばした。

 片腕を失くし、マナも尽きかけ魔術も満足に使えない状態でこの結果である。とは言え、オクタヴィオとエミリオでは年季も過程も覚悟も才能も何もかもがかけ離れている。万全の状態ならばオクタヴィオは既に真二つに斬られている。これでもかという程のハンデキャップがあり、ようやく互角か、エミリオが少し抜き出るかという差に収まっていた。


「甘いぞ、踏み込みに無駄な力が入っている。全身の力の悉くを制御するんだ」

「くっ……!」


 投げられたと知覚するや否や体勢を立て直して反対の壁に着地し、オクタヴィオはそのまま現在のエミリオに勝っている武器、即ち、魔術行使によるスピードを活かし、そのまま壁天井を蹴り飛ばして翻弄するように室内を駆け巡る。

 だが、その動きはエミリオに完璧に把握されており、部屋の中心に立ったまま一歩も動かず、右手だけを動かしてオクタヴィオの猛攻を防ぎきる。


「速いだけでは到底武器にはならん」

「なっ!?」


 背面に飛び出し、エミリオが反応を見せるや否やすぐさま天井を利用してその反対側へと跳ぶ。だが、そうして完全に裏を取ったと思った瞬間、オクタヴィオの剣はエミリオに阻まれていた。

 剣を弾かれ、体勢を崩したところにエミリオの剣が振りかぶられる。類稀なる“眼の良さ”でそれを把握し防ぐために剣を引き戻すが、次の瞬間には別の方角から衝撃を受ける。

 吹き飛び、床を転がった後にすぐさま起き上がると、エミリオは残心を構えたままであった。どうやら剣の腹で殴られたらしい。


「眼は良いようだが、剣士の戦いに置いてはそれだけではどうにもならん。読むのは動きではない。呼吸だ」


 それはまさしく指導であった。剣を交わすたび、一合一合交錯するたびにオクタヴィオの剣筋は冴えて行く。足運びは自然に、体捌きは滑らかに、剣戟は苛烈さを増して行く。オクタヴィオに足りなかった“経験”と言う名の栄養素は、凡庸から頭一つ抜けた程度でしかなかったオクタヴィオを驚くべき速度で成長させていった。

 オクタヴィオは自身の実力が見る見るうちに伸びて行くのをどこか他人事のように自覚し、それについて喜ぶよりも、エミリオの意図を察し悲しくなった。

 キン、と剣と剣が噛み合わさり、鍔迫り合いを避けた両者が同時に距離を取ったことで、凪にも似た間が訪れる。呼吸を乱したオクタヴィオは、必死に息を整えてエミリオへと問いかけた。


「エミリオさん、あなたは……」

「礼を言うよ、少年。一手合わせた瞬間、私の中の剣が蘇った。これで私は剣士エミリオとして死ねそうだ」


 あまりにも穏やかな表情で、エミリオは言い切った。

 その言葉に、オクタヴィオは肩を震わせる。


「ふむ、怒ったか? 人間残りの時間が短くなると、自分が何を残せたかと気になるものらしくてな。思えば君には迷惑を掛けた。斬り結んだ相手に指南されるのは業腹だろうが、まあ亡霊の気まぐれとでも思ってくれ」

「そうじゃありません! 死ぬとか、そんな軽々しく言わないでください!!」


 オクタヴィオは生からの逃避を嫌悪する。それは自らの経験が絡んでくるもので、オクタヴィオの中で絶対に譲れないことだ。

 瞳に涙を湛えて叫ぶオクタヴィオに、エミリオは優しげな笑みを浮かべた。


「君は心優しい少年だな。だが、問題はそこではない。正直なところ、限界は程近い。傷を受けた際、どうやらスピラも傷ついたようでな。これ以上は治療を受けることすら難しいだろう。つまり、私が死ぬことは決定事項なんだ」

「……そんな。そんなことって」


 オクタヴィオにとってみれば、エミリオ・エルコラーニはテロリストである。オクタヴィオの愛するイリオスを騒乱に陥れた憎き犯罪者である。だが、だからと言ってその命が尊くないかと言われれば、決してそんなことは無い。

 先進的な法治国家で育った影響も多分にあるだろうこの考えは、人によっては「甘い」と断ぜられるかもしれない。それでも、人の命よりも重いものは存在しないのだ。


「ひとつ忠告しよう。どうしようもない失敗をしてしまった、先達からのアドバイスだ」


 険しい表情のオクタヴィオへと、エミリオは静かに語りかけた。


「私は祖国を失い、復讐の念に囚われた。だが、今思えばそこで見失ってしまったんだろう」

「……何を、ですか?」

「為すべきことを」


 断言するエミリオの言葉には、言いようのない力強さがあった。


「私の思い、願い。私の成すべきこと。一時の感情に引きずられてしまっては、本当の自分は見えなくなる」

「……なら、苦しくて、つらくて、どうしようもないことが起こった時は? 悲しみに暮れ、自分を見失いそうになった時、あなたならどうするんですか?」

「私は失敗してしまった身だからな。次があれば、と言う話になるが」


 苦笑しつつ、エミリオは言葉を紡ぐ。


「国を失い、家族を失ったが、全てを失った訳ではないんだ。守るべき民は今もあの土地に住んでいる。彼らを守るのも、今思えばひとつの道だったのだろう」

「…………」

「憎しみ、悲しみを封じ込めるという訳ではない。むしろ封じ込めるのは良くない。行き場を失くし、何れ暴発する。……言葉にするのは難しいが、胸で燻らせるのではなく、足に受け止め、地を踏みしめるべきだろう。重いものを背負うとどうしても目線が下がる。そうではなく、泰然と構え周囲を見回すべきなのだ。そこには、必ず何かが残っている」

「……足に、受け止める」

「ああ。私のようにはなるなよ、少年」


 そう言って、エミリオは赤鬼兵が開けた壁の大穴へと徐に近づいた。

 傍らに下げるのは離別の剣。敵に現世との別れを告げる慈悲無き剣であり、使い手を戦場に誘い愛する者との別れを告げさせる忌むべき剣である。

 オクタヴィオはハッと顔を上げた。何か、強大なものが迫っている。そして、オクタヴィオを背に庇うように、エミリオは泰然と、二本の足で地を踏みしめる。

 壁穴の外では、オクタヴィオでも分かるほどのマナが一点に集中しているのが分かった。もしそれが攻撃に利用され、こちらに放たれたとしたら、被害は想像も出来ない。

 そんな中、緊張を見せずに自然体で、エミリオはオクタヴィオへと振り返る。


「ああ、言い忘れていた。先程の少女なら通路を出た先、突き当りの右の部屋だ。早く迎えに行くといい」

「え、あ、で、でも! こんな状況で!」

「少年。先達としてもう一つアドバイスしよう」


 揺れる瞳に、エミリオの穏やかな表情が写り込んだ。

 そして言の葉が紡がれ、オクタヴィオの脳内へと刻み込まれる。


「後悔はするな」

「―――ッ!!」

「さあ行け、私は君の重しになるために生きて来た訳ではないぞ。これは私の選択で、君は君の選択があるだろう。目的を見間違えるな、オクタヴィオ・フローリオ」

「……はい」


 オクタヴィオの言葉はまだはっきりと言い切れたものではなく、少し言い淀んでいた。だが、その瞳から迷いは消えていた。


「……せめて、達者で」

「ああ。君のその旅路も幸運を祈ろう」


 そのままオクタヴィオはエミリオへと背を向け、廊下へと向かって走り出す。

 扉を潜り、エミリオの姿が見えなくなっても、決して後ろは振り返らなかった。

 そして、背後を極光が貫いた。


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