第二十四話 ≪突入は大胆に≫
着弾。オクタヴィオたちの現状を一言で表すならこの表現が的確だろう。
ただし、オクタヴィオたちに何らかの弾丸が着弾したのではない。オクタヴィオたちが弾丸となって着弾したのだ。
アヴリオから離れ数百キロメートル。大結界の存在するイリオス空域と外界との狭間に帝国の新型空挺艦“高速巡洋艦ファレナ”は浮遊していた。雲に紛れる白亜の外見は優雅で美しく、その姿はまさに空を舞う鯨のようだ。分類としては巡洋艦に当たる艦だが、公的スペックでは帝国が開発した最新式の高出力艦載砲“カタラクティス”と鏡面型魔術装甲を搭載しており、砲撃の威力は戦艦に並び、装甲は一切の魔導砲を通さない。並みの巡洋艦を遥かに凌駕する戦闘力を備えているのだ。
そんな巡洋艦の舷側では、現在小さくない穴が開きそこから黒煙が吹き上げるという事態となっていた。もはや予想に容易いことだが、魔術装甲を無効化した上でカイトが突っ込んだのである。カイト自身は効率がいいと思って採用した強襲方法だが、同乗するオクタヴィオからしてみれば堪ったものではなかった。
「げほっ、こんな……無茶すぎる!」
「でも侵入できたじゃん?」
「絶対にばれてるけどね! あーもう、だからやめようって言ったのに!」
原型ないほどに拉げ黒鉛と炎を上げるエアバイクを傍目に、あー、とオクタヴィオは髪を掻き毟った。運よく迎撃等をされなかったから今も無事息をしているものの、もし何かが違ったら遥か下方の海原で藻屑と化していたかもしれなかったのだ。文句の1つでも言いたくなるのは当然だった。
「おいおい、はげるぞ」
「誰のせいだと!?」
どんな時でもいつもの調子な親友の様子に、怒る気力も失せて溜息をつく。
周囲を見回すと、どうやら物資を保管する部屋のようであった。部屋はかなり広く“学院”のセレモニーホールほどの大きさがあったが、物資が箱に詰められて重ねられているのみで、今のところは人気もなかった。
「取りあえず移動するか。そのうち誰か来そうだしな」
「誰かさんのお蔭でね」
「おっと、華麗なる侵入者カイトさんの悪口はやめてもらおうか」
「突っ込みどころが多すぎて、僕の力じゃ対処できないよ……」
予想とは全く異なる展開であったが、実際に巡洋艦への侵入は果たし、幸か不幸か絶好調のカイトのお蔭で緊張も解れた。手を握っては開き調子を確かめた後、カイトを見て頷く。
おーけい、と手をひらひらと振ってそれに返し、箱の壁の間を歩いて出口を見つける。そして、カイトは部屋を出る扉に手をかけようとするが、それよりも先に扉が開きだした。
「えっ……」
「お?」
「アァ?」
漏れた声は三種類。突然のことに固まったオクタヴィオ、新たなイベントの発生を感じ取ったカイト、そして、オクタヴィオたちが今まさに開けようとした扉を開けた赤髪の屈強な男―――ラルフである。
地味なローブに身をすっぽりと包んでいる以外はその姿はカイトたちが夏季休暇後半で出会った時と変わらず、その顔はよく分からないものを見た、とばかりに訝しげな表情だ。
一方、ラルフがそうであるように、オクタヴィオたちも思ってもいなかった人物の登場に疑問符を飛ばす。
「お前、あの時の!」
「んー? ああ、ひと月前にエレフセリアで決闘した坊主か。そっちのも確か近くに居たな。なんでこんなとこに居ンだよ」
「そりゃこっちの台詞だ。お前帝国の人間だったのか?」
「ん? ンなわけねぇだろ」
カイトの問いにあっさりと返すラルフ。疑問が解消されないカイトは問いを重ねる。
「それじゃあテロ組織の一員か?」
「ハァ? 俺をあんなのと一緒にすんなよ。せめてユーリス程度の実力がなきゃつるみはしねぇよ」
「じゃあお前なんなんだよ」
面倒くさくなったのか、ざっくばらんな言葉使いでカイトは問う。その問いに、ラルフは子供のような笑みを浮かべ、意気揚々と口を開いた。
「ハッ、俺は俺だ。まあ、最近は“紅修羅”ラルフと名乗ってるがな」
「紅修羅……?」
「あり? 知らねぇか。まあ活動は主に“裏”だしな。ガキどもには知られてなくても当たり前か」
そう言って、言葉に引っ掛かりを覚えたカイトを余所に、ラルフはローブの中から大剣を取り出す。使用者のマナを吸い込んで斬撃を飛ばす、無骨ながらも業物のオーラを放つ一級品だ。
その様子を見て、一歩下がって様子をうかがっていたオクタヴィオは慌てた。
「え、ちょっと! なんで剣構えるんですかっ!?」
「あん? ンなもん暇つぶしに決まってるじゃねぇか」
「暇つぶし!?」
「ユーリスのやつがよ、“私が戻ってくるまでここから出るな”って言うわけよ。けどよ、いくら潜入調査とはいえもう暇すぎて暇すぎて、そこら辺ウロウロしてたんだよな。お前ら来てくれてよかったぜ!」
そう言ってイイ笑顔を見せるラルフ。言葉の内容は聞き流せないものも突っ込みどころも満載であったが、それよりも先に状況の打破だ。
「でも、ここで暴れたらテロ組織の人たちがすぐにやってきますよ! というか僕たちが突っ込んだせいで今もここに向かってるかも!」
「ンなもん蹴散らしゃいいだろうが」
「……ええー」
即答で、かつ自身の言葉に何の疑問も覚えていないようであった。この人さっき潜入調査って言ってたよね? とオクタヴィオは自分の耳がちゃんと機能しているのか少し不安になった。
「言っても無駄だぜ、オクト。こういう人種は自分のルールにしか従わねぇんだ」
「君も同じだから分かるの?」
「おいおい、一緒にするなよ。俺ほど社会規律を守ってる人間はそう居ないだろ」
「……コメントは控えさせてもらうよ」
正直なところ、オクタヴィオはもう色々考えるのが嫌になっていた。現在起こっているテロ集団の暴挙ですら既にキャパギリギリにも拘らず、こうも“濃い”人物に来られるとどうしようもないのだ。いくら普段から自分の周囲に“濃い”面子が集まっているとはいえ、何事にも限界はある。
話は終わったと判断したのか、ラルフは手に持つ大剣を上段に構える。ゆっくりと掲げられる大剣はラルフのマナを吸って急速に赤く発光していき、ついにそれが頂点へと達する。
「さあ、戦ろうぜ」
そして、そのまま振り下ろした。
斬撃は左右に散ったオクタヴィオたちの間を通り抜け、衝撃波と化して後方に破砕を撒き散らす。そして、ドガシャーン!! と派手な音を立てると同時に船体が大きく揺れた。
思わずオクタヴィオが後方を振り返ると、そこには一直線に船荷が斬り裂かれて道が出来ており、その先には自分たちが入って来た時以上の大きさの穴が穿たれていた。しかも、鋭利な刃物で切られたかのような滑らかな断面を晒している。
「マナで鋼鉄を斬ったの!?」
「斬撃ってのは、これくらいじゃねぇといけねぇんだよ。坊主」
と、そこで、ラルフは何かに気が付いたかのようにオクタヴィオの腰元に注目する。
「おいおい、坊主。良さそうな剣持ってるな! おめぇ剣士か?」
「え、あ、剣士って程じゃないけどまあそれなりに。あとこれは父さんが伝手で貰って来てくれたのが魔改造されたヘンテコ剣だけど」
「おい、ヘンテコ言うんじゃねぇよ。カッコいいだろ?」
「だったらもうちょっと使いやすい機能付けてほしかったよ!」
オクタヴィオに突っかかるカイトを無視し、ラルフはにやりと笑って大剣をオクタヴィオへと向ける。
「……へ?」
「いや、なに。暇つぶしだしな。ちょっくら揉んでやるよ」
「え、うわっ!?」
次の瞬間、オクタヴィオの視界からラルフが消え、思わず反射的に抜いた剣に大剣が降ってくる。そして、そのまま大剣で掬い上げられるように宙へと放り投げられた。
勢いよく宙を飛ぶオクタヴィオは一瞬過ぎる出来事に混乱している状況だったが、それでも現在の自分が無防備であることは自覚し、頭の中で警鐘が鳴るままに剣を構え、無我夢中で下方へと奔らせる。
すると、その方向から突撃してきたラルフが面白い物を見たかのような表情をし、振られた大剣はオクタヴィオの剣に阻まれて僅かに軌道をずらす。だが、それでも止まらない勢いに再び弾き飛ばされ、オクタヴィオは遂に部屋の天井にまで達した。
「俺を無視してんじゃねぇよ!」
天井に逆向きに立ったオクタヴィオの耳に、遠くから叫ぶカイトの声が届き、次の瞬間には部屋の中に雷撃が轟いた。雷撃は龍の形を取って部屋の中を駆けまわるラルフを追い回し、分裂したり形を変えたりしながら次第に追いつめる。
見ると、カイトは手元の魔術式を常に書き換えてラルフを追い詰めていた。最初に設定したことを実行する魔術にはあるまじき“後出し”であり、カイトの持つ固有魔術だからこそ出来る反則技である。
「しゃらくせぇ!!」
バチバチバチッ!! と稲妻音が鳴り響き、雷撃がラルフを包み込まんと迸る。だが、その一瞬前に声を張り上げたラルフは大剣を振り回し、雷撃が身に届く前に斬撃で術を破壊した。
雷撃によって遠くからもよく目立つその姿をオクタヴィオは相変わらず天井に逆立ちになったまま見ていると、じっと見ていたにも拘らず突如ラルフが姿を消した。そのことを認識した瞬間、オクタヴィオは天井を蹴って目にも止まらぬ速さで落下する。
落下の勢いを剣に乗せ、まさに今カイトへと振り降ろされる大剣の側面を狙って剣を振り抜く。硬質な音を立てて弾かれた大剣に一層面白い物を見たかのように目を細めたラルフは、標的を変えてそのまま落下の衝撃で地に転がったオクタヴィオへと二回三回と大剣を振り降ろした。
「ハハハ! 随分と派手なことするな、坊主!」
「くっ……!」
即座に立ちあがって身体全体を柔軟に使って衝撃を逃し、何とか大剣の猛攻を耐え凌ぐ。だが、数度受けた途端に負荷の掛かった右腕に痺れが走り、しまったと思った瞬間には隙を見せてしまっていた。
「オクト!」
その隙を容赦なく突こうとしたラルフだったが、タイミングを合わせるように死角から放たれた雷撃によって距離を取ることを余儀なくされる。
とは言え斬撃を飛ばせるラルフにとって距離を取ろうがあまり関係なく、強いて言うならラルフは直接斬り合う闘いの方が好みという程度だ。現に置き土産にと斬撃をひとつ飛ばし、オクタヴィオたちは床に身を投げ出して回避した。
「わりぃ助かったオクト。大丈夫か?」
「速いし重いし距離関係ないし。あの人もうどうかしてるよ!」
幾ら身体強化をしているとはいえ、瞬間移動並みの速度で走るラルフもラルフだが、それを見切って割り込んだオクタヴィオも「どうかしている」のだが、本人にその自覚は無い。
「はっは、面白れぇな! そっちの金髪の坊主、お前良い“眼”を持ってるな」
「眼? オクトが?」
「ああ。ここが狭いとはいえ、走ったのはそこそこ本気だったんだがな。まさか見切られて割り込まれるとは思わなかったぜ」
多少は剣も出来るみたいだしな、と楽しそうに頷くラルフ。考えるまでも無く、今までの攻防はラルフにとっては遊びのようなものだったのだろう。攻撃を受け止めたオクタヴィオは肩で息をしているが、ラルフはそんなことは無かったかのように自然な所作である。そして、その顔はどこまでも子供のように輝いていた。
「僕としてはここが狭いっていうのも、あれで本気じゃなかったっていうのも信じられないんだけど……」
「そこら辺は経験の差だな。オレも昔はテメェらみたいなガキだったさ」
「どんな経験すればいいのかそうなるのか見当もつかないよ!」
「はっはは……すげぇな。むしろなんか楽しくなってきたな、オクト!」
「ならないからね!?」
今までの攻防に加え、突っ込みに疲れたのか肩で息をするオクタヴィオに、カイトとラルフは共に笑みを浮かべる。両者とも打てば響くような会話に満足したようであり、つまりは思考回路が似ているようだった。単純計算オクタヴィオの心労は日々の倍である。
「さて、んじゃ続きを……ん?」
「あー、来たな」
「え、来たって……まさか!」
そう言ってオクタヴィオが背後の扉に思わず目を向けた途端、後方―――つまりラルフの居る方向で閃光が迸った。「ぐおっ!?」という悲鳴が耳に届くが、それよりも先にカイトに腕を掴まれ、扉の方向へと駆け出した。
「か、カイト!?」
「作戦変更だ、オクト。あれは無理だ、勝てない」
「作戦なんてあったの?」
「んなもん気分だよ気分。つう訳でパターンB、騒ぎを大きくして逃げよう」
そう言って、カイトは懐から透き通ったマナ結晶を取り出し、少し握って力を込めた後、振り返らずに後方へと投げる。すると再び閃光と衝撃音、それに紛れてラルフの叫び声が聞こえた。
「いいの? マナ結晶の爆弾は金銭ダメージが大きすぎるから嫌だって言ってたじゃん」
「非常事態だし仕方がないな。まあ、また手に入れればいいさ。伝手も出来たしな」
「伝手? 何か怪しいなぁ」
「べ、別に何も企んじゃいないって。ま、今は目の前のことに集中しようぜッ!」
その言葉に続けて、今度は前方の扉へとマナ結晶を投げつける。すると、マナ結晶は紐解かれるように形を崩して行き、次の瞬間には雷撃へと姿を変えて周囲の壁ごと扉を吹き飛ばした。
噴煙が上がる爆発箇所に飛びこむと、先の廊下では何人かのスーツに身を包んだ男たちが倒れていた。どうやら今まさに突入しようと扉の周りを固めていたところに雷撃が直撃したらしい。倒れてはいたがそこまでダメージは無いらしく、中には立ち上がろうとしている者もいる。
とは言えカイトもオクタヴィオも今は彼らに構っている暇はない。意識はしつつもそのまま廊下を駆け抜ける。
だが、このまま簡単に逃げ切れるなど、そうは問屋が卸さない。
「―――ッ、飛んで!」
「のわっ!?」
先程の戦闘から感覚が冴え渡っているオクタヴィオは、廊下を走り出してすぐ自身の警鐘が強まったのを感じる。そして、それに従いカイトを蹴飛ばし、自身も床へと身を投げた。
そして次の瞬間。彼らの背後にて赤き龍が迸った。
龍はまるでバターか何かを貫くように厚い壁を易々と貫通し、オクタヴィオたちの背後を掠め、そのまま反対側の壁へと衝突する。
いや、その光景は衝突とは呼べない。龍は障害物など意に介せず、そのまま再び壁に大穴を穿ってただひたすら真っ直ぐ駆け抜けたのである。
間一髪で避けたオクタヴィオたちであったが、余波で大きく吹き飛ばされ、そのままごろごろと廊下を転がった。
ふと、オクタヴィオは駅でモノレールが通過するのを見た時のことを思い出した。安全が保障されており、何より日常的に経験する光景のため感覚が麻痺してしまっているが、あれも一歩間違えば危険極まりないという意味では変わらない。今すぐそばを通過した赤い龍と似たものだと言えるかもしれない。
穿たれた大穴は幾枚もの壁を貫いて続いており、龍がどこまで進んだのか先が見通せない程であった。そんな威力を持つ一撃を受ければ、最早死は免れないだろう。髪の一本も残るか怪しい。
余りの威力に思わず呆然としていたオクタヴィオを余所に、斬撃の主は破壊によって生まれた道を歩き、座り込んだオクタヴィオの前を通過して大穴を覗き見る。
「おいおい、思わず撃っちまったじゃねぇか。やべぇなこれどうしよ……マジでどうしよう? またユーリスにキレられるなぁ……」
心の声がそのまま漏れ出たかのようなぼやきを口にし、曰く潜入調査中であるはずのラルフは自身の赤髪を乱暴にガシガシと掻きまわした。
通常身に余るような魔術を行使すると倦怠感を感じたり、最悪意識を落とす場合もあるのだが、現在のラルフにそのようなものは見受けられなかった。魔術とマナを大剣に込めて放つのでは厳密には違うのかもしれないが、どちらも自らの身に宿すマナを使うという意味では同じであり、つまりはラルフの規格外の戦闘力が垣間見えた。
「血の匂いはしねぇし、殺ってはいねぇかなぁ。いやまあ吹き飛んだだけかもしんねぇけど」
そうしてひとつ溜息を吐くが、すぐさま「まあいいか」と呟き、オクタヴィオの方へ振り返った。
「さて、んじゃ続きと行こうか」
にやり、と心底楽しそうで凶暴な笑みを前に、オクタヴィオの頬を一滴の冷や汗が伝った。




