第二十三話 ≪二人そろって≫
個人的にですが、ダブル主人公物は合流してからが本番だと思うの。
「う、ん……?」
オクタヴィオが目を覚ますと、まず始めに見慣れない白い天幕が目に入った。
次に、身を包む柔らかな毛布の感触と消毒液の香り、そして周囲から聞こえる人々が駆け回る音だ。どうやら、病院かどこかに居るらしい。
そこまで考えて、ようやく意識が活性化する。
「そうだ、アンジェとあの人は―――痛ッ!」
身体を無理に起こそうとして走った痛みに顔を顰める。すると、その声に気付いたのか、外から誰かが天幕の内へと入ってくる。
「よう。ボロボロだな、オクト」
「カイト! ……って、君もボロボロじゃないか」
「たはは、まあなー」
入ってきたのは、今日は一度も顔を見ていなかった親友、カイトである。彼もオクタヴィオほどではないが身体のあちこちに包帯を巻いた姿で、間違っても万全と呼べる姿ではなかった。
そこまで知覚し、ようやくオクタヴィオは周囲の状況を把握する。現在オクタヴィオが居るのは芝の上の広げられた毛布の上で、周囲は天幕で日光を遮られている。天幕の中は意外と広く、オクタヴィオの他にも怪我人が横になっており、どうやら簡易の病室として機能しているようだ。
走り回る医者と大勢の怪我人の姿を見て、オクタヴィオは思わず言葉を漏らす。
「ひどい……」
「これでも一応死傷者はいないらしいけどな。怪我人もあの人形に攻撃された訳じゃなくて、逃げ惑う人に押しつぶされてー、とかが多いらしいし」
そう言って、カイトは周囲を見回す。
思えば、オクタヴィオが気絶する前も、周囲に少なからず市民は居たものの、|
魔導人形は彼らには見向きもせず、アンジェリカのみを襲っていた。
「さっきちょいと人形を見てみたけど、行動ルーチンは結構単純で、人の識別に容量取ったせいで一般人を襲えないんだと思うんだが……ま、それは向こうの都合。こっちとしては少々目が覚める事態になったな」
それも、とびきり刺激的な起床となった。首脳陣は現在死に物狂いで事態の収拾を図っているだろう。
これがもし、魔導人形に範囲内に存在する生命体を殺傷するような行動が設定されていたとしたら、今頃首都アヴリオは血の海である。ただでさえ大結界で出入口を限定したイリオスの警備体制は厳重で知られており、その上“式典”のためさらに厳重な警備態勢を敷いていた。にも拘らず、これほどの物量作戦を仕掛けられたのだ。イリオスの面目は丸潰れである。
カイトは徐にオクタヴィオの枕元に座り込み、懐から魔導具の部品らしきものを取り出して弄り始めた。
「ここは?」
「コスモスタワーの前の広場。敵を片付けて、今は基地みたいになってるぜ」
「そう……父さんたちは?」
「会っちゃいねぇが無事っぽいな。さっき緊急で声明出してた。『こんな時だからこそイリオスと帝国で力を合わせよう』みたいな」
どうやらコスモスタワー側の敵は掃討されたらしい。そのことに安心するが、ふと思い返されるのはエミリオの攻撃に倒れたダガー―――アンジェリカである。
痛む身体を押して、毛布から立ち上がる。痛む箇所を治癒魔術で癒しながら、心配そうな顔をするカイトに笑いかける。
「僕なら大丈夫だよ。骨とかは無事みたいだし、効果はいまいちだけど治癒も使えるしね」
「あーはいはい。どうせ俺は治癒も使えない木端魔術師ですよー」
「それを言ったら、君は治癒どころか“干渉”以外の何ひとつとして使えないじゃないか」
「うっせー」
傷が治り、痛みが引いてきた箇所から包帯を取り、枕元に畳まれていた制服を身に付ける。
同じく置かれていた剣を腰に佩き、準備を完了させる。
「まあ、僕も自分以外に治癒が出来る訳じゃないんだけどね」
「“同調”持ちは希少だからなぁ」
「君の魔術でどうにかならないの?」
「あれは魔術式がどうのってよりも感覚的なもんだからな、無理無理。一回治療するとこ見せてもらったけど、魔術式からは違いが解析出来なかったし」
傷や病を治す治癒魔術は、自分に使う場合は割と知られている魔術である。だが、扱い自体は難しく、出力不足や精密さに欠け、使えても満足に治療が行えないことも多い。
その場合、他者からの治癒が必要となるのだが、この使い手は非常に少ない。何故ならば、治癒とは対象者のマナを活性化させ、身体の傷を治す機能を促進させる魔術であるのだが、その際他人のマナだと拒否反応を起こすことが多いのだ。要は輸血のようなものである。よって、そこで必要となるのが他者のマナに自身のマナを合わせる能力、便宜上“同調”と呼ばれる力である。
この力は生まれ持っての場合が多く、固有魔術とは違って特殊な感覚に位置する物のため、他の魔術が使えなくなるといった類の物でもない。便利なのか便利ではないのか微妙な固有魔術よりも、よっぽど有用な能力である。
うし、と声を上げてカイトは立ち上がった。
「さて、行くか」
「え?」
オクタヴィオが思わず疑問符を上げると、逆に不思議そうな顔をされた。
「え、行かねぇのか?」
「や、止めると思ったから……というか、僕まだ何も、どこ行きたいかすら言ってないんだけど」
「あー、んなもん決まってるだろ。俺が何年お前んちに厄介になってると思ってるんだよ」
面倒くさそうに言うカイトである。とは言うものの、やはり親友たるもの口に出さずとも考えが伝わるのか、とどこかで撒いて1人でアンジェリカを助けに行こうとしていたオクタヴィオは身を縮める。
「あのおっさんの手口なんぞ百も承知だ。どうせ例の第三皇女と会ってたんだろ、お前? 今朝連絡が来た時点で何となく分かったし、今こうも『僕厄介ごとに巻き込まれました』みたいな顔されれば想像するのは簡単だ」
どうやら分かっていたのは父親の方らしい。まあ確かに、物凄く特徴的な人物ではあるのだが。
割と根拠のある推論を立てられると、実際その通りであるオクタヴィオとしては何も言えない。
「どうせあの巡洋艦だろ? 俺もあそこには用がある。今準備も終わったし、ついでに連れてってやるよ」
そう言って、今しがた弄っていた魔導具の部品を掲げ、カイトは口角を吊り上げた。
対して、オクタヴィオはあからさまに嫌そうな顔をする。
「何だよ、人が折角連れて行ってやろうって言ってんのに」
「いや、だって事態が拡大する気しかしないから……やめてよね、巡洋艦墜としたりとかそういうの」
「しねぇよ。多分」
「渦中に突っ込む僕が言えたことじゃないけど、下手打つと国際問題だからね?」
「だからしねぇって。多分」
横たわる人を避け、天幕の出口に向かいながら2人は情報を交換する。
「状況は?」
「都市内の掃討は終わって、今は敵が乗る巡洋艦を追いかけてるな。けど、元々イリオスは攻める戦いが苦手だし、帝国側も戦力が足りないしで攻めあぐねてる。今はまだ大結界から逃がしてないけど、それも時間の問題だしな」
「そう言えば大結界は? 何か様子が変に感じたけど」
聞くと、カイトは苦虫を潰したかのような表情を見せた。
「一時期は奪われてたが、奪い返した。だが、ちょいと効力が低下してるな」
「えっ!?」
大結界といえば国防の要である。それが奪い返したとはいえ奪われたのだから、驚くのも当然である。
だが、オクタヴィオに限ってはそうではなく、後半の言葉に対して驚愕していた。
「奪い返しておきながら元通りに出来てないの? 君が?」
「効力は外部要因。恐らく循環しているマナが吸い取られてるからだな。こっからじゃどうにも出来ないんだよ」
そう言って思いっきり顔を顰めるカイトに、何か嫌なことあったんだろうなぁ、と察するオクタヴィオ。事実その考えは正しく、さらに言えばカイトは教員の間で史上最悪とも囁かれている最凶の問題児である。やられたことをただで済ます訳が無かった。
「で、君の目的は?」
「艦の中でふんぞり返ってる薄気味悪いヤローをぶちのめす。オクトは?」
「そうだね……助けたい人がいるんだ」
「へぇ、女か?」
「なんでそうなるのさ!」
事実性別は正しいため反論は出来ないが、にやけられるのは許容出来ないオクタヴィオであった。
気持ち悪い笑みを浮かべたカイトを蹴り飛ばし、天幕から外へと出る。そのまま、先導するカイトについて行く。
「そう言えば僕って誰に運び込まれたんだろ。気を失ったのは屋根の上なんだけど」
「面白そうな経験をしたみたいで何よりだが……確か、帝国の兵士だったかな。皇女っぽい人も居たらしいし、護衛みたいな感じかもな。流石の俺もお前が気絶して運び込まれたって聞いて焦ってたし、よく知らねぇけど」
「皇女……? アンジェが居たの!?」
「うおっ?」
予想外の反応を示し詰め寄って来たオクタヴィオに思わず後ずさるカイトだったが、少し考え頷く。
「よく分からんが、知りたいのはあれだろ?」
そう言って、カイトは上を示す。
すぐ近くにある首都アヴリオの中心、コスモスタワーの外壁には大きなディスプレイが取り付けられている。遠見の魔術の応用によって観測者が見る光景を映し出す機能があり、政治会見等の重大発表に使われる市民に馴染み深い物だ。
そこには、オクタヴィオが守ると誓っていた、緋色の髪をした少女が映し出されていた。隣にはオクタヴィオの父、交易都市エレフセリアの市長であるエドアルドと、学術都市イストリアの年若い女市長も写っている。現在の事態に対する声明を表した物だ。
「あれ、アンジェ……? 何で―――いや」
「あれは録画だから少し前の物だけど……って、オクト? もしもーし」
普通に考えれば、姫が攫われたことを公開するはずがない。今回のようなテロ行為を増長させるし、他国への隙にもなる。そして、帝国は外見を変化させる特殊な変装魔導具を持っている。つまり、あれは誰かの変装であると考えられた。
それに、例えそうでなくとも、オクタヴィオのやることは変わらない。アンジェリカだろうが別の誰かだろうが、オクタヴィオが今まで接してきたダガーであることに変わりはない。巡洋艦に乗り込み、ダガーを助け、エミリオを止める。それだけである。
「……うん、そうだ。やることは決まってるし、迷う必要はない―――よし、カイト!」
「お、おう……覚悟完了した感じ?」
「そうだね。覚悟は決まったよ」
「うーん、ならいいか」
オクタヴィオの言葉にならば好し、とばかりに頷き、カイトは歩を進める。
そのまま進んで辿り着いたのは天幕と天幕の合間の資材置き場の片隅である。余り人気は無く、そのことにオクタヴィオは嫌な予感を感じる。こんなところにカイトが来るのは、変なことをするか変なものを隠しているかの二択だからだ。
恐ろしい勢いで暗雲立ち込めるオクタヴィオの心中には構わず、カイトは隅にあった布を引き剥がし、中の物を晒し出す。
まず始めに白く染められた金属のボディが見え、次に黒の革の座席が見える。そして最後に見えるのは、光に照らされた都市の紋章、アヴリオの市街警備隊のエンブレムだ。
オクタヴィオは見たくない現実を直視させられ、悲しみに溢れた声で問う。
「……一応聞くけど、これは?」
「エアバイクだ」
「…………どこで手に入れたの?」
「落ちてたのを拾った。あ、ちゃんとサイドカーもあるし、回路改造したからスピードは通常以上に出るぜ。これであの巡洋艦までひとっ飛びだ!」
それ絶対落ちてたんじゃない、と思いながら、後者だったかーとオクタヴィオは頭を抱え空を仰いだ。
窃盗、不正改造、ついでにこれから無免許運転も行うということで犯罪行為の三連コンボである。明らかにオーバーキルであった。
「気にすんなよ。こんな事態だ。警備隊も俺たちになんざ構ってる暇ねぇよ」
「いや、バイク無くなったら普通に探すと思うけど……」
ギリギリ灰色、なんて飛び越えて思いっきり真っ黒、しかも闇よりも暗い漆黒な行為であるため、善良な市民オクタヴィオの心が軋む。だが、巡洋艦に到達するという目的を達するには都合がいいのも確かであるため、口を開くも制止の言葉は出てこない。
そのままパクパクと口を開閉し、やがて諦めたかのように溜息を吐く。そして、そのままサイドカーへと乗り込んだ。
「お、やる気だな、オクト」
「いいから早く出してよ。時間無いんでしょ」
「へいへい」
開き直ったオクタヴィオの言葉にニシシと笑うと、カイトも回路を取りつけた後にエアバイクへと跨り、アクセルを吹かす。そして、ハンドル部分に付けられた装置を弄ると、バイクの二輪部分が青く発光し、車体が宙へと浮いて行く。
「これ、隠蔽魔術とか掛かってるの?」
「ん? ああ、一応使ってるけど、どうだろうな」
「『どうだろうな』って。僕たち今法律違反してるんだからさ、罰せられるにしてもせめて目的だけは達しないといけないのに―――」
何度も感じ過ぎて最早親しみすら覚える悪寒に駆られ、オクタヴィオは身を乗り出す。だが、その言葉は最後まで告げられなかった。
突如、ヴーヴーヴー! というけたたましい音が鳴り響き、バイクに備え付けられたスピーカーから警告音が流れたのだ。
カイトとオクタヴィオは思わず顔を見合わせた。
「……これは?」
「警報だな。多分警備隊以外が運転すると鳴るんだろ。本来なら動かないようにロックが掛かるんだろうが、そこは問題なさそうだな。俺が改造したから動作不良でも起こしてんのかね?」
そう言って、カイトは髪をガシガシと掻く。
「あーあ、油断してたわ。これ警報とか通話関連仕込んだ別の回路あるな。操縦系統を弄っただけだからばれたなこりゃ」
「ば、ばれたって!?」
「ああ、こういう警報って普通統括する本部やら近くの同じバイクやらにも届くからさ」
そう言って、未だ警報を鳴らし続けるスピーカーに拳を叩き込む。
その瞬間、車体の中から甲高い管楽器のような音が断続的に響き、やがてスピーカーは沈黙した。
「ぶっ壊した。一応操縦以外のところ全部かき混ぜたから、もうこっちの場所の把握すら出来ねぇだろ」
「君の魔術って、本当に理不尽だと思うよ」
「使い勝手はこの上なく悪いがなー」
オクタヴィオの溜息交じりの言葉に、カイトは愉快そうにケラケラと笑う。
そして、ある程度の高度まで上がったところで、ハンドルを握り込んで前傾姿勢を取った。
「さて! 時間もねぇし、トバしていくぞ!」
「え、ちょ、せめて安全運転で!」
「ひゃっはー! この大空は俺の庭! 俺がルールだぁ!」
「君無免だよね!?」
オクタヴィオの決死の抗議むなしく、無免許どころか今日初めて運転をするカイトは、何とかなるだろ精神でそのまま一気にスロットルを限界まで回す。
魔王の暴走の前に無力な少年オクタヴィオに出来たのは、振り落とされないよう必死にサイドカーに縋りつくことだけであった。




