第二十六話 ≪精霊の御業≫
「よう。しけた顔だな、変質者」
会話の口火を切ったのはカイトだった。ポケットに手を突っ込み、尊大な態度で白衣の男を睨みつける。
対する白衣の男は忌々しげな顔で、嫌悪感を露わにしながら吐き捨てる。
「今更御託はいらないでしょう。サァ、殺し合いの時間です」
「そうかい。なら遠慮はいらねぇな!」
白衣の男は右手を振りかざし、カイトは拳を床へと叩きつける。
すると、カイトとオクタヴィオを取り囲むようにドーム状に数え切れないほど数多の魔術式が展開され、同時に甲板を覆う程の大きさの魔術式が足元を覆った。
「オクト!」
「分かってるよ。でもいつまでも防げるか分かんないから早くしてね!」
カイトの一声でその意図を察し、オクタヴィオは結界型の防護魔術を展開し四方八方から飛来する魔導弾を遮断する。
だが、オクタヴィオの想定よりも魔導弾は遥かに強く、結界には徐々に罅が刻まれ、広がっていく。
身体からマナをひねり出し、周囲に散ったマナも再収束して何とか結界を補修し保っていると、準備が終わったカイトから声が掛けられた。
「出来た! 掴まれオクト!」
「掴まれってぇえええ!?」
主語の抜けた言葉に疑問を呈そうとしたところ、カイトの張った巨大な魔術式が開き、そこからせり上がるようにして巨大な腕が現れ、オクタヴィオを掴み取った。
当然結界は壊れるが、腕は魔導弾の衝撃など意にも介さず、手の平の中にオクタヴィオを包んだままさらに肩、胴と魔術式から這い出してくる。
やがて魔術式が閉じると、甲板には超巨大な赤銅色の鎧を身に纏い鬼を模した面をつけた魔導人形が仁王立ちしていた。
「カイト、これって!」
「ああ。あの日からコツコツと改良に改良を重ねた俺の最高傑作! 収束駆動式魔導装甲弐式“赤鬼兵”だッ!!」
魔導人形の手の平の上から身を乗り出したオクタヴィオに、肩の上に立つカイトは自信満々に答えた。
これこそ、オクタヴィオが相互理解の大切さを学んだ一年次のトーナメントで出現したカイトの魅せ札、巨大魔導人形である。その力は、現れて早々トーナメントへの出禁&ルール改正を余儀なくさせるという偉業を成し遂げたと言えば自ずと分かるだろう。
正確に言えば一年の時と完全に一致している訳ではなく、オクタヴィオの記憶と異なる部分は多々ある。少なくともオクタヴィオの記憶では鎧や鬼の面など着けていなかった。
全長10メートルはある赤鬼兵が出現したことで、巡洋艦が大きく揺れる。
酷い揺れで前後不覚になりながらも、オクタヴィオは思ったことを叫んだ。
「ちょっと凄いことになってるんだけど、これ戦えるの!?」
「ぶっちゃけ呼ぶのにも保管するのにもコスト掛かるし、あんまし使う機会無いから思い切ってここで使い潰そうかと思って呼びました! 戦えるかとかそんなの考えてないぜっ!」
「この馬鹿カイト!」
「さあ行け赤鬼兵! あのいけ好かない白髪を叩き潰すのだ!」
オオオオオオン、と駆動音を響かせ、赤鬼兵は左拳を白衣の男の立つ場所へと叩きつける。もちろん当たれば即死であり、当たらなくとも余波だけで重傷は免れず、そうでなくとも拳を甲板に叩きつけるだけで碌なことにはならないが、それらを全て無視してカイトは攻撃を実行した。
ズドン、などと言う表現ではもはや生温い。文字通り地を割る衝撃が巡洋艦を直撃し、艦に多大なるダメージを与え船体を軋ませ、見事甲板を叩き割った。
悲鳴を上げるオクタヴィオを愉快そうに眺めながらカイトは赤鬼兵の拳を引き戻す。これだけの被害を撒き散らしたが当てられた気はしなかった。むしろ、見る限り転移魔術に通じていそうな白衣の男に大振りな一撃など当たるはずもない、とすら思う。
では何故実行したのかと言うと、カイトの中ではそれが最善だったからである。今後の流れを掴む、障害物を増やして後に出てくるであろう精霊戦に備えるなどが主な理由だ。もちろん、そこに“面白そうだから”が入るのはカイトが問題児たる所以である。
ふと、カイトは周囲のマナが後方へと流れて行くのを感じた。普通人間はマナの流れなど感知する事は出来ないが、カイトは身に宿す能力の影響で例外に当たる。
振り返ると、船首上方付近で空中に白衣をはためかせた男が立っており、その近くでまさに今マナが人の形を成そうとしていた。
カイトは素早く周囲を確認し、ひとつ舌を打つ。
「はあ、やっぱ大結界のマナを使ってるな。となるとあの円環を破壊しないと駄目か。……いや、そうすると精霊が解き放たれるな。友好的ならいいけどそれは楽観過ぎるか」
「それでカイト、どうするの?」
「精霊が出てくるとなると予想がつかねぇ。一応さっき干渉して構造破壊はしたんだが、この様子だと修復してるっぽいな」
カイトは苛立ちを露わにし、髪をガシガシと掻きむしった。
「ああもう、めんどくせぇ! 何だよ精霊って! 人間界に出てくんじゃねぇよ山奥に引っ込んでろ!!」
「僕に言われても……」
地団駄を踏むカイトに、空に立つ白衣の男は冷笑を浮かべる。
「アア、安心してください。先程のアナタの忌々しい小細工は治っていません。なので、あなたを確実に葬るためにこのお人形は捨てることにしました」
「はあ?」
「少々勿体無いですが、十分データは取れましたし、限界稼働実験は重要ですからねェ。まァ、必要経費でしょう」
そして、周囲のマナが収束し、精霊の姿が形作られる。だが、その姿は先程とは異なり、より人間に近いものだ。
先の半透明の身体は人間のような肌色の実体を持ち、結晶の衣を纏った金の髪の乙女が蒼空の中に舞い降りる。
そして、精霊がその瞳を開こうとするが―――
「させませんっ!!」
そのすぐ近くに転移の魔術式が現れ、そこから飛び出してきた1人の少女が精霊に向かって手を伸ばす。
すると、精霊の身体から吸い取られるようにマナが抜けだし、そのままガクンと精霊の身体が大きくぶれ、再び半透明の状態へと墜とされる。
カイトはすぐさま赤鬼兵を振り向かせると、少女は空中で体勢を整え、巨兵の左手の上へと着地した。
「クレアさん!? どうしてここに?」
「こんにちは、オクトさん。少々用事があって、学院長先生にここまで運んでいただきました」
乱れた髪を掻き上げ、そう言ってクレアは微笑んだ。
そして、すぐさまカイトの方を向き直って頬を膨らませた。
「それよりカイトさん! 幾らなんでも地下に放置は酷くないですか?」
「だってお前来ると面倒なことになりそうだったし」
「それはカイトさんがスクィナを潰すだなんていうから!」
「かと言ってあんなの無傷で無力化とか無理だろ! 戦闘力の違いは蟻と象並みなんだぞ!」
「それでも! スクィナはわたしの友達なんです!」
「アー、さっきから五月蠅いんですよォ!! 毎回毎回邪魔ばっかりしてくれやがってこの餓鬼どもがァ!!」
2人の言い争いを遮ったのは、肩を震わせ口調を崩した白衣の男―――探求者だった。その顔は数々の妨害から憤怒に染まり、瞳の中の深淵は加速度的に濃度を増している。
その様子に、3人の少年少女たちは思い思いの反応を返した。
「あらら、キャラ崩壊しちまったぞ」
「どうするんですかカイトさん、怒らせてしまいましたよ」
「俺のせいにすんなよ。クレアのせいだぞ、きっと」
「わたしだけのせいにしないでくださいよ!」
「僕、ここから離れてていいかなぁ? いやほら、ダガーさんを助けないといけないし……正直巻き込まれたくないし」
未だ言い争いを続けるカイトとクレアと、逃避方法を考え始めたオクタヴィオである。その様子に、探求者は再び肩を震わせる。
そうして怒りに震える探求者を眺めながら、カイトはオクタヴィオへと呼びかける。
「ならオクト。こっちは大丈夫そうだから、その間にさっさと目的を済ませてこいよ」
「え? 自分で言っといてあれだけど、大丈夫なの?」
「まあ少しくらいはな。クレアのお蔭で精霊に吸収されるはずのマナが周囲に溢れて俺も全力を出せる。精霊も不調なのか再収束の様子も無いし、まあ何とかなるだろ」
気軽に言って、カイトは赤鬼兵を操作し、艦橋に向き直させる。
オクタヴィオは巨大な腕に握られたまま、急速に増した悪寒に声を震わせた。抜け出そうとしたが、赤鬼兵の巨大な手の平はオクタヴィオを包んで離さない。
「え、えっと……カイト? じゃあお言葉に甘えて僕はダガーさんを探してきたいんだけど」
「まあ待てって。そう言うのって大体司令部的なとこに居るのが普通だろ? んでもって司令部って大体艦橋とか高いところにあるじゃん?」
「どこの普通!?」
「小説とか」
「せめて現実の話をしてよ!」
オクタヴィオの心からの叫びであった。無論カイトには届かない。
そのまま、カイトは清々しい笑みを浮かべ赤鬼兵を操作する。
「まあ遠慮するなって。そこまで届けてやるよ」
「嫌だぁああああ!! お願いだから降ろしてよ!!」
「ほれズドン」
赤鬼兵はオクタヴィオを握りしめたまま右腕を引き絞り、艦橋に向かってテレフォンパンチを放つ。
ズドン、という表現では生温い衝撃音が再び響き渡り、再度巡洋艦が大きく揺れた。
◆ ◆ ◆
「……大丈夫なんですか、今の」
「平気だろ、オクトだし」
赤鬼兵の腕が突き刺さった艦橋を見ながら、クレアは心配そうな表情で口を開いたが、対するカイトはいつもの調子で、何の憂いも無かった。むしろ少しばかりウキウキしている。
カイトの平然とした様子にクレアは訝しげな視線を向けてくるが、それは無視して再び赤鬼兵を動かす旨を身振りで示し、向きを変える赤鬼兵の上でバランスを取る。
向きが変わり探求者と向かい合うと、彼は俯き顔を覆い、激しい感情が漏れ出したかのように肩を震わせた。
「ここまで……ここまで虚仮にされたのは初めてです」
「ああ、そうかい。随分と障害の無い人生を送って来たんだな」
「……もう、イイです。ワタシは帰ることにします。この人形の暴走に巻き込まれて散るといい」
そう言い残し、探求者は転移魔術を起動し、姿を消す。
距離が離れていたこともあり、介入する隙は無かった。カイトは声を上げようと口を開くが、その時には既に白衣姿は魔術式の中に消えており、思わず伸ばしかけた手をポケットに突っ込んで舌を打つ。
「くそっ、あの野郎逃げやがった! まだぶん殴ってねぇのに」
「それよりカイトさん! スクィナの様子が!」
視線を空に浮く精霊へと向けると、まるで苦しんでいるかのように頭を両手で押さえていた。そして、背負った円環は高速で回転し、それが速くなるにつれ精霊の苦しみはさらに大きくなる。
やがて、半透明な口から声にならない叫びが溢れだした。
「■■■■■■■■■■――――――――ッッ!!!」
何と言ったのかは理解出来なかった。もしくは意味なんて無いただの叫び声だったのかもしれないが、それでもカイトにはその声が助けを求めているように聞こえた。
カイトですらそうなのだ。長く心を通わせていたクレアはもっと深くその苦しみが分かるのだろう。目尻を滲ませ、決意を秘めた眼差しで精霊―――スクィナを見ていた。
「カイトさん」
「……分かってるっつうの。流石にここまで来て問答無用でぶっ殺したりなんかしねぇよ」
クレアの真剣な眼差しに、誤魔化すように頭を掻きながら視線を逸らし、スクィナを見つめる。
そして、その左手に尋常じゃないほどのマナが収束していることに気が付いた。
「―――ッ! クレア!!」
「え? は、い―――ッ!?」
赤鬼兵に最後の動作を入力し、クレアの乗る左腕に飛び移る。そして、次の瞬間には赤鬼兵が入力された通り左腕を振り上げ、カイトたちを空高くへと跳ね上げた。
それと同時に、スクィナから放たれた極光が赤鬼兵の顔面を貫き、そのまま極光を剣のように振りおろし、その身体を真二つに断った。
極光は赤鬼兵を貫いて艦橋の根元に突き刺さり、そのまま振り下ろされたことで甲板にまで大きすぎる穴が空く。そして、遂に耐え切れなくなったのか、艦橋はメシメシと音を上げ、前のめりに崩れて行く。
被害はそれだけに留まらず、艦の心臓部分が傷ついたのか、纏っていた防風結界が解除され、カイトたちを吹き荒ぶ風が襲う。辛うじて飛行機能は生きていたが、防風機能と飛行機能の装置は同じ動力部にある。今の一撃でこの被害なのだから、巡洋艦は何時墜ちてもおかしくは無かった。
あまりの被害に言葉を失いながらも、カイトは同じく空を飛ぶクレアへと手を伸ばす。
「クレア! 掴まれッ!」
スクィナの砲撃の余波もあってかなり上空へと飛ばされており、半透明のその姿は下方に見える。だが、見るとその視線はこちらを向いており、さらには先程と同じく左手もカイトたちへと向けられている。
身体の芯が氷のように凍てついて行くが、その左手にマナが収束する光景からは決して目を逸らさない。
そして、伸ばした手を掴んだクレアを引き寄せ、風に負けぬよう大声で叫ぶ。
「クレア! 適当でいい、板状の結晶出してくれ!」
「な、何で知ってるんですか!?」
「俺も同じだから予想しただけだよ! それより早くしろ死にてぇのか!」
「わ、分かりました!」
クレアは己が裡の魔術を発動させ、カイトの目の前にマナを収束させ、その度合いをさらに高め、遂にはマナを結晶体へと変貌させる。
本来マナ結晶は自然現象によってしか発生しない物体である。長い年月をかけて収束したマナが空気中には留まっておれず個体となったのがマナ結晶である。だが、大変貴重なはずのそれをクレアは人為的に生み出すことが出来るのだ。
これこそが固有魔術の、一点極化型の神髄である。
「カイトさん! どうするんですか!?」
「もちろん逃げる! 舌噛むぞ口閉じてろ!」
ばれたら即世界中から狙われるようなクレアの力だが、生き残るのに必死なカイトは特段気にせず、右手を伸ばしてその板に触れる。
すると、物凄い希少で高価な以外は何の変哲もない板が、余計なところが溶けてなくなり、徐々に形が整えられていく。
そして、最後にマナが自ら気体へと昇華したかのように消え、板の底面に複雑な文様―――魔術式が刻まれる。
「こ、これは……」
「知ってるやつはオクトしかいねぇんだ。みんなには……特にセレーネとかには内緒だぞ。面倒だからな」
そう言ってカイトは完成したスカイボードを手に取り、空中で体勢を整えてボードへと両足を乗せる。
そして、一瞬で下方へと移動したかと思うとすぐさま反転。遂に放たれる極光から掠め取るようにしてクレアを抱きかかえ、瞬く間に空高くへと舞い上がった。
カイトたちを掠めるようにして極光はすぐ近くの大結界を易々と貫き、そのまま雲を突き破って蒼天へと消えて行った。




